この新羅遠征に厩戸皇子は自分の兄弟を将軍として派遣しています。
通常なら臣下や配下をおくるのですが、ここではあえて身内を派遣しました。
勿論このように皇族を将軍に任命し戦地へ派遣することばどは前例がありません。
しかもあっさりと遠征を中止しています。
それでは何のためにこのような人材選定をしたのでしょうか?
新羅征伐が目的ならば、途中で遠征を中止することは考えにくいです。
厩戸皇子の真の目的は、天皇の名(勅命)において大軍を動員させる事で、広く民衆に対して国家の軍事権は蘇我氏の権限ではなく、天皇の権限である、ということを豪族・民衆に周知させたかったと考えられています。
中央集権の確立を目指し、多くの政策を施行しながら、年々強大になっていく蘇我一族を牽制することで、天皇の地位を確立させ、他の豪族を従わせることを目的としました。
しかし皇子の数々の政策も蘇我氏の強大化を抑えることができませんでした。
皇子は失望し、晩年は仏教に没頭することで毎日の生活を静かに送って行きました。
49歳という若さでその生涯を閉じていますが、最後まで謎につつまれたままでした。
近年においては「聖徳太子自殺説」がでています・・・
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