ふじわらのきよすけあそん
藤原清輔朝臣

   ●(一一〇四年〜一一七七年)
    左京大夫顕輔の次男として生まれ、重家、顕昭の兄です。父と折り合いが悪く父が撰者を
    務めた『詩花集』にも歌は採用されていません。正四位下太皇太后宮大進が最終官位です。

    父、顕輔の死後は六条家の歌論を引き継いで『和歌一字抄』『奥義抄』『袋草紙』などの
    歌論書を著しました。二条院の宣下を受けて『続詩花集』を撰にあたりましたが、総覧の
    前に院が崩御されてしまったので、勅撰集とはなりませんでした。
       
   ●この和歌は『新古今集』雑下・一八四三に収められています。






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