# ヨッシーランチの続きです。



 よりによってお兄ちゃんに負けた…。
 優美の人生はお先真っ暗だよ…。



ランチシリーズ最終話

優美SS: リターンランチ





「優美ちゃん、パス回して!」
「は、はぁーい」
 うう、元気が取り柄の優美だけど元気出ないや…。なんかもうバスケットどころじゃない…。
「優美ちゃん、いったいどうしたの?」
「詩織先輩…」
 優しいんですね詩織先輩。おまけに美人で頭良くてスポーツ万能だし、きっとお料理も片手でフランス料理作りながら片手で中華料理のひとつも作っちゃうんでしょうね…。
「優美ちゃん…今私のことを人間外を見る目で見てなかった…」
「いいんです、サルのお兄ちゃんに負ける優美なんてブタなんです」
「ち、ちょっと優美ちゃん」
「ううん、ほ乳類ですらないんです!優美はイルカなんだぁーーー!!」
「優美ちゃん、イルカはほ乳類だってば!!」
 がくがくと優美を揺する先輩の声ももう聞こえなかった。ああ、夕日が、夕日が赤いね…。

「ふぅん、そんなことがあったの」
「はい…」
 校庭の片隅でサッカー部の練習を遠くに眺めながら、優美は今までのことを全部詩織先輩に話した。大好きな先輩に変なお弁当作っちゃったこと。それなのに先輩は文句ひとつ言わず食べてくれたこと。同じ血を分けたお兄ちゃんはまともなお弁当が作れること…。なんか話してよけいに気分が落ち込んでくるよ。
「どうせ優美なんて…」
「そ、そんな落ち込むことないよ。誰にでも得手不得手はあるんだから」
「なんでもできる詩織先輩にはわからないです」
 あ、いやな言い方だなぁ。優美ますます自分が嫌いになっちゃうよ。
「ごめんなさい…」
「…ううん。実は優美ちゃん、私だってこの前お弁当失敗しちゃったのよ」
「え!?詩織先輩が!?」
「う、うん…えーと、その、まあ…」
 うそっ、詩織先輩でもそういうことあるんだ…。あれ?でもお弁当作るって…。
「あーっ、もしかして幼馴染みの人にですか?」
「ち、ちょっと優美ちゃん!」
「えへへ、やっぱりそうなんだぁ。みんなで詩織先輩はそうなんじゃないかなって話してたんですよぉ」
「ひ、人に聞かれるでしょ!もう、恥ずかしいなぁ…」
 詩織先輩真っ赤になっちゃってる。そっかぁ、優美の好きな先輩ほどじゃないけど、詩織先輩の幼馴染みの人もかっこいいもんね。完璧な人だと思ってたけど、詩織先輩も普通の女の子だったんだなぁ。
「そうよ、私はお弁当に失敗しちゃったの…。公くんをあんな目にあわせちゃったの。ダメよね、私って…。笑っていいよ…。小学校以来無遅刻無欠席を続けてきたこの私が…ブツブツブツブツブツブツ……」
 …あんまり普通じゃないかも…。
「詩織先輩、失敗したらまたやり直せばいいじゃないですか!そんなプライドなんて捨てちゃえっ!」
「ゆ、優美ちゃん!?」
「行きましょう!優美たちには前進あるのみです!」
「ち、ちょっと優美ちゃん!」


 お母さんに教わったんじゃ所帯じみたお弁当しかできないから、優美はあの人に頼むことにしたんだよ。
「えらい!あなたたちはえらいわ!」
「いや、あのね…。別に私は…」
「お願いします虹野先輩!」
 急な頼みに嫌な顔ひとつせず引き受けてくれる虹野先輩。実は心の中で密かにライバルとか思ってたけど、今日からはあなたを先生とあがめます!
「そういえば虹野さん…あなたこの前公くんにお弁当作ってあげてたわよね…」(ズゴゴゴゴ)
「あ、あれはちょっと試食してもらっただけよっ?いろんな人の意見聞いた方が参考になるから…」
「詩織先輩、そんなこともうどうでもいいじゃないですか!優美単純だからもう忘れちゃったぁ!」
「フッ、それもそうね」
「えーと…と、とにかく大丈夫、料理は根性よ!根性さえあればなんとかなるわ!」
「ウオーウオー!」
「見よ、キッチンスタジアムは紅く燃えている!」
「おいしいよっ!」
「小学校以来無遅刻無欠席を続けてきたこの私が…。人にものを教わるなんて…」
 とりあえず近くのスーパーで材料を買い込んだあと、まだブツブツ言ってる詩織先輩と一緒に台所に入る。わぁ、虹野先輩んちの台所って大きいんだぁ。
「それじゃさっそく作ってみてくれる?問題は味つけだけだから、落ち着いてやれば大丈夫だと思うな」
「はいっ!優美頑張ります!」
「わ、わかったわ」
 ハチマキとエプロンをぎゅっと締め、材料片手にキッチンに立つ。それじゃ優美の得意なミートボールを作るよっ!
(えへへ…。これでうまくいったら先輩喜んでくれるかなぁ…)
(どうしよう、これで失敗したら…。公くんもう口きいてくれないかもしれない…)
(『優美ちゃん、キミはなんて素敵な女性なんだ!』とかって…。やだもう、優美恥ずかしいです!)
(『殺人料理を作る詩織とは絶交だ!』とか言われたら…。私もう立ち直れない…)
(それでそれで、優美先輩のお嫁さんにしてもらうんだぁ…。新婚旅行はどこがいいかなぁ…)
(ううん、それよりもし私の料理で公くんが命を落としちゃったら…。私どう償ったらいいの…)
「ちょっとちょっと2人とも!」
「あ゛」
 えーと、優美何作ろうとしてたんだっけ?
「なんとなくわかった気がするな。2人には集中力が足りないの!」
「ガガーン!」
 そういえば優美よく落ち着きがないって言われるなぁ…。うう、そうだったのかぁ。
「そんな、テストでは常に上位のこの私に集中力が足りなかっただなんて…。もう恥ずかしくて表を歩けないわ!」
「そんなことでいちいち落ち込んでたら身が持たないよ詩織先輩…」
「と、とにかくもう一度やってみましょう。ね?」
 うん、優美こんなことじゃくじけないよ。集中集中…。
(そういえば昨日のトラへもんは面白かったなぁ…)
「優美ちゃんっ!」
「は、はいっ!」

 そんなこんなで途中何度も虹野先輩に注意されながら、なんとかミートボールを完成させた優美。
「それじゃみんなで味見してみましょう」
「な、なんだかドキドキしますね」
「そ、そうね優美ちゃん」
「や、やだな、そんなに緊張しなくていいよ。お料理は楽しくやるものなんだから…。さっ!」
 まずはミートボールを1個とって…。ぱくっ!

 だーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ

「ふぇーんなんで!?なんでこんな味になるの!?」
「不可解だわ…」
「優美ちゃん…なにか超能力でも使ったんじゃ…」
「そんなの持ってても使いません!」
 なんだかしょっぱいミートボールを気持ち悪くなりながら口に押し込んで分析した結果、どうやら塩をどさっと入れちゃったらしいことが判明したんだよ。謎はすべて解けたね!って解けてどうするの!
「へ、変だね。わたしもちゃんと見てたんだけどな」
「優美の動きは素早いから目にも止まらないんだよ!」
「優美ちゃん…真面目にやろうね…」
「冗談です…」
 原因がわかったところで次は詩織先輩の料理。どんなすごい味なんだろう?なんだかドキドキしちゃうなぁ…。
「とりあえず肉じゃが作ってみたけど…」
「わぁ、おいしそう!」
「ほ、本の通りに作ったのよ。決して妙なことはしてないはずなの。もしこれで…」
「先輩、言い訳はいいから早く食べましょうよぉ」
「そ、そうね」
 見た目はまともなこの料理。どうか死にませんように!ぱくっ!

 ダン!
 優美は思わず椅子を蹴って立ち上がった。
「おいしいじゃないですか!」
「え、そ、そうかな。私はまだまだだと思うけど…」
「ううん、十分おいしいと思うな。藤崎さんてやっぱり料理上手なのね」
「ひどい…優美のことを裏切ったんですね!」
「ち、ちょっと優美ちゃん!」
 下手だって言うから一緒に来たのに!これじゃ優美がただの間抜けさんじゃない!
「詩織先輩のバカーーーーッ!」
「ゆ、優美ちゃん待ってぇぇぇ!」
 えぐえぐ、やっぱり下手なのは優美だけなんだ。虹野先輩も、詩織先輩も、お兄ちゃんですらお弁当が作れるのに、優美だけ変な味になっちゃうんだ。
 先輩たちの止める声を振り切って、優美は半泣きで玄関のドアを開けた。
 ドン!
「おわっ!」
「わぁっ!」
 いたたた…。誰かにぶつかっちゃったよ、ごめんなさぁい。
「ってお兄ちゃん!」
「な、なんだ優美か…。どうした?」
「お、お兄ちゃんこそ…」
 目をごしごしこすってお兄ちゃんを見る。こんな顔見られたくなかったなぁ…。
「なに、優美が虹野さんの家の方行ったって聞いてな。味見役として参上したわけよ(虹野さんの料理の)」
「優美の料理じゃないのっ!?」
「まーまーまー、ほら入った入った」
 後ろを振り返ると先輩たちが心配そうな目で優美のこと見てる。優美またバカやっちゃった…。
「ごめんなさい…」
「い、いいの優美ちゃん!ほら、頑張ろうよ」
「そうよ優美ちゃん!根性よ!」
「う、うんっ!」
 いい先輩たちだなぁ…。優美、すっごく幸せ者だね。
 お兄ちゃんも本当は優美が心配できてくれたんだもんねっ。


「沙希ちゃん、台所…」
「あ、ごめんねお母さん。すぐ終わるから」
「そう、いいのよ。皆さんもゆっくりしてらしてね」
「ご、ごめんなさい。ありがとうございまぁす!」
 あれが虹野先輩のお母さんなんだ。綺麗でうちのお母さんとは大違いだなぁ…ってそんなことに感心してる場合じゃなくて!
「サラダできましたっ!」
「ドレッシングがしょっぱい」
「そ、そっちの唐揚げは?」
「べしょっとしてる」
「このミニトマトには自信があるんだ!」
「洗って出しただけじゃねぇか!」
 うう、実は優美数字が苦手なんです。ええと、ゆでるの1分だっけ?6分だっけ?カレー粉小さじ1杯だっけ?2杯だっけ?
「違う違う、1.5杯!」
「ああああっ!」
 もうやだぁ!優美には無理なんだよぅ!
「立ち直ったり落ち込んだり忙しい野郎だな…」
「ほっといてよ!だって絶対どこか1つは失敗するもん!完璧にやるなんて無理だもん!」
 考えてみれば1つも間違わずに料理するなんて、この人たちってもしかして神様なんじゃぁ!?
「姉ちゃん、お腹すいた…」
「こ、こら亘!今取り込み中なんだから!」
「だってもう7時だぜ!おれ死んじゃうよ!」
「ご、ごめんね…」
 …みんなにこんな迷惑かけて、優美いったい何やってるんだろ…。
「と、とりあえず一休みしようよ、ね?」
 詩織先輩の提案で、ひとまず借りてた台所を返すことにした。虹野先輩が手早く夕ご飯を作り、詩織先輩とお兄ちゃんは家に電話をかけに行ってる。優美は玄関に腰かけて、おいしくない自分の料理をべそべそと食べていた。
「さ、お待たせ!それじゃ続きを始めましょ!」
 しばらくして虹野先輩が戻ってきてそう言ってくれるんだけど、さすがにもうこれ以上は…。
「ごめんなさい先輩、優美もういいです」
「え!?も、もういいって!?」
「なにを言い出すの優美ちゃん!」
「だって優美やっぱりへたくそだし…。お弁当だけが先輩に喜んでもらう方法じゃないもん。優美、自分のできることで頑張ってみますね。勝手なこと言ってごめんなさい。今日はありがとうございました!」
「ち、ちょっと優美ちゃん!」
 ごめんなさい、ごめんなさい。でもいくらやっても駄目なものは駄目なんです。お弁当だけが人生じゃないし、優美、他にもいいとこが何かあるもん…たぶん。
「それでいいのか?」
 ドアのノブに手をかけたとき、後ろからお兄ちゃんの声がした。
「ああ、確かにおまえは料理がへたくそだ。でも苦手だけどあいつのために頑張ってるのがおまえのいいとこじゃないのか。それを捨てちまって、おまえは本当にそれでいいのかよ!」
「お兄ちゃん…」
 優美はノブに手を置いたままうつむいて何も答えられなかった。お兄ちゃんが優美の横に来て、顔を上げるとお兄ちゃんの怖い顔が、不意ににかっといつもの笑い顔になった。
「ま、そんな重く考えるなって。料理なんて趣味よ趣味。なあ虹野さん?」
「そ、そうよ優美ちゃん!失敗したって別にいいじゃない!」
「でも…」
「少なくともそんな風に諦めちゃうのは非常に良くないことだと思うわ」
「詩織先輩…ごめんなさい、みんな優美が悪いんです…」
「あ、いやその、そういう意味じゃなくてっ」
「ま、ま、ま、とにかくもう少し待ってろって。大至急来いって言ったからそろそろ来るだろ」
 は?急にお兄ちゃんの話が変わる。来るって誰が?
 ピンポーン
 不意にチャイムが鳴って、優美は思わず振り返る…。
「…先輩!?」

「よっ」
 詩織先輩と虹野先輩に会釈すると、口をぱくぱくさせてる優美に視線を向けた。
「好雄から電話来てさ。優美ちゃんが俺のために頑張ってくれてるってのに俺が何もしないわけにもいかないだろ?」
「で、でも先輩…」
「料理なんてあんまりしたことないけど、俺でできることなら手伝うよ。な!」
「は…はいっ!」
 お兄ちゃんがびっと親指立ててくれる。ありがとうお兄ちゃん。
 そうだよ優美、みんなこんなに優美のこと考えてくれるのに自分が弱音吐いてどうするの?やってできないことなんてないよっ!
「優美、全力で頑張ります!」
「そうだっ!で、俺何すればいい?」
「えーと…」

 先輩と並んで台所に立てるとは思わなかったなぁ…えへへ。
「それじゃ先輩お湯沸かしてください!」
「オッケィ!」
 ミートボールとエビフライとハム&アスパラ炒め、ゆで卵!この前は砂糖と塩間違えて失敗しちゃったけど、それさえ間違わなければ大丈夫。リターンマッチだ、ウオーウオー!
「優美の奴燃えてやがるな」
「根性よ、根性を感じるわ!」
「ふっ、若いっていいわね…」
「藤崎さん…そんな人生に疲れたようなこと言わなくても…」
 みんなの暖かい声援に励まされながら、優美は初心に帰ってお弁当を作ります。うん…楽しく作らなくちゃ!
「好雄の奴もさっさと呼んでくれりゃよかったのになぁ」
 お皿洗いながら先輩が文句を言う。
「でもさっきはもっとめちゃくちゃな状態だったんですよ?優美のせいだけど…」
「それは見たかった」
「もう!先輩の意地悪!」
「はははははっ、ジョークジョーク」
 ミートボールを今度は1個味見する。うーんこんなもんでいいのかなぁ…ってそれで毎回失敗してるんだから!もうちょっと煮込んでみよう。
「あ、詩織先輩?」
 ガスの火を弱めたところで詩織先輩が髪をまとめながらやってくる。
「なんだか私もちゃんとしたもの作ってみたくなっちゃった」
「え、でも詩織先輩のお料理十分おいしいんじゃ…」
 言おうとした優美の口を綺麗な人差し指がふさぐ。
「愛情では優美ちゃんに負けてるものね。先輩としてこのままじゃ引き下がれないわよ」
「2人分の皿洗いぐらいOKだぞ〜」
 先輩がにっと笑う。優美もにっこり。
「ようし、優美だって詩織先輩には負けませんからね!」
「うん、望むところよ!」
 優美はガッツポーズ。詩織先輩もガッツポーズ!ふと顔を上げると、先輩が優しい目で優美のこと見てた。
「ほら優美ちゃん、油の温度はそれくらいよ」
「はいっ、虹野先輩!」
「はーらへったぞぉー」
「お兄ちゃんは黙ってて!」
 ハムの焼ける音、換気扇の回る音、おいしいにおいが立ちこめて、ただの材料が形を変えて…。
 でっきあっがりっ!

「さあ最後の審判のときがやって参りました!」
 ふざけてるお兄ちゃんを無視して、優美はお皿をテーブルに置く。一応お弁当と同じメニューだけど、できたての分こっちの方がまだましかな?
「それじゃさっそく…」
「その前に!」
 箸をのばそうとする先輩の前からお皿をさっと引く。
「なんでこの前、あんなお弁当をおいしいって言ってくれたんですか!?」
「優美ちゃん…」
「お、おい優美!」
 みんながはっと息をのむけど、優美これだけは聞いておきたかったんだ。先輩にとってやっぱり優美は子供なの?それとも…。
 先輩は軽くため息をつくと、優美の目をじっと見た。
「誰かが一生懸命作ってくれたものは味に関わらずおいしいんだ」
「そ、そうなんですか?」
「少なくとも俺の舌はそういうふうにできてる」
「でも…!」
 うん、一生懸命作ったなら、それでいいのかもしれない。
 でもやっぱり上手になりたい。どうせ作るなら、一緒に食べられるもの作りたいよ。
「今度はちゃんと正直に評価してくださいね!」
「…わかった」
 真剣な目で先輩は料理を口に入れる。みんながじっと見守る中、口がもぐもぐと動いて、料理が少しずつ減っていった。
「ど、どうなの!?おいしいわよね!」
「藤崎さん落ち着いて!」
「‥‥‥‥‥」
「ど…どうですか?」
 どきどきしてる。嘘でもいいからおいしいって言ってくださいって、情けないことも考えちゃった。
 でも先輩はにっこり笑うと…びっと優美にVサインを出した。
「うまい!」


「ほ、本当ですか?だって…」
「俺にはこれ以上は言えん。あとは自分で確かめてみれ」
 その一言でみんな一斉に箸を動かす。優美はミートボール。
 …まずくない…よ、ね?
「おお!普通にできてるぜ!」
「そうよ優美ちゃん、普通じゃない!」
「すごいわ!普通の味よ!」
「別においしいって言ってくれてもいいよ…」
 でも…初めてまともに料理できたんだぁ。
 なんだか涙ぐんじゃう優美の頭を、先輩がくしゃくしゃとかき回した。
「やったな優美ちゃん!」
「は、はいっ!」
「本当にまずかったらどうしようかと思ったが」
「先輩〜」
「でも味よりなにより、優美ちゃんの成長が俺は嬉しいぞ」
 そう言って先輩は右手を差し出した。優美も笑顔でその手を握る。
 うん、優美も、自分がここまでやれたのが嬉しいです!えへへっ。

 その後はみんなで詩織先輩の料理を味見したんだよ。さすがに優美よりずっとおいしかったけど、いつか詩織先輩に追いついてみせますね!



「あの時はさ」
 お兄ちゃんが気を利かせて「1人でジョギングして帰る」とか言ってくれたおかげで、先輩に家まで送ってもらいながら、優美たちは夜空の下を歩いてた。
「優美ちゃんの弁当が本当に手のかかったものだってわかったからさ…。俺はそっちが嬉しくて、ついおいしいって言っちまった」
 街灯の灯りの下で、先輩が優美を見る。
「ごめんな」
「あ、謝るようなことじゃないです!それに…もういいもん」
「はははっ、そうだな。ホントにもういいよな」
「うんっ!」
 だってもう優美の料理はバッチリだもん。詩織先輩、虹野先輩、お兄ちゃん、それから…。みんなが優美にいろんなものくれてるんだから、せめて優美も何かでお返ししなくちゃ。
「それじゃ先輩、ここまででいいです」
「いいの?」
「はいっ!今日は本当にどうもありがとうございました!」
 ぺこりとお辞儀をしてたったっと駆けてく。今日ほどスニーカーが軽い日なんてないよ。
 少し行って振り返ると、先輩が大きく手を振っていた。
「明日の弁当楽しみにしてるぞぉー!」
「いやだって言っても作ってきますよーっだ!」
 にっこり笑って、また走って。上手になるから楽しいんだよ。お料理も、バスケも、なんでも、これからもっともっと楽しくなる。
 そんなこと考えながら、優美は家へと走っていった。
「たっだいまーーっ!」


「先輩、今日のはどうですか?」
「むむ!」
「な、なんですかっ!?」
「今日のはいいな」
「おどかさないでくださいよぉ…」
 昼休みの中庭の特等席。今日は天気も良くてお弁当日和だよ。
 実はそうそううまくはいかなくてあれからも何度か失敗はしてるんだけど、全体としては少しずつ進歩してる…かな?
「あっ」
 優美たちが食べ物のことをあれこれ話していると、詩織先輩がお弁当箱持ってやってきた。隣には…幼馴染みの人。
「ご、ごめん。先客がいたのね」
「別に優美たちは気にしませんよぉ。ねー先輩?」
「そうだぞ、俺たちに構わず思う存分いちゃついてくれ」
「な、何言ってるのよ!もう…」
「い、行こう詩織」
 2人とも赤くなってぎくしゃくと戻っていく。ぷぷっ、おっかしーなぁ。
「詩織先輩ファイトーーーっ!!」
「ゆ、優美ちゃん!!」
 詩織先輩に手を振りながら、優美はすとんと腰を下ろした。隣では先輩がお腹抱えて笑ってる。
「いやぁ、優美ちゃんといると退屈しないよ」
「えへへぇ、優美もです!」
「優美ちゃんは成長株だもんな」
「そうですよぉ。ぼんやりしてると追い抜いちゃいますよ」
「あぶないあぶない」
 先輩にくしゃくしゃと髪をかき回されながら、空っぽのお弁当箱が目に入る。これからもっともっと上手になる。もっともっと楽しくなる。
 こんなに小さなお弁当箱でも、いろんなものが詰まってる。こんなに小さな優美 だって、楽しいこといっぱい詰まってる。きっともっと楽しくなる!




<END>





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