斑鳩宮





斑鳩という地名の由来

  斑鳩という地名は、この地によく飛来していた鵤(いかる)という名前の鳥に由来すると云われています。
 鵤は斑鳩(まだらばと)とも呼ばれており、身体の大きさは鳩より小さく、身体は灰色をしており、
 頭部・翼・尾が黒色をしています。
 翼を広げると白紋が見えるところからこのように呼ばれていたと云われています。

斑鳩宮とは

  日本書紀によると推古九年(601)二月と記されています。
 そしてこの記述が初めて斑鳩という地名として残されています。
 もともと聖徳太子一族は上宮王家と称されていました。これは勿論父:用明天皇が上大殿(かみつおおどの)
 に住まわせたことからきています。
 そしてこの上宮王家の宮として斑鳩の地には斑鳩宮・岡本宮・中宮・飽波葦墻宮があります。

 ≪斑鳩宮≫
   所在地:現在の法隆寺東院附近だと推定されています。
   聖徳太子がかつて住んでいた斑鳩宮が荒廃していく様子を嘆いた僧『行信』が聖徳太子を偲んで
   夢殿を天平十一年頃に建立したと云われています。『法隆寺東院縁起より:天平宝字五年(751年)成立』

   尚、今の斑鳩宮は復原建物で、昭和九年に行われた法隆寺東院の解体修理の時の地下調査の際、発見さ
   れた建物群に、火災の痕跡が発見され、皇極二年(643)の焼失記事と一致していることから斑鳩宮の一
   部であると判断されています。



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