ごとくだいじのさだいじん
後徳大寺左大臣

   ●(一一三九〜一一九一年)
    大炊御門右大臣公能の息子で藤原実定です。母親は権中納言俊忠の娘ですので、定家とは
    従兄弟にあたります。祖父の徳大寺左大臣実能と区別するために後徳大寺と呼ばれました。
    詩歌、管弦を好み、大変な蔵書家でした。家には西行法師
ら当代の歌人の出入りが盛んで
    あったという話から、歌道を保護育成する立場にあったようです。
    『平家物語』には平宗盛に官を越えられ遠く厳島に詣でて、ようやく左大将になった話が
    あったりと、逸話の多い人物です。

   ●この和歌は『千載集』夏・一六一に収められています。






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