●(九〇八〜九九〇年) 清原深養父の孫で、清少納言の父。梨壷の五歌仙、三十六歌仙の一人に数えられています。 最終官位は従五位肥後守です。 村上天皇の御代に和歌所の寄人となって、『万葉集』に訓点を加えたり、『後撰集』の 撰進にあたりました。 ●この和歌は『後拾遺集』恋四・七七〇に収められています。