それは夕立のように

第三回雑文祭参加作品


「それ」は、いつもいきなりやってくる。


特に今のマシン (蒼炎) の性能に大きな不満があるわけではなかった。CPU も Video も不必要なまでに速いし、メモリや HDD もめいっぱい積んである。

強いて不満を挙げるとすれば、音である。サウンドカードの音質のことではなくて、 マシンが発する騒音の方だ。

といっても、うるさくてうるさくて困ってしまう、と言うほどではない。確かに音は大きめではあるが、普段使っているときに、 うるさいと感じることはあまりない。

問題は、夜なのだ。

例えば Web や ftp で大きなファイルをダウンロードしたいとき、マシンを立ち上げたまま寝てしまう、ということがある。 私の場合、かなり頻繁にある。そういうとき、かなり気になるのだ。音量はそれほどではないが、音質が、かなり神経に障るのだ。

私の場合、音のせいで眠れない、ということはあまり無い。だが、どうやらかなり眠りが浅くなるようなのだ。だから、 いくら眠っても十分睡眠がとれない。眠っても、眠っても、まだ眠い、ということになってしまう。

なんとかもうちょっと静かにできないだろうか、というわけで、対策を考えてみた。

音を小さくするには、元を断つ方法と、音をさえぎる方法と、二種類ある。まずは元を断つ方法を考えてみよう。

パソコンの内部で音の発生源となるのは、HDD や CD-ROM など、ドライブ類、それからケースや CPU の冷却ファンだ。

HDD は比較的静かだといわれる IBM 製を使っている。これはもう、これ以上はどうにもならない。問題はファンだ。 ケースのファンが吸気と排気で二つ、CPU の冷却ファンが二つ、 これにビデオカードのファンと電源のファンで計6つものファンが常時回っている。 これを何とかできないだろうか。

ケースのファンは既に静音タイプに換えてある。このマシンはかなり発熱量の高いパーツを使っているから、 内部の空気の流れを考えると、どちらかを外してしまうのはかなり不安だ。だからこれはもうどうにもならない。

電源のファンは、電源ごと換えなければならない。ハードに強い人ならファンだけ換える事もできるだろうけど、 私には無理だ。それに、電源を換えても今より静かになるかどうかもわからない。これも却下。

ビデオカードのファンは小さいから音もたいしたことはない。

後は CPU のファンだ。実はこれ、巷で売っている CPU クーラーじゃないのだ。 本来ケース用として売られている 6cm のファンを二つ、ヒートシンクにねじ止めした自作クーラーなのだ (写真)。 ケース用であるから、一般に CPU 用として売られているファンよりかなりでかい。当然音も大きい。

本来ならば、こんな大きな冷却ファンは必要無い。Celeron300A という CPU は、 そんなに発熱量は大きくない。だが、このマシンは定格 300MHz のこの石を、 無理やり 450MHz で動かしている。いわゆるオーバークロックというやつだ。 この状態で安定した動作を得るために、このような大げさなファンを取りつけているのだ。 これから暑くなることを考えると、とてもこれを外すわけにはいかないではないか。

と、いうわけで、騒音を元から断つ方法は却下。音を遮る方向で考えてみよう。

たいていの AT 互換機はそうであるが、このマシンのケースは鋼板製で、叩くとかなり音が響く。 ドライブ類やファンの振動がこのケースに伝わり、唸りをおこす。これが、神経に障る音質の原因の一つだと考えられよう。 このケースの振動を抑えることができれば、かなりの効果が見込めるはずだ。 なにかゴムのシートのようなものをケースの裏面に張りつけてしまおう。

そういうわけで、秋葉にやってきた。振動・騒音対策なら、オーディオショップに行けば、 いろいろそういうグッズがおいてあるに違いない、そう考えて、ラジオ会館4Fの、 オーディオマニア向けのパーツが並んでいる一角をのぞいてみる。

思ったとおり、「防振・防音シート」の類がたくさん並んだコーナーを見つけることができた。 ブチルゴム、アルミ箔、鉛、グラスウール、さまざまな素材の中から選んだのは鉛製の粘着シート。 ずっしりと重く、そして柔らかい。いかにも振動を抑えてくれそうな頼もしさだ。 わりと薄いのでケース内の部品と干渉する恐れがないし、ゴムシートの類と違って金属だから放熱を妨げる心配も少ない。 1m×40cm のロールで\4,000、結構高いけど、まあいいだろう。

さて、せっかく秋葉に来てそのまま帰るわけには行かない。鉛シートは重かったがあちこち見て回ることにした。 それがいけなかったのだな、今から思えば。

PentiumIII-450が3万円台。うっ。欲しい。欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい。
いつものアレが始まってしまった。もう、夕立のような勢いで頭の中に「欲しい」の雨が降り注ぐのだ。 なんといっても給料が出たばかりだし、もうすぐボーナスだし、経済的な歯止めはほとんど無いに等しい。

P3っていっても、いま使ってる Celeron と同じ、450MHz じゃないか。P3の新機能 (SIMD) を使わないソフトは大して速くならないよ

でも、SIMD対応のソフトはこれからどんどん出てくるし、うまく行けば 500MHz 以上で動かせるかも

今日は防振シートを買いに来たんだし、また今度にしよう

でも、Celeron と違って定格での 450MHz なら、あんな馬鹿でかい冷却ファンは要らなくなるよ。

う゛

それにこれ、リテール版だから、山陽電気のファンがついてるし、鉛シートとあわせればマシンだいぶ静かになるよ

…(陥落)

というような葛藤を経て、気がつくと「PentiumIIIの450MHz下さい」と店員に頼んでいたのであった。

まあ、それは別に良かったのだが、ふと横を見ると、何やら眼鏡のようなものを展示している。 そばにおいてあるディスプレイには「Tomb Raider」の画面が表示されていたのだが、 妙に映像がぶれている。いわゆる3Dメガネというやつだ。左右の目から見た画像を交互にディスプレイに映し、 メガネに内蔵された液晶シャッターで右目の映像を映しているときは左目の視界を遮り、左目の画像を映しているときは右目の視界を遮る。 裸眼で見るとぶれて見える映像が、メガネを通してみるとリアルな立体感を伴って見える、という仕掛けだ。

さっそくメガネをかけてみる。凄い。なんというか、飛び出して見えるのではなくてディスプレイが透明な水槽になったような感じだ。 3D というと立体感を強調しすぎて見にくく不自然な画面になりがちだが、これは自然でそれでいて迫力があるのだ。

欲しい、と思った。だが、ちょっと問題があったのだ。そのメガネはドイツのメーカー、ELSA の製品なのだが、 当然対応しているのは ELSA 製のビデオカードのみである。現時点での ELSA のビデオカードは、「ERASER II」「VICTORY II」 で、それぞれビデオチップとして「Riva TNT」「Voodoo Banshee」を使ったカードなのだ。

これらのチップはもちろん性能は悪くないが、 それらを使ったカードは実はもう持っているのだ。しかもそれぞれ既に後継チップ「Riva TNT2」「Voodoo3」が市場に出回っている。 つまり、いくら 3D メガネのためとはいえ、これらのカードを買うのはさすがに「いまさら」な感じである。 RivaTNT2 を使った ELSA の新製品「ERASER III」は6月にならないと入荷しない。それまで待たねばならないのだ。

そんなわけで後ろ髪をひかれる思いでショップを後にし、さらに他の店を回っていて、見つけてしまったのだ。

ASUS AGP-V3800 Delux
  • RivaTNT2 の高性能バージョンである TNT2Ultra 搭載
  • 32MB SGRAM
  • TV In/Out (ビデオキャプチャー機能)
そして...
  • 3Dメガネ付属

ほとんどためらうことも無く買って、鉛シートとP3とV3800、ほとんど重さを感じないほどハイな気分で帰宅した。

さっそく買ってきたパーツを取りつけ...たりはしない。まず、マザーボードのメーカー、ABIT のサイトにアクセスする。 もちろん、BIOS を P3 対応にアップデートするためだ。特に問題無くアップデートは終了し、まずは P3 を取りつける。 当然、ケースのふたを開けるついでに鉛シートの貼り付けも行う。

電源を入れてみる。蓋を開けたままのテストなので、残念ながら鉛シートの効果はわからない。ただ、 CPU ファンが変わった効果は確かに感じられる。新しい BIOS はちゃんと P3 を認識し、Windows も問題無く立ちあがる。

いくつかベンチマークを走らせてみる。やはり従来のソフトは「多少速くなる」程度のようだ。 クロックが変わっていないのだから当たり前だが。では、P3 の新機能に対応したベンチマーク、 「3D Mark99MAX」はどうだろうか。おお、確かにかなり速くなる。これからのソフトはかなり効果が期待できそうだ。

次に、いよいよビデオカードの交換だ。それまで使っていた Diamond Monster Fusion (Voodoo Banshee を使ったカード) を外し、V3800 を挿す。ドライバのインストールも滞り無く終わり、Windows が無事再起動した。まず画質をチェックする。 いままで ASUS のカードを使った事が無いので、ちょっと不安だ (同じチップを使ったビデオカードで、 メーカー間の差が一番はっきり出るのは画質なのだ)。今まで使っていた Monster Fusion はその点かなり良かっただけに、 ちょっと不安だ。

極めて良好だ。新製品にありがちなドライバのバグも見当たらない。

とりあえず動作に問題が無いので蓋を占めてみる。うんうん。だいぶ静かになった。これなら一晩中つけっぱなしでも大丈夫だ、 よしよし。すでに当初の目的はあまり重要でなくなっている私であった。

次に「3D Mark99MAX」を走らせてみる。やはり Banshee に比べてかなり速い。特に大きなテクスチャを扱う項目、 マルチテクスチャを扱う項目が大幅に速い (これらは Banshee の弱点なので当然なのだが)。

とりあえず基本性能は満足すべき結果のようだ。さて、いよいよ待望のメガネである。メガネをテストしてみよう。 ふふふふ、メガネメガネ....

.....

あれ?

.....

何だこりゃ?

.....

だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

ダメだったのだ。もう、お話にならないくらい、徹底的に、完膚なきまでに、ダメだったのだ。

何がダメって、まず、インターレースなのだ。インターレースというのは、画面を奇数番目のラインと偶数番目のラインに分けて、 交互に表示する方式で、つまり、右目と左目にそれぞれ奇数番目と偶数番目を割り当ててしまうのだ。

ということは、それぞれの目が見る画面は、垂直方向の解像度が半分になってしまうのだ。すごく汚い画面になってしまう。 しかも、ただでさえ液晶メガネのせいで画面が暗くなるのに、画面のラインが半分だから更に暗くなってしまう。 画面の汚さとあいまって、なにがなんだかわからなくなってしまうのだ。これでアクションゲームをやるのは拷問だ。 特にもともと画面の暗いスペースシューティングものは壊滅である。

さらに、それらを何とか我慢したとしても、立体感の出し方が、さっき書いた

3D というと立体感を強調しすぎて見にくく不自然な画面になりがち
これそのもの。もう、ELSA のメガネとはまさに月とすっぽん、ってやつだ。

しかも、3Dメガネ機能を On にすると、3D の画面ばかりじゃなくて、DirectX を使った画像は全部 インターレースになってしまう。つまり、2D のアクションまで汚い画面になってしまう。

結局 3D メガネ機能は「無かったこと」になった。もしかすると、これらの問題はソフト的に解決できるかもしれない。 将来のドライバのアップデートで何とかなるかもしれない。だが、そうだとしても現状では「おあずけ」である。

.....

まあ、メガネが無くても、TNT2Ultra だし、ビデオキャプチャーもできるし、 いいじゃないか。そう思い直して、次に DVD 再生のテストをすることにした。このマシンには DVD のデコーダーが装備されている。 このデコーダーは、「デジタルオーバーレイ」と呼ばれる方式で、DVD の映像と Windows の画面との重ね合わせをビデオカード側で行う。 重ね合わせをデコーダー側で行う「アナログオーバーレイ」に対して、Windows 画面の画質の劣化がないという利点がある一方、 ビデオカードによっては動作しないという問題もある。いままで Banshee では動いていたが、V3800 で動くかどうかはテストしてみなければ。

.....

うまくいかない。

.....

どうやら、16bit color で、しかも 1024x768 ドット以下の画面モードでしかうまく動作しないようなのだ。それ以上の解像度、 色数でも再生できなくは無いが、極端にコマ落ちする。 .....

確かに、DVD を鑑賞しよう、というときはそのくらいの解像度のほうが (その分 DVD の画面が大きく表示されるから) いいのだが、 まじめに鑑賞する時は、もう一台のマシンにアナログオーバーレイのデコーダが載ってるからそっちを使えばいいのだ。 広い画面でいろいろ作業している傍らで、小さな窓の中に DVD の映像が表示されている、という感じが好きだったのに。

これがソフト的に解決できるのかどうかはわからないが、どうやらしばらくは「そういう DVD の見方」も「お預け」のようだ

.....

それでも気を取りなおして、次に Linux を立ち上げることにした。XFree86 3.3.3 は TNT をサポートしており、 TNT2 (および TNT2Ultra) は基本的には TNT とおなじコアを使っているので、使えるはずだった。 使えるはずだったのだが

.....

使えない。

.....

恐らく、使えないわけではないのだろう。何か設定をすれば使えるに違いない。もしかするとパッチを当てる必要があるかもしれないが。 だが、やり方がわからない。いずれ誰か偉い人が解決法を考えてくれるだろうけど、それまでは Linux も(このマシンでは)「お預け」なのか。

.....

もしかして、これって「外れ」ってやつ?

まあ、DVD は見られないわけじゃないし、Linux は別にどうでもいいし (別マシンで本格稼動してるから)、ビデオキャプチャーもできるし、なんと言っても基本性能はすごくいいから、元に戻すほどではないけどね。

でもメガネが使えないのは痛いな。期待してただけに。ELSA のを見た後だけに。

最近「外れ」が無かったから油断してたんだな。

本当に、「外れ」はいつも、いきなりやってくるんだ。

つまり、「それ」は「衝動買い」のことじゃなくて「外れ」のことだったんですよ、って誰に話してるんだ私は。 「外れる」に「はずれる」じゃなくて「それる」って読みがあればうまく落とせるのに、ってそううまくはいかないよね。

まぁ、外れをつかむのも PC の楽しみのひとつなんだよね。これからもこうやって衝動買いして、それがうまく動かなくて七転八倒してみたり、 そんな事を続けていくんだろうな私は。

そう、そんなのも、ちょっと、わるくない。

後日談 (update : 7.Jun.1999)

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