放浪部族

基本移動生活社会仕事差別問題定住


 

基本


 エルモア地方には移動生活を行う放浪部族が数多く存在します。人数でいえば1つの国につき数万〜十数万人ほどとなりますが、野外で移動生活を行うため北部には少なく、多くは中部から南部にかけて分布しております。


▼名称
 エルモア地方では、これら漂泊の民のことをノーランズという呼び方をします。これは蔑称であり、特定の放浪部族を指す場合に、部族名の後ろにノーランズをつけて定住民と区別しています。たとえば、ラージャ族の場合は、ラージャ・ノーランズという具合です。


▼社会階級
 下層身分のうち、浮浪階級に分類されます。都市浮浪児や乞食など、定職や住所を持たないものと同等に扱われ、社会的な差別を受けることになります。


▼種類
 放浪部族と一口に言っても様々な種類が存在しており、民族、社会、文化、生活形態など、全てが異なっています。


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移動生活


○移動

▼移動手段
 彼らの主な移動手段は馬、ロバ、牛などの家畜で、その背にテントや鍋をくくりつけたり、幌馬車を利用して持ち物を運びます。


▼制限
 エルモア地方では特にパスポートのような証明書は存在しませんので、戸籍に登録されていない者でも国内外を自由に移動することが出来ます。しかし、安全の確かでない場所にいきなり旅立つわけにも行きませんし、どこへ行っても身元が証明できない者が信用を得るのは難しいため、特定のルートを巡回して暮らす部族が殆どとなります。


▼巡回領域
 1つのグループは限られた巡回領域を持っていて、互いにその領域を侵すことを避けてきました。これは現在も変わらない放浪部族の掟ですが、戦争などのやむを得ない事態が起こり、特定のグループが新たな巡回領域を確保しなければならない時は、もともとその場所を利用してきたグループと相談して、土地の共用や分割を行うようです。


▼連絡手段
 移動の途中で離ればなれになったり、グループ同士で連絡を取る場合には、部族で決められた暗号を用います。これには色を塗った小石や木の枝、あるいは動物の骨片などを使い、特定の並べ方で居場所や状態を伝えます。


○住居

 放浪部族の家はテントや馬車となります。有蓋の家馬車や幌馬車で移動を行う者は、それをそのまま家として用いていますし、馬車にそのまま天幕を乗せて移動する部族も存在します。技芸を披露して歩く集団は、これらの馬車を派手に飾り付けて、宣伝媒体としても用いています。
 テントの形は部族によって異なり、屋根型や円錐形、半円形のものなど、様々な種類が存在します。最近では、キャンプなどに用いる簡素な品を利用する場合もありますが、通常は組み立て式のしっかりとしたものが利用されます。


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社会


 放浪民の生活は厳しいもので、それゆえに彼らの間の絆は強く、義理人情に厚い相互扶助社会が形成されています。
 彼らの社会形態は部族やグループによって異なっており、統一した方式は存在しません。ただ、共通点はいくつかあり、未開地域の部族社会に似たものが殆どのようです。


○構成

 1つの部族は、民族や文化を同じくするもので構成されています。部族全体が一緒に旅をするとは限らず、幾つかの家族が形成する小グループが1つの旅団となる場合が殆どです。グループの規模は決まっておらず、数家族が1グループを形成することもあれば、数十家族で形成されるグループまで存在します。これらのグループはときどき同一の地点に集合しますが、通常は別の集団として生活しています。


○権威

 部族内で権威を持つ存在というのは以下の通りです。なお、これらの職についたからといって、特別な報酬などを受け取ることは殆どありません。


▼部族長
 部族全体を統括する存在で、大首長と呼ばれる場合もあります。一般的には、グループの長たちによる選挙で選ばれてその任につきます。部族長の主な仕事は、部族全体での会議を取り仕切ったり、部族を代表して自治体との交渉を行ったり、連絡を通達するといった内容となります。


▼グループ長
 首長とも呼ばれる存在で、1つのグループの代表者となります。通常、家族の代表者の話し合いで選ばれ、全員の合意によってその任につきます。もし、集団の長としてふさわしくないと考えられた場合には、免職されることになります。
 グループ長は移動の時期や目的地を決定したり、グループ内の揉め事を裁くなどの権利を持ちます。また、グループ長の要請によって、部族全体を招集することも出来ます。


▼長老
 グループにおける相談役であり、文字通り年配者がその役につきます。かつてのグループ長などが受け持つことが多く、長に万一のことがあった場合に、一時的に代理を務めることもあります。なお、長老と呼ばれるような年齢の人物は、グループ長に選ばれることはありません。グループ長は集団を率いる立場ですから、健康でなければならないのです。


○家族

 家族は1つのテントや馬車で生活します。所有物は家族で共有するもので、個人の財産という考え方はしません。
 1つの家族を統括するのは、他の社会の場合と同様に家長ということになります。移動や仕事の分配、結婚の取り決めなどを決めるのは家長の役目です。


○裁き

 部族内や部族間の問題が、公式の法廷で争われることは滅多にありません。彼らには独自のルールが存在しますし、何より費用がかかってしまいます。放浪民の問題は自身の手で決着をつけるのが彼らの流儀であり、


▼グループ内
 1つのグループでは、グループ長が裁判官の役目を担います。グループに属する者は、その決定には必ず従わなければなりません。


▼グループ間
 グループ間で問題が起こった場合、グループ長を集めて行う全体会合で裁定が行われます。この時の裁き役は部族長が担当します。


▼部族間
 異なる部族の間で問題が起こった場合は、部族の代表同士の話し合いで解決するよう試みます。この時は政府が調停することもありますが、公式の裁判へと争いの場を移すことは殆どないようです。
 部族には縄張りがあり、互いの生活領域を侵さないよう気を配っているので、このような争いは滅多に起きるものではありません。しかし、滅多に起こらない問題であるゆえに決着は難しく、特に部族の名誉にかかわる問題が起こった場合は、相互とも引かずに部族間闘争に発展するケースも珍しくはありません。


▼裁定
 裁判のやり方は部族によって異なるもので、その社会形態と同様に、統一した方式は存在しません。ただ、基本的なやり方は一般社会のものと変わらず、グループの長は口答で審理を進め、長老の助けを借りながら裁きを下すといった具合になります。
 彼らの内部ではその決定は絶対であり、逆らうことは許されません。部族やグループ内で主張が通らなかったからといって、正式な法廷に争いを持ち込むといったこともありません。


▼罰
 何らかの非が認められた場合は、罪の重さに応じた罰が下されます。その内容は排斥や苦役など様々で、その期間は周囲に許されるまで続きます。
 比較的重い罪としては追放刑があり、その間は誰の助けも得られないまま、1人で旅を続けなければなりません。1つのグループが部族会合で裁かれ、部族から集団ごと追放されることもあります。ただし、よほどのことがなければ、追放には長による恩赦が下され、宴を経て再び集団へと受け入れられます。


▼決闘
 一方が名誉を傷つけられたり、あるいは長が裁定を下すことが出来ない場合には、原告と被告による決闘で裁判を決着することもあります。


○仲間入り

 放浪部族は一般に好意的で、気に入った相手をグループに迎え入れて、放浪の旅をともにすることは珍しくありません。ただし、それはあくまでも客人ということであり、部族の一員として受け入れられるためには、長く一緒に生活したり命にかかわる恩義を受けるなど、特別な理由が必要となります。
 部族の仲間入りを果たすためには、会合で認められるだけではなく、何らかの儀式を経て初めて受け入れられることになります。儀式は部族によって異なりますが、1つの物品を分け合って身につけたり、混ぜ合わせた血を酒に混ぜて飲むなどがあります。そして、部族の名前をつけてもらうことによって、ようやく彼らの仲間入りを果たしたことになります。


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仕事


 放浪民の生業には様々なものがあります。これは時代や違う土地へ順応するためという理由もあり、環境の変化に応じて新しい仕事を身につけねばならない彼らは、総じて器用な人々だという印象を持たれています。
 彼らの仕事に共通するのは、移動生活に支障をきたさないものであるという点です。ですから、その内容は彼らの生活に密着したものや、いつでも始められ好きなときに止められる手作業が中心となります。多くの道具を持ち歩くようなものは不向きで、そうである場合には半ば専門的にその作業に従事することになります。
 なお、1つの放浪集団が1種類の仕事だけを行うことは珍しく、たくさんある作業を分担して行うのが普通です。家族ごとに何らかの仕事を受け持ったり、あるいは個人で得意分野を担当したりします。1人が幾つもの仕事をこなすことも珍しくはありませんし、当然のことながら子供たちにも何らかの仕事が割り当てられます。


○動物

 彼らの移動には家畜を用いるので、必然的に動物に関係した仕事が多くなります。遊牧民たちは飼育した家畜や、羊毛、ミルクといった品々の売買を行って暮らしています。また、移動に用いる馬の売買に携わる仕事も多く、これは放浪民にとっては非常に誇り高い職業となります。単に自身の持つ馬を売るだけではなく、馬市場で目利きを行ったり、代理人として買い付けを担当する場合もあります。この他、馬の毛並みを良くするといったメーキャップのために、貴族が彼らを雇うこともあります。


○製造

▼金属加工
 放浪民の中には金物職人として生活する者も多くいます。鍛冶といっても修理が殆どで、作製する場合は鍋や釜といった大きくないものに限られます。また、現在ではくず鉄の売買や回収をしたり、釘造りなどを行っていることもあります。
 修復屋として手がけるのは、鉄製の農具、馬具、鍋、時計の鎖といったものが中心となります。彼らの腕前は優れたもので、鍛冶屋のいない小さな村などでは昔から重宝されています。ただし、都市の人々は工業製品を好むため、人の多い場所では逆にあまり需要はありません。


▼細工職人
 小さな木製品を作製したり、細工を行うことで生計を立てる者も少なくありません。彼らはロクロとナイフを巧みに扱い、木製のスプーン、皿、シャベル、玩具といったものを作り出します。また、桶、櫛、篩、籠、木箱といったものから、ゆりかごや糸巻き、紡ぎ車といったものの作製を手がける職人もいます。なお、こういった品々を求めるのは田舎の農家が多く、その報酬も穀物で支払われることが多いようです。


▼織物
 織物は主に女性の仕事となりますが、彼女らはショールやスカートなどを作り上げるばかりではなく、レース編みや刺繍などを行って、織物をさらに美しく飾り付けます。


○肉体労働

▼期間労働
 期間を限定しての肉体労働も、彼らにとって大きな収入源となります。たとえば農繁期に農場に雇われて収穫を手伝ったり、掃除人夫や土木作業員として働いたりします。


▼運搬
 移動のついでに郵送品の運搬を行ったり、伝令役を務めることもあります。これは郵便制度が整っていない辺境地域に限られる仕事となりますし、地域からある程度の信用を得ていなければ勤まらない仕事です。


○エンターテイメント

 放浪民の中には、娯楽を提供して生活費を稼ぐ者が数多く存在します。


▼見せ物
 放浪民は古くからサーカスや人形劇などの見せ物小屋をひらいて、人々の目を楽しませてきました。特に彼らが仕込んだ動物たちの芸は見事で、馬やロバはもちろんのこと、蛇、猿、熊といった動物を操る一団もあります。
 また、遊牧民は曲乗りを得意としており、子供の頃から遊びの中で馬の扱いを覚えてゆきます。こういった技術を活かして、曲馬団として芸を披露している集団も存在します。


▼音楽
 音楽は祭りにはなくてはならないもので、彼らの一団はヴァイオリンやクラリネット、ギター、タンバリンなどを使って、巧みな演奏を披露してくれます。もちろん、曲に合わせて踊り、場を盛り上げてくれる踊り子も重要な存在です。
 こういった一団は家族、もしくは親族で構成されており、ビラを配って近くの人々を集めて芸を披露します。また、彼らを雇って家で演奏などをさせることも可能で、結婚式などイベントや貴族の屋敷に呼ばれることも珍しくはありません。


▼占い
 主要な稼ぎの手段とはなりませんが、手相占いなどで稼ぎを得る放浪民も珍しくはありません。宗教機関の影響の大きい地域では、信じる信じないとは関係なく、施しのつもりで占いをしてもらうという考え方が根付いています。


○医療

▼獣医
 放浪民は古くから獣医として活躍しており、代々受け継がれた知識を利用して家畜の病気を治療します。特に彼らの薬草に関する知識は医師以上であり、治療ばかりではなく殺鼠剤などをつくって売り歩く人々も存在します。なお、薬物に関する彼らの知識は薬草に限られるものではなく、鉱物などから抽出した無機物を獣用の薬に使うなど、自然を広く利用した治療も行われています。


▼薬草売り
 薬草に詳しい彼らは、その知識を活かして薬師の活動を行うこともあります。といっても、実際の治療に携わることは部族の中だけでしかなく、一般には薬売りとして知られています。
 移動を繰り返してきた彼らは、様々な地域で用いられてきた薬草について、広範な知識を蓄えています。単に方々の地域で使われてきた薬草に詳しいだけではなく、様々な地域の自然に触れているので、薬草の採取によい時期や開花期の状態を心得ておりますし、また、その生活形態は採取にも非常に向いているのです。
 偏った知識に左右されない彼らの作る薬草は、よく効くものとして知られています。しかし、科学知識が急速に広まりつつある近年では、権威ある医師の判断を絶対とする風潮に支配されるようになっています。そのため、かつては大きな町の薬屋では必ず手に入った彼らの薬も、田舎でなければなかなか手に入れられないのが現状です。


○盗み

 放浪民にとっては、盗みも重要な稼ぎの手段です。彼らの多くは、そこにある物をいただくのは悪いことでなく、神様からの授かりものとして認識すようです。つまり、財布を盗んだりするのは、森で木の実を拾うのと同じような感覚なのでしょう。


▼禁忌
 彼らは基本的に、人を傷つけるような犯罪を行うことはありません。店先から売り物を盗んだりスリを行う事は日常茶飯事ですが、恐喝や押し込み強盗を行うことはしないようです。
 この他には、同じ部族の者を相手に犯罪を行ってはならない、という不文律が存在します。外部の人間には身勝手な話に聞こえますが、彼らの社会は相互扶助を基盤としておりますので、仲間を不幸な目に遭わせることは許されないのです。仲間を相手に犯罪を行った場合は、一般社会と同じようにグループ内で裁かれ、何らかの罰を受けることになります。


▼スリ
 スリ、万引き、置き引きといったちょっとした盗みは、彼らの間では最もよく行われています。2人で組んで、1人が物乞いや芸で人の注意を引きつけ、もう1人がスリを行うといった工夫をすることもあるようです。


▼家畜泥棒
 家畜泥棒は恒常的に行われており、盗んだ家畜をそのまま利用したり、定期市で売りさばいたりして自らの資産とします。馬泥棒と手を組んでいる場合もあり、彼らが盗んだ馬を自分のものと偽って、市に出すこともあります。なお、彼らは家畜のエキスパートだけあって、盗んだ動物をそのまま売らず、偽の刻印を押したり毛を刈ったりして、元の持ち主に見つからないよう細工を施すようです。


▼泥棒芸
 彼らは芸を仕込んだ動物に盗みを行わせることもあります。特に飼いならした犬は見事な盗みを行うようで、農家の鶏小屋から割らずに卵を持ち出したり、食料貯蔵庫や肉屋から肉片をかき集めて、主人のところまで運び出すようなものも存在します。


○その他

▼乞食
 放浪民の多くは、施しを受けることを恥ずかしいとは思いません。ただし、それを好まない人も少なからずいて、そういった人は道端に咲いている花を売ったり、手相占いや靴磨きを行うなど、何らかのやり取りを介して金銭を受け取るようにします。


▼娼技
 放浪民全体の中では少ないケースとなりますが、売春でお金を稼ぐ人たちも存在します。こういった集団としては、ラチェン人のエイルン族が有名で、彼らは踊り子であると同時に売春婦として活動しており、貴族や政治家たちを主な商売相手としています。


▼密偵
 非常にまれなケースですが、スパイ業を行って金銭を得る放浪民も存在するようです。ただ、冒険者もそうなのですが、このような仕事は自らの移動を制限する要因ともなりかねないので、あまり引き受けることはありません。


▼宝飾品の売買
 古くは国境を越えて移動を行い、いつ何が起こるかわからない生活を送っていた彼らは、通貨はすべて宝飾品に変えて身につけていました。このような習慣を持つ彼らは、自然に宝飾品に対する鑑定眼を持つようになり、これらの売買に携わる者が現れるようになったのです。


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差別問題


 放浪民は住所不定の怪しげな輩であり、一般社会に属する存在とは認められていません。出所もわからない流浪の民に対する待遇がよくないのは、むしろ当たり前のことであり、それはいずれの地域でも変わらない事実です。
 放浪民は社会階層的には下層身分に分類され、乞食などの浮浪者と同等の扱いを受けています。家畜を引き連れて畑や牧草地を勝手に荒らしたり、実際にスリや馬泥棒をやっている部族も多くいることから、犯罪者のような扱いを受けて敬遠されることもしばしばです。犯罪が起これば彼らは真っ先に疑われますし、できれば近くに住んで欲しくないと思われるのも、定住している人々にしてみれば無理もないことなのでしょう。
 このように放浪民は社会的に差別される存在ですが、彼ら自身はその生き方に誇りを抱いており、放浪生活をやめるつもりはありません。しかし、近代国家というものは人を制度の内に取り込もうとするもので、彼ら部族を管理したり移動を制限する法律を設けようという試みは、実際に幾つもの国家でなされています。


○管理

 古い制度の中でも、彼らは無条件に放置されてきたわけではありませんし、現在も多くの自治体が管理官や対策委員会などを立てて、放浪者たちへの対応を行っています。
 放浪者への対策は、大きく分けて帰化と禁止の2つがあります。つまり、国家に帰属させるか、放浪生活に何らかの制限を与えるか、ということです。現在は(わずかな額ですが)納税の義務を負うなどの条件で、自由な移動を許可してもらっている場合が多いのですが、彼らへの風当たりは国家制度が堅牢になるに従って厳しくなっており、これからはその傾向に拍車がかかるものと予想されます。


▼追放
 このうち最も厳しい対応が追放で、これを積極的に行っているのがライヒスデールという国家です。この国では、皇帝が少数異民族の排他を唱えるようになってから、国籍を持たない民族や遊牧民の殆どが国外へ退去しています。彼らの中には厳しい差別と迫害を受けただけではなく、軍や民間人による襲撃を受けて、滅亡した部族も存在するという噂です。


▼その他の対策手段
 移動の禁止、移動区域の制限、強制追放、居留地への定住義務、身分証明書の携帯義務、部族の分割、行商の制限、納税の義務、特定宗教への入信、戸籍登録


○一般社会への帰化

 彼ら放浪民が国家への帰属を求められたとしても、社会生活に対応できなければ、再び放浪生活へと舞い戻ったり、犯罪に走る可能性が高くなります。そのため、幾つかの国家では専門の対策委員会を設立して、放浪民への教育を試みたり、管理という目的も含めた居住地や職業の斡旋を行っています。
 放浪民の殆どは学校教育を受けておりませんので、読み書きが出来ないのが当たり前です。また、社会制度に対する理解も乏しく、倫理・道徳的な面での教化も求められています。そのため、幾つかの国家では特殊学校を開設したり、駐留地へ派遣教師を送るなどの試みがなされています。主に教育係を担当するのは聖職者で、これは入信者を増やすもくろみもあってのことです。
 この他、手に職を持たせるために救貧院への収容を行ったり、土地を貸して農業に従事させるなどの手段がとられています。しかし、これらの試みはあまりうまくいっておらず、都市の貧民街へと住む場所を移し、やがて犯罪に手を染める者も少なくありません。なぜならば、彼らに与えられる環境の多くは劣悪で、放浪生活の方がましということも珍しくはないからです。何より放浪生活を代々続けてきた彼らは、不安定でも気ままな生活が性に合っているということなのでしょう。制度という見えない鎖では、彼らの自由な心を捕まえることは永遠に出来ないのかもしれません。


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定住


○半定住生活

 放浪民の中にも、一時的に定住生活を送る者も存在します。ただし、年間を通じて1々所にとどまる例は少なく、殆どの場合は季節に応じて移動を繰り返します。これは彼らの生業に起因するところが多く、畑での季節労働などを主要な収入源としている部族などに見られる生活形態となります。
 このような放浪民は、冬期はバラックのような小屋で過ごし、春が来れば畑仕事や遊牧のために、土地を離れて放浪生活を送ります。彼らは小屋を離れる時も、鍵をかけたりすることはありません。というのは、春期からは他の放浪民と全く同じように、家財道具の一切を持って旅に出るためです。彼らの小屋から何かを盗もうとしても、そこには何も残されていないことは周知の事実ですので、誰も入ろうとはしません。
 なお、このように空っぽになった小屋に、他の放浪者が入り込むことはありません。これはどの地域でも変わらない不文律ですが、旅人や犯罪者が利用することはまれにあるようです。これは治安の面から言えば好ましいことではなく、周辺の住民がこれを理由に彼らを追い払おうとする場合もあります。


○完全定住

 流浪の生活を捨てて、定住生活を送るようになった放浪民も多く存在します。一部には殆どが元放浪民だけで構成された村もありますし、昔からこのような人々が村の周りに集落をつくることも、決して珍しいことではありませんでした。
 このような人々が住むのは、町外れの墓地や仕事をくれる修道院の周りが多く、町に入り込むことは許されないのが普通でした。しかし、現在のように都市への出入りが自由になると、音楽屋や踊り子だった者がダンスホールなどに誘われたり、追放された者が部族を捨てて、町に住み着くような例も増えています。
 放浪生活を続ける者はこのような輩を嫌悪し、伝統や独立心を捨てた者として軽蔑しています。逆に、定住生活を選んだ者たちは、不安定な渡り鳥生活を続ける同族を軽蔑するのです。このように別の生き方を選んだ同胞の間には、初めから定住生活を送ってきた者たちには想像もつかない、深い溝があるのかもしれません。


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基本移動生活社会仕事差別問題定住