科学世界[霊子の発見]
『惑星トリダリス』は我々の世界同様、科学によって人間社会を維持していました。しかしある時代に、生物兵器の野外への漏出によって遺伝子変異の時代が訪れました。これによって出現したのが、いわゆる超能力者と呼ばれる存在です。やがてこの超能力者の脳の一部の構造が、常人のそれとは異なっていることが判明しました。これに興味を示した科学者たちは、後に脳の特定部位の構造を変えることで、いわゆる超能力者をつくりだすことに成功します。非公式の人体実験も行なって彼らが解明したのは、超能力者がその力を発揮する際に、その周囲に素粒子レベルの微細粒子が出現するということでした。その時代の科学者はその微粒子を『霊子』(霊的因子:スピリチュアル・ファクター)と名付けました。
こうして、科学者たちがこぞって霊子の研究に打ち込む時代が訪れ、霊子は高エネルギー物質であり、素粒子の運動にはじまる様々な物理現象に関連しているということが判明しました。霊子の不思議なところは、必ずしも可視状態にあるわけではなく、観察しているうちに消滅したり、存在しない場所に突然現れるということです。これがエネルギー状態によって変化する現象であることはわかったのですが、励起状態以前の霊子は可視下に存在しないため、その時代の科学力ではそこまでしか解明できませんでした。
しかし、それだけでも科学史における最大の発見であり、霊子の科学への応用が期待されました。霊子が安定して可視物質として存在するのは、生物の特定の精神状態(α波を出す状態)のもとでした。そのため、人為的につくりだされた超能力者を対象として、長い年月をかけてその出現パターンの解明と生成エネルギーの抽出に関する研究が行われました。そして遂に、一定の構造パターンをもったタンパク質複合体にある波長の電気信号を流すことにより、使用した電力の数十倍にも当たる純粋なエネルギーを取り出すことを可能としたのです。
霊子はエネルギーとしては理想的で、一切の有害物質を出すことなく、純エネルギーだけを取り出すことを可能としました。しかし、いくら優秀なエネルギーを利用できるようになったとしても、使用する側が優秀であるとは必ずしも限らないものです。結局、霊子の発見によって更なる発展を遂げた物質科学文明は、環境破壊、そして最終戦争と呼ばれた全世界を巻き込んだ戦争によって自らを滅ぼすことになります。これによって文明レベルは急速に後退し、人々の生活は中世レベルまで逆行することになります。
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復興期[魔術の完成]
こうして一度は滅びかけた人類の新たなる手段は、経験則に基づく『魔術』の行使でした。
以前に生み出された超能力者の子孫の中に、霊子の存在やそのエネルギー状態を知覚できる能力をもった者が生まれました。カルナザルという名のその男は、他の超能力者がその異能力を行使しようとする時に、霊子が活性化することに気がつきました。彼はこの現象に興味をもち、後に霊子の状態を詳しく時間をかけて探査した結果、霊子が霊子と同レベルの微細な粒子の配列に影響を与えていることを発見したのです。この物質もまた視認不可能な存在で、彼はこれを『幽子』(星幽因子:アストラル・ファクター)と名付けました。
次にカルナザルは、霊子と幽子の相互関連についての研究に没頭しました。その結果、幽子の配列の変化には規則性があり、幽子の配列が素粒子レベルで物質の構造を変化させ、異なる物質に変化してしまうということがわかりました。実は幽子とは、物質の構造を規定する配列の基本情報だったのです。ただし通常の場合、霊子や幽子は視認できる存在ではないので、その現象は一般の人間はもちろん、霊子を知覚できない超能力者にも理解されるものではありませんでした。
後にカルナザルは、人々の精神にも幽子と霊子が密接に関係していることに気がつきます。そして、祭祀における催眠状態など特定の精神状態のもとでは、超能力者ではない人々の周囲でも霊子が活性化し、時には幽子の配列を変化させることがわかりました。しかし、超能力者といえども、その肉体は普通の人間と大差あるわけではなく、彼は寿命を迎えて永遠の眠りにつくことになります。
カルナザルの研究を継いだのは息子のコーネリアでした。彼は父から引き継いだ膨大なデータと超常能力をもとに、人々の行動と霊子活性の法則をまとめあげ、後に『魔術』を誕生させることになります。超能力も同様なのですが、魔術を使用できる回数には限度があります。というのは、精神という不可視の存在もまた霊子と幽子で構成されており、魔術を発動させるエネルギーを、精神を構成する霊子から引き出しているからです。このため、自分の精神を擦り減らしてかける魔術は常に危険を含んでいました。しかし、その法則さえ身につければ誰もが使用できるという魔術は、もちろんその過程で紆余曲折はありながらも、最終的には文明の復興を目指そうとする人々に受け入れられることになるのです。
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科学魔道技術[歪んだ冬の訪れ]
文明のレベルを旧科学時代にまで復興させた人々は、科学と魔術を融合させることを考えつきました。そして誕生したのが『科学魔道技術』です。
科学魔道の実現は、霊子物質のエネルギー利用と、『呪式』と呼ばれる科学的魔術法則の体系化を成功させたことによります。その後、50年たらずという短い時間で数々の『魔道方程式』が証明され、人々は物質の構造(二次元、三次元を問わず)から幽子に働きかける術を身に付けました。こうして人々は無尽蔵ともいえるエネルギーを用いて、奇跡にも等しい物理現象を引き起こすことが可能となったのです。これが科学魔道の完成で、これによって個人が魔術を行使することは殆どなくなりました。科学魔道によって生み出された魔道機械が、人間に変わって魔術を実行してくれるのです。
しかし、人々は安寧のうちに過去の悲劇を忘れ去り、そして旧科学文明と同じレールを突き進む結果となりました。後に『中央都市』(あるいは上級都市)と呼ばれた都市や数多くの国家間で争いが起こり、戦線には霊子エネルギー兵器や生物兵器の数々が投入され、世界は破滅の一途をたどって行きました。そして、戦乱の末期に1つの大きな異変が起こります。最新の軍事技術として投入された、霊子核の融合反応を利用する超高エネルギー兵器(霊子核融合砲)が、思わぬ副作用を生み出したのです。
霊子の核融合によって崩壊した霊子は、幽子の配列に異常を引き起こしました。それが瞬間的な現象であれば、物質はまちがいなく超高エネルギーによって消滅し、幽子の配列変化現象は問題にはならなかったでしょう。しかし、異常活性化した霊子は、そのエネルギー状態を維持したまま周囲の霊子に変異を伝播しました。崩壊した霊子核に接触した霊子は活性化し、幽子の配列変化を導き、ひいては物質の構造を変化させたのです。これが現在のエルモア地方で『大変異現象』と呼ばれているものです。
しかし、崩壊した霊子核は放射能のようなもので、その高エネルギー状態にも半減期がありました。半減期は比較的短く、数十年後には霊子のエネルギーは通常の活性化状態のレベル(魔術を行使する程度)におさまりましたが、その間の物質変化は凄まじく、200億以上いた人間は1億人程度にまで減少することになりました。これが科学魔道文明の滅亡で、残された人々はこの世の地獄ともいえる風景の中で、『歪んだ冬』と呼ばれる『大変異時代』を過ごすことになります。
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第二の復興期[聖母アリア]
エルモア地方は中央都市と呼ばれた大都市の集中していた場所で、13の中央都市が覇を競いあった激戦区です。また、霊子核融合砲が使用された場所で、その影響を非常に強く受けました。
戦後この地に残ったのは見るに耐えない惨劇の結果で、人々は刻一刻と進む物質構造の変化から逃れようと、必死で生き延びる地を探し求めました。そして、限られた地域の中で変異現象に怯えながら、しばらく死と隣り合わせの生活を続けることになります。人々はその間、過酷な自然環境と何より恐ろしい変異体たちの脅威にさらされました。怪物たちの中には異常な食欲を示して他生物を無差別に襲ったり、あるいは超能力も含めて強力な能力を身に付けたりするものがいました。これは人間でさえ例外ではありませんでした。
その後、現在の標準暦である聖歴を遡ること1072年、アルメリア=エルファティーという女性が1人の女児を生み落とします。この娘こそが『聖母アリア』と呼ばれる存在です。これより17年後、ある村に成長した少女が訪れます。この村での数々の出来事は、アリアの最初の奇跡として語り伝えられるところです。彼女は大人たちが何人がかりでも倒せなかった怪物に指の一振りで死を与え、川の氾濫をたった一言で鎮め、手をかざしただけで死に瀕した人を救うことができました。想像を超える危険に身をさらされていた人々は、少女の力をもちろん手放しで歓迎することになります。そして、神の啓示を受けたという彼女の言葉を受け入れ、奇跡の少女、神の娘と讃えて祀りあげたのです。
それから彼女は村の人々の力を借りて近隣の集落をまとめ上げ、怪物たちから身を守るための戦士を育成します。これが後にいう『神官戦士団』のはじまりです。また、アリアが人々に魔術を教えたことにより、人々は変異に対抗できる力を身に付けました。その一方で、彼女は科学魔道知識を封じ込めようとしました。その理由は推して知ることができるでしょうが、アリアは廃虚と化した都市を幾つも封じ、魔術と原始的な技術で生きることを人々に推奨したのです。
それから数年後、彼女はたった1人で子供を生みました。そのことが彼女を『聖母』、『永遠の乙女』と呼ぶ理由になります。彼女は最終的に13人の女子を持ちますが、その子供らもやはり超常能力を持ち、優れた人格もあいまって人々に使徒と呼ばれました。最後の娘ユナスが10歳になった時、アリアは上の12人の娘を連れて旅立ちます。それは最大の変異源となっている13の中央都市を、その科学魔道の技術ごと封印するためです。それ以来、彼女たちの姿を見たものはおりませんが、エルモア地方の変異が徐々に沈静化していったため、人々はこれを神と使徒による奇跡であると信じています。変異を遂げたものが元に戻ることはなかったとはいえ、それでも今以上の変異におびえる必要がなくなった人間たちは、結束して生息域を拡大し、少しずつですが発展してゆくことになります。これが第二の復興期の始まりで、その原動力となったのがユナスの創始した『聖母アリアと十二人の使徒教会』でした。
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王国と宗教[世俗権力と神聖権力]
ユナスは学問、魔術の多方面において人々を指導し、無償の愛とその実行を掲げて布教活動に尽力しました。その一方で、彼女は近しい聖職者たちとともに、人知れず科学魔道の封印も行なっており、長い年月を経た現在では科学魔道の技術(特に呪式)が人々の前に現われることは殆どありません。こうして聖母教会は表裏2つの目的のために存在することになり、やがては『表教会』と知られざる『裏教会』とに組織が分かれました。
ユナスは聖母教会の基礎をつくり上げた後に死んだことになっていますが、実は彼女は現在も生きています。そればかりか、アリアと12人の娘もまた、眠りについたまま封印の儀式を続けているのです。行方不明だと伝えられているアリアは、実は聖母アリア教会の地下で眠っています。しかし前聖歴954年に、ここに沈んでいる都市の封印が解けそうになるという事件が起こったために、ユナスはアリアの封印儀式を補助する目的で眠りにつきました。このことから、裏教会は封印を強化する必要性を痛感することになります。
ユナスが眠りについた後も、教会は魔術の行使による人々の救済を続け、再び王国が出来はじめる頃には多くの国家で絶大な発言力を持つに至りました。こうして政治への介入もはじめた教会は、表教会の教えを広めると同時に、裏教会の目的も容易に遂行できるようになったのです。
教会はその力を用いて、長い年月をかけてアリアと12人の使徒が封印した都市を見つけだし、それに対応するアリアや使徒たちを祀る教会を作り上げました。しかし、その本来の目的は、都市の封印をより強固にするためであり、そのために教会上層部の者たちは数々の魔術儀式を施しました。彼らが計画したのは、人々の祈りによって生じる霊子エネルギーを封印の強化に使用することでした。そのため、祈りに用いられる『聖言(神聖語)』を呪文とすりかえ、人々は知らずのうちに霊子を教会の地下にある中央都市の封印に注ぎ込むことになりました。同様に、魔力を集めやすい形状を偶像崇拝の対象として用いました。それが現在の聖印である『円十字』(♀)です。こうして教会は人々の祈りを利用して、ほぼ完全な封印の儀式に成功することになりました。ここまで至るために、アリアが生まれて千年以上の年月を必要としています。
しかし、1つの教えが全ての人間に受け入れられるはずもなく、やがて現在のカスティルーン王国の中央部で新たに法教会が誕生しました。これは聖母教会と神を同じくする一派ですが、北方人の土着の宗教と結びつき、聖母教会とは教えも異にします。彼らの教義では、いわゆる秩序を第一の拠所とし、それを掲げて変異した環境や生物に立ち向かいました。法教会は科学魔道技術の利用を認めており、その研究機関として『学問院』を設置していますが、そのことにより聖母教会との対立を深め、現在では双方が相手を異端としています。
法教会の誕生や国家権力の増強が進むに従って、聖母教会は以前ほどの権威を維持することができなくなり、内部からも異端派が数多く出現するようになりました。そのため裏教会は、表教会にかつての威光を取り戻させることを計画します。それが『ユナスの降臨』です。裏教会はユナスの姿を空に映し出し、1人の老女に予言を与えました。その予言通りにイーフォン皇帝フィエルは死亡することになりますが、もちろんこれは自然死に見せかけた暗殺です。その頃、イーフォン国と聖母教会の間には軋轢が生じており、人々はこれを天罰だと信じました。
こうして聖母教会は再び力を盛り返し、現在もエルモア地方で最大の宗教組織として存在しているのです。しかし市民革命なども起こるようになり、政教分離を原則とする国も増えたことで、教会の力は衰退の兆しを見せはじめています。また、霊子機関というものが世に広まったことも、彼らにしてみれば決して見逃せることではありません。こういった一連の時代の変化に対して、裏教会はまた何か秘策を用いるかもしれませんし、あるいは月人が再び介入することも考えられます。
今という時代は、良くも悪くも動乱の時代なのです。そして、エルモア地方のこれからは、あなた方の行動次第であるということをよく覚えておいて下さい。
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