暖房物語(前)


 長い歴史を誇るウィザーズアカデミーの部室はとっくにガタがきていて、おまけ
にデイルの魔法実験で壁にひびまで入っており、冬はまるっきり極寒地である。
 今日もルーファスと5人の部員が来ていたが、芯まで凍るような寒さにとても活
動どころの話ではなかった。
「やってられるか畜生!」
 最初に音を上げたのは寒がりチェスターである。まだ来て5分もたっていなかっ
たが、小刻みに震える彼の姿はほとんど見てて気の毒だった。
「お、落ちつけチェスター!」
「メリッサも帰るー」
「わたしも失礼するわ。とても勉強のできる環境じゃないもの」
「ち、ちょっとっ!」
 あわてて扉の前に立ちふさがったルーファスだが、6つの白い眼を前に、後ろの
2人に助けを求めるしかなかった。
「…そちらのみなさん、なんとか言って」
「みんな情けないなあ。こんな寒さ大したことないじゃないか!」
「おまえはな」
「な、なんだよっ。真琴センパイもけっこう寒がりなんだね」
「なにを言う。冬は寒いのが当たり前だ」
「だからといってそれをそのまま受け入れるのは単なる無思考と思います」
「もーっ、そーゆー話はよそでしてよぉ」
「とにかく俺は帰るんだ!どけ、ルーファス!」
「あああああっ」
 ぴゅううぅぅぅぅ
 強いすきま風が吹き込み、チェスターでなくても身をかがめる。しばらくして顔
を上げた部員達は、ルーファスに向かっていっせいに質問した。
「太陽石は?」
「…ない」
「ひとつも?」
「‥‥‥‥‥‥‥(T_T)」
 はぁ〜〜〜〜〜〜ぁ
 珍しくみんなの呼吸がひとつになる。別にルーファスは嬉しくもなんともなかっ
たが…

 太陽石は魔法炉を用い火の魔力を封じ込めた魔石で、呪文を唱えると蓄えられた
熱量を少しづつ解放する便利な代物である。学園ではまとめ買いされて配給されて
おり、おそらくここ以外の全部室で使われていることだろう。
 それがなんで無いのかと言えばやはりというかデイルである。昨日「俺は海ヒド
ラと戦うんだぁぁっ!」といきなり叫んで姿を消したときはみんな手を打って喜ん
だものだったが、部室備え付けの太陽石がすべて持ち去られたことに気付くと、や
り場のない怒りに壁を蹴るしかなかった。
「だいたいてめえがひとっ走り買ってくればいいんだよ!それでも部長か、ええっ!?」
 最大の被害を被ったチェスターは壁では足らずルーファスに当たるのだが、当た
られる方だって不機嫌度はかなり高めである。
「…買ってくるから金よこせ」
「お、俺が金あるように見えるかよ!」
「じゃあなにか!?俺にはあるように見えるってのか!?」
「センパイ、貧乏なんだ…。大丈夫!ボクも貧乏だよ!」
「…そう…」
「はーいっ、メリッサも貧乏でーす」
「そりゃあよかったね畜生!」
 お互いの不幸を確認しあうと、彼らはすがるような視線を副部長に向ける。
「う!…い、いや、この前財布を落としてしまってな」
 生地につぎ込んだなどとは口が裂けても言えない真琴は、不本意ながらウソをつ
くしかなかった。
「すまないな」
 裏切られた期待の眼はそのまま横へ平行移動し、青い髪の少女の上で停止した。
「…なによ」
「いや、お金…」
「なんでわたしがデイルの後始末をしなくちゃならないの!!?」
「へいっ!」
「まったく…あんな人のためにびた一文出す気はないわ。頭を使って別の方法を考
 えなさい」
 うーーーん、と頭をひねる一同。ふいにラシェルが手をたたいて叫んだ。
「そうだ!みんなで校庭走ればあったまるんじゃないかな!」
「‥‥‥‥‥」
「あ!べ、別にソーニャセンパイが運痴なのバカにしたわけじゃないよ」
「へえー…」
「この寒いのに校庭に出る気にはならんな」
「めんどくせえ!俺が少し派手に燃やしてやるぜ!」
「火はまずいってば!使うなら他の魔法を」
「他の魔法というと、爆裂魔法とか!?」
「やめなさいっ!」
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 それ以上会話が続かず、再び風の音が耳を打つ。
「とととととにかく俺は帰るぜ」
 すでに歯の根が合わないチェスターは、唇まで青くなっている。
「わかったよ…なんとか生徒会長にかけあってみよう」
 神妙な面もちのルーファスに対し、部員たちはいっせいに意外そうな顔をした。
「かけあうって、なにを?」
「いや、太陽石分けてもらえないかって」
「やめておけ、無駄なことを」
「マスターじゃねぇ〜。押し弱いし〜」
「もう少し自分の交渉力を自覚したらどうですか?部費だってほとんど取れなかっ
 たくせに」
「てめえ待ってたら本気で凍死しちまわあ」
「この部屋よりおまえらの方がよっぽど冷たいぞ…」
 さすがに気の毒になったのだろう、ラシェルがルーファスをかばうように立った。
「みんなひどいじゃないか!もっとセンパイを信じてあげようよ!」
「ラシェル!」
「ボクは信じるよ!センパイはきっと太陽石を持ち帰ってくれるって!」
「ううっ、ありがとう」
「お礼なんていらないよ。センパイが生徒会長なんかに負けるわけないもの!」
「…そう?」
「ましてやボクらの信頼を裏切るなんて、そんなこと絶っっ対にあるわけないっ!!
 そうだよねセンパイ!」
「そ、その…どうかな…」
「センパイ、ファイトだっ!」
 ラシェルの声援に送られて生徒会室に向かうルーファス。よかったね。
(なんだか思いっきり墓穴を掘った気がするのはなぜだ…?)

 後に残された部員5名は、ソーニャの提案でバケツの水をトゥーホットで沸かす
というささやかな抵抗に出たのだが、当のソーニャは湯気にも当たらず部屋の中を
歩き回っていた。
「どうした?ソーニャ」
「えっ?べ、別になんでもありませんけど」
 どう聞いてもなんでもないという声ではない。真琴に見すえられ、ソーニャはつ
とめてさりげなく語を紡ぐ。
「…真琴先輩、マスターが太陽石もらえると思います?」
「無理だな」
「無理って…」
「しかしこれもあいつに課せられた試練なのだ。ここで手助けすればそれはあいつ
 のプライドを傷つけることになる」
「そ、そんなにプライドの高い人とも思えないんですけど」
 うろうろうろうろ
「ソーニャセンパイ、そんなに心配なの?」
「べっ、べべべ別に…」
「だったら見に行ってくればいいだろう。ここにいても何があるわけでもなし」
「し、心配なんかじゃありませんっ!変なこと言わないでください!」
 ‥‥‥‥‥‥
 ソーニャに集まる不審の目。ジト汗のソーニャの耳に一番聞きたくない声が響き
わたる。
「あーっ!もしかしてぇ、ソーニャ先輩ってば…」
「な、なななななにを言い出すのっ!」
「ふーんそうだったんだー。へー」
「いったいどういうことなの!?ボク全然わかんないよ!」
「わかるように説明しろ。気分が悪い」
「もーっみんな奥手ねぇ。つまりソーニャ先輩はぁマスターが…」
「違う違う違うーーーっ!!!」
 耳まで真っ赤になって否定するソーニャだったが、誰も聞いちゃいなかった。
「あ!もしかして好きってことなんだね!」
「なんと趣味の悪…いや、まあそういうことなら仕方あるまい」
「な、な、なにが仕方ないんですかっ!真琴先輩までそんな…」
「もー照れちゃってー。うひゅひゅ」
「頑張ってね、センパイ!」
「(うるせえ…(--;)」
 こういう騒動には関わらないようにするしかないチェスター君。お気の毒。
 逆に寒さも忘れて生き生きしだすメリッサ。
「やっぱりー、ちゃんとマスターの気持ち確かめなくっちゃねっ」
「どうやって?」
「ほほほのほー!ズバリ直撃インタビューよっ!」
「やめてよっ!
 …みんなしてわたしのことバカにして…もう…知らないっ!」
 半泣きになって部室を飛び出すソーニャ。ラシェルがすまなそうに言った。
「…なんか、ちょっとかわいそうだったね」
「別にわたしはバカにしたつもりは無いのだが…」
「まーいいじゃないの細かいことは。ああっ燃えてきたわ!」
「(女ってやつぁ…)」
 なんだか頭痛がしてきたチェスターだった。


                           <続く>


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