暖房物語(後)


 早鐘を打ち続ける心臓を押さえながら、ソーニャの足は自然と生徒会室に向かっ
ていた。壁の向こう側からは、だいたい予想通りの声が聞こえる。
「そこをなんとかっ、この通り!」
「駄目と言ったら駄目だ」
 そっと扉を押して中を見てみると、やはりというか生徒会長を前に頭を下げまく
るルーファスが見え、ソーニャは軽くため息をついた。
「ソーニャ?」
「あっ」
 ため息が聞こえたのかそれとも扉がきしんだのか、ルーファスにこちらを向かれ、
ソーニャの理性は一時停止した。
「あ、あの、違うんですっ!別に心配とかそういうんじゃなくてそのっ」
「ソーニャ…助けて」
「…言ってて情けなくないんですか?」
「すごく情けない」
「なら言わないでくださいっ!」
「まったくこんな男がマスターとは、君たちは一体何をやっているのだ」
 会長の指摘に思わずむっとするソーニャちゃん。
「まったくその通りだけど、あなたに言われる筋合いはないわ」
「その通りって…」
「まあ、入りたまえ」
 ソーニャは扉を後ろ手に閉めると、ルーファスを押しのけるようにして生徒会長
に相対する。
「どうしても太陽石は分けてもらえないのね?」
「すでに配給は済ませてある。次の配給を待つか、部費で買うかするんだな」
「冬合宿で全部使っちゃったよ…」
「そんなことは当方の関知するところではない」
「まったくね。無計画に使う方が悪いのよ」
「さすがは学年トップのソーニャ君。他の部員とは違う」
「いえ、あなたも会長のつとめを立派に果たしていると思うわ」
「意気投合してんじゃねーよ!!」
ギロリ
「だいたいあんな広い部室を使うのがそもそもの間違いよ。熱効率が悪いったらあ
 りゃしない」
「まったくだ。おとなしく部室長屋へ移れば我々だってそううるさいことは言わな
 いものを」
「いや、でもね、あそこは歴史あるWAの部室だし、なんせデイル先輩が…」
「どうしてあなたはそうなのっ!?」
「さっさと退陣してソーニャ君にマスターの座を譲ってもらいたいものだ」
「そうね。それしかあの部を立て直す道はないわね」
「部長変更届はあちらに」
 校内で1、2を争うきつい女の子の集中砲火を受け、あえなく撃沈するルーファ
ス。まだ18歳の冬だった。

 生徒会室に着いた真琴たちが目にしたのは、ルーファスを慰めるソーニャという、
世にも珍しい光景であった。
「そうさ…どうせ俺は情けない部長さ…フフ、フフフ…」
「言い過ぎましたってば!しっかりしてくださいっ」
「ル〜ル〜ルルルル〜ル〜〜」
「ね、ねえ…立ち直ってってば…」
「ひゅーひゅー、あっつーい」
 いきなり飛んできた黄色い声に、ソーニャはあわててルーファスから飛び離れる。
「メ、メリッサっ!いつの間に!」
「その様子では見事に不首尾だったようだな」
「そんな…ボクセンパイを信じてたのに!」
「あああああっ俺が悪かったぁぁぁぁ!」
「ラシェルっ!」
「あ、ご、ごめん。ホントは全然信じてないよ!」
「‥‥‥‥‥」
「いや、だからそうじゃなくてね!」
「ええいわざわざ生徒会室に漫才やりに来たのかお前らは!」
 その時それまで黙っていたチェスターが、ずかずかと生徒会長の前に進み出た。
「太陽石よこせ。あんだろ?」
「君らの分はない」
「俺に凍死しろってのか!?」
「しろ。遠慮はいらん」
「そうね、この程度の寒さで凍死する人なんてどうせろくな冒険者になれるはずも
 ないし」
「どっちの味方だよてめえは!」
「誰が言おうが正しいものは正しいし間違っているものは間違っているのよ。おか
 しいと言うなら論理的具体的になおかつ簡潔にわかりやすく反論してみなさいよ
 ほら早く」
「‥‥‥‥‥」
 何も言えないチェスターに、メリッサが檄を飛ばす。
「もうちょっと引っ張ってよ!せっかくこの部屋あったかいんだから」
「馬鹿者、言ってはならないことを!」
「…おまえら3秒以内にこの部屋から出て行けっっ!!」
 ついに爆発した生徒会長に、廃人と化したルーファスは無策である。心配そうに
ルーファスの方をちらりと見ると、ソーニャは生徒会長に一つのことを要求したの
だった。
「会長、魔法炉を使わせてもらえないかしら」

 そもそも魔法炉は魔力付与術(エンチャントメント)に使う魔力集中装置であり、
複数の人間の魔力を一つの物体に込められるのが特徴である。実習用の魔法炉は
魔力付与術士が使う本格的なものにはほど遠かったが、チェスターもいることだし
全員の魔力を石に込めればそれなりの太陽石ができるに違いない…というのがソー
ニャの意見であった。
 生徒会長から許可を(実に渋々とした許可だったが)もらった一同は、意気揚々
と実習室へとやってきた。
「ただの太陽石じゃつまらないなー…とか思わない?」
「全然思わない」
 実習の経験のあるルーファスと真琴が炉の点検をし、ソーニャが図書館から本を、
チェスターがエフェクターを、ラシェルとメリッサが材料の石を持ってくる。
「これどうかなー?中庭で拾ってきたんだけどぉキレイだしー」
「そんな大きな石を持ってきてどうするのよ…」
「大丈夫だっ!気合いさえあればなんとかなるよ!」
「そういう精神主義はやめなさいって言ってるでしょう。だいたいそれだと魔力密
 度にムラができるのよっ」
「まあいいだろう。もともといい加減な部だ」
「…真琴先輩まで染まるとは思いませんでした」
「何とでも言え」
「そ、それはともかくっ。石の成分はどうなの?魔法石に適するのは主に歴昂石や
 星明石であって」
「ここにセットすりゃいいのか?」
「早く魔法使おうよー」
「人の話を聞きなさいよっ!」
 一人流れに棹さすソーニャに、ルーファスは苦笑しつつ軽く肩を叩く。
「こうなるともう無理だよ。俺の経験が深く保証する」
「もうっ…失敗してもいいんですか?」
「ま、なんとかなるんじゃないか」
「そういう考えは嫌いです」
 ぷい、と横を向く青い髪の少女に、不意にルーファスの表情が優しさを帯びた。
「…ごめんね、いつも頼ってばっかで」
「‥‥‥‥‥‥」
「でも本当に感謝してる。ソーニャがいてくれるからいつもなんとかなってるんだ
 よな」
「…別に感謝してくれなくて結構です」
「あ、こんなこと言ってるからダメなんだよなあ。もうちょっと俺がしっかりしな
 いと」
「まったくです!本当にしっかりしてください!」
 そう言ってソーニャは後ろを向き、ルーファスはまた怒らせたと頭をかく。だか
ら彼女の瞳にほんの少しだけ浮かんだ涙は、結局誰の目にも触れることはなかった。

 自分がまわりから煙たがられていることは知っている。自分がいないからといっ
て誰も困りはしないということも。だからルーファスが自分を必要としてくれるの
は、きっと何よりも嬉しかった。
 本当は大好きだった。ルーファスが、部が、みんなが。でもソーニャはソーニャ
でしかいられなかったし、そんな彼女がこの場所にいられるのは、あの気弱だけど
優しいマスターがいるからだった。


「それじゃみんなであの魔力吸収板にフレイムアローを放つんだ」
「石に魔力が流れ込む様をイメージしてな」
「おっけー(ニヤ)」
「マスター!計画の安全な遂行のために1stを1名外すことを提案します!」
「ひっ…ひどいわ…」
「まだあなただなんて言ってないわよ」
「でもメリッサのことでしょ?」
「うん」
「オニーー!」
「なんでもいいからさっさとしろよ!寒いんだからよ!」
「メリッサ、チェスターが気の毒だから今日はやめとけよ」
「はーい…ぶつぶつ」
「それじゃみんないこう!」
「光と炎の矢よ…」
「我が敵を滅ぼせ!」
<フレイムアロー!>

 できあがった太陽石は実に見てくれの悪いものだったが、問題は中身である。部
室に戻った一同は、かたずをのんでルーファスが魔力を解放するのを見守った。
「イール・イーラム・ライ。開かれよ、赤の魔石。宿りし力を解放せよ」
 太陽石がぼうっ、と光り、周囲から歓声の上がる中少しづつ空気が暖まっていく。
市販品にはとても及ばぬものの、とりあえず凍死せずには済みそうだった。
「ああ、生き返ったぜ…」
「くおらチェス太郎!あんた一人でへばりついてんじゃないわよっ!」
「ソーニャセンパイ、なに渋い顔してるの?」
「…これで材料が歴昂石なら、もっと十分な熱量が得られたんだから…」
「まーたまた、細かいことは気にしない!」 ばんっ
「いたっ!」
 気温が上がって雰囲気まで明るくなった部室で、住人たちの精神的温度も上がっ
たようだ。常はクールな副部長も、楽しそうにルーファスに声をかける。
「なんでもやってみるものだな。これで太陽石の心配はないだろう」
「ああ、でも…」
 一年前のことを思い出したのだろうか。幸せそうなルーファスはしみじみと述懐
した。
「やっぱり、みんながいるとあったかいよなあ」

 …最初に吹き出したのはラシェルだった。たちまちのうちに部屋中に4人の笑い
声が響きわたり、哀れルーファスはうろたえるしかない。
「な、なんだよ。俺なにか変なこと言ったか!?」
「セ、センパイってば…」 ばんばん
「ひーっ恥ずかしー!」
「くくくくく…いや、素晴らしい。実におまえらしい!」
「ああっチェスター!おまえまで笑うなっ!」
「だ、だってよ…ははは…腹痛え…」
 ソーニャはこちらに背を向けていたが、その肩は小さく震えていた。必死になっ
て笑いをこらえる彼女を、ルーファスは前からのぞきこんだ。
「こ、こっち見ないでくださいっ!」
「俺なにか変なこと言った?」
「だいたい人数が多くなれば気温が上がるのは当たり前でしょう!?まったく、な
 にを言ってるんですか!」
「そういう問題じゃないと思うんだけど…」
 何度も繰り返された、二人の会話。いつも言うたびに少しだけ後悔して、後悔す
るたびに必死で打ち消してきたのに、今はすごく貴重に感じられた。いつも90%
しか確信できない自分の正しさが、今だけは確かに胸の中にあった。
 太陽石の淡い光の中、ソーニャの心の枷が優しく溶けだす。大事な場所、大事な
人。彼女の宝物はまだ迷宮の中にあるけれど、もう少しで手が届くかもしれない。
「なんなんだよ…ちぇっ」
 ふてくされるルーファスの背を真琴が軽く叩き、ようやく笑いをおさめたチェス
ターは怒ったような照れたような顔をする。メリッサとラシェルは机を叩いて笑い
続け、ソーニャはそっと涙を拭いて幸せそうに微笑んだ。

 ここにいられて良かった。あなたに会えて良かった。

 どうかいつまでも、こんな時間が続きますように。


                           <END>


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