勝三郎は装置、背景の担当だった。
「出し物が決まって、そのセットの計画はとても楽しいものでした。幕間をいかに短くするか、組み立てやすくするか、たくさんのデザインや設計図らしいものを夜遅くまで描いたものでした。それを大道具の諸氏と打ち合わせ、いろいろ検討するのですが、いろいろの障害を解決して皆が納得ゆくセットができたときは、何ともいえぬ喜びを感じたものです。」(「ビルマ敗戦記 - 死の戦場とマンダレー収容所」より)
ひかり座のページでは、浜田芳久著「ビルマ敗戦記 - 死の戦場とマンダレー収容所」(1982年 図書出版社) を参考にさせていただいた。著者の浜田氏は新生劇団の中心的な存在で、脚本、演出に活躍された。
ここに載せた絵のもともとの原本は、マンダレーで描いて浜田氏に差し上げたものである。それを御著書刊行のおりに氏がコピーにとって送ってくださった。このページにはそのコピーをスキャンして載せている。
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