四天王寺





日本書紀によると蘇我馬子軍が苦戦に陥ったときに厩戸皇子は白膠(ぬるで)の木で四天王を刻み、勝利を得れば四天王を祀る寺院を造立して、恩を無窮に報じることを誓願したと云われています。
同じように蘇我馬子も寺塔の造立を誓願しました。

戦が終わり厩戸皇子は誓願を果たすために難波の地に四天王寺を、蘇我馬子は法興寺を造立しました。
これが日本における造立の始まりでもあります。

【伽藍の様式】:塔・金堂・講堂が中心線上に縦に並んでいます。これを四天王寺式伽藍と言います。
【寺号の由来】:「金光明経」(大乗経典の一つで、このお経を読唱すると、その国を四天王が守護すると説いています)の四天王品の持国・増長・広目・多聞の四天王が本経を受持する国・王・人民を守護するという思想に基づいています。

四天王とは古代インドでは護世神でしたが、仏教に取り入れられるようになってからは須弥山に住む帝釈天に仕え山下の四隅を守る護法神としての位置づけになりました。
持国天・・・東方の守護神
増長天・・・南方の守護神
広目天・・・西方の守護神
多聞天・・・北方の守護神
そして中央に仏・菩薩がいます。


聖徳太子の予言書


【日本國未来書】という名前の書物を御存知ですか?

これは聖徳太子が書いた未来を予言した書き物です。
そしてこの書き物は現在、四天王寺にて保管されています。

言い伝えによると、この巻物が世に出るときが仏教のおわるときだとされています。

『夜半ニ日輪ヲ見ル
北方ニ月輪ヲ出ス』


夜半ニ日輪ヲ見ル・・・とは夜中に太陽が見える
北方ニ月輪ヲ出ス・・・とは北の方角に月がでる
太子は何を暗示しているのでしょうか?

月が北に出るということは北極が南になって南極が北になるという事です。
そして夜中に太陽が出るというのですから、昼と夜が正反対になるということですね
例えば地球の中心に向かって正反対の方向にある国はどうでしょうか?
当然北半球と南半球が入れ替わり昼と夜も時差の加減でちがいますよね

太子は陰陽道(天文学)を深く学びました。
当然天体の動きに注目していたはずです。
しかしコロンブスが新大陸を発見したような時代ならいざ知らず、この当時の世界中では地球は平面として考えられていました。
平面上に立っている人間なら北極と南極が入れ替わる・・つまり地球が逆さまになる状態になったら、地表からどこかへ落ちてしまいます。
仏教界でいう黄泉の國などが想像されますよね。
結果仏教が終わる、つまり誰も救われないということを暗示します。

実際地球上で人間は地表にたっていますが、よくよく考えてみると、北半球の人からみると南半球の人は逆立ち(?)をして立っているような錯覚になります。
実際には引力でちゃんと立っています(笑)地球は球体なのですが、人間はきちんと地表に対して90度の位置関係で直立していますよね。
今ではなんら不思議な事ではありませんが、飛鳥時代では地球を球体とは考えていないはずですし・・天地がひっくり返るという事は全てが滅びるという事を意味しています。

予言はこれ以外にもいくつか書かれており、1332年南朝(後醍醐天皇)方の楠木正成が四天王寺でこの巻物をみて南朝の行く末を読みとった、そしてその翌年(1333年2月29日:正慶2年)に礼状を書いています。
この礼状は今でも太子未来記伝義として保管されています。



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