「ほらこれなんてグレイトね。しびれちゃうわ」
「そ、そう…」
 貴重な日曜に誘われて、出かけてみればわけわからん絵の展覧会。俺は異様な空間に気圧されながら、絵に見入ってる彩子を呆然と眺めていた。
「なあ、そろそろ出ない?実はこの近くに新しいイタメシ屋ができたんだわ。今日はそこで楽しんだ後水族館でも行って、夜はネオン輝く」
「Be quiet! ちょっと静かにしてて!」
「(俺って一体…)」
 その後2時間、実に2時間の間俺はひたすら待たされ続け、ようやく見終わったらしい彩子の輝く顔に一瞬期待しつつ、その口から出てきた言葉に思わずのけぞるのだった。
「よし覚えたわ。さあ帰りましょう」
「は!?おい、帰るって、今日まだここにしか来てない…」
「忘れないうちに家に帰って絵にしておくのよ。ほら早く早く!」
 こうしてその日のデートは終わった…ってどこがデートだ!



片桐SS:Romantic a GoGo!




「あーいう女なんだよなっ!わかってたけどさぁっっ!」
「贅沢言うなよ。彼女いるだけいいだろ…」
「彼女に見えるか?なあ、彼女に見える!!?」
「俺に当たるなって…」
 俺が片桐のやつと付き合い出してからもう1年になる。中庭で落書きしてた俺にあいつが声かけてきたのが最初だったが、なぜだかやたらと気が合って、しょっちゅうつるんではどこかへ出かけていた。
「でもいい加減次のステップに進みたいと思うのは男として当然じゃないか?」
「と言っても正直なところ全然男として見られてないよな」
「正直に言うなよ頼むから!」
 実際好雄の言うとおり、もう1年にもなるのに俺たちの仲には何の進展もありゃしねぇ。何もだぜ、おい!
「手も握ってないのか?」
「そういう小学生レベルの問題じゃないっつーの!」
「ほほー、じゃあ握ったのか」
「…ない」
 くそ、好雄の奴哀れみの目で見てやがる。だよなぁ、一度きりしかない青春をただのいいお友達で終えるなんて、自分で聞いても泣けてくる。
「なぁ、何かない?こう女をすぐさまその気にさせるというような」
「ざけんな」
「好雄ぉぉ!てめぇ愛の伝道師だろうが!」
「でぇーいんなモンあれば自分で使っとるわい!だいたいお前もなぁ、最近デートに同じ服ばっか着てったりしてないか?」
「うっ」
「食事はいつもファーストフードだったりしないかぁぁ!」
「あああ俺が悪かったぁぁぁ!」
 そうか、そうだったのか。確かに俺も知らず知らずのうちに馴れ合ってたかもしれん。だがもはやこれ以上虚しい青春はごめんだぜ!ときめくぞハート!!
「…ま、せいぜい頑張れや」
「おうっ!」

 てなわけで次の日曜。俺は髪を丁寧に丁寧にセットすると、タンスの奥から一張羅を引っぱり出した。ファッション雑誌を立ち読みして研究しただけあって、どこから見ても完璧な姿だ。
 …がそんな俺の意気込みをよそに、彩子の野郎は30分も遅れてきやがった。
「ソーリーごめん、でもなんとか間に合ったみたいね」
「…新しい時計買ってやろうか?」
「やーねぇ、前後2時間の幅を取る片桐時間は世間の常識じゃない」
「どこの国の常識だよ!」
 彩子はちっとも悪びれずに(マジで全然悪びれずに!)、大笑いしてやがる。そういう奴だよお前は…。
「ほらほら、映画始まっちゃうわよ」
「そうだな、それじゃさっそく『愛のメロディ』を…」
「ワッツ、何言ってるの。『てなもんや三悪人』を見に来たんじゃないの?」
「来てねぇよ!!」
 俺の叫びを無視して、彩子はとっととワケわからん映画のチケットを買ってしまった…そーいう奴だよなっっ!!
「わぁーかったよ!でもこれ見終わったら『愛のメロディ』だからな!」
「立て続けぇ?タフねぇ、私は別に構わないけどね」
 いきなり出鼻をくじかれたが、渋い顔で俺は映画館の中へ…
「So,fun! とっても面白かったわね!」
「そ、そうだな」
 いかん、思わず笑い転げてしまったぜ。しかし勝負はこれからだ。続いて入った別のホールには、俺の狙い通りアベックがわんさかいる。
「なあ彩子。ああいうのを見て何か感じないか?」
「暑そう」
「…他には?」
「あ、ほら。あそこ空いてるわよ」
 いや、いいんだ。お前がそーいう奴だってのはよーくわかった。でもこの評判のラブロマンスを見てちったぁ考えを変えてくれると俺は信じてるぜ。
 そして甘く切ない音楽とともに映画が始まる。俺は彩子とのきらめく思い出を…別にこれといってなかったな。一緒にラーメン食いに行ったぐらいか。って、だからこれから作ってくんだっての!
「な、彩子。確かになんとなく出会ってなんとなくつきあってる俺たちだけど、いつまでもそれというのもアレだと思うんだ。真剣というのは決して恥ずかしいことじゃないと誰かも言ってなかったか?」
「‥‥‥‥‥‥」
「そのさ…正直言うとお前のことは尊敬してるんだ。そりゃいい加減で傍若無人で髪型も変だけど、その…つまりだ。…あああっとにかく!」
「ぐー」
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
 いっぺん顔にマジックで落書きしてやろかいこのアマ…。
「んー、よく寝たわ。あれ、もう映画は終わり?」
「終わったよ!」
「そう、なかなかInterestだったわね。やっぱり悟空さは最強ね」
 悟空さって誰だよ…。
 どんよりと落ち込んだまま映画館を出ると、最後の勝負をかけるべくイタリア料理屋を目指すことにした。
「It's trouble. 面倒ねぇ。ロッ○リアでいいじゃない」
「いや、でもね。近頃若者に大人気とテレビでも取りあげられる秀逸な」
「ほら、今あなたの言うとおり眠い映画見てあげたじゃない?だから今度は私の言うことを聞く番よ。Understand?」
「その前はお前の言うとおり変な映画見に行っただろうが!」
「Yes. One,two,three で次は私の番ね。 Let's go Lott*ria!」
 ああああっなんてワガママな女なんだァーーーー!あんな女と付き合ってる奴の気が知れねぇよ!!
 ってそりゃ俺か。バカー俺のバカーーーッッ!!
「Too,bad. 残念。新しい妖シェーキは出てないみたいね。あ、コウは席取っておいてね」
「へ〜いへい!」
 なかばヤケになってドカリと席に腰を下ろすと、よく考えたら注文言ってないことに気がついた。あわててレジのところへ向かおうとする俺に、彩子がトレーを手に軽快に歩いてくる。
「はい、フィッシュバーガー。シェーキはバニラでいいわよね?」
「あ、ああ」
 なにも言わなくてもわかってくれるんだもんな…。つきあいが長いからと言ってしまえばそれまでだけど、少しだけ感動する俺。
 彩子はハンバーガーの包みを開けるのももどかしく、今描いてる絵の話を始める。その瞳は太陽みたいにまぶしくて、俺はストローを口にくわえたままなんとなく視線をそらしていた。
「…なぁ、彩子」
「なぁに、ヌッシー」
「ブゥ!」
 1人で盛り上がってた分衝撃は大きく、テーブルの上にシェーキの白い点がぽつぽつと飛び散る…。
「もーっ、汚いわねぇ」
「なんだよヌッシーってのは!!」
「だから、主人だからヌッシー」
 彩子…俺はお前にとってネス湖の怪獣と同レベルの存在なのか…?
「ワッツ、どうしたの。なんか暗いわよ」
「いえ…なんでもないっス…」
 彩子の瞳は悪気のかけらもなくて、俺はとてもじゃないが哀しみのあまり正視できなかった。こうして今日のデートもいつもと同じように終わった…。
「それじゃグッバーイ、さよならー」
「…まだ夜は長いけど」
「そうね、今日は早めに寝ることにするわ。じゃあネー」
 ひゅぅぅぅぅぅ
 彩子の姿が見えなくなるまで呆然と立ちつくす俺。涼しいはずの秋の風が、今日は身を切るように冷たい。
「公ぉぉぉぉ!」
「おわっ!よ、好雄!お前どっから出てきたんだよ!」
「いや、少し前から見せてもらった…。なんか俺、泣けてきてよぉ…」
「あああっ言うなぁそれを言うなぁぁぁぁ!!」
 しくしくと涙を流す俺の前に、1枚の紙片が差し出された。好雄の汚い字でなんか書いてある。
「汚いだけ余計だ!いいか、この愛の伝道師早乙女好雄が練りに練ったデートプランだ。これさえありゃあムード満点間違いなし!」
「何ィ!?」
「さすがに俺も哀れになってな。だが間違えるなよ。一番大事なのはお前の強ーい意志なんだ」
「好雄ぉぉぉ!お前っていい奴だよぉぉぉぉ!!」
「なーに、いいってことよ!いいか、彼女のペースにのまれるんじゃないぜ!」
 俺は紙片を握りしめて立ち上がる。次こそは来たれ青春!
 って、いつも同じ事言ってるな。いいや次こそは次こそは!!


 そして運命の日の夜6時、俺は彩子を駅前に呼びだした。彼女の家はとことんルーズだから、この時間でも文句を言われることはない。
「Good evening. どうしたの、こんな時間に」
「いや…ちょっと話がしたくなってね…」
 俺は思いっきり渋く決めると、なんか悪いものでも食ったような顔の彩子の手を引いて電車に乗り込んだ。2つ先の駅には最近建った展望台付きの高いビルがある。
「あ、ねえ。やっぱり私帰っていい?今日は見たいテレビが」
「ダメ」
「…Malice, 意地悪」
 ぬぁ〜にがテレビだ、今日という今日は逃がさないぜ。俺はただの友達以上なのかどうか、はっきり白黒つけさせてやる。
 …とかいって『ただの友達よ』なんて言われた日にはどうすりゃいいんだろう…まさかなぁ、でもなぁ…。
「ねえ、どこの駅まで行く気なの?」
「おわっ!ここ、ここで降りるんだよ!!」
 閉まる寸前のドアから慌てて飛び出すと、しばらくその場で呼吸を整える。ふぅ、あやうく全部パァにするところだった。
「ぷっ」
 くそ、吹き出しやがったな。だが今日の俺はひと味違う。スッと表情をひきしめると、彩子の手を取ってビル内へと歩き出した。
「ち、ちょっと…」
 彩子はさりげなーく手を外そうとするのだが、俺がそれを許さない。握りしめた彼女の手は思いのほか柔らかくてドキドキ…落ち着け!
「あ、wait. ミクロネシアの伝統工芸品だって。ちょっと見てかない?」
「それよりこっち」
 俺が入ったのは小さなオルゴール店。さすが好雄が薦めるだけあって、プラネタリウムのような店内は落ち着いてて良い。
「Umh-, こういうのってダメね。騒がしいオルゴールとかない?」
 ないわ!!…と言いたくなるのをぐっとこらえ、俺はそこはかとなく悲しい目をした。
「そ、そう…。彩子もたまには、こういうのも似合うと思ったんだけど…」
「ど、どうしちゃったのよ。私がこういうの好きかどうかぐらい…」
 ぶたれた子犬のような俺の瞳に、彩子は調子をつかめないのか言葉が続かなかった。店を出た後も間を持たせようといろいろと話しかけてくるんだけど、俺が乗ろうとしないのでだんだん口数が落ちていく。
 …スマン彩子、許せ。でも今日だけは譲れない。おまえが俺をどう思ってるか…。
「Wao!」
 エレベーターで展望台の頂上に登れば、眼下にはきらめく街のネオン。彩子は窓際に駆け寄ると、まるで子供のようにその景色に見入っていた。本当に、うらやましいくらい自分に正直だ。
「彩子…」
 びくん、と彼女の体が硬直する。俺が後ろから肩を抱いたからだ。
「お、落ち着きなさい!どうどう!」
「‥‥‥‥‥‥‥」
 平常心だ平常心!ここまできて後に引けるか!
「…もういい加減、ぬるま湯は止めようぜ」
 振り向いた彩子の瞳が、不安に彩られていることに俺は気づかなかった。
「今度こそ決着を…」
「…ぷっ」
 俺の中でだけ時間が止まる。彩子は…笑っていた。
「Funny, おっかしいわねぇ。どうしちゃったのよ一体」

 …ダンッ!!

 俺の右手が思いっきり窓ガラスを打ちつける。そのすぐ横には彩子のおびえた顔が。
「なんだんだよ…なんなんだよお前!」
「コウ…」
「どうでもいいってことか!!?だったら親しいフリなんかするなよ!!俺のことバカにしてんのか!!」
「ス、ストップ。ねえ…」
 いつもそうだ、いい加減で大雑把で。人を振り回すだけ振り回して、自分は絶対譲ろうとしない。そして俺は…そんなこいつにすっかり惚れちまってる。それが悔しい。俺は
「俺はーー!」
「ストップ、お願い!!」
 それはそれほど大きくなかったけど、確かに悲鳴に違いなかった。ハッと我に帰った俺の目の前で、彩子はぎゅっと手を握りしめてうつむいていた。今まで見たことないような小さな姿だった。
「…今のままじゃ、ダメなの?」

 こいつを俺のところに縛りつけるなんて、それが無理なことぐらいわかってる。確かめたいなんて、贅沢かもしれないけど。

 俺たちは互いに何も言えぬまま、その場でずっと立ち続けていた。外の風景も、展望台に流れる音楽も別の世界の出来事に思える。そして…

「…きじゃなかったら、いつも一緒になんていないわよ」


「‥‥‥‥え?」
 俺は反射的に彩子の肩をつかんでいた。頭に血が昇って、もう自分を制御できない。
「い、今なんつった!!?」
「ア、アンビリーバブル!!こんなこと二度も言えるわけないでしょ!!」
「もう一度だけ!な、なっ!!」
「For God's sake!勘弁してよぉ〜!」
「いーや、勘弁ならん!!」
 彩子の顔も赤かったが、たぶん俺の顔はそれ以上だったろう。しばらく呼吸を整えて、さらに少しの沈黙の後で、その言葉は2人の間に静かに流れた。
「・・・I love you・・・」


「まーったくこの男は!」
「いや、悪かったってホント」
 彩子に頭をべしべし叩かれながら、俺の頬はみっともないくらいゆるんでいた。寒いはずの秋の風が、今日はなぜだか心地よい。
「私ってああいうの苦手なのよね!体中にジンマシンができるっていうかー」
「俺はジンマシンの発生源かい」
「Oh,no. それよりもっと悪質だわ!一度殺虫剤でも散布してやらないとね」
「へ〜いへい、悪うございましたよ」
 不意に彩子が立ち止まる。街灯の明かりが照らす中、振り返った俺の視線の先で、彩子はぽつりとつぶやいた。
「別れ話でも切り出されるのかと思ったわよ…」
 …そうか。
 今ごろ、彼女の不安な顔を思い出す。俺が試すようなことしたから。俺が弱かったから。
「ごめん」
 ぽん、と彩子の頭に手を置く。顔を上げた彼女は元の通りに自分勝手でマイペースで…でも最高に輝いてる、俺の大好きな片桐彩子だった。
「ノンノン、ちょっとやそっとじゃ許せないわね。アラあんなところにおいしそうな肉マンが…」
「ハイハイ、わかりました。いくつ買ってくる?」
「そうねー、最近ダイエット中だから10コくらいにしとこうかしら」
「死ぬ気か!」
 笑いながら夜の街を歩いてく。空気のように身近に、でもびっくり箱のように刺激的で。
 もう二度とあんな顔はさせない。させないから。


「はー、そりゃようございましたねぇ」
 好雄の白い眼も、今の俺には全然通じなかった。はははっ、俺より幸せな男なんてそうそういやしないって。
「まあなんつーの?あいつもあいつで可愛いとこあるんだわ。そりゃ普段はただの変な女だけどさ」
「あーへいへい」
「ま、あんなのとつき合えるなんて俺ぐらいだし、ここは覚悟を決めて」
 ゴヅン!
「いてっ!」
 鈍い音と激痛に後ろを振り向くと、ノートを手にした彩子が呆れ顔で立っていた。
「Your tongue is too long. 心にもないことベラベラ喋らない方が身のためよぉー」
「カドでぶつなよカドで!」
「フフーン、少しは頭が良くなったんじゃない?」
 笑いながら逃げる彩子を、俺は立ち上がって追いかける。届きそうで届かない。でも絶対に消えることはない。
 好雄が呆れて眺める中、いつもの一日が始まった。結局なにも変わらないけど、こいつとこうやって過ごすのもいいかもしれない。
 たった一度の青春だもの、な。




<END> 



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