いせのだいふ
伊勢大輔

   ●(生没年不詳)
    正三位神祇伯大中臣輔親の娘で大中臣能宣朝臣の孫。中宮彰子に仕えました。高階成順と結婚をして
    康資王母を産みました。長元五年(一〇三二)『上東門院菊合』、天喜四年(一〇五六)『頭中将
    将源顕房家歌合』まで多くの歌合に出詠しました。康平三年(一〇六〇)以降、晩年は出家して
    山里に住みながら子女に家風を伝えていました。

    『詩歌集』の詞書や歌集の詞書によれば、一条院の御時に上東門院(彰子)が宮中におられた際に
    奈良から僧都が八重桜を献上し、それを取り入れる役目を紫式部が、新参の伊勢大輔に譲りました。
    そのときに藤原道長に命によって詠んだ歌がこの歌です。この様子は『袋草紙』にも載っていて
    このことは当時有名な逸話になっていたと思われます。


   ●この和歌は『詩歌集』春・二七に収められています。






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