******** うそばっかりのうささぎの話し ********

  

【第3部 第7話】1998年10月

 

さあさあ、船長の手伝いをしながら「くじらの来る町」へ向かう「クロクロ」と

「くまった」。見張りの仕事をしているクロクロたちですが、何も起こらないので

退屈そうです。

 

船長  「いかにも『退屈』といった顔をしているなあ、おまえたち」

クロクロ「川は静かなまんまです」

船長  「無事がなにより。

     でも、まあ手持ち無沙汰だし、、、、、

     よし、今から避難訓練をしよう」

くまった「避難訓練?」

船長  「そうだ、緊急事態が発生したとして、そのときに身を守る方法を

     訓練するわけだ」

クロクロ「地震に備えてする避難訓練ですか?」

船長  「まあ、その手のものだ」

くまった「大きな地震が来たら、棚の上の物とか落ちてくるからね。

     机の下に隠れないと。

     船の上でも机の下に隠れた方がいいんですか、船長?」

船長  「船の上で地震の避難訓練をしてもあんまり意味がないと思うがな」

くまった「どうしてですか?」

船長  「船の上にいて、いつ地震が来たかわかるか?」

くまった「そういえば、船に乗って以来ずっと地震が続いていますね」

船長  「まあ、そんなところだ。

     『地震』の揺れがひどくなったら、船酔いどめの薬を飲んどいた方がいいぞ」

くまった「はい」

船長  「よし、見張りはやめにして、船底に行くぞ。そこから避難訓練をする」

クロクロ「はい」

 

というわけで船底に降りてきたクロクロたち。

 

船長  「では、今から避難訓練を行なう。

     船底に穴があいて、水が浸水してきたと想定しよう。

     船はまもなく沈む。

     よし、クロクロ、くまった、走って逃げるんだ。ほら、走れー!」

クロクロ「船長、穴をふさぐ仕事と乗客の誘導はどうするんですか?」

船長  「おまえら素人にそんな高級な仕事ができるわけないだろ。

     とにかく走って逃げるんだ。そら!」

くまった「でも、乗客を見捨てて逃げるわけにはいきません」

船長  「ものには順序というものがあるんだ。

     まずは自分だけ助かる訓練をする。

     そして、『自分は助かる』という確信が持てるようになったら

     乗客の身の安全も考えるようにするんだ」

クロクロ「はい」

船長  『自分だけが助かる訓練』を続けていると、なぜか本番のときに

     ほかの奴のことを考える余裕がでるんだ。

     逆に『乗客の誘導の訓練』ばかりしていると、イザというとき

     ちょっとでも訓練どおりいかないと、あわてて自分だけ逃げ出す奴が

     出始める」

くまった「そうなんですかあ」

船長  「そうとわかったらグズグズするな。ほら、走れー!」

クロクロ「うわー、大変だー、船が沈むぞ、逃げろー」

くまった「クロクロ待ってくれよー」

船長  「クロクロ、そっちに向かって走ってもダメだぞ。

     まずは甲板を目指すんだ、上を向かって走れ」

クロクロ「甲板は上だ、上だ、走れー」

くまった「ひえー。走って昇るのはキツイ」

船長  「身の安全がかかっているんだ。真剣にやれよー」

クロクロ「はい」

船長  「ほらほら、水が迫ってきたぞ」

くまった「おぼれるのはヤダよー」

船長  「ほら、走れ、走れ」

クロクロ「あー、クロクロは泳げないんだ。助けてくれー」

船長  「クロクロ、くまった、たいへんだ。甲板は上じゃなくて、下だ。

     上じゃなくて、下に向かって走れ! そらっ!」

クロクロ「うひょー、甲板は下だ、下だ、走れー」

くまった「クロクロ、そんなに後ろから押さないでくれよ。

     ころんじゃうよ」

クロクロ「くまった、何のろのろしているんだ。

     クロクロまで死んじゃうじゃないか。

     そこをどくんだ」

くまった「そんなあ。自分だけ助かろうとするなよ」

クロクロ「とにかく下へ向かって速く走るんだ」

くまった「うわー、死にたくないよー」

船長  「単なる訓練なのに、よくそこまで盛り上がれるな」

クロクロ「真剣にやれ、って言ったのは船長じゃあないかあー」

船長  「まあ、そうだな」

くまった「船長、下は行き止まりです」

船長  「船底だからな」

クロクロ「甲板はどこだ。甲板はー。どうしたらいいんだ。

     おぼれちゃうじゃないか」

船長  「常識を働かせろ。

     船底から出発したんだ、甲板は上に決まっているだろ」

くまった「でも、船長はさっき『甲板は下だ』と言いました」

船長  「いいか、非常事態の時は、耳にする言葉の半分はデマだ。

     非常事態の時ほど、不確かな話しが飛び交う。

     やみくもに他人の話しを信じるのは危険だ。耳にする言葉を疑う

     ことも必要だ」

くまった『耳にする言葉の半分はデマ』という話し自体もウソですか?」

船長  「妙な突っ込みを入れるんじゃない。

     上に向かって、さあ、走れー」

クロクロ「甲板は上だ、上だ、走れー」

くまった「クロクロ、待ってくれよー」

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クロクロ「ついに甲板に出てきたぞー」

くまった「船長助かりました」

船長  「まだだ。

     浸水の影響で、ボイラーが爆発しそうだ。爆発から遠ざかるには

     川に飛び込んで逃げるしかない。  

     よし、飛び込め!」

クロクロ「うわー!」

 

ザブーン

 

くまった「あっ、クロクロ」

船長  「くまったも飛び込め」

くまった「それより船長、クロクロは泳げないんですけれど」

船長  「何ー!!?」

クロクロ「うわー、助けてくれー」

くまった「今、助けに行くぞー」

 

ザブーン

 

船長  「くまった、クロクロに近づくな、しがみつかれて一緒に

     おぼれるぞ」

くまった「もう遅い。

     ふがふがふが」

クロクロ「助けてくれー」

船長  「浮き輪を降ろすからそれに捕まれ」

くまった「クロクロ、くまったに捕まるんじゃなくて、浮き輪をつかむんだ」

クロクロ「ひえー」

くまった「浮き輪をつかんだからって、くまったを放すなよ」

船長  「ほーら、くまったの分の浮き輪だ。そこへ投げるぞ」

くまった「あー、きたきた」

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なんとか船に引き上げられたクロクロ、くまった。

 

くまった「泳げないクロクロに向かって、『飛び込めー』だなんて」

船長  「事故になったら、乗客ひとりひとりについて、『この人は心臓が悪いから』

     とか、『この人は泳げないから』などと細かく調べながら誘導するわけじゃ

     ないからな。多少の危険はつきものだろう。

     でも、私自身も今回は勉強になったぞ」

クロクロ「プシュー」

くまった「大丈夫かい?

     泳げないのに飛び込むからだよ」

クロクロ「でも飛び込まないと爆発が」

くまった「うーん」

クロクロ「船に残れば爆発に巻き込まれるし、川に飛び込めばおぼれちゃうし、あー」

くまった「どちらにしろ助からないね。

     船で事故が起こったら」

クロクロ「・・・・・」

くまった「大丈夫だよ。鯨の来る町まではそう遠くないさ」

クロクロ「あーあ」

 

つづく

 

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