高階杞一詩集

<早く家へ帰りたい>より

早く家へ帰りたい

旅から帰ったら 子供が死んでいた
パパー と迎えてくれるはずのこどもに代わって
たくさんの知った顔や知らない顔が ぼくを 迎えてくれた
ゆうちゃんが死んだ と妻が言う
ぼくは靴をぬぎ 荷物を置いて
隣の部屋のふすまをあけて
小さなフトンに横たわったこどもを見
何を言ってるんだろう と思う
ちゃんとここに寝てるじゃないかと思う
枕元にすわり 顔をみる
頬がほんのりとあかい
触れるとやわらかい
少し汗をかいている
指でその汗をぬぐってやる
ぼくの額からも汗がぽたぽた落ちてくる
駅からここまで自転車で坂道をあがってきたから
ぬぐってもぬぐっても落ちる
こどもの汗よりも ぼくは自分の汗の方が気になった
立ち上がり 黙って風呂場に向かう
シャワーで水を全身に浴びる
シャツもパンツも替えてやっとすっきりする
出たら きっと悪い夢も終わってる
死んだはずがない

こどもの枕元にはロウソクが灯され 花がかざられている
好きだったおもちゃや人形も置かれている
それを見て 買ってきたおみやげのことを思い出す
袋からだして こどもの顔の横に置く
(すごいやろ うごくんやでこれ)
ゼンマイを巻くと プロペラを回しながらくるくると走る
くるくるとおかしげに走る
くるくるとおかしげに走る
その滑稽な動きを見ていたら
急に涙がこみあげてきた

こどもの体は氷で冷やされ 冷たく棒のようになっていた
その手や足を 胸やおなかを 
こっそりフトンの中でさする
何度も何度もさする
僕がそうすれば 息を吹き返すかもしれないと
ぱっちりと目をあけ もう一度
パパー と
言ってくれるかもしれない、と

4

みんな帰った
やっとひとりになれて 自分の部屋に入っていくと
床にCDのケースが落ちていた
中身がない
デッキをあけると 出かける前と違うCDがはいっていた
出かける前にぼくの入れていたのは大滝詠一の
「ビーチ・タイム・ロング」
出てきたのは通信販売で買った
「オールデイーズ・ベスト・セレクション」の〔10〕
デッキのボタンを押すたびに受け皿の飛び出してくるのがおかしくて
こどもはよくいじって遊んでいたが
CDの盤を入れ替えていたのはこれが初めてだった
まだ字も読めなかったし
偶然手に取ったのを入れただけだったのだろうが
ぼくにはそれが ぼくへの最後のメッセージのように思われて
(あの子は何を聴こうとしてたのだろう)
一曲目に目をやると
サイモン&ガーファンクル「早く家へ帰りたい」
となっていた
スイッチを入れる と 静かに曲が流れ出す
サイモンの切々とした声が
「早く家へ帰りたい」とくりかえす
それを聴きながら ぼくは
それがこどもにとってのことなのか
ぼくにとってのことなのか
考える
死の淵からこの家へ早く帰りたいという意味なのか
天国の安らげる場所へ早く帰りたいという意味なのか
それともぼくに  早く帰ってきてという意味だったのか
分からないままに 
日々は いつもと同じように過ぎていく
ぼくは
早く家へ帰りたい
時間の川をさかのぼって
あの日よりもっと前までさかのぼって
もう一度
扉をあけるところから
やりなおしたい



「早く家へ帰りたい」は四才の誕生日をむかえることもなく
この世を去った高階さんの息子さんのことを書いた詩集です。

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