梅枝

梅枝




光源氏 太政大臣時代三十九歳秋 一月から二月までの物語

第一章 光源氏の物語 薫物合わせ

 第一段:六条院の薫物合わせの準備
 第二段:二月十日、薫物合わせ
 第三段:御方々の薫物
 第四段:薫物合わせ後の饗宴

第二章 光源氏の物語 明石の姫君の掌着

 第一段:明石の姫君の掌着
 第二段:明石の姫君の入内準備
 第三段:源氏の仮名論議
 第四段:草子執筆の依頼
 第五段:兵部卿宮、草子を持参
 第六段:他の方々持参の草子
 第七段:古万葉集と古今和歌集

第三章 内大臣家の物語 夕霧と雲居雁の物語

 第一段:内大臣家の近況
 第二段:源氏、夕霧に結婚の教訓
 第三段:夕霧と雲居の雁の仲

【第一章の現代語訳】

明石の姫君(明石の宮が産み、紫の上がお育て上げた姫君)が11歳になり東宮の元服に併せて入内させるお支度の一つとして、源氏の君は薫物合わせを思いつきました
二条院の御倉を開けてそこにしまってあった伝来の名香木や唐から伝来されていた品々をとりよせ、六条院の婦人たちと源氏の尊敬する女友達に届け、「二種類の薫物をつくるように」と告げました
源氏の君は南の寝殿へ引きこもり、どうやって習得したのか承知の帝(仁明天皇)の秘伝を使って熱心に薫香を作っていました
夫人の紫の上は東の対の中の放出(はなで)にて、幾重にも屏風や几帳を張り巡らし実家(八条の式部卿)に伝えられている秘伝の方法で調合をしました
例え夫婦といえどもお互いの秘伝を知られまいと苦心して作り上げた香の優劣を勝負しようというのですから、姫君の親である人たちとは思えないものです
どの女君のお部屋からも忙しいかんじがしていました
源氏の君は精巧を極めて作らせた式用の小道具の中でも、香合箱の形や壷、火入れなどに特に意匠を凝らせていました
その壷へおのおのが作ったものの中から、よりすぐれた薫香を試した上で入れようと思っていました

二月十日の小雨が降る日にたまたま兵部卿宮がやってきました
源氏の君と雑談をしているところに朝顔の斎院から、散りかけの梅に添えられた手紙と、出来上がった香が届けられました
この優美で女性的な様を見て「優雅な感じのする出来映えですね」とおっしゃってお目を止められると
花の香は 散りにし袖に とまらねど うつらん袖に 浅くしまめや(花の香は散ってしまった枝には残っていませんが、香を焚きしめた袖には深く残っているでしょう)という意味の和歌が添えてありました
それに対して源氏の君は花の枝に いとど心を しむるかな 人のとがむる 香をはつつめど(花の枝にますます心を惹かれることよ 人が咎めるだろうから隠してはいますが)という意味の和歌を返しました
お返事は同じ色の紙を使い御前の花を折らせてお付けになりました

朝顔の斎院から香が届いたのと丁度兵部卿宮がいらしたのを機会として、婦人たちが調合した薫香も取り寄せる使いが出されました
「湿り気のある今日のような日に香を試すことが一番良いのではと思います」と言いやられた婦人たちからいろいろに調合され、飾り立てられた薫香が届けられました
兵部卿宮が審判を託され源氏の君が火入れなどを取り寄せて香を焚き試みました
このときになって初めて源氏の君の薫香が取り寄せられました
それは右衛門府の溝川あたりにうずめてあったのを惟光宰相の子供が掘って持ってきたものでした
兵部卿宮は困りながらも同じ法が広く伝えられていても、それぞれの趣味が加わって出来上がった薫香の善し悪しを比較して聞くことは興味深い事でした
どれが一番とも決められない中で、斎院の調合した玄方は心憎い静かな趣に優れていました
侍従香では源氏の君のものが優れていて艶で優美であると兵部卿宮が言いました
紫の上の香は三種ある中で梅花香が華やかで少し鋭く匂い立つような工夫がされ、珍しい香りが加えられていました
そして「この頃の微風に焚き混ぜるものとしてはこれに優る匂いはないでしょう」とお褒めになりました
花散里は皆が競争している中へ入ることなど無理である・・と内気さを見せて荷葉香を一種類だけ作ってきたのですが変わった気分のする懐かしい香りがしていました
冬の婦人である明石の君は四季を代表する香りは決まっていないのだから冬だけを卑下させておくのもよろしくないと想い、薫衣香の製法の中でも優れているとされている朱雀院の法を原則にして公忠朝臣が精製したと云われている百歩の処方などを参考にして作った
制作に払われた苦心の成果が十分に現れた優美な香りを豊に持ち合わせていたものである
このようにどれもあたりさわりなく同情ある批評を兵部卿宮がしたので「八方美人の審判だ」と源氏の君は笑いました

月が出たので御酒が運ばれてきて源氏の君と兵部卿宮は昔話をなさいました
うるんだ月の光が奥ゆかしく艶やかな夜に雨の後の風が少しふいて、花の香りがあたりを優しく包みこんでいました
そしてこの風情に誰もがうっとりとしていました
蔵人所の方にも、明日の管弦の御遊の試演に、お琴類の準備などをして殿上人などが大勢参上し美しい幾種類もの笛の音が聞こえてきます
兵部卿宮の御前に琵琶、大臣に御琴を差し上げて、頭中将は和琴を賜り賑やかに合奏なさっている姿は興味深く聞こえます
弁少将は【梅が枝】を謡出した
宴は朝まで続き兵部卿宮が「この花の香りを素晴らしい袖に移して帰ったら女と過ちを犯したのではないかと妻が咎めるでしょう」と言うので、源氏の君は「たいそう弱気ですな」と言ってお笑いになりました

【ちょっと一言】

ここに見られる侍従・玄方というのは練香の名前です
六種(むくさ)薫物といわれ春は【梅花】夏は【荷葉】(はすのことでインドでは最高の花とされています)秋は【菊花】(日本では最高の花とされています)冬は【落葉】【玄方】【侍従】の六種類の調合が平安時代から伝承されています
源氏物語でも書かれていますが調合方法は決まっているのですがそれぞれの家に伝承されている秘宝に基づいて独自のセンスなどを加えて固有の香りをつくりだしています
練香の秘伝は代々女性が継承し、男性は自分で研究するか盗むのが常であったと云われています


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