2006年1月3日(火)  曇り

家族とともに

2日は自分方の家族が家にやってきた。

おせち この行事は恒例になりつつあるが、今年は残念ながらインフルエンザでダウンの姉家族抜きとなってしまった。昼からそれぞれが持ち寄ったものとうちで用意した(らでぃっしゅぼーやのですが)おせちとお雑煮を乾杯の後つまむ。うちのお雑煮は味噌汁仕立ての丸もち。具をある程度茹でておいて、お餅はずっと入れておくと汁自体が苦くなるので別で茹でてやわらかくしておいてから、食べる寸前で入れる。最後に青菜をちょいと乗せて出来上がり。

元々家族同士で会うのが多いわけではなく、結構てんでばらばらで皆好き勝手にやってる方なので、皆が集うのは本当にこの年一回の行事と後はクリスマス程度。でもそれぞれが家族を持ってそれぞれの場所で腰を据えるようになり、こういう行事をするようになった。

自宅ピザ 今日は甥っ子がいなかったので姪っ子の独壇場だったが、逆に子供一人だと少し淋しそう。なので、ちょっと手伝わせた。最後の品はピザを作ることにしていたので、生地はパン焼き器にさせて発酵まで終わらせておく。できた生地を伸ばして適当に混ぜて作ったピザソースを塗ってこれまた適当にチーズやら具やらを乗っけて焼くだけ。

ピザ作り 生地伸ばしは粘土遊びのように面白いので、姪っ子に麺棒で伸ばしてもらうことにした。思ったとおり楽しんで伸ばしていた。でもね、ちょっと力が足りないんよ。仕上げは自分でして、200度18分ほど焼く。生地さえうまく膨らんでいれば、後は好き勝手にやっても焼きたてのおいしいピザができる。今回は、ソースはトマトピューレに粉にした乾燥バジル、オレガノ、塩コショウをまぜたもの。チーズはマッツァレーラとゴーダを混ぜて、トッピングはピーマン、たまねぎ、ベーコンとトマトスライス。焼きあがった後にバジルの葉を乗せてできあがり。簡単でおいしい。

ひとりしきり腹を150%ぐらい満たしたら、ちょうど雨が上がってきて晴れ間が見えたので近くの神社へ。この夏祭りをやってるのをちょいと見に行った近所の神社。実はこちらの方が鎮守様だそうで、4年ほどここに住んでいてまだ一度もちゃんとお参りに行ってなかった罰当たり者だった。いつもは鬱蒼とした雰囲気の神社なのだが、雨上がりの雫がぽつぽつと松の木からたれて、狛犬は少し苔むしていて良い感じにひっそりと初詣の人々を迎え入れていた。神殿の前にある大祓の茅の輪を8の字を書くように何度かくぐりお参りしてきた。今年はいろいろ願うことが多いので、行く場所場所でしっかりお祈りしている。

狛犬 神社


今日は妻の家族と浅草方面へ。撫で牛のある牛嶋神社へ。牛嶋神社は子供の頃住んでいたところのすぐ近くで、その頃習っていた剣道の道場でイベントがある度に牛嶋神社の方へ向かって礼をしていた記憶がある。牛に縁が深いと言う義母の健康祈願で思い出したのがきっかけでみんなで行こうということになったのだった。

牛嶋神社 牛嶋神社 牛嶋神社
待ち合わせたのは本所吾妻橋の駅。ここはまさに子供の頃住んでいたアパートの駅。住んでいた頃は、地下鉄浅草線に加えて路面電車が大通りを走っていた。よく母に連れられて駅前のときわ銀行にきた覚えがある。もらった貯金箱がうれしかったり。そんな駅から歩いて数百メートルのところにある小学校の真裏に住んでいた。真裏であるが故に?8:30amにアパートを出て学校に向かうもんだから、(今日もそうだったように)間に合わないで遅刻。子供の頃から遅刻癖は治っていないようだ。

今日はわがままを言って、みんなを連れて昔の近所へ行かせてもらった。ちょうど学校の北側に当たる道は以前とはもちろん変わっていた。子供の首をひっ捕まえて家に連れ戻すお父さんがやっていた豆腐屋もなければ、狭い道で軟式ボールで野球をやっていてその日たまたま重い方のバットを振ったためによろけてガラス戸を叩き割ってしまったお隣の裁縫工場もなかった。けれども、自分が住んでいたそのアパートはいまだに以前のままそこに立っていた。30年以上が経とうとしているので、築何年になるのだろう。いまだにその姿は変わらず、その当時のドアのまま。おじいちゃんおばあちゃんと写った写真が自分のアルバムに残っている。真っ裸で写された人生初のヌード写真が撮られたベランダも2Fのその部屋にそのままであった。そういえば、母親にビスコをベランダで隠れて食べようとしてこっぴどく叱られたなあ。東京で赤ん坊の頃から育った自分にとってここは郷愁にかられる場所であることを再認識した。
牛嶋神社 祖父母と ヌード

いまだあるもの、すでに消えてしまったもの、残された記憶と失われた歴史の整理を頭の中でし直して、一路、隅田公園へ向かった。隅田公園の中に牛嶋神社はあった。ここも子供の頃、週末父親と野球をしたりして遊んでいた公園でしょっちゅう来ていたのに、ここに牛嶋神社があることはついこの前地図で確認するまで知らなかった。きっと何度か来ていたはずだけど、まったく記憶に紐付けされていなかったようだ。

牛嶋神社は1100年ほど前に作られたらしく、由緒正しいようです。詳しくはわかりません。でも、神社のつくりはザ・下町の真っ只中にあり、それらしい江戸っぽい装いできれいなつくりをしていた。狛犬と神牛が鎮座していて、撫牛はその横にいた。みんなが撫でるものだから結構つるつるとなっているその黒い牛は、自分の病を治したいところを撫でると良いとのことなので、私は鼻と腹と尻を撫でておきました。

すみだ川 リバーサイド 隅田川 吾妻橋
一番の目的を達成した一行はいざ浅草へ。リバーサイドを南下して、勝海舟像とうんこビルを眺めながら吾妻橋を渡る。ここの風景も昔からあまり変わらない。週末になると電車が2階に入っていく松屋デパートでお買い物、そして最上階にある大食堂でお子様ランチを食べたのも覚えている。雷門も近所みたいなものだった。

松屋と浅草駅 今日は3が日の最後と言うこともあってものすごい人だった。ホコテンになっていたけど、あの黒山だかりは遠目にもまだまだ浅草寺にお参り来る人が絶えないのがわかった。それを横目にうなぎを食べに前川へ。浅草でうなぎと言えばここと言うくらいの定番の場所らしいが、いまだに行ったことがなかった。今日、初前川。夏の花火大会の日の予約は1年前からすでに予約がいっぱいと聞いたことがあったが、やっぱり2階に上がってみて納得。リバーサイドで見晴らしも良い。すぐ近くには駒形橋。ここなら、夏の夜に打ち上がる華を愛でながらビールをぐびっといけたら確かに最高だろうなあと。

お腹がすいていたのもあり中サイズのお重を頼む。その前に頼んだう巻きのうまかったこと。う巻きというと何となく玉子焼きにうなぎがちょろっと入ってるイメージだったけど、うなぎがみっしり入ってふわっと焼きあがったう巻きは最高でした。ビール飲んでおくんだった。次回はぜひそうしよう。で、いよいような重。これまた厚い身のうなぎがでーんと乗っかり、なによりも皮のところがうまかった。やわらかい白身と皮の脂と少し焼きあがった硬さとがぴったり。それとふつうよくある甘辛すぎるうな重とは一線を画したうなぎのうまさを引き出した控えめの味付けがこれまた最高に良かった。やっぱりここお勧めします。

う巻き う巻き 前川
腹を満たした後はそれぞれ解散することに。別れ際に義妹から栗鹿の子のプレゼント。いくら私があんこ好きだからって!栗も大好きですよ、そりゃあもう!。。。ということでうれしいプレゼントでした。長野の名店らしく、開けてみたら見覚えがある缶入り。一度どこかで食べたことあるやつ。早速ひとついただきました。うまい!

解散した後、自分達は銀座線に乗り上野に行ってみることにした。普段あまり下町の方には来ないのでちょうどいい機会。上野の森の国立博物館へ。前庭では和太鼓やお囃子の演奏などもやっていた。国立博物館。来たことあるようで多分来たことがない。美術芸術には縁遠い家だったので美術館めぐりや1日博物館で過ごすみたいなことはしたことがなかった。考えてみれば、いろんなお寺とか地方の博物館で珍しいものを見るのだが、きっと本当の逸品は国立のこういう場所に召集されているに違いないと思った。

和太鼓 国立博物館

確かに見るものすべてそこらで見るものよりも完成度の高そうなものが揃っているようだった(もちろん素人目ですので)。あと驚いたのは重要文化財とか国宝とかも結構あるのにかなり無防備な展示をしているところ。それに写真撮ってても怒られなかった。普通そこら辺の美術館とか博物館とか、お寺とかでさえも展示物を撮るなと張り紙がしてあったりするのに、ほとんどそれもなく、ちょっと拍子抜け。やっぱ国だと違うんだなあと実感。あと、日本の神仏はいろいろ最近見ているがインド、パキスタンと言った西の方で作られた像は日本のそれとはまったく違った顔立ちをしていることを始めて知った。その国に住む民が身近に感じやすい顔立ちをしていて当然なので驚くことではないのだろうが、西に行くとやっぱり目の上の骨が高いのね。西洋に近いのがよくわかった。

そして休みなき三が日が終わる。明日から社会復帰。できるかな?