さきょうのだいふあきすけ
左京大夫顕輔

   ●(一〇九〇〜一一五五年)
    藤原顕季の三男として生まれました。清輔、重家、季経の父です。
    正三位左京大夫に至ります。父、顕季以来の六条藤家の和歌の歌説を
    受け継いで、無技巧で淡々とした詠いぶりで顕季の生前に人麿の影を
    譲られました。
    永久四年(一一一六)には『鳥羽殿北面歌合』には作者として参加し、
    久安五年(一一四九)には『右衛門督家成卿家歌合』の判者として、
    数々の歌合に参加して、また自宅でも歌合をよく主催したそうです。
    
    この歌は「崇徳院に百首歌たてまつりけるに」と詞書があります。
    当時を代表する一三人の歌人がそれぞれ百首を院に奉ったとあり
    ますが、そのなかの一首です。
 
   ●この和歌は『新古今集』秋上・四一三に収められています。






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