この作品は小説「マリア様がみてる」(今野緒雪/コバルト文庫)およびゲーム「逆転裁判」「逆転裁判2」(CAPCOM) の世界及びキャラクターを借りた二次創作です。
「チェリーブロッサム」のネタバレを含みます。

























 マリア祭の逆転裁判







「さあ、この数珠の持ち主の名をおっしゃい」
 絶体絶命。生徒たちの前で問い詰められ、乃梨子にもはや逃げ道はない。
 かといって持ち主の名前を白状すれば、あの人が学校にいられなくなる。
(志摩子さん…)
 周囲に気取られないよう、目の端だけでその相手を見る。辛そうに顔を伏せ、たぶん自分を責めている。あの人のせいじゃないのに。
 そうだ。
 負けるわけにはいかないのだ。この学園でたった一人の大切な人を守るには、弱音なんて言ってられない。
 たとえこの状況からでも、逆転しなくては!
「い……」
「い?」
 半ば勢いだけで、乃梨子は叫びながら大きく指を突き出した。


「異議あり!!」


 ぽかんとする祥子たちを前に、逆に乃梨子は腹を決めた。
(こうなったら…ハッタリを続けるしかない!)
 態度だけは自信満々に、ついさっきまで神父さまが話をしていた説教台へと上がる。
 祭壇を背にして、よく通る声で会衆席の生徒たちに話し出した。
「数珠の持ち主が誰なのか…?」
 ゆっくりと首を振り、両手で台をバン!と叩く。
「そんなことは大した問題ではありません!」
 予定外の事態に、慌てた祥子が声を上げる。
「ち、ちょっと、何を言い出すの」
「あなたたちはより大きな問題から目をそらしている!」
「何ですって…」
「なぜ瞳子さんがこの数珠を持っていたのか…。その疑問が解決されていません!
 大胆な話の逸らしっぷりに、矢を向けられた瞳子はさすがに狼狽気味に答える。
「そ、それはたまたま鞄から飛び出したって、先ほど申し上げましたわ」
「だったらそのまま鞄に戻せばいいじゃないの。生徒指導の先生ならまだしも、なんであなたが持ち逃げするのよ」
「う…」
 ざわざわざわ…
 確かに、いくら学業に関係ないものが鞄から出てきたといっても、クラスメイトに持っていかれてはたまらない。
 生徒たちもそう考えたのか、ざわめきが広がり、そしてそれこそ乃梨子にとってチャンスだった。
 ここぞとばかりにより大きな声を張り上げる。
「私はそこにいる松平瞳子さんを――窃盗の容疑者として告発します!
「なっ……なんですってェェェェ!
 瞳子が金切り声を上げ、お聖堂内のどよめきは最高潮に達した。
「静粛に! 静粛に!」
 大声で叫ぶ祥子。とりあえずこれで話は逸らせたかな…と内心で汗を拭う乃梨子だが、問題はここからなのだ。
「どう、瞳子さん。何か弁解はある」
「ひどい、乃梨子さん…。瞳子は親友だと思ってたのにぃ」
「質問に答えなさい」
「くっ…」
 歯ぎしりする瞳子だが、すぐに演技力を発揮して可愛らしい声を出す。
「そ、それは…。あれよ、乃梨子さんを親友と思っていたからこそですのよ」
「はあ?」
「だって乃梨子さんが数珠を持ってきただなんて思いませんものぉ。何かの間違いで紛れ込んだのかもしれない、あるいは誰か悪い人が乃梨子さんを困らせようとこんなことを…。そう思うといてもたってもいられなくて、つい持ってきてしまいましたの。まあ少々行動が過ぎてしまったことは反省していますわ」
 いけしゃあしゃあという表現がぴったりの瞳子の証言に、祥子も他の山百合会幹部も、呆れを通り越して感心の目で推移を見守った。
 しかし相手の乃梨子は、腰に手を当て目を閉じて笑みを浮かべていたのだ。
「フフ…」
「な、何を笑って…」
「墓穴を掘ったわね、瞳子さん」
「何ですって!?」
「あの数珠の持ち主が私とは思わなかった…。そんなことがあるはずはないのよ!」
 瞳子が口を開く前に、乃梨子は観衆に向かって手を広げる。
「思い出してください! この騒動の最初に、瞳子さんが何と言ったかを!」
「私が…? あああっ!」

『その人は、白薔薇さまからおメダイをいただく資格などありません』

「ぐっ…」
 歯がみする瞳子を見下ろし、悠然と言葉を続ける乃梨子。
「あなたは私に資格がないと言った。それが私が数珠を持っていたと思ったからよ。それなのに今度は、持ち主が私とは思わなかったと言っている」


「これは明らかにムジュンしています!!」


 しばらくの間、声を発する者はなかった。
(こ、これで決着かな?)
 外見とは裏腹に内心綱渡り気分の乃梨子は、おそるおそる瞳子の表情を覗き込むが…。
「ふ、ふふふ…」
「!!」
「おーーほほほほ!」
 いきなり高笑いを始めた瞳子に、冷たい汗が流れ落ちた。
「バカのバカバカしいバカ騒ぎはそれくらいにしてくださるかしら」
「だ、誰がバカよ!」
「証拠はあるの?」
「へっ」
「黙って聞いていれば、全て乃梨子さんの推測じゃございませんの! 決定的な『証拠』はあるのかしら!?」
 いきなり開き直られて、さすがに乃梨子も口ごもる。瞳子が悪意を持って数珠を持ち出した、という具体的な証拠なんてあるわけない。
「だ、だって証言の矛盾が…」
「ちょっと言い間違えただけよっ! と言うか、乃梨子さんのためを思ってああ言ったのにぃ。ええそうよ、乃梨子さんに問題があると思ったから持ち去ったのよ。お菓子や漫画ならまだしも、仏様の数珠だなんて。マリア様に対する裏切りじゃないの! だから没収したのっ!」
(こ、こいつ…!)
 志摩子さんの前でなんてこと言うのよ! と叫びたいところだが、それを口にするわけにはいかない。
 ちらり、と志摩子を見れば、打ちひしがれたように俯いている。
 瞳子を恨みたいところだけど、言わせたのは自分なのだ。乃梨子が追いつめなければ、彼女だってここまで言わなかった。
(ごめん、志摩子さん。結局私、何もできなかった…)
 もうどうしようもなくて、乃梨子も顔を伏せようとしたその時…
(志摩子さん…?)
 視界から外れる寸前に、志摩子が顔を上げるのが見えた。
 真っ直ぐに乃梨子を見ている。その口が何かの形に動いた。判別できなかったが、少なくとも諦めたようには見えなかった。眼が強い意志を秘めてる。
(証拠が……ある?)
 乃梨子は頭脳をフル回転させる。志摩子がそう言うからには何か見落としがあるはず。この件に深く関わる物品が…。
「どう、乃梨子さん。証拠はあって?」
 落ち着きを取り戻した祥子が、元の偉そうな調子で聞いてくる。
「――あります!」
「え゛」
「瞳子が最初から盗むつもりで私の私物をあさったという証拠。それは…」


「くらえっ!」

「袋…?」
「ああああっ!」
 ガンッ! と思いっきりショックを受ける瞳子。
「その数珠は巾着袋に入っていました。そうよね、瞳子さん?」
「さ、さあ瞳子には何のことやら…」
「なら、その制服のポケットを裏返してもらおうかしら」
「ぐっ…」
 巾着だけわざわざ他の所に置いてくるとは思えない。ポケットにあるだろうというのは乃梨子の勘だったが、見事に当たったようだった。
「さあ、どういうことかなぁ。あなたは数珠だったから持ち去ったと言ったわよね。でも――」
 完全に勢いに乗って、瞳子に指を突きつける。
「巾着袋に入っていた以上、それが数珠だなんて分かるわけがない!」
「そ、その。数珠が袋から飛び出して…」
「偶然鞄から袋が飛び出して、さらに偶然袋から数珠が飛び出した…?」

 一呼吸置くと、乃梨子は最大の勢いで台を叩いた。


「そんな偶然が二度も続いてたまるかッ!
 馬鹿も休み休み言えッ!!」


「う…ううう〜!」
 ついに瞳子もぐうの音も出ず、泣きそうな目で祥子たちに助けを求めた。
「異議あり!」
 思わず叫んだのは令だが、かといって何かを言えるわけでもない。
「と…とりあえず異議を申し立てる!」
(何よ、とりあえずって…)
 乃梨子が内心でツッコミを入れる中、ひそひそと会議を始める黄と紅の薔薇とつぼみたち。
(ど、どうするのよ令ちゃん。計画大狂いじゃない)
(こ、困ったね…)
(だから気が進まなかったんです…)
(祐巳! 今さら卑怯よ!)
 一方の乃梨子は、壇上でほっと一息ついていた。
(これで数珠の持ち主の話は立ち消えね。瞳子には悪いことをしたけど…って悪くないや。自業自得だっての)
 そんな中、厳かに口を開いたのは、それまで黙っていた志摩子だった。
「…どうやら、結論は出たようですね」
 そう言って、ゆっくりと祥子に歩み寄る。
「紅薔薇さま、その数珠を乃梨子さんに返しませんと」
「あ、甘いわよ。返してほしければ持ち主をって…」
「まあ、どうしてそんな必要があるのでしょう? いくら薔薇さまとはいえ、何の権利があって生徒の所有物を返さないなどとおっしゃいますの?」
「ぐっ…」
 志摩子の正論と、それ以上にその温度のない目に気圧されて、祥子は渋々と数珠を手渡した。
 さらに瞳子から巾着袋を回収し、聖堂内がしんと静まる中、説教台の前を横切って、祥子たちとは反対側から乃梨子に近づく志摩子。
「志摩子さんっ」
 小声で叫んで、その傍らへ駆け寄る。
「ごめんなさい、乃梨子。私のせいでこんなことに…」
「ち、ちょっと、謝るのは私だってば。ごめんね、瞳子のアホがこんなことするとは思わなくて…」
「…いいえ、瞳子ちゃんは主犯ではないわ」
「え?」
 意外な言葉を告げ、志摩子はちらり、と青い顔の祥子たちを見た。
「…たぶん、あの方たちの考えだと思うわ。瞳子ちゃんは決められた役を演じただけ」
「そ、そういえば…」
 妙に数珠の持ち主にこだわると思っていた。ということは狙いは乃梨子ではなく、最初から志摩子…?
「で、でもなんであの人たちがそんなことを?」
「それは…、たぶん私が数珠を渡しているのをどこかで見ていて、それでこの場で追求しようと…」
「し、志摩子さんっ」
「私がみんなを裏切っていたから…」
 しゅんとする志摩子に、乃梨子は声が出なかった。
 そうなのだろうか。
 悲観的すぎないだろうか。あれでも一応志摩子の仲間である人たちなのだし。
 でも…もしそうなら、乃梨子としては許せない。
 逡巡している間に、令の弱々しい声が聞こえる。
「で、ではこの件は我々が引き取るということで…」

「待った!!」

 場の全員が目を丸くする中、乃梨子は再び説教台に上がった。
「確かに証拠は瞳子さんの有罪を示しています。しかし私には、瞳子さんがそこまで悪い子とは思えない」
「の、乃梨子さん! 心の友よ!」
 瞬時に笑顔に早変わり、感動の涙を浮かべる瞳子はとりあえず無視して、今度は山百合会幹部に向かって言葉を続ける。
「真実はまだ明らかになっていない! 福沢祐巳さん! あなたに証言を求めます!
「えええっ!?」
 名指しされた紅薔薇のつぼみは、まさか自分にお鉢が廻ってくるとは思わず、素っ頓狂な声を上げた。
 乃梨子の傍らでは志摩子が、予想外の展開に息をのんでいる。
「の、乃梨子…」
(どんな手を使っても、たどりついてみせる…)


(たったひとつの真相に!)

「さあ、福沢祐巳さん!」
「異議あり!」
 たまらず飛び出したのは祥子である。
「祐巳には関係ないでしょう!」
「異議あり! 関係ないならそう証言すればいい!」
「異議あり! 全校生徒の前で晒し上げる理由にはならないわ!」
「異議あり! 私を晒し上げようとしたのはどこの誰ですか。自分の妹だけは贔屓するんですか!」
「ぐっ…」
 まさに自分のしたことが自分に返ってきた結果、祥子は何も言えなくなる。
 後ろで百面相していた祐巳も、その様子を見て覚悟を決めた。
「ありがとうございます、お姉さま。私は大丈夫ですから」
「祐巳…」
 とはいえ何か対策があるわけでもなく、びくびくしながら前に出る祐巳に、乃梨子は静かな声で尋問した。
「福沢祐巳さん、聞きたいことはただ一つです」
「は、はあ」
「今回の件…。生徒会の幹部が関わっているのではありませんか」
「さ、さあ私にはさっぱり…」
「それでは、この件は瞳子の単独犯行ということですね」
「う…」
「それでいいんですね!」
 これまた乃梨子の賭けだった。
 見た感じ一番人の良さそうな祐巳を選んだのもそのためである。それでも、これで瞳子を見捨てるよう人たちなら……二度と志摩子に近づけない。
 しかし幸い、それは無用の心配だった。
「ご、ごめんなさい! みんな私が悪いんです! 瞳子ちゃんもお姉さまも関係ありません! ええこれっぽっちも!」
 …しーーん。
 聖堂内が静まり返る中、由乃も一歩前に出る。
「祐巳さん、あのね…」
「あ! ご、ごめんね。由乃さんも関係ないよ、うん」
「いや、それかえって墓穴」
「え?」
 きょろきょろと周りを見回して、ようやく事態を悟る祐巳。
「あああーっ!」
(こ、ここまで単純な人だとは思わなかった…)
 うまくいきすぎて呆れ気味の乃梨子だが、こほんと咳払いして最後の尋問を行う。
「最後にもう一つだけ教えてください。今回の件で、あなたたちの知人の中に傷ついた人がいるはずです」
「そ、それは…」
「…あなたたちは、その人がそんなに憎かったんですか」
 祐巳ははっと息をのんだ。
 祐巳だけでなく、祥子も令も由乃も。
 そして乃梨子は、かすかに震えている志摩子を見て、一瞬後悔が胸をよぎる。
「ち、違います!」
 なので、祐巳が必死な声で叫んだときは、思わず安堵の息をついた。
「確かにやり方は間違っていたけど、私もみんなもその人を大事に思っています。ただ、その人が一人で苦しんでいるのを知ってたから。
 その理由も私たちは知ってるけど、その人からは話せないなら、荒療治でも解決させた方がいいんじゃないかって…それで」
(知ってた…?)
 志摩子と顔を見合わせる。しばらく二人で固まって、不意に志摩子が力の抜けたように息をつくのを見て、乃梨子も自然と微笑んだ。
 なんだ。
 やっぱり、あれでも志摩子の仲間だったらしい。
「…証言、ありがとうございました」
 乃梨子はそれ以上言うことはなく、説教台から離れた。
「…とりあえず先に、乃梨子さんの件について判決を下すわ」
 なんだか疲れた顔で説教台に上ったのは祥子だった。
「今までの話を総合するに、乃梨子さんに非はありません。宗教はその人の自由、数珠を持ってリリアンに来てはいけないという法はないわ。よって判決は――」

  無罪

「そして…」
 引き継ぐように、説教台に上った志摩子の声が響く。
「皆さんに事情をご説明します。数珠の持ち主である私が」
「志摩子さんっ!?」
「いいの。このまま終わっては、みんなわけが分からないままでしょう?」
 確かにリリアンの一般お嬢様たちは、途中からぽかんと口を開けるばかりだったけど…。
 せっかく丸く収まりそうだったのに、と言いかける乃梨子を、もう一度「いいの」と志摩子は制した。
「こんなことになったのも、隠そうとした私の心が原因だから」
 乃梨子は言うべき言葉が見つからず、自分が寺の娘であることを告げる志摩子を、ただ黙って見つめるのだった。


 全てが片づいてから、令と祥子は志摩子に怒られていた。
「私を心配してくださったことは感謝します。でも乃梨子を巻き込むわ、人の物を盗むわ、いったい何を考えてらっしゃるんですか?」
「ハイ、反省してます…」
「わ、悪かったとは思ってるわよ」
 そして瞳子は、乃梨子の冷ややかな目に直面していた。
「こ、これも白薔薇さまのためでしたのよ。瞳子はただの使い走りだしぃ。ねぇ?」
「…学食おごり、1週間分」
「情状酌量を求めますっ!」
「却下します」
「執行猶予は?」
「ない」
「乃梨子さぁぁん」
 瞳子が乃梨子に泣きついているところへ、話を終えた志摩子がやってくる。
「二人ともごめんなさい。私のせいでひどい迷惑をかけてしまったわ」
「し、志摩子さんは悪くないって! みんな瞳子が悪いんだし」
「乃梨子さんの意地悪ぅ…」
 困ったように苦笑する志摩子に、乃梨子は一番の心配事を聞いてみる。
「志摩子さん、学校やめるなんて言わないよね」
「…そ、そうね。祥子さまも令さまもあれじゃあ心配だし…」
 何気にヒドいことを言いつつ、やはり明るくない表情の志摩子。
「でも、瞳子ちゃんの言うとおり、私はマリア様を裏切っていたのかもしれないわ」
「と〜う〜こ〜!」
「いたたたた。あれは法廷テクニックですわよっ!」
 瞳子の頭を両拳でぐりぐりしてから、あらためて志摩子に向き直る。
「じゃあ、私も有罪なんだ」
「ど、どうして? 乃梨子に罪なんてないわ」
「だって仏像好きのくせにマリア様の学校に通ってるんだもの。志摩子さんが有罪なら私も有罪だし、私が無罪なら志摩子さんも無罪でしょう? そうでないとムジュンしてる」
「そ、それは、でも…」
「ということで、結論は出たようです。ですね? 陪審員の瞳子さん」
「そうですわね、裁判長の乃梨子さん」
「じゃあ判決は…」
「せーの」
  無罪

 その息の合いように、ようやく志摩子は笑い出したのだった。





<END>



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# 一発ネタのつもりが長くなってしまった…。
(注:逆裁未プレイの方へ 逆転裁判では証拠品のブツが手元になくても、それが既知のものなら「つきつける」コマンドで情報を提示して話を進めます)