旋律の中の永遠




 焚き火の明かりもすでに暗く、来人は冷めかけたシチューを一人かき回していた。アルザの狩ったギーフィの肉はまだしばらく保ちそうだが、何せ大食漢の彼女だけに安心はできない。若葉は言わずもがなキャラットも大料理は得意ではなく、自然お役目は彼へと回ってくるのである。
「残りは明日の朝飯だな。なあフィリー?」
「くー」
「…寝ちゃったか」
 パーティの3人はテントの中で、焚き火が消えれば照らすのは星と月の光だけ。あたりは見渡す限り一面の広野で、街灯はおろか建物すらない世界に来人は思わず身震いする。
「なんでこんなことになっちゃったのかなぁ…」
 すべては夢だと思いたい。いや、夢なりゲームなりならこの世界もそう悪くはないかもしれない。
 しかし実際に魔宝が手に入らねば一生覚めることがない以上、不安にため息が漏れるのも仕方のないことである。
「はぁ…」

 ポロロン

 リュートの音が不意に流れる。振り返れば目の前に青い髪の人物がにこやかに座っていた。
「おわぁっ!」
「やぁ、こんばんは」
「ど、ど、おっから出てきたんだよ!」
「おやおや、何かおいしそうですねぇ。私ギーフィのシチューは大好きなんです」
 来人はしばらく渋い顔をしていたが、仕方なく一杯よそるとさじと一緒にロクサーヌへと手渡した。
「これは失敬。好意はありがたく受け取らないといけませんね」
「…あんたも飯食うのな」
「それはもう、こう見えても一応人間ですので」
 嘘つけ、という言葉を飲み込んで、来人はシチューをすする吟遊詩人を頬杖をついたまま見つめていた。当人は彼の視線などどこ吹く風とのほほんとしていたが、木のお椀を空にしてようやく来人に笑みを向ける。
「何か?」
「…あんた、何者だ?」
 来人はぼそっと口にする。答えはあまり期待してないようだったが。
 彼以外の人間からも幾度となく聞かれたこと。ポロンとリュートをつま弾くと、いつものように返事をする。
「吟遊詩人のロクサーヌと申します」
「知ってるよ…。目的はなんだ?」
「なんだと思います?」
「…歌のネタ探しか?」
 吟遊詩人の仕事は冒険譚を語ること。ロクサーヌが旅についてくるのも当然といえば当然である。しかし来人にしてみれば歌や物語で済む問題ではなく、なにもかも知り尽くしたような微笑を前に口調が少しばかりとげとげしくなってしまうのも仕方のないことであった。
「おや、ひどいですねぇ。私をそういう風に見てたんですか?」
「あ、いや、そりゃ帰る方法を教えてくれたのは感謝してるよ。でもあいつらにまで教えなくってもさぁ…」
 カイルとレミット。彼らのおかげで来人の旅は危険と冒険の連続である。それこそ吟遊詩人にとっては興味深かろうが、果たしてそんな状況だろうか?
「まあまあ、彼らにもあなた同様手に入れたいものはありますからね」
「それはそうだけど…」
「でもね」
 ポロン。
 リュートを鳴らし、ロクサーヌは天を仰ぎ見る。頭上に輝くは数多の星。来人のいた世界でもそれは変わらないという。
「星がいくら多くても、星座を形作るのはごくわずかですね」
「は?」
「私は少々そのお手伝いをしただけですよ」
「‥‥‥‥‥‥」
 ポロン。
 リュートは響く。天の川のせせらぎのように。
 アルザ、若葉、キャラット、フィリー。この世界へ来なければ、彼女たちと出会うことはなかっただろう。それにカイル、レミット。たとえ魔宝を賭けて争っていても、今は彼らの本当の心を知ってる。
「求めるものよりも、大事なものもあるかもしれません。私はそう思います」
 ポロン…
 ロクサーヌは夜空を見上げたままだった。その姿は時間の止まった旋律のようで
思わず来人は下を向いた。
「そんな事…言われても…」
「やぁ、気にしないでください。ただの冗談ですから」
「…あのなぁ!!」
「しーっ静かに。フィリーが起きてしまいますよ」
 指を口に当ててくすくす笑う姿はいつもの詩人。来人は怒る気も失せて、そしてなぜか少しだけ安心して、そのまま横にあった毛布にくるまった。
「もう寝る!真面目に聞いた俺がバカだった」
「まぁまぁ、何事も経験ですよ。異世界旅行なんてそうそうできるもんじゃないじゃないですか」
「したくないよ!」
 ふてくされたように目を閉じる。目が覚めたとき、そこには何があるのだろう…。

 ポロロン…

 しばらくして2組の寝息が聞こえ、ロクサーヌはそっとフィリーの毛布を直してやった。
 天上に輝くは数多の星。でもそれは音符であって旋律ではない。

 誰もが求めてる。夢と不思議と、手に入らない何か。
 ほんの短い旋律も、必ずみんな望んでる。

 ポロン
 そしてそれは誰よりも

「吟遊詩人は主役にはなれませんが」

 ポロン
 自らが探してる この世の夢と不思議

「それでも私は、この仕事が好きなのですよ」

 ポロロン、ポロロン…
 旋律は消えない。たとえ星から見れば一瞬でも。
 求める者がいる限り、きっと永遠に語り継がれる。

「さてさて…それではおやすみなさい」

 ロクサーヌは微笑むと、ふとその場から姿を消した。
 後には小さなリュートの音が、夜の空間を漂うばかりだった。
 



<END>




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