この作品は「CLANNAD」(c)Keyの世界及びキャラクターを借りて創作されています。
美佐枝シナリオ、風子シナリオに関するネタバレを含みます。

KEYSTONE主催の「二期 第一回くらなどSS祭り!お前にレインボー!(テーマ:愛)」に出展したものです。

読む
























 
 
 
 
 
 
 
されど愛しき日々





「…よう」
「げ…」
 古い知人は、俺を見るなりうんざりした顔をした。
 十年ぶりくらいになるのか。彼女とは先日思わぬ場所…草野球のグラウンドで再会した。
 その時は大して話もできなかったので、日曜を利用してこうして訪ねてきたのだが…。
「休みの日も仕事なのか」
 寮の玄関を掃いていた元生徒会長は、箒を手に肩をすくめる。
「行くとこもないしね。まぁ、気は進まないけど仕方ないからお茶でも出すわよ。上がんなさいな」
「そうさせてもらおう。それにしても…」
 玄関をまたぎながら、隣に見える校舎へ目をやる。
「何も変わらないな、この辺りは」
 昔、溢れるエネルギーをただ歌うだけでよかった、あの頃のままだ。

「そういや、何であたしの働き場所を知ってんのよ」
 座卓の前に座った俺に、茶を入れる相楽の背中が尋ねてくる。
「あの試合の後、金髪の少年が教えてくれた」
「春原…。もっと殴っとくんだったわ…」
「素直でいいじゃないか。以前の俺を思い出すようだ」
「はぁ。あんたもあいつも同じくらいロクデナシだしねぇ」
 口の悪さは相変わらずだが、微妙に皮肉の成分が増えたのは気のせいか。
「…老けたな」
「いきなり喧嘩売ってんのかい、あんたはっ!」
 茶の入った湯飲みを叩きつけるように置かれて、危うく熱湯を浴びそうになる。
「いや、年齢のことじゃない。精神的な話だ」
「はぁ? どういう意味よ」
「昔のあんたはもっと覇気があったはずだ。パワフルで強引で、年下のくせに全く年下らしくないような」
「そりゃあんたが、年上らしいこと何一つしてなかったからでしょっ!」
「それが何だ、その人生に疲れたような顔は。今のあんたの瞳には…未来へ向いた輝きがない」
 野球の時もそれが気になった。それで今日は来てしまったというわけだが。
「悪かったわね…」
 反論もせず、相楽は茶を飲んで溜息をついた。
「何かあったのか…?」
「…何も」
 頬杖をついて、視線を俺から外す。
「何も、なかったわよ。あたしにはさ…」
 俺が波瀾万丈の人生を送っている間、こいつに何があったのか。
 いずれにせよこんな時、俺が言うべきことは決まっていた。
「ならば言ってやろう。今のあんたに足りないもの、それは…」
「それは?」
「愛だ」
「 帰 れ 」
 問答無用で部屋から追い出された…。
 背後で思い切り閉められたドアを、回れ右して慌てて叩く。
「おいっ! 話くらい聞いてくれたっていいだろう!」
「やかましいっ! あんたに付き合ったら疲れるだけだって、今思い出したわよっ!」
「くそっ、ならば開けてくれるまで歌ってやる。愛ー! 愛だーぜー!」
「ドロップキーーーック!!」
「ぐあっ!」
 ドアもろとも蹴り飛ばされる。こんなところだけ昔のままでなくてもいいだろうに…。
「ったく、ロックシンガーって楽でいいわよね。愛、愛言ってりゃいいんだからさあっ」
「待ておい! それはロックに対する重大な侮辱だぞ」
「はっ、笑わせないでよ。あんたに愛の何が分かるってのよ」
「俺だってそれなりに苦労してきたんだ。だからこそ言える。この世で最も大切なものは、やはり愛だとな…」
「へー」
 相楽は耳の穴をほじるという酷い態度だったが、その瞳の奥に…微かに悲しみの色が浮かんでいた。
 かつての彼女からは考えられない、疲れたような目線が俺に向く。
「…いいわ、なら話してあげる」


 俺は打ちひしがれて、ひとり帰途についていた。
 考え続けていたせいで、足下の石に躓きそうになる。
『――で、その学生寮の寮母は、今もそいつを待ち続けてるの』
『他の誰も好きになれず、時間を止めたまま。後は、ただ年老いていくだけ』
『ねぇ、芳野祐介』
『あんたなら、どう答える?』
『愛が大事だって、いつも言ってたあんたは、その寮母にどうしろって言う?』

 あいつの言葉に、俺は答えを出せなかった。
 その愛を捨てろだなんて言えない。
 かといって、今のまま一生過ごせとも言えない。
 俺のロックなんて、厳しい現実を前にすれば何の力もない…。
「祐くん、お帰りなさい」
 声に顔を上げると、最愛の人が優しい笑顔で立っていた。
「公子さん…」
「パンを買いすぎちゃって。おすそ分けに来たんですけど…どうかしましたか?」
「いえ…」
 そうだった。
 今更だった。俺が誰も救えないなんてことは。一番大事な人すら救えない。
 俺はこの人に全てを救われたというのに。
「…今日も、病院ですか」
「ええ…」
 笑顔が曇る。眠り続ける妹に一生懸命話しかけて、でも何の反応もなくて…それがこれからどれだけ続くのだろう。
「祐くんにも、迷惑をかけてますね」
「な、何を言うんです! 俺は何年だって待ちます」
「ありがとうございます…。でも、祐くんはまだ若いんだから。無理に私に付き合わなくても、もっといい人がいれば…」
「やめてください。たとえ太陽系の終わりが来ても、俺はあなたを愛し続けるでしょう。そう…星の輝きが決して色褪せぬ様に」
「祐くん…。嬉しいんですけど反応に困ります」
 公子さんは無理に笑顔を作って、紙袋を渡して帰っていった。
 その中のパンをひとつかじりながら、住み慣れたボロアパートに戻る。
 繰り返す日々は、いつまで続くのだろう。
(愛ゆえに人は苦しまねばならぬ、と言ったのは誰だったか…)
 相楽の話を聞くまで考えたこともなかったが、思えばありふれた事なのかもしれない。
 公子さんは、あそこまで妹を愛していなければ、あんなに苦しまずに済んだのかもしれない。
 俺は、あそこまで音楽を愛していなければ、あんな思いをすることも――
(…いや)
 しっかりしろ芳野祐介。お前は単にポーズだけで愛を語っていたのか?
 そうじゃないはずだ。
 現実の前に全てを失って、それでも愛だけは本当に力を持つと思ったからこそ、俺はそれを口にしていたはずだ…。


「…よう」
「また来たの…」
 一週間がむしゃらに働いて、そして再びの日曜。
「すまない…。色々考えたんだが、あんたに言う言葉が見つからない」
「え? や、やだ、そんな真面目に取らないでよ。さっさと忘れなさいって」
 相楽は苦笑してみせるが、その姿に、無理に笑う公子さんの顔が重なって見えた。
「そういや、あんたは今何してんの」
「電気工だ。人々の微笑みを照らす仕事をしている」
「後半は聞かなかったことにしとくわ…。ふうん、ロックシンガーはどうしたのよ」
「なった。けど、辞めた」
「…そっか。あんたも色々あったのねぇ」
 相楽は溜息をついて、箒に寄り掛かりながら遠くに目を向ける。
 その先には、かつて俺たちが通った校舎。
 あの時のまま、幾多の喜びと悲しみと、青春を内包して建ち続ける。
「昔は良かったわよね…」
「やめてくれ。年寄りくさい」
「そうだけどさ…。あの時みたいに毎日が輝くことなんて、きっと一生ないもの」
「……」
 そうかもしれない。
 俺も今の仕事に不満はないが、あの時のように輝いているかと言われれば首肯はできない。
 だが…
「相楽。お前、休みは取れるのか」
「え? まあ、取ろうと思えば」
「実は今、付き合っている女性がいる」
「そりゃ物好きな奴もいたもんね」
「聞いて驚け。美術の伊吹先生だ」
 相楽は目を丸くしてから、少し毛色の違う溜息をつく。
「はぁ…。伊吹先生も気の毒にねぇ…」
「待ておい! どういう意味だそれはっ」
「だってあれでしょ。あんたのことを放っておけなくて、同情から仕方なくってやつでしょ」
「なっ! しし失礼なっ!」
 くそ、俺が時々不安になることを。軽く咳払いをして、話を元に戻す。
「だが、あの人も今大変なんだ」
「あんたみたいなロクデナシに付きまとわれて?」
「真面目に聞け…。妹さんが交通事故に遭って、ずっと目を覚ましていない」
「え…」
 寮の外のことにはすっかり疎くなっているのか、やはり初耳のようだった。
「いつ目を覚ますのか、誰にも分からない」
「ずっとこのままかもしれない、か…」
「だから…」
 この一週間、色々考えて…
「次の日曜に、一緒に遊びに行ってくれ」
 そんなことしか思いつかなかったが、それでも、何もしないよりはましの筈だ。愛が力を持つと信じるならば。
「はぁ? あんた彼氏でしょ。自分で誘いなさいよ」
「妹を置いて幸せになんかなれないと、決まりかけていた結婚を延期するような人だぞ。男とデートなんて以ての外だ」
「あの先生、変なところで頑固だったしねぇ。けど、あたしが一緒でも同じじゃないの」
「相楽が悩んでるから気晴らしに付き合ってくれと言えば、きっと来てくれる」
「あたしゃダシかい!」
「両方だ。あんたにも、先生が悩んでるから気晴らしに付き合ってくれと言ってるだろう」
「なんか詐欺みたいねぇ」
 詐欺でも何でも、こいつをこの寮から連れ出さないと始まらない。
 相楽はしばらく箒を弄んでいたが――
 結局諦めたように、少し細くなった肩をすくめた。
「ま、あの先生にはお世話になったしね」


 天もそこまで残酷ではないのか、その日はよく晴れてくれた。
「うわ。伊吹先生、相変わらず若いですねー」
「相楽さんはすっかり大人ですね」
 俺の提案を聞いた公子さんは、やはり遊びに行くというのは抵抗があるようだった。
 それでも相楽のためと言う俺に、最後にはその口実を受けてくれた。彼女の優しさを利用するようで心苦しいが、折角の愛も閉じこもっているだけでは哀しいから。
 目の前で楽しそうに話している二人を見ると、やはりそう思う。
「ね、祐くん」
「全くです。どっちが年上だかわからない」
「そりゃあたしが老けてるってことかいっ!」
「私が童顔ってことですか…」
 同時に攻撃を受けて、慌てて弁解するしかない俺の無様さよ。
 遊びに行くといっても、この田舎町に大した娯楽はない。商店街で買い物をするくらいだ。
 それでも女性二人はそれなりに盛り上がり、俺はせいぜい荷物持ちとして付き合った。
 三人で歩いていると、また、遠い昔の光景が浮かぶ。何の悩みもなかった、あの頃の日々。
『今日こそ俺の歌を聞いてもらうぜ! ドラッグ&ロッケンローーール!!!』
『だああっ! いい加減にしなさいよこの馬鹿野郎!!』
『二人とも仲良しですねっ』
 振り返ると、丘の上の校舎はここからも見える。
 あそこで生きていた頃。ただ、毎日を走り続けていればよかった。先に待つ未来も知らず。
 その未来を経て、今や俺達は大人になってしまった。夢は破れ、願いは叶わないこともあるのだと知ってしまった。
 それは事実として認めよう。それでも――


 楽しかった一日…と、言ってよいのだろうか。
「んじゃ、そろそろ解散かねぇ」
 行くところもなくなり、相楽が呟くように言った。
「ええと…相楽さん、元気でいてくださいね」
「…うん、先生も。あと芳野。一応、お礼言っておくわ」
「いや…」
 このまま別れることもできた。
 余計なことを言わずに素直に解散すれば、楽しかった一日として記憶の片隅にでも残るだろう。
 だが、それはロックじゃない。伝えたいことがあった。ならば伝えるべきだった。
「…二人の問題は何も解決してない」
 僅かに頭を下げた俺の言葉に、彼女たちの表情が強ばる。
 相楽の恋人は戻らないし、公子さんの妹は目を覚まさない。ガキだった頃に信じたような、愛が魔法みたいに何でも解決することなどない。
「こんなのは気休めでしかない。それは解ってる。それでも、何かになると思った。愛に力があると信じたかった」
 そこに愛があるという、それだけでも力だと。
「誰かのために何かをしたいという、その想いが愛だ…俺はそう思っているから」
「…祐くん」
 公子さんは、優しく俺の手を握ってくれた。
 この人の慈愛に、俺は全てを救われた。今も、彼女には伝わってくれると思っていた。後は――
 かつての問題児と、かつての新任教師の目に、かつての生徒会長は困ったように視線を落とす。
「…伊吹先生はともかく、芳野から愛って言われてもさ」
「昔の敵すら愛するのが本当の愛だ。素直に俺の隣人愛を受け取れ」
「受け取ってくださいっ」
「はぁ…。あんたら本当にお似合いだわよ…」
 相楽は苦笑する。その顔が…僅かに柔らかく見えたのは、ただの願望ではないと思いたい。
「ありがと。まあ、もう少し頑張ってあいつを待ってみるわ。あたしにも…心配くれる人がいるみたいだし、さ」
「…ああ。勿論だ、友よ」
「またいつか、三人で出かけましょう」
「そうですね。いつか」
 相楽は笑って、彼女の場所へと帰っていった。

 夕日の中、その後ろ姿と、その向こうの建物をしばらく見送り…
「行きましょう。公子さん」
「…はい」
 そして、二人で校舎に背を向ける。
 さらば、愛しき日々よ。
 傷つくことのなかった時間よ。今や俺達は大人になった。糧のために働き、苦難は多く、楽しい事なんて一握りかもしれない。
 それでも、俺にはかけがえのないものだ。この町も、そこに住む人々も、この日々も…今の俺は、決して手放したくない。
 それが生きるということだ。そしてそれが――
 愛だ。






<END>




感想を書く
ガテラー図書館へ  有界領域へ  トップページへ