ちゅうなごんあさただ
中納言朝忠

   ●(九一〇〜九六六年)
    藤原朝忠。三条右大臣藤原定方の五男として生まれ、八歳で昇殿を許されました。
    応和三年に従三位中納言となりました。
    三十六歌仙の一人として数えられ、また笙の名手だったと伝えられています。

    『拾遺集』の詞書に「天暦御時哥合に 中納言朝忠」とあります。この歌合は平兼盛 と
    壬生忠見と同じく天徳四年三月三十日の内裏歌合で、この歌の相手は藤原元真で、元真の
    「君恋ふとかつは消えつつふるものをかくても生ける身とやみるらむ」の歌と番えられて
    勝ちとなった歌です。判定人の小野宮左大臣実頼は「詞清げなり」と勝因を言っています。
    このとき朝忠は五一歳で、この歌合の六年後に亡くなりました。

   ●この和歌は『拾遺集』恋一・六七八に収められています。






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