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Vol.1 Home


 名前はソーニャ・エセルバート。学者の街アナトリゼに生まれる。
 父は大学の教官。母は錬金術士。そして姉が1人、シリル・エセルバート。アナトリゼきっての才媛で、誰からも好かれている非の打ち所のない人物だった。
 3人とも優しくて、皆がうらやましがるようなエセルバート家。もちろん次女もそう思っていた。

 でも残念なことにソーニャは天才ではなかったので…1人だけ落ちこぼれないためには、多大な努力を必要とせねばならなかった。
 もちろんそれは当然のことだし、すべては自分のためであったが。
「ソーニャ、今日も頑張ってるわね」
「うん、姉さん」
「ソーニャは本当に偉いわ。この調子で頑張ってね」
「ありがとう」
 彼女は必死で努力して、能力的にはそれなりのものを得た。まあ世間の評価はその位当たり前というものだったが、とりあえず両親と姉に責められることはなかったので安心していた。
 しかし人格者である家族の中で、彼女だけは今一つ人付き合いが下手だった。特に非難されることに対しやたらと過敏で、少しでもけなされるとむきになって反論するのである。
「ソーニャも頭いいけど、シリルさんに比べて性格がちょっと…ね」
「なんですって、あなたにそんなことを言われる筋合いはないわ。少なくとも私よりましな成績を取ってからにしてほしいわね!」
 そんな時、決まってシリルは悲しそうな顔をするのだった。
「ああソーニャ、そんなことを言っては駄目よ。もっと相手の気持ちというものを考えなくては」
「だって!」
「ソーニャ、あなたはいい子でしょう?」
「…ごめんなさい」
 いつも正しい姉。決して取り乱さず、にこやかに微笑んで、妹でも他の人でも何の変わりもなく優しい。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 そんな姉に、いつしか欠点を探すようになっている自分にソーニャは愕然とした。気がつくと彼女が何か失敗することを望んでいる。そうすれば安心できるから?自分が失敗したときの言い訳になるから。何と卑しいのだ、ソーニャ・エセルバートは。
「だって…」
 彼女が嫌い?
 そうじゃない、姉のことは大好きだった。美人で優しくて料理も上手くて、一度でいいから甘えてみたかった。叶わない望みだったけど。決してソーニャの手は…届かなかったけど。
「ソーニャ、それでいいのよ」
 そうじゃなくて。
「ソーニャ、今回は仕方ないわ。あなたも頑張ったのだものね」
 そんな目で見てほしくない。
「ごめんねソーニャ、でもそういう事は良くないわよ」
 自分は何が不満なのだろう?
 何も間違ってないことが不満なのかもしれない。

 普通の女の子なら反抗したり反発したりできたのだろうが、そんな子供じみたことソーニャは許さなかった。かといって疑問なく受け入れるには、ソーニャの頭は聡すぎた。
 そして精神は内側に向けられ、疑問を抱えたまま成長する。なにか間違ってる気がするのだけれど、それをはっきりと示せないのだから仕方ない。あるいは自分が間違ってるかもしれないのだ。
 だから彼女はある計画を思いついたのだけど、いつまでも実行に移せないでいた。そして16歳の誕生日を控えたある日のこと。
「おやおや、せっかくの美人が台無しですねぇ」
 本を抱えて石畳を歩いていた彼女は、ふと歌うような声に呼び止められた。リュートを抱えた吟遊詩人だった。
「なにか御用ですか?」
「いえ、貴方がなにかご不満のようだったのでね」
 その青い目は笑っていたが、奥深い色を湛えていた。自分の中の矛盾を見つけられたようで、あわててソーニャは瞳をそらした。
「おっしゃる意味が分かりません。急いでいるので失礼します」
「そんなものを詰め込んで、一体どうしようというのやら。求めているものは別の所にあるのでしょうに」
 吟遊詩人の遠慮のない言いぐさに、思わずソーニャはキッとにらみつけた。
「あなたには関係のないことです!」
「いえいえ、これでも私は真実を語るものですから」
「なにが真実よ、この嘘つき!そんなものあなたに教えてもらわなくても、ちゃんとこの手に持っているわ!」
 吟遊詩人の目がふっと真剣味を帯びる。
「それが本当に真実だと、あなたは自分で確かめたのでしょうか?」
 ソーニャはしばらく応えなかった。一瞬悔しそうに唇を噛んで、すぐに冷静な顔を取り戻して、じっと何かを考えると、ぷいと詩人に背を向けた。そのまま坂を駆けだす彼女に、吟遊詩人はエールのようにリュートを鳴らした。

 Skill&Wisdomへ行く。
 ソーニャがそう言ったのはそれから数日後のことだった。父は目を開き、母は論文を書く手を止め、姉は自分の耳を疑った。
「ソーニャ、一体何を言っているの?」
「Skill&Wisdomへ行くわ。自分でそう決めたの」
 冒険者養成学校Skill&Wisdom。ここから南東へ馬車で4日のところにある、冒険者養成学校である。その名の通り初心者向けの学園で、アナトリゼにあるセイリア大学や北の魔導都市パーリアにある星辰宮スターパレスなどとは、そもそものレベルからして違っていた。
「落ち着きなさい、ソーニャ。あと2年もすればお前も大学へ行けるというのに」
「そうですよソーニャ。あんな初心者が行くところへ行ったら、あなたの今までの勉強はいったい何だったの」
 それを確かめに行くのだ、とはソーニャは言えなかった。そこまではっきりとはしていなかった。
 でも…このままでは、ずっとこのままでは、それこそ自分の人生は何なのだろう。
「ごめんなさい。でももう決めたから」
「ああソーニャ、何かあったのね?姉さんで良ければ相談に乗るから話してちょうだい」
 姉の一言はむしろ嬉しかった。一番言ってほしくない言葉だったから。
 でも結局…彼女を嫌いにはなれそうになかったけど。

 そして誕生日の前日の夜。ソーニャ・エセルバートは家出した。



Vol.2 Liberty


 自由都市フィロン。ラウハン国ゼルト候領に属する。かつては国境付近の要衝として重要な都市であり、その微妙なバランスゆえに近辺諸国の王・諸侯達が共同で冒険者養成学園Skill&Wisdomを設立した。その後封建領主の弱体化とともに65年前に自治権を獲得。自由都市として評議会により運営されている。
 ソーニャが「自由」の2文字に引かれたことは否めない。もちろん無鉄砲に飛び出したわけではなく、それなりのつてはあった。
「ふむ、Skill&Wisdomにね…」
 いつも通る商人の馬車に乗せてもらってフィロンまで来た彼女は、真っ先にフィロン市マジックギルドを訪ねたのだった。ここの導士ヴェルギリウスは父の友人である。
「はい、アナトリゼだけではなくて、もっと広い見地から世間を見てみたいと思います」
 言っていて自分で空しくなる。その言葉には何の裏付けもない、根拠もない。伝統あるあの街、理想的な家族。今までのすべてを捨ててきたソーニャには、拠って立てるのは自分の頭だけだった。それで何も見えぬならそれまでのことだ。
 家出してきたことも正直に話すと、ソーニャはじっと相手の目を見た。その思い詰めた表情に、まだ30歳になったばかりの若い導士は失礼とは思いつつも同情した。彼女の決意は賞賛するが、そこまで真摯になるほど世の中は綺麗ではあるまいに…。
 しかし一応頼られている。こほんと軽く咳払いすると、たった1人でこの街に飛び込んできた少女に淡々と聞かせるのだった。
「『都市の空気は自由にする』この言葉に引かれてきたのだね?」
「はい!すべてを受け入れる自由都市だから来たんです!」
「よろしい、だが自由とは責任と表裏一体だ。悲しいかな私は慈善者ではないし、それなりの覚悟はできていると思うが」
「は、はい…それでぶしつけなんですけど、できたらこのギルドで何かお仕事をいただけたらと…」
 少なくとも知識と才能では彼女はそこいらの人間にひけを取らなかった。家族の言うことももっともで、S&Wに今さら入ったところでさしたる価値もない。ギルドの何人かがそう忠告したが、彼女は頑なに頭を振った。
 そして数ヶ月の間黙々と働いて、優暖の月にはソーニャはかなり痩せていた。でもひとりぼっちの屋根裏部屋の中でも彼女は決して泣くことはなく、他の誰がどう言おうとそれは彼女の誇りとなった。
 Skill&Wisdomにも入学試験がある。それなりに冒険者の資質のない者は、いくら初心者向けの学園といえど落とされる。魔法を選択して楽々通ったソーニャだったが、本人は不満そうだった。やはり理論と実践は違うようだ。
 そして暁眠。ソーニャは学園の門をくぐる。



Vol 3 1st.


 そこは街の中でももっとも活気にあふれていて、アカデミーの勧誘員たちがひっきりなしに声を上げていた。もちろんソーニャは興味はない。そんなものを求めにこの街へ来たのではない。
 見渡せばハーフキャットや有翼族など人間以外の種族が多く見られる。彼らもまったく対等に扱われるのがこの学園の暗黙のルールであり、だからこそ他の国からもここを目指す者が後を絶たないのである。
 さてソーニャは相変わらずギルドでの仕事を続けることになっていたので、生活環境はさして変化はなかった。森を抜けたところにあるスペル・ホール(呪文開発場)もアナトリゼのものに比べそう大きいわけではない。彼女が見に行ったときは誰かが実験をしていたようで中から少年の叫び声が聞こえたが、ソーニャは無視して立ち去った。
「ソーニャ・エセルバート。17歳。アナトリゼ出身。趣味は読書。それではよろしく」
 学園の受験資格は人間の場合16歳以上なので、まわりには16歳が多い。おまけに実力的に彼女は異端だったので、1ヶ月もたたない内に周囲から浮いていた。もっとも能力いかんに関わらず彼女は必ず浮いていただろうが。
「ソーニャ、ここんとこ教えてよ」
「そうやって貴方いつも人を頼りにしてばかりじゃない。もう少し自分の頭で考えるということをしたらどうなの?私は便利な水晶玉じゃありませんからね!」
 決して悪意があるわけでも人を遠ざけようとしていたのでもないのだが、結局彼女は自分以外は信じられなかった。いや、自分を信じるためには他人を信じるわけには行かなかった。自らの足で立って、自らの目で確かめたい。また人に振り回されるのでは前と全く変わらない。
 そしてソーニャの周りはすぅっと静かになっていったので…学園を騒がす男とその後輩のことは、直に会うまで気にもとめなかったのである。



<To Be Continued>




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