陰陽道(おんみょうどう)




        ●陰陽道とは
        世界中の古代文明に発生したこの世を読み解くための術のうち、古代中国で確立された術(思想・技術)で学問
        【「陰陽五行説」と「天文暦法」を結合させ、これらに基づき森羅万象を読み、未来を占い、人事百般の指針を得
        る事を目的とした思想及び技術全体を指す】の称。

        ☆この陰陽道の担い手を陰陽師(おんみょうじ)といいます。
        この陰陽師は奈良・平安時代においては、ときの天皇さえ動かす国家専属の官僚占星術師として活躍していまし
        た。
        この陰陽師のスーパースターに、あの有名な「 安倍晴明(あべのせいめい)」がいます。



        ●では、何故この陰陽道のような学問がうまれたのでしょうか?

        古代の人々にとって、雨が降ったり、河川が氾濫するという自然現象は、その原因が謎につつまれておりたいへん
        恐ろしいものでした。
        作物を作るにしてもいつこの自然の力が自分たちを襲ってくるのか解らなかったのです。
        現代社会と異なり、当時は作物を作ること(生命を維持する)が生きる全てでした。

        そこで古代人はなんとか未来の天気がわからないものかと考え始めたのです。

        この頃の古代人はこれら天変地異を神の仕業だと考えていました。
        そこで人々は初めに「神と交流する」という神懸かり的な方法をみつけました。
        この方法はシャーマニズム(神懸かりの状態になってする予言を信じる、という原始的な宗教のひとつ)と
        呼ばれ るもので、簡単に言うと巫女さんが占うようなものです。
        シャーマンを意味する漢字の「巫(ふ)」は上の横棒が天を表し、下の横棒が地を表しています。
    中にある人の字は踊るシャーマンを表し、上下(天地)を結ぶ縦棒は神の降臨を意味しています。
        つまり神を天から地に招くという姿を描いた文字なのです。

        この考え方は中国だけではなく、メソポタミア、エジプト、ギリシア、インドでも起きていました。
        やがて世界を構成する要素をいくつか決めて、それぞれの要素にあわせて世界を分類したり影響関係を推理して神
        の意志を判断しようと考えました。こうして世界を「四つの要素」に分ける思想や「七つの惑星」に分ける思想が
        うまれました。
        このころに中国では「陰陽五行説」に基づく技術がうみだされていました。


        ●陰陽道の伝来については別記参照してください。
        「陰陽道の伝来」←ここをクリック 



 


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