にゅうどうさきのだじょうだいじん
入道前太政大臣(藤原公経)

   ●(一一七一〜一二四四年)
    藤原(西園寺)公経です。実宗の2男です。六一歳で出家をしました。法名は覚空
    (覚勝と)承久の乱では公家でありながら幕府方を支持し、乱後内大臣さらに従一位
    太政大臣となって位人臣を極めました。妻が源頼朝の妹の夫である一条能保の娘だっ
    たので、鎌倉方との縁が強く、それが政治的に有利に働きました。また姉は定家の
    妻となっていたので、定家は公経からずいぶんと庇護を受けていたようです。

    建仁元年(一二〇一)の『新宮撰歌合』、『千五百番歌合』などの歌合に参加しています。

   ●この和歌は『新勅撰集』雑一・一〇五二に収められています。






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