むらさきしきぶ
紫式部

   ●(九七〇年頃〜 一〇一九年正月までは生存)
    越後守為時の娘。藤原宣孝に嫁ぎ、大弐三位ともう一人娘をもうけます。しかし僅か三年後に
    宣孝と死別し、寛弘二年(一〇〇五)頃一条院中宮彰子に出仕して、晩年まで使えました。
    はじめは藤式部と呼ばれていましたが、源氏物語の「紫の上」のことを書き出したことから
    紫式部と呼ばれたようです。

    この和歌の詞書として「はやくよりわらはともだちに侍りける人の、年ごろへてゆきあたる、
    ほのかにて七月十日のころ、月にきほひてかへり侍りければ」とあります。

   ●この和歌は『新古今集』雑上・一四九七に収められています。






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