せいしょうなごん
清少納言

   ●(生没年未詳)
    村上天皇康保年間(九六四〜九六八)生まれ、後一条天皇万寿年間(一〇二四〜一〇三八)に
    没したと推定されます。
    清原深養父の曾孫にあたり、父は清原元輔です。橘則光と結婚、やがて正暦四年(九九三)頃
    一条天皇の中宮定子の女房となりました。定子は中宮彰子の恋敵というべき存在ですので
    彰子に仕える紫式部との対立がよけいに誇張されて噂されたのでしょう。
    藤原実方との交際も深かった。定子崩御後は藤原棟世に嫁ぎますが、その晩年は不明です。

   ●この和歌は『後拾遺集』雑二・九四〇に収められています。






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