この作品は「ときめきメモリアル2」(c)KONAMIの世界及びキャラクターを借りて創作されています。







セルフ・パーティ






 夏が終わり、そろそろ文化祭に向けてひびきの高校が動き出す季節。
 出展受付中の生徒会室へ、大股で歩いてきた一人の生徒が勢いよく扉を開けた。
「はーっはっはっ! いるか山ザル。電脳部の出展届を持ってきてやったのだ!」
「あーうるせぇ。ったく、普通に入って来られねぇのかよ」
 華々しいメイの登場を、苦虫を噛みつぶしたような声が出迎える。
 狭い生徒会室の奥の机で、あぐらをかいて座っているのが赤井ほむら。伊集院メイにとっては気にくわないことこの上ない相手である。
「ふん、このような下々の祭りに敢えて参加してやるのも修行の一つ。ありがたく思うがよいのだ」
「あ〜あ、ありがた過ぎてやる気なくしたぜ。今日の受付はもう締め切りだな」
「何だとこの猿! ははぁ、メイの素晴らしい出展にぐうの音も出なくなるのが怖いのであろう。戦わずして逃げを打つとは、レベルの差を感じる本能だけ大したものだっ!」
「相変わらず何わけのわかんねぇこと言ってんだよこのチビっ! ええいやめやめ、マジで受け取らねぇ!」
「会長、真面目に仕事してください」
「…ちぇっ、わかったよ」
 横から役員にジト目で睨まれ、渋々と片手を差し出すほむら。ふんぞり返ったメイの渡した出展届を受け取り、あくびをしながら目を走らせた。
「出展内容:史上類を見ない素晴らしいゲームの製作…なんじゃこりゃ…」
「まあメイとしては最先端研究の発表でもよいのだが、ここの生徒に理解させるのは無理があろう? 人の上に立つ者として、たまには大衆に媚びてやるのも必要なのだ」
「あーそーかい。つまんなそうだから不許可、っと…」
「おいこらぁ!!」
「るっせーな、冗談だよ。はいはい、確かに受け付けたぜ。副会長ー、あとよろしく」
「はいよ」
「まったく、いちいちメイに刃向かう奴め…」
 副会長から参加にあたっての説明を聞きながら、横目は恨みの視線をほむらに向ける。伊集院家と聞けばたいていの者はひれ伏して追従するか、恐れて近づかないかのどちらかなのに、こいつときたらかえって噛みついてくるのだから非常識だ。ここらでひとつレベルの差というものを思い知らせてやらねば。
「よいか赤井ほむら、今回は電脳部の威信をかけているのだ。人気投票では必ず1位を取ってやるから覚悟しておくがよいぞ」
「へっ。そんなこと言って、どうせ金を使ってプロのゲーム屋でも雇うんじゃねえのか」
「し、失礼な奴めっ! そんなものに頼らずともメイと下僕だけで十分なのだっ! ええいもういい、口で言うより現物でギャフンと言わせてやるのだっ」
「面白れぇ! これでもゲームにゃぁうるせぇんだ。あたしがテストしてやっからせいぜい気合い入れて作れよな!」
「ふん!」
「けっ!」
 ぴしゃんと音を立てて扉を閉めると、メイは肩をいからせながら生徒会室を後にした。
 どこまでも無礼な奴……だがかえって文化祭が楽しみだ。当日になれば奴だってさぞかし目を丸くするに違いない。今回メイが考えたゲームは、自分でもかなり自信があるのだ。
 そのまま特別教室棟へ行き、渡り廊下に近い部屋に入る。元は第二理科室兼科学部の部室だったが、メイの入学とともにすっかり改造され、今では科学部なんて部が存在したことも忘れ去られている。
 中では十数人の部員たちが、机を囲んで何やら話しているところだった。
 メイの姿を見るや冷や汗をかきながらいそいそと出迎える。
「ど、どうもメイ様。お疲れ様です」
「うむ。このような雑用は本来メイのすることではないが、今回は宣戦布告の意味もあるからな。気にするでないぞ」
「は、はぁ…。ところで今、文化祭に出すゲームの打ち合わせをしてたんですが…」
「何を言っておるのだ? お前らはメイの言うとおりに作ればいいのだ」
「ああっ予想はしてたけどやっぱりー!」
「メイの電脳部なのだから当然であろう。ふっふっふっ、見ているのだ赤井ほむら。メイの才能の前に必ずやひれ伏させてやるのだっ! はーっはっはっはっ!」
「とほほ…」
 暗い顔の部員たちなど、高笑いを続けるメイの視界にはまったく入っていなかった。

 徹夜で書き上げた仕様書を全員に配り、さっそく翌日から電脳部の作業が開始された。
 ゲームのタイトルは『スペースリングファイター』。文化祭用に短い時間で遊べるよう、タイムアタック型のシューティングにした。ラスボスのデザインが結構メイのお気に入りである。
「自分の絵の才能が怖いのだ。お前とお前、しっかりCG化するのだぞ」
「こ、このラクガキを一体どうしろと?」
「‥‥‥」
「いえっ! なんとも斬新なデザインでありますっ!」
 グラフィックと音楽は下僕たちに任せて、メイは画面に向かってプログラムを組み始める。
 ディスプレイに並ぶコーディングの羅列は、子供の頃から慣れ親しんできた映像だ。コンピュータは人間と違い、嘘もつかなければ約束も破らない。きちんとプログラムすればその通りに動く。それがメイには満足だった。
「そういえばメイ様、予算申請の締め切りが今日ですけど…」
「バカめ、貧乏生徒会に恵んでもらうほど落ちぶれてはおらん。費用はすべて伊集院家が出すから心配せずともよいのだ」
「そ、そうですよねぇ。いつもすいません…」
「なぁに、欲しいソフトがあればいくらでも言ってよいぞ。わはははは」
 そう。ここにあるパソコンも、周辺機器も、ソフトウェアも、すべてはメイが用意させたものだ。
 赤井ほむらのような反乱分子もない。すべて自分の思うように動く。
 この退屈な学校で、ここだけがメイにとっての楽園だった。

 そんな調子で開発が順調に進む中の、とある昼休み。メイは研究と称して、部室のパソコンを使って市販ゲームで遊んでいた。
 電脳部の活動は放課後だけなので、今は部室に自分一人だ。庶民に煩わされることなく思う存分電脳の世界に熱中していたのだが…。
「くっそー、やっぱ外からじゃわかんねぇか。なあ茜、ちょっと見てきてくれよ」
「も〜、何言ってるのさ。そのくらい自分でやりなよ、子供じゃないんだから」
 廊下から何やら声がする。しかも片方は、忘れたくても忘れられない下品な声だ。
 メイは眉をひそめると、ゲームを一時停止して音を立てずに廊下側の扉へ近づいた。
「けっ、冗談じゃねぇぜ。あたしが見に来たなんて言ってみろ、あのガキがますますつけ上がるじゃねぇか」
「でもゲームは気になるんでしょ?」
「ニャ、ニャハハハハ。ゲームと聞くとあたしの血が騒ぐんだよぅ」
 こめかみの頭痛を抑えて、思いっきり扉を開けてやる。
「全部聞こえておるわ、たわけ!」
「うわおう! くっ、立ち聞きとは卑劣なヤロウだぜ」
「人の部室の前で大声出していたのは貴様だろうがっ。…いや、もういい。相手にするだけこっちのレベルが下がるのだ」
「んだとこの」
 例のごとく火花が散る間に、今回は一緒に来ていたショートカットの生徒が割って入った。確かいつもほむらと一緒にいる女だ。
「ねえねえ、ほむらったら電脳部のゲームが気になるらしいんだよ。どんなのか教えてくれないかい」
「あ、茜ーっ! どうしてお前はそう素直なんだよ!」
「しょうがないだろ、昼休みがもったいないじゃないか」
「ふふん、知りたいか? 知りたいようだな。貴様には教えてやらん! 死ぬまで考えるがいい、はーっはっはっはっ」
「けっ、どうせそう言うと思ってたぜ! 帰るぜ茜!」
「もう、それなら最初から来るなんて言わないでよ…」
 ぶつぶつ言いながら立ち去ろうとする二人に、ふとメイの頭に良い考えが浮かんだ。ほむらではない方の背中に声を投じる。
「おい貴様、一文字とか言ったな。こんな奴の友人とは、さぞかし難儀をしているであろう?」
「…うん」
「ああってめぇ茜! なに同意してんだよっ!」
 ギャーギャーわめくほむらは放っておいて、腕組みして尊大に見下ろす……実際は見上げたのだが。
「どうだ、そんな山ザルは見捨ててメイの下僕にならないか? 悪いようにはしないのだ」
 確かこいつは生活費を稼がねばならないほどの貧乏人と聞く。ならばこれを断るはずがあるまい。
 と、思ったのだが、この寛大な申し出に対して、茜はにっこり笑うとぽんぽんとメイの頭を叩いた。
「あはは、しょうがない子だなぁメイちゃんは。少しはバイトでもして社会性を養おうね」
「め、メイちゃん!? な、な…くっ、もういいっ! しょせん無礼者の友人は無礼者なのだーっ!」
「はいはい。ほら、ほむら。そろそろ帰るよ」
「おう。じゃあな伊集院、部室でゲームなんかやってんじゃねぇぞ。うらやましいから」
「とっとと帰れっ! しっしっ!」
 二人を追い払って中から鍵をかけたが、すっかり興が削げてしまった。遊んでいたゲームを終了させる。
 仕方ないので、昼休みも文化祭の準備につぎ込むことにした。


 10月は飛ぶように過ぎ、そろそろ月の終わり。準備も追い込みに入ってきた。
 一応遊べるまでには完成したのだが、開発の常で後から後からバグが出てくる。
「メイ様、剣ボタンを2連打したらフリーズしました」
「う…わかったのだ」
「メイ様、画面ぎりぎりで弾を当てたら相手が無敵になりました!」
「ええい、わかったのだっ!」
 メイン部分のプログラムは自分一人で作ったため、バグ修正の作業も結局メイがほとんど羽目になった。
「あの…。俺たちも手伝いましょうか?」
「う、うるさいっ。お前ら凡人に扱えるようなプログラムではないのだっ!」
「へいっ!」
 というより他人が見ることをまったく考えずに作ったので、メイ以外には意味不明なものになっているのである。
 他の部員は仕方なく部屋の飾り付けなどをしていたが、ピリピリしているメイが「集中できん!」と怒鳴って全員帰らせてしまった。
 誰もいない部室で一人キーを叩いていると、なんだか心細くなってくる。
 だいたい、なんでメイがこんな下々のような苦労をしなくてはならないのか。伊集院家の力をもってすれば…
『どうせ金を使ってプロのゲーム屋でも雇うんじゃねぇのか』
「む…」
 あの忌々しい声が聞こえてきて、メイはぶんぶんと頭を振った。ダメだ、やはり自分の力であの猿をぎゃふんと言わせねば。
 窓の外は夕焼けから夜に変わり、他の部屋の明かりもひとつまたひとつと消えていく。
 余計なことを考えないよう画面に集中していたが、元より人のいない特別教室棟では、時計の音が大きく響く。
 カチカチカチカチ…
 夜の学校……そこは妖怪や幽霊の跋扈する、怪談のメッカであると聞いたような……。
「(ふ、ふんっ、非科学的なのだっ。だいたい咲之進が廊下で目を光らせているはず…)」
「おい、誰かいんのか?」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
 椅子から10センチほど跳ね上がり、口から飛び出しかけた心臓をあわてて押し戻す。
 涙目をこすってよく見れば、きょとんとした顔のほむらが入り口に立っていた。
「なんだ伊集院かよ。って、なんだよ今の顔! お化けだと思ったのかー? ぎゃはははははははは!!」
「あ…ぐ…う……よりによってこんな奴の前で恥をさらすなんて、伊集院メイ一生の不覚っ…。かくなる上は貴様を殺してメイも死ぬーーっ!!」
「どわーっ! お、落ち着けっ! わかった、見なかったことにするから! なっなっ!?」
「ウソつけ! 貴様みたいな口の軽い奴が喋らないわけないのだ! きっと明日にはメイは校内中の笑い者になっているのだ! うわぁぁぁぁん!!」
「だーっ、泣くなっての! ったく、おちおち冗談も言えやしねぇ…」
 ため息をついてメイをなだめつつ、ほむらは部屋の中を見回した。他に人影はなく、物言わぬ機械だけが整然と並んでいる。
「で、一体何をやってんだ?」
「ふ、ふん。文化祭の準備に決まっているであろう。メイのように有能な者は自然と仕事も多いのだ」
「はー、さいですか。けど準備は8時までって決まりだろ。もう帰った帰った」
「う…」
 見れば時計の針は8時を少し過ぎたところだ。なるべく他のことを考えないようにしていたので気づかなかった。
 まだバグは直っていない…。他の部員たちを追い返した手前、明日までに直っていないと格好がつかない。
「も……もう少しで終わるのだ」
「は?」
「だから、あと1時間くらいなのだ。大目に見るのだっ!」
 ふんと胸を反らしてそう言うメイに、ほむらは呆れたように頭を掻く。
「へいへい、まあてめーは車で帰るんだもんな。好きなだけやってけよ」
「え、いいのか?」
「いいんだよ。あたしが会長なんだし」
「…そうだな。貴様の辞書に時間厳守などという単語が載っているはずもないな…」
 憎まれ口を聞き流して、ほむらは廊下に引っ込んだかと思うと、首だけ部屋に戻してにやりと笑った。
「ま、思ったより根性あるみたいじゃねーか。ちっとは見直してやるぜ」
「な…。う、うるさいっ! 山ザルに見直されても嬉しくないっ!」
「ニャハハハ。じゃあカゼ引かねーうちに帰れよー」
 笑い声とともにほむらは消え、再び部室に静寂が戻った。
 まったく、根性なんて…そんな庶民の精神論みたいなものを、メイが持ち合わせているはずもないのに。
 でも、ここまでやってきたんだから、文化祭にはいいものを出したい。
 メイはぱちんと頬を叩いて、最後の作業に取りかかった。別に……あの女に期待されてるからではないけれど。


 かくして苦労の末に、『スペースリングファイター』は無事完成した。
 そしていよいよ文化祭当日である!

「どうだ? 客の評判は」
「はい、好評です。部活でここまでのものを作るのは凄いって」
「そ、そうかっ? ふ、ふん。部活動レベルで判断されるのは不本意なのだ」
 とか言いながらも、勝手に顔がにやけるメイである。夜遅くまで頑張った甲斐があったというものだ。
「どうだ貴様たち、電脳部員で良かったであろう!」
「そ、そうっすね」
「あとは人気アンケートで1位を取れば完璧なのだ。はーっはっはっはっ」
 客の入りも良く、メイは部室の中をうろちょろしながら画面を後ろから覗き込んだり、適当な生徒をつかまえてゲームの講釈を垂れていた。庶民のお祭りでもなかなか楽しいものだ。
 と、部室の反対側から耳慣れた大声が聞こえてくる。
「どりゃぁ! ホーミングホーミングホーミングー!」
「もう少し静かに遊べんのか…」
「横から話しかけるんじゃねぇ! 今のあたしは誰にも止められないぜー!」
 騒ぎながらラスボスを倒し、ふぅと息をついて顔を上げ、ようやく赤井ほむらはメイの存在に気づいた。
「な、なんだ。てめぇかよ」
「ふふーん。ずいぶんと熱中していたようだなぁ? そんなに面白かったか? んんー?」
「い、いいだろ別にっ! あたしは何事にも全力投球なんだよ!」
「ええいひねくれ者め! 素直に面白かったと言えっ!」
「…まあ、面白かったけどよ」
「は?」
 あっさり認めるほむらに、メイの勢いが一瞬削がれる。
「ま、ゲームに関しては嘘つけねぇからな。マジで面白いぜ」
「え、そ、そうか? え、ええと……ま、まあ当然なのだ、メイが作ったのだからな。わはははははっ!」
「おう、ゲームの出来と作る奴の性格は関係ねぇってことがよーく分かったぜ」
「はーっはっはっはっ。ってどーいう意味だっ!!」
「ニャハハハ。さーて次こそは1分の壁を…」
「ほむら〜! いい加減次の場所行こうよ〜」
 廊下の方から疲れたような声が聞こえ、ほむらはやべ、とばかりに首をすくめた。
「そういや茜を待たせてたんだった。じゃーな、伊集院」
「あ、ああ……なのだ」
 少し呆然とそう答えて、ほむらの姿が見えなくなってから、ようやく実感が湧いてくる。
 勝った! 予定ではほむらがもっと悔しがるはずだったのだが、まあ贅沢は言うまい。面白いと言わせた時点でメイの勝ち。完膚無きまでの大勝利である。
「はーっはっはっはっ! やったー! 今日この日を山ザル退治記念日とするのだ!」
「め、メイ様?」
「うむ、貴様たちもよくやってくれたのだ。文化祭が終わったら祝勝会を開いてやるから楽しみにしているがよいぞ」
「は、はぁ…」
 勝利の余韻で部員たちに寛大なところを見せると、メイはしばらく高笑いを続けた。さすがはメイの電脳部。これほどの成果を出せる部など日本広しといえどもそうはあるまい。
 周囲にすっかり満足しながら、メイの笑い声は閉じた部室に響く。
 その時は疑問も持たなかったのだ。


 一日中部室に張りついているのも何なので、午後は校内を見て回ることにした。
 とはいえ一緒に回る友達もなく、横にいるのは咲之進である。
 お喋りしながら目の前を行き交う女の子たちを見て、何となく物足りない気分にもなったが…
 それでも文化祭は結構楽しかった。生まれて初めてお好み焼きを食べたり、美術部の作品をもっともらしく論評したり、演劇部の『シンジテラ』に大笑いしたりと、瞬く間に時が過ぎていく。唯一不愉快だったのは、茶道部で正直に「苦いのだ。まずいのだ」と言ったら、そこにいた女が目を釣り上げて「あなたは和の心が分かっていないわね。そもそも茶の湯とはうんぬんかんぬん…」と説教を始めたことくらいだ。
 4時過ぎから一般客は帰り始め、5時にひとまず閉場となる。
『――公開は終了しました。生徒たちはキャンプファイヤーまでに、できるだけ片づけを進めてください』
 輪投げ大会に熱中していたメイは、校内放送を聞いて我に返った。そういえば自分の部活をほったらかしだ。電脳部はメイがいなければ成り立たないというのに。
「大変なのだ、きっと部員どもがメイの命令を待っているのだ。咲之進、貴様はもう下がってよいぞ」
「はい、メイ様」
 スススと視界から消える咲之進を後に、小走りに電脳部へ急ぐ。
 まだ祭りの余熱は消えず、あちこちで最後の騒ぎ声や笑い声が聞こえてくるが、それも徐々に落ち着いてくる。あとはキャンプファイヤーを残すのみだ。メイにとっては実に満足な一日だった。
 特別教室棟の端へ来ると、人影もまばらになってくる。こんな辺鄙な場所にも、あれだけ客が来たのだから自分たちの実力だろう。
 午後は部員たちに任せきりだったし、少しはねぎらいの声でもかけてやろうか。
 そう考えながら、笑顔で部室の扉に手をかけた。
「なんか…つまらん文化祭だったな」

 手も表情も、そのまま動かなくなった。
 何だ? 今聞こえてきたのは。
 頭が停止している間に、ぼそぼそと部室の中から声が流れてくる。
「そりゃあそうですよ。伊集院さんの命令通りに動いてただけだし」
「俺、作りたいゲームがあったんだぜ。今年が最後の文化祭だったのに…」
「先輩たちはまだいいっすよ。僕たちなんか来年も再来年も伊集院さんと一緒ですよ…」
 動けない。こいつらは何を言ってるんだろう。
 固まった空気の中を、開発中に何度も聞いた電子音が流れ出す。
「スペースリングファイターか…」
「そりゃあよくできてるけど、無理矢理作らされたんじゃなぁ」
 大成功だったのに。
 お客も喜んでくれたのに。赤井ほむらも誉めていたのに。
「大した備品も予算もなかったけど」
 どうして今さらそんなことを言い出すの…。

「昔の方が楽しかったよな…」

 みんなのため息が聞こえた。廊下まで届くほど深く。
 その中になんて入っていけるわけがなかった。
 くるりと背中を向けて、メイは逃げるように逆方向へ走りだした。


 祭りの喧噪は終わり、校内中が片づけを始めている。
 生徒たちは忙しく走り回っている。早く片づけないと日曜日に出てくる羽目になるから、みんな必死だ。
 行くところのないメイは、校舎から弾き出されるように外へ出た。
(なんで)
 ふつふつと怒りが湧いてくる。何であんなことを。庶民のくせに。無能のくせに。メイの下僕のくせに!
 …けれど、その怒りもすぐに空気が抜けるように縮んでいく。あんな風に思われてたなんて。
 悪いのはどっちだろう…
(いや、違う、違うぞ! メイは悪くないのだ!)
 ぶんぶんと頭を振って、もうそのことは考えないようにした。
 だいたい、庶民なんかに嫌われたからなんだ。元々住む世界が違うのだし、ただメイが勝手に……
 楽しい部活だと、思い込んでいただけで。
 もう陽は落ちて、窓から漏れる明かりがメイを照らす。『何をしている』なんて聞かれたら答えられない。
 メイは明かりから逃げるように、校舎の壁に寄って、その場に座り込んだ。
 壁一枚隔てた向こうから楽しそうな笑い声が聞こえる。
 耳を塞ぐように膝に顔を埋める。考えてみれば、どうして自分はこんな高校に通ってるんだろう――?

「よお、どうした」

 ここに入学してから一番多く聞いた声で、憎たらしいほど覚えてる。
「何があったか知らねーけどさ、落ち込んでたってつまんねぇぞ。うまいぐあいに文化祭なんだしよ。キャンプファイヤーで騒いで忘れちまおうぜ!」
 暗くて誰だか分からないのだろう。ほむらの声は、今まで聞いたことがないほど明るい。
 その証拠に、メイが顔を上げて冷たい目を向けると、反応するようにほむらも渋い顔を見せた。
「げっ、お前かよ…」
「…悪かったな」
「あー、可愛くねぇ。ったく、何してんだよ、カゼ引くぜ」
「お…大きなお世話なのだ。メイのことなんてどうでもよいだろう!? さっさと消えるのだっ!」
 大声で当たり散らす。最悪だ。よりによってこいつが現れるなんて。
 ほむらも腹立たしそうに舌打ちしたが、立ち去るかと思いきや、何を考えたかいきなりメイの隣に腰を下ろした。
「な、何なのだっ…」
「ま、お前みたいなのでも一応ここの生徒だからな。文化祭の最中に一人でこんなとこにいるんじゃ、放ってはおけねぇだろ。あたしは生徒会長なんだぜ?」
 勝手なことを言いながら、首を傾けてメイの顔を見る。話せ、と。
「べっ…、別に貴様に話してどうなるものでもないが…。まあどうしても聞きたいというなら言ってやらんでも…」
「あーわかったわかった。で、どうした?」
「じ、実はっ…」
 メイは堰を切ったように話し出した。部員たちのひどい仕打ち。この際ほむらでもいい、誰かに言ってほしい、メイは悪くないと。
「そ、それはメイも少しは強引だったかもしれないけど、でも電脳部のためだったのだ。メイだって一生懸命頑張ったのだ」
「‥‥‥」
「メイ一人で夜遅くまで残っていたのだっ。そういうのは全然評価してくれないのだっ!」
 ほむらに見られるのが嫌で、メイは再度膝に顔を埋めた。
「メイの気持ちなんて誰も分かってくれないのだっ…!」

 しばらく言葉はなく、夜だけが深まっていく。
 メイは動けない。そろそろ沈黙に耐えられなくなったころ、ようやくほむらが口を開いた。
「なあ、伊集院」
「‥‥‥」
「このボケ」
「‥‥‥‥。んなっ!?」
 予想もしない暴言に、驚きと怒りで口をぱくぱくさせてる間に、ほむらはつまらなそうにそっぽを向いた。
「よくよく聞いてみりゃあ、全部てめぇが悪いんじゃねぇか。ったく、一瞬でも同情して損したぜ」
「な、な、こ、こういう場合は慰めの言葉をかけるものと相場が……ええいもういい! この血も涙もない悪魔ぁっ!」
「バッカ野郎! 文化祭ってのはなぁ、みんなで楽しむもんなんだよ。どんなにいいゲームだろうが、自分一人が楽しいんじゃ何の意味もねぇだろうが!」
「う…」
「誰もメイの気持ちを分かってくれないだぁ? じゃあてめぇは周りのことを考えたのかよ。他の奴らがどんな気持ちか、一度でも考えたってのか!?」
「う、ううううぅ〜〜!」
「ここはてめぇ一人のパーティ会場じゃねぇんだよ!」
 言葉が返せない。悔しい。何でこんな奴に。
 メイは地面を蹴って立ち上がると、涙目でわめき散らした。
「うるさい、うるさいうるさいうるさーーい! め、メイは悪くないのだ! メイは伊集院家の人間だから、他の奴とは違うのだ。周りのことなんて知ったことじゃないのだ!」
「けっ、そうかよ。だったら部活なんて入るんじゃねぇ。一人で遊んでな!」
「い、言われなくてもそうするのだ! やめてやる、こんなレベルの低い学校、元々通いたくなんかなかったのだっ…!」
「こ、この野郎…やめちまえやめちまえ! せいせいすらぁ!」
「う…う…うわぁーーーん!!」
 頭の中が真っ白になって、メイは泣きながら脇目も振らずに走って逃げた。
 ひどい、ひどすぎる。それは少しはメイも悪かったかもしれないけど、あそこまで言うことないのに。 
 本当に、こんな学校入るんじゃなかった。あんな奴になんか会いたくなかった。
 本当に本当にっ…!
(赤井ほむらなんか大っ嫌いなのだっ…!)


 …くしゅん。
 11月の夜は寒い。いつまでも外にいるわけにもいかず、メイは足を引きずるようにして校舎に戻った。
 といっても、行けるところは一つしかない。
(あ、あいつらだって反省しているかもしれないのだ。さっきのは冗談だったのかもしれないし。いや本気だったとしても、メイは身分が高いのだから庶民から妬まれたって別に何とも…)
 自分でも嘘と分かることを必死で言い聞かせながら、特別教室棟の階段を登る。人は先ほどよりもさらに少なく、空気も冷たい。
 あんなところに、戻ったとしてもどうしよう。
 部員みんなから嫌われたまま、これからの毎日を過ごすんだろうか…。
 とうとう部室が見えてくる。その時だった。
「聞いてんのか、おい!」
 突然廊下に大声が響いた。
 思い出したくもない、さっきまでメイに優しい言葉の一つもかけてくれなかった相手。
 なんであの女がそこにいる!?
「そりゃあ伊集院はクソガキだ。高慢ちきだし、常識も知らねぇ。てめぇ中心に世の中が回ってると思ってやがるどうしようもねぇ奴だぜ」
 かっと頭に血が上る。メイの悪口を言いに来たのか。部員たちと一緒に、メイをこき下ろして盛り上がる気か。
 悔しさに歯がみしながら、部室へと突進する。
「でもな、だったら何でそう言わねぇんだよ!」
 扉を蹴破って殴り込もうとした足が急停車した。
 部員たちのうろたえた声が聞こえてくる。
「か、会長、落ち着け」
「これが落ち着いていられるかっ! 言わなきゃあいつだってわかんねぇだろ!? 普段はペコペコして、いなくなったら陰で悪口言いやがって。ケツの穴の小せぇ野郎どもだぜ!」
「け、ケツの穴って、お下品な…」
「下品も骨董品もあるかっ! 特に2年と3年!」
「はいーっ!」
「お前ら先輩だろ、ちっとは先輩らしいところ見せてやれよ! あいつだってひびきのの生徒なんだ。せっかく同じ部になったんじゃねぇか! 同じ土俵にくらい上がってやれよっ…!」

 しばらく無音が続いてから、苛立たしげに机を叩く音がした。
「あたしが言いたいのはそれだけ! 邪魔したなっ!」
 言うだけ言って部屋を出て、乱暴に戸を閉めたほむらは、歩き出そうとしたとたんに眼前のメイに激突しかける。
「うおぅ!? な、何してんだてめぇ」
「…貴様こそ何をしているのだ」
「んにゃ、べーつに」
「よ…余計なことをして欲しくないのだ!」
 メイの予定とは違うことばかりだ。もう全然わからない。
「何で貴様がそんなことをするのだっ!? 大きなお世話なのだ! 貴様の情けを受けるなんて、め、メイは…」
「バーカ、別にてめぇのためじゃねぇよ。あたしがやりたいからやっただけだ」
 そう答えて、ほむらは部室の扉を指さす。
「ほら、片づけが残ってんだろ?」
「な…」
 急激に声が小さくなっていく。状況が変わったわけじゃない。
「で、でも何と言って入ったらよいか分からないのだ…」
「悪いことをしたら言うことは決まってんじゃねぇか。いくら世間知らずだってそのくらい分かんだろ」
 最後まで無礼で、気遣いがなくて、そのままの言葉を投げつけると、ほむらはメイの背中をどんと押した。
 よろける自分を支えて振り向いた時には、既にほむらは軽い足取りで廊下の向こうへ消えていった。
 バカにして…!
 半ばヤケになって、勢いよく扉を開く。
「あ…」
「メ、メイ様…」
 気まずさが場を覆う。
 十数人の部員たちは、みなきまり悪そうに目線をそらす。
「ご…」
 言うことは決まってる。
 分かってるけど、口が動かない。動かないけど…
 これ以上あの女にバカにされるのが嫌で、メイは無理矢理言葉を吐き出した。
「ごめんなさい、なのだ…」

 ぎょっとした顔が目の前に並んだ。
 1年生の女の子が涙を浮かべて謝る姿に、被害者意識は消え失せ、部員たちの胸に罪悪感が押し寄せる。
「べ、別に伊集院さんは悪くないよっ!?」
「そうそう! 言いなりになってた俺たちが情けないんであって!」
「でも、本当は違うゲームを作りたかったって…」
「いやいやいや、大したゲームじゃないし! ホントに!」
「無理をしなくてもよいのだ…。メイがいるからいけないのだ。責任を取って退部するのだっ! さよならっ!」
「わーーっ! ち、ちょっと待ったーっ!」
 さすがにこれで辞められたのでは後味が悪い。背を向けて走り出そうとするメイを、全員大慌てで引き留める。
「落ち着けって伊集院さん!」
「離せっ! だって文化祭は終わってしまったし、今さら取り返しなんか…」
「ま、まだ冬のゲームコンテストがあるじゃないか。もう一度やり直そう! うんそれがいい!」
 メイは上目遣いで、そんな部員たちの顔を見る。本音かどうかなんて分からない。今までだって分からなかったんだから、けど…
「ほ、ほんとか?」
「そうそう」
「どうしてもか?」
「どうしてもっ!」
「そのぅ、メイは責任を取って退部する気なのだが、どうしてもと引き留められては無下に断るのもどうかと思うので…」
「あーもうわかったからっ! よし、それじゃさっさと片づけようぜ。急がないと終わらん」
 一人の言葉に全員で時計を見て、慌てて部屋の中へ散っていく。何人かがメイに声をかける。あらためてよろしく、と。
「メ、メイも片づけるのだ」
 その後を追いかけながら、初めて感じる雰囲気に足を踏み入れたような気がした。他の誰かがいる空間。自分一人じゃなくて。
 何だか予定外のことばかりだけど…。
 立ち去る気にならなくて、やっぱりここに残りたいと、どうしてもそう思っていた。
「ああっ! ポスターをはがしたら画鋲だけ壁に残ったのだ!」
「いや、そういうのはまず画鋲から外さないと…」
「メイなんて…メイなんて…」
「だ、誰にでも向き不向きはあるんだからさっ! なっ!?」


 翌週になると文化祭の残り火も消え、すっかり元の日常に戻って、一日の過ぎた放課後。
「会長、我々の仕事はまだ終わってませんよ」
「ちぇっ、なんで決算報告なんて面倒なモンがあんだよぅ」
 ほむらがぶつぶつ言いながら各班の報告を流し読みしていると、例によって生徒会室の扉が音を立てて開く。
「はーっはっはっはっ! 山ザルはいるかっ!」
「あーうるせぇ。あたしは忙しいんだよ! ガキは帰って寝てろ!」
「ふん、猿のくせに忙しいのか。まあ時間の有効活用などという概念を知っているとも思えんしな」
「相変わらずわけわかんねぇこと言ってら…。で、今日はなんの用だよ」
「え? う、うむ」
 急にメイはそわそわし出すと、もごもごと何かつぶやいて、急に思い出したように顔を上げる。
「そうだっ! なんで人気アンケートで電脳部が6位なのだ? 票の不正操作の疑いがあるのだ!」
「バーカ、ゲームやらない奴には全然面白くねぇだろ。茜だって興味なさそうだったし」
「むぅ〜」
「で、用はそれだけか?」
「い、いやその、ええと…」
 しばらくあっちを見たりこっちを見たりのメイだったが、しびれを切らしたほむらが何か言おうとする前に口を開く。
「こ…この前はありがとうなのだっ!」
「は?」
 きょとんとした顔で聞き返して、苦虫を噛みつぶしたメイに気づき、理解すると同時に大笑いする。
「ぎゃはははは! 何だよ、それを言いに来たのかー!?」
「むっかぁ〜! やっぱり取り消すっ! 貴様に言う礼など1グラムもないのだっ!」
「へへーん、あたしだって礼を言われる筋合いなんかないね。悔しかったら部活であたしをギャフンと言わせてみな」
「言われなくたってそのつもりなのだっ! 生まれ変わったネオ・電脳部は冬のゲームコンテストに向けて各自開発に余念がないぞっ! 首を洗って待っているがよい、わはははは!」
「何だよネオ・電脳部って…」
 呆れたほむらの声が届く前に、メイは身を翻すと、元気よく部室の方角へ走り去っていった。
 そんな後輩の姿を見送っているところに、役員の一人が声をかける。
「何です、ニヤニヤ笑って」
「ん? いや、この学校で良かったなーってよ」
 生徒会長はそう言いながら、んっと大きく背中を伸ばした。








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