科学世界
『惑星トリダリス』は我々の世界同様、科学によって人間社会を維持していました。しかし、超能力者の誕生によって、社会に大きな変化が生まれることになります。
○超能力者
これより以前にも、いわゆる超能力者と呼ばれる類の人間はおりましたが、この時代の科学力では現象の解明はできませんでした。それには2つの理由があります。
1つ目の理由は、純粋に技術力の問題です。超能力と呼ばれるものは基本的には術法と同様の現象なのですが、これは脳内の各所においてタンパク質のごく一部に構造変化が起こり、霊的回路が形成されることによって発現するものです。しかし、非常に厄介なことに、生体として活動している状態でなければこのタンパク質の構造は崩れてしまうので、どうしてもこの現象を追求することはできませんでした(つまり人体実験を必要とし、貴重な超能力者を被験体として失うことを意味する)。
また、超能力者は確かに存在していたのですが、時の権力者に隠匿されていたり、あるいはこれを学会で発表したところでまともに取り合うものもなく、この秘密に触れる者はほとんどおりませんでした。それに加えて、ある国の軍務大臣がこれを利用してクーデターを起こす計画をつくり、超能力に携わる研究者をブレインハントによって1つの研究施設に集めてしまったため、この研究はまともに成り立たないものとなってしまっていたのです。
○人工ウイルス
こうした状況の中、先に述べた軍務大臣によるクーデターが起こりました。クーデター組織は、ある超能力者の暴走によって崩壊した街を再開発地区として閉鎖し、そこを本拠地としていました。その街はクーデターの失敗とともに開放されたのですが、これとは別のものも世の中に解き放たれてしまったのです。
それは人工タンパク質の研究から生まれたイレギュラーの産物で、後に人工ウイルスと呼ばれようになる存在でした。このタンパク質様物質は、もともとは宇宙由来の岩石に付着していた有機物を模倣してつくられたもので、自己の遺伝子を持たないにもかかわらず、特定のバクテリアを宿主として増殖するという、特殊な性質を持つものでした。しかし、自身の増殖時に宿主の遺伝子構造を変化させ、癌に類似した異常増殖を引き起こす特性や、病原性を持つ可能性も考えられることから危険視され、厳重な管理のもとで取り扱われるようになります。
こういった理由から、このタンパク質様物質の研究に携わる者は多くはありませんでしたが、これを生命誕生の謎を解く鍵になる存在だと考える者や、遺伝子操作バクテリアの大量増殖によるタンパク質生産など、有用な技術に転化できると信じる研究者も少なくはありませんでした。しかし、これは最終的に人類の発展に寄与するものではなく、逆に人々を脅かす大きな災厄へと変貌することになるのです。
この後に起こる一連の悲劇は、人工ウイルスが事故によって野外に漏出したことによって引き起こされます。もちろん、これは本来であれば特定のバクテリアにしか寄生しないので、それだけならば何も問題は起こらないはずでした。しかし、外部に漏れたのは軍部によって生物兵器への改良を施されたもので、人間に感染して増殖を行なうばかりか、遺伝子の変異をも引き起こしたのです。なお、これが人工ウイルスと呼ばれるようになったのは、内部告発によってこの事実が明るみに出たためです。
人類はこのまま、人工ウイルスによって滅亡させられるのではないかと思われたのですが、国際遺伝子復興委員会という組織が設立され、やがてこれを根絶することに成功しました。しかし、この一連の事件によって出現したのが、遺伝子変異によって脳内の構造が変化してしまった超能力者で、後に彼らによってトリダリスの歴史は大きく変わってゆくことになるのです。
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霊子の発見
○人為能力者
超能力者に関する研究が進むうちに、彼らの脳内タンパクの一部の構造が、常人のそれとは異なっていることが判明しました。そして、その発見から100年以上を経た後に、科学者たちは脳の特定部位の構造を変えることで、いわゆる超能力者をつくりだすことに成功しています。このように人工的に生み出された超能力者は『人為能力者』と呼ばれるのですが、これは全てクローン体に改造を施したものでした。
人為能力者たちが利用された現場は、当然のことながら戦場です。人々は完全に制御された人為能力者による代理戦争を行う傍らで、更に超能力についての研究を進めてゆきました。
○霊子
後に、このクローン体への人体実験を通じて、新たな発見がなされることになります。人類が解明したのは、超能力者がその力を発揮する際に、その周囲に素粒子レベルの微細粒子が出現するということです。科学者たちはその微粒子を『霊子』(霊的因子:スピリチュアル・ファクター)と名付けました。
こうして、科学者たちがこぞって霊子の研究に打ち込む時代が訪れました。その結果わかったことは、霊子は高エネルギー物質であり、素粒子の運動にはじまる様々な物理現象に関連しているということでした。この霊子という物質の不思議なところは、かならずしも可視状態にあるわけではなく、観察しているうちに消滅したり、それまで存在しなかった場所に突然現れるということでした。これはエネルギー状態によって変化する現象であることまでは判明したのですが、その時代の科学力ではそこまでしか解明できませんでした。というのは、励起状態以前の霊子は可視下に存在しないからです。
しかし、それだけでも科学史における最大の発見であり、霊子の科学への応用が期待されました。霊子が安定して可視物質として存在するのは、生物の特定の精神状態(α波を出す状態)のもとでした。そのため、人為的につくりだされた超能力者が主な研究対象とされ、長い年月をかけてその出現パターンの解明が行われました。そしてようやく、一定の構造パターンをもったタンパク質複合体に特定波長の電気信号を流すことにより、使用した電力の数十倍にも当たる純粋なエネルギーを取り出すことが可能となったのです。こうして作り出されたのが、人類最初の『霊子機関』です。
霊子機関の誕生には様々な苦労がありました。特に問題となったのが、『オカルト効果』と呼ばれる一連の事故です。これは現象のシステムを解明しないまま霊子を活性化したことによって、術法と同じ効果が無作為に起こった結果なのですが、オカルト効果の仕組みについては、やはり霊子の追跡ができないことから、この時代では解明されないままで終わることになります。
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文明崩壊
○緩衝帯の発見
霊子はエネルギーとしては理想的で、一切の有害物質を出すことなく、純エネルギーだけを取り出すことを可能としました。この霊子機関の誕生によって進歩を遂げた人類は、やがて太陽系外にも進出するかと思われたのですが、幾度もの探査衛星による調査の結果、特定の距離まで進んだ時点で霊子機関が完全に停止してしまうことが判明したのです。
この原因となるのは宇宙に立ち塞がる不可視の壁で、後に『緩衝帯』(ユーカリヲン・カーテン)と呼ばれる霊子の異常地帯でした。緩衝帯はトリダリス星から半径100万kmの空間を完全に覆っているため、人類はこの段階で月軌道外域への進出を半ば諦めてしまうことになるのです。
こうして宇宙開発計画は変更を余儀無くされ、宇宙コロニーの建設を主体とするものに切り替わったのですが、やがて人口増加にコロニーの数が追いつかなくなります。また、政治も人民のすみずみにまで目がゆきとどかなくなって、貧富の格差や退廃的な思想が生まれるようになりました。そして最終戦争と呼ばれる全世界を巻き込む戦争が勃発し、長い戦いの時代へと突入することになるのです。この戦乱によって環境の維持はないがしろにされ、人々の生活は以前のレベルを保つことができなくなり、苦しみの時代を迎えることとなりました。
○<集合化身>の出現
ここで生まれたのが、<集合化身>(オーバーマインド)と呼ばれる抽象的な存在です。<集合化身>と称されるものは、これから後にも何度か歴史に出現するのですが、これは簡単に説明すれば人間の総意ということができます。彼らは共通する思想や意識が集合して生まれた、自我をもつ霊的な存在であり、それと同時に最強の超能力者でもありました。
この旧科学時代に現れた<集合化身>は3人で、1人は人類への疑問、もう1人は人類の否定、そして最後の1人は人類の未来への希望が集まって生まれた存在でした。彼らは人間の姿を借りて旅を続け、ヒトという存在は滅びるべきなのか、それとも永遠に存続させたいのかを、自分にそして個別の人間たちに向かって問いかけました。
しかし、人類はここに至っても争いを続けており、また、<集合化身>たちの力を戦いに利用しようとする者すらおりました。多くの人々は現状の存続を望みましたが、このままの状態が続けば、人類は文明のみならず星をも滅ぼしてしまうことは明らかでした。
そこで3人が考え出したのは、生物を無機化することにより永遠の生命を与えるというものでした。無機生物は安定した構造を持つかわりに、感情の起伏や精神的な変化に乏しいものですが、それゆえに争いのない楽園が訪れるものと<集合化身>たちは確信しておりました。しかし、人々の心はそれを拒み、代わりに機械という存在を消し去ること選びます。
<集合化身>たちは人々の願いを聞き届け、その時代に存在する全ての機械の活動を停止しました。しかし時はすでに遅く、トリダリス星の環境は戦いによって破滅寸前の姿に変わっていたのです。これ以後、文明のレベルは急速に後退し、人々の生活は中世レベルまで逆行することになります。
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