一般的捜査
○捜査権
警察組織に所属する中でも、捜査権を持つのは刑事と呼ばれる捜査部に所属する警察官だけになります。その他の警察官は捜査に協力することはできますが、自身の判断で捜査を行うことはできません。必ず刑事の指示に従って行動することになります。ただし、治安判事の下で働く警吏は、警察官とは異なり刑事として捜査活動をすることができます。
▼捜査令状
一般市民の家を捜索するのには捜査令状が必要です。令状なしでの捜査は刑事であっても違法行為となります。家宅捜索などの強制捜査を行うためには、ある程度の証拠を掴んだ上で、裁判所から令状を貰うといった手続きが必要となります。
▼民事不介入
現実の警察と同じく、エルモア地方でも警察組織は民事事件にまで介入することは許されておりません。私的関係の間に起こった利害問題や諍いについては、民事裁判所か弁護士などが調停を行うことになります。
といっても、警察官が公的な権力を振りかざして間に入ることが許されないだけで、実際に諍いが起これば調停に出向くこともあります。もっとも、小さなもめ事であれば、聖職者や斡旋人や大家といった地域の顔役が仲裁を行うのが普通です。なお、治安判事は民事事件への介入も許されています。
○捜査
通常は現場の検証からはじまり、目撃者や当事者の証言を集めたり、その他の地道な聞き込みや張り込みといった方法で事件解決への手がかりを得ます。場合によっては、退屈な裏付け調査を延々繰り返さなければならないこともあります。
こういった一通りの捜査方法は警察学校で教えられるので、駆け出しの捜査員でも基本は身につけています。しかし、聞き込みや取り調べといった、実際に現場で働いたものにしかわからないようなノウハウについては、現場での経験と先輩刑事の教育に完全に任されてしまっています。そのため、配属先によってはいい加減な捜査をしているにもかかわらず、それを正しいと信じて効率の悪い作業を繰り返す可能性もあります。
▼縄張り意識
警察組織は自分たちの管轄区域を強く意識する集団であり、そこを外部の者に荒らされることを好みません。こういった意識は地域警察などの間にも存在し、これが原因でまともに情報交換が行われなかったり、事件の取り合いや押し付け合いで解決が遅れるといったケースもしばしば見られるようです。
また、警察は管轄区を同じくする他の行政組織に対しても敵対意識を持つ傾向があります。たとえば、消防組織は軍の組織下にあるものですが、避難誘導に際して警察と消防が功績を競ったために余計に事態を混乱させたりすることもあります。また、暴動が起こった時に、指揮系統が別個であるために警官と軍隊がはち合わせ、そこで小競り合いを始めて騒ぎをより大きくしたという事件も存在するほどです。
この問題は警察だけのものではなく、行政機関の間ではどこでも起こりうる問題なのですが、肝心の上層部自体が反目しあっているケースもあり、なかなか解決には至らないようです。
▼不正捜査
警察学校で教育された刑事が、必ずしも正しい手順で捜査をしているとは限りません。場合によっては違法行為が簡単にまかり通ることもあるのです。相手が法律に詳しくないことを逆手にとって、脅迫めいた威圧的な態度で捜査を強行したり、自分から喧嘩を売るような真似をして相手に手を出させ、それを理由に連行したりといった手段を用いる刑事もいます。
特に秘密警察は不正捜査を行うことが多く、自らが起こした犯罪を理由に相手を逮捕するといった、とうてい常識では考えられない手段を取ることが多いようです。ほかにも、誘拐まがいの手段で相手を連行し、裁判もなしに監獄に入れてしまうといった強引な手段を取ることもあるようです。
逆に、貴族や名士を取り調べるなどということは、自分の首を絞めるようなものです。身分制度が未だ強い力を持つ国家では、相手が犯人であると確信していても、手を出せない場合も少なくはありません。
▼大事件
通常、地区で起こった犯罪の捜査は、所轄担当の地域/街区警察が受け持ちます。しかし、大事件は県警察や市警察といった上位の警察署が受け持ち、地域/街区警察はこれを補佐するといった捜査形式となるのが一般的です。
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科学捜査
○変死体
死因が犯罪に関連している疑いがある場合、その死体は変死体として扱われ、医師による検屍を受けることになります。この時代は、法医学という分野は全く確立されておらず、付近の医者を呼んで検屍を任せることになります。
検屍は基本的に警察官や司法関係者が立ち会わなければなりませんが、そういった手順を踏まなくても咎められることは殆どありません。警察の到着を前に一通りの検屍を終えたとしても、ある程度の地位がある医師であれば、逆に感謝されることが多いくらいです。もっとも、資格のない者が勝手に現場を荒らした場合は、嫌疑をかけられて連行される可能性もあるので、たとえそれなりの知識があっても、医師免許を持っていない場合はうかつに手を出すべきではありません。
ここで特に不審な点がないと判断されれば、解剖などを行わずに死因を判断し、通常の病死や自然死と同じ処置をすることになります。犯罪に関与している疑いがあれば、警察からの依頼で医師が解剖を行うことになります。この場合は、経験豊富な医師や解剖学を専攻する医学者に依頼することもあります。
▼変死者の扱い
変死者を発見したのに届け出なかった場合は、それに対して罰金が科せられることになります。また、宗教機関も変死体や身元不明の遺体の埋葬を頼まれた場合は、すぐさま警察機関に届け出る義務があります。
○検屍解剖
死体の状態によっても変わりますが、検屍では肌の色や死斑、外傷、あるいは胃の内容物などをチェックするのが一般的です。また、犠牲者の体から犯人の毛や衣服の一部が見つかることがありますので、気の利いた医師や刑事であれば、爪の間などをチェックすることも忘れないでしょう。
この時代は科学捜査と呼べるほどの知見はさほど得られておらず、肉眼で観察できる程度のものが判別の基準となります。それ以上のことは、医学や顕微鏡などの検出手段の発達を待たなければなりません。
聖歴789年現在の医療知識によれば、以下のような死因の判別ができます。しかし、名のある医師でも間違った判断をする場合も少なくはありませんし、国家によっては検屍マニュアルとしては一切まとめられておらず、医師個人の経験だけに頼った判断がなされる場合もあります。
▼死因の区別
正しい知識を身につけている医師であれば、死後ある程度の時間が経過していても、死因を区別することは可能です。また、死後数週間くらいであれば、顕著な死因であればだいたい特定することが可能です。
▼殺傷
傷痕から凶器を類推することが可能です。また、凶器が振り下ろされた方向から犯人の利き手を推測することもできるでしょうし、生存中に受けた傷か死後に受けた傷かも判別することができます。
しかし、弾道学などは存在しませんから、弾丸からわかるのは種類や弾道の方向がせいぜいでしょう。傷痕から銃器を特定をすることも不可能です。
▼水死
死後それほど経過していない場合は、溺死した時の状態なども、ある程度まで判別することができます。また、鼻口中や指や砂の間に入った泥、あるいは口や耳から出る泡などから、溺死したのか死後に水中に入れられたのかなども、だいたい判断することが可能です。
▼窒息死
顔色や腹の膨れ方、口鼻の出血や死斑で判別します。死後の状態から、首吊りと絞殺などの区別をつけることもできます。また、手で首を絞められた場合は、首の痣から犯人のおよその体格を推定することが可能です。
▼薬物死
薬物については、国家によらずほぼ同等の知識が得られます。一般に知られている毒物や薬物であれば、死因から使用された薬物をおよそ割り出すことが可能でしょう。これは薬剤師でも判別することが可能です。しかし、死後に似たような状態を示す薬物の場合は、検出と分析にある程度の時間を要することになります。また、分解が早いものであったり、あまりにも微量である場合には、まったく検出できないことも珍しくはありません。
▼火傷
口鼻耳のなかに入った灰の有無で、生きているうちに火に焼かれたかどうかが判別できます。死後に焼かれた場合は、口鼻耳の中には灰が入ることはありません。また、生前に焼かれた場合は燃焼したガスで窒息するため、死斑や内臓の色でも区別することができます。
○その他の手がかり
▼死亡推定時刻
熟練した医師であれば、死体がまだ新しい場合は、死亡時刻が時間単位で推定できることもあります。1週間程度たった死体でも、何日前かといった判断も可能となります。しかし、これは季節や気温による変化、あるいは死者の年齢や体格なども関連するものであり、通常はある程度の時間幅を考慮します。
▼血液
聖歴789年現在では、血液型が存在することさえ知られておりません。ですから、犯人や死者を特定する用途に血液型を用いることはできません。それどころか、輸血を行って成功するかどうかも運次第といった具合なのです。なお、血縁者の方が成功率が高いということだけは、経験的に知られているようです。
また、血液反応を薬品で調べる方法はまだ確立されていないため、肉眼では判別しにくい血痕を見つけだすことも殆ど不可能でしょう。通常は虫眼鏡で観察したり手で触れて確認し、それを殺害現場を推定する手がかりとするのが精一杯となります。
▼毛髪
犯罪捜査において毛髪はまったく証拠になりません。せいぜい色や毛質が似ているかどうかが区別できるだけであり、証拠物件としては参考程度に扱われて終わりとなります。
▼歯
歯の治療記録を取っておく義務があるわけではありませんし、歯形が証拠になるということも知られておりません。そのため、もし特徴的な歯形が残っていたとしても、決定力を持つ物証には成り得ません。
▼骨
解剖学的知見から、骨でおよその年齢や体格を割り出すことは可能です。しかし、これはあくまでも医師の経験からの判断であり、人によって若干異なる判断を下すことがあります。なお、骨盤などの特徴的な部位が残っていれば、ほぼ確実に性別を判断することは可能となります。ただし、骨の太さや長さから判断する場合は、わりと誤った判断をするケースが多いようです。
また、人種によっては骨に特徴が出ることもありますが、これも知見が集積されているわけではなく、個々の医師が勝手に判断することになります。ですから、その人種の平均から大きく離れた体格の持ち主、あるいは子供などの場合は、ほとんど区別をつけることができません。
▼指紋
エルモア地方では拇印を押す習慣はありませんので、指紋が個々人によって異なることに気づいているものは殆どおらず、それを犯罪捜査に利用しようと考える者も皆無といってよい状態です。しかし、鋭い観察力と発想さえあれば、指紋を用いた捜査方法を考えつく可能性は十分にあります。
とはいえ、これから研究をはじめて、指紋が唯一無二であることを証明するには、それなりの時間が必要となります。もちろん、権威ある医師などの賛同がなければ、世間に認めさせることは不可能でしょう。
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