卒業式の終わった学校は、閑散として人の息づかいもない。
 否、ただ一室だけ男子生徒で満杯の教室があった。3年H組。鏡魅羅親衛隊の面々は、固唾を飲んで結果がもたらされるのを待っていたのだ。
「来たか!」
 突如足音が静寂を破り、教室の扉が勢いよく開かれる。弾かれたように視線を集中するその先に、一人の親衛隊員が青ざめた顔で荒く息をしていた。
「どうだった!」
「おい、しっかりしろ!!」
 駆け寄る一同を手で制した彼の、しかしその顔は青かった。なんとか呼吸を整えようとするのだが、ついに耐えきれず絶叫が響きわたる。
「鏡さんが!鏡さんがああぁぁぁ!!」




鏡鉄人SS: 親衛隊 アレ・キュイジーヌ!






「くそぅ、主人め!!」
 A組の主人公が伝説の樹の下へ走っていき、その下では魅羅が待っていた…。その報告を受けた一同はやり場のない怒りに身を震わせ、あたりかまわず怒号をぶちまけるしかなかった。
「きっと何か汚い手を使ったに違いない!たとえば恥ずかしい写真をばらまくぞとか」
「何て野郎だ!このままにしておいていいのか!?なあ隊長!!」
「落ち着け!!」
 安土隊長の一喝に思わず教室がしんとなる。つい先ほど卒業式を迎えた最上級生が、確かにこれではいささか情けない。
「すまん、安土…」
「でも俺たちの気持ちもわかってくれ…」
「ああ、お前らの想いはこの俺が一番よく知っているつもりだ…。ここは冷静に、如何に主人を殺るかを考えようじゃないか
 しーーん
「てめぇが一番危険だぁぁーーーー!」
「俺としてはコンクリに詰めてきらめき川に流すのが一番と思うんだがクックッ
「ああっ目がマジだ!!」
「嫌だっさすがに犯罪者は嫌だ!!」
「水かけろ水ーーーっ!!」
 そんなこんなでてんやわんやのH組に、不意に扉をノックする音が響く。息をのんだ一同が、安土の合図でそろそろと扉を開けた。
 そこに立っていたのは…一人の少年だった。
「主人、貴様ァ!!」
 さっきの言葉はどこへやら、全員の目に殺意が走る。ゆっくりと入ってくる公を取り囲み、まさに一触即発の空気が流れるその中。
「…聞いてくれ、みんな」
「聞けだと…!」
 安土の声は激情を必死で押さえるかのように小刻みに震えていた。3年間の自分たちの活動の結果がこれか。こんな結末のためだったのか。
「安土、俺の話を…」
「俺は…俺は鏡さんにすべてを尽くしてきた!この人のためなら死ねると思い、なにもかも捧げつくした!バイト代は貢ぎ物に消えた。荷物持ちも喜んでやった。鏡さんが幸せになるためなら敢えて身を引くこともしよう! しかし主人、貴様だと!?断じて認めん!貴様など鏡さんを不幸にするだけだ、誰が貴様など!!」
「いいから、話を聞け!!!」
 バン!!!
 机が思いっきり叩かれる。隊員はもちろん安土すら気圧される中、公は重々しく口を開いた。
「『鏡は、自分自身以外の全てを映し出す』…」
「なに…?」
 一瞬何を言ってるのかわからず隊員達はきょとんとする。安土の視線に促され、公は淡々と言葉を続けた。
「お前たちは鏡を見たことがあるだろう?そこには自分の顔が映っていたり、他のものが映っていたりする。でも鏡自身が映ることは決してないんだ…」
「だから何だというんだ!!」
 あくまで静かな物言いに、苛立ったように外部から声が上がる。公は相手をにらみつけると、周囲の全員に対し一気に言い放った。
「お前たちは彼女の何を見ていた!? 鏡さんが周りにちやほやされながら、本当はいつもどんな想いだったか考えたことはあるか! いいやお前らが見ていたのは彼女じゃない、彼女に映し出した自分自身の理想でしかないんだ!! 鏡さんのためと言いながら…実際はそこに映る自分を見て自己満足に浸っていただけではないのか!!!」
「!!!」
 彼らの答えは様々だった。ある者は拳を握りしめ俯いて、ある者は抗議の声を上げようとして叶わず、またある者は横を向いて何かぶつぶつと言いながら、しかし公の真っ直ぐな視線を受け止められる者はそこにはいなかった。それは結局、彼の言うことに一理あるという証ではなかろうか。
「しっ…しかし!!」
 唇を噛みしめていた安土が最後の反撃に出る。
「なら貴様はどうだというのだ!? 貴様が鏡さんの本当の心を知っているという証拠はあるのか!!」
「それは…俺の口からは言えん」
「何だとォ!!!」
 自分勝手な言いぐさだ、行き場のなかった憤りが新たな出口を見つけたかに見えた。しかしそれが爆発する前に、公は厳かに宣告した。
「なぜなら…」

「公君?」
「あ、いや」
 誰もいない廊下。でも自分の隣には魅羅がいる。女王様の仮面を脱ぎ捨て、心優しい少女の顔を見せてくれた彼女が。
 しかしそれは同時に偽りとはいえ強さを失ったことでもある。今までずっと無理をしてきた彼女の、これからは自分が支えとなってやらねばならないのだ。
「(俺につとまるんだろうか…)」
 彼女の告白の重みを感じるだけになおさらそう思う。はたして今の自分に、彼女を受け止められるだけの度量があるのだろうか。
「まだ、心配なの?」
「いや…そうじゃないよ」
 公は安心させるように微笑み、魅羅もまた柔らかな笑みとともに彼の腕を取った。心配というのはこれから親衛隊に説明しに行くことの話だ。まずは彼らに納得してもらわなくては…。
「それじゃ、行くよ」
「ええ」
 見慣れたH組の扉の前に立つ。自分は彼らに謝るべきなのだろうか、魅羅はそんなことを考えていた。自分にとって彼らがどんな存在だったのか。それもまたこれからはっきりさせなくてはならないのだろう。
 ガラッ 公の手で扉が開く。
「みんな…」

「!!?」
 それは異様な光景だった。扉を開けたのは公と魅羅。親衛隊に取り囲まれているのは公。いや、今気づいた。囲まれながらも腕組みをして不敵な笑みを浮かべているその男。今まで自分たちを諭していたその男が、主人公であるはずがないのだ。
「てめぇ何者だぁーーー!!」
 親衛隊員の一人が殴りかかるのを、男はひらりと身をかわす。一同が動き出す前に窓を開き、そのまま窓枠へと飛び乗った。外からまだ冷たい風が吹き込んでくる。
「鏡は、自分自身以外の全てを映し出す」
「だ、誰なんだお前は!!」
 公が叫び、魅羅も目を丸くする。外の光を背に、謎の人物は2人を見据えた。
「鏡は、自分自身以外の全てを映し出す…。鏡魅羅よ、お前が彼らの鏡像なら、彼らもまたお前の鏡像。自らのガラスの壁を捨て去る勇気を持てたなら、彼らの壁を取り除くのも難しくはあるまい。その時こそ偽りではない、本当の強さを得ることが出来るだろう!」
「あ、貴方は…」
「そして主人公よ!!」
 自分と同じ姿の彼に、公は思わず姿勢を正した。
「迷うことはないのだ! 今隣にいる女性こそお前自身の3年間の証。それに気づくことができたなら、真実はもはや消え去ることはあるまい!!」
「ま、待ってくれ! あんたは一体…」
「私に言えるのはこれだけだ。さらば!!」
「!!」
 一同が息を飲む中を、ひらりと窓枠から飛び降りる。何事もないかのように3階の高さから。
 慌てて公と魅羅が窓へと駆け寄ったとき…眼下にも、他のどこにも、彼の姿の名残すらなかった。
「鏡さん」
「主人…」
 振り向けば安土が、親衛隊が、謎の人物が口にできなかった答を待っている。それぞれが各自の想いを胸に、決着をつけるべく2人の言葉を待っているのだ。
 そう、彼が誰かは知らないが、自分の鏡となるべく駆けつけてくれたのではなかろうか。2人もまた自らの心を正直にぶつけなくてはならない。
 映ったものではなく本当の想いを、同じ時間を共有した者として。
「みんな聞いてくれ、俺は…」
「私は…!」


 外の風は冷たいが、それでも春は確実に近づいている。誰もいない学校の中で、ただH組の教室でだけ、少しだけ延びた卒業式が行われていた。主人公と鏡魅羅。そしておいおいと泣きながら、2人を祝福する男子生徒たち。彼らの想いは魅羅へと伝わり、その美しい頬にまた涙の筋を作った。

 そんな彼らを、校庭の木の上から見守る者がいる。黒い学生服に怪しい覆面、額に輝く『愛』の文字。言わずと知れた学生ジョーだ!
「鏡魅羅親衛隊よ。確かにお前たちの想いが正しい方向を向いていたとは言えないかも知れん。しかしそれでも世界に2つとない、紛うことなき3年間の思い出。それを糧とし、次は鏡に映る自らのみならず、映らない相手の本当の姿を愛してやってほしい! さすれば今のその涙も、必ずや報われることだろう…」
 そして一陣の風が巻き起こり、ざあっと葉の震える音とともに彼の姿は木の上から消える。後にはその正体を語るものとてなく、ただ木の葉が空に舞うだけであったという…。




<END>





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