さきのだいそうじょうじえん
前大僧正慈円

   ●(一一五五〜一二二五年)
    関白藤原忠通の息子。九条兼実の弟、良経の叔父です。追諡は慈鎮。別称は吉永和尚です。
    十歳で父と死別、永万元年(一一六五)十一歳で延暦寺覚快法親王の弟子となって十三歳で
    出家しました。二七歳のときに、いったん山を下り学問の推進に尽くすこと十年後に天台
    座主となりました。九条家の一人として政治に参与して、政変の度に四度も天台座主を変わ
    りました。また御子左家歌人として 良経・定家・家隆と共に活動した新古今和歌集時代の
    代表歌人の一人です。  

   ●この和歌は『千載集』雑中・一一三四に収められています。


定家




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