注:「メンズランチ」の公くんとここの公くんとは別人ですのでご了承ください。
  ついでに世間一般のレイちゃんとここのレイちゃんも別人ですのでご了承ください。(^^;




伊集院SS:ノーブルランチ





 私の名は伊集院レイ。成績優秀、スポーツ万能でおまけに男装までしてしまうという、かの藤崎詩織をも超えるスーパーヒロインである。そんな私が庶民と同じ昼食を食べられるはずもなく、昼頃になると外井が超高級ランチを届けにくる。
「(今日はキャビア丼に松茸のムニエルか…最近ワンパターンだな…)」
 ふと見ると主人のやつも食事を始めたところだった。最近生意気にも私の家に電話をかけてくる、非常に気にくわない男である。
「(少しからかってやろうっと)」
 そう考えた私は、おもむろに彼の席に近づくのだった。
「やぁ主人くん、相変わらず貧相な昼食だねぇ」
「ほっとけよ」
「よりによってヤキソバパンとは、一度食べてみたいのだが僕ほどもなると食生活もままならぬのだよ。そんな合成保存料入りの食品を好きなだけ食べられる君がうらやましい」
「あーはいはい」
 それだけ言ってパンをぱくつき始める彼に思わずムッ。
「ちなみにこれが今日の僕のお弁当だ。ほーらほーらうらやましいだろう」
「ああそりゃようございましたねぇ」
「我慢は体に良くないよ、素直に欲しいと言いたまえ主人君〜」
「やかましい!」
 彼は怒鳴るとパンを手に教室を出ていってしまった。ふ、ふん、欲しいならそう言えばいいものを、これだから庶民は困る!
「(ああ、いい気味だった。それでは食事にかかるとしよう)」
 ‥‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥‥‥‥‥。
 別にちょっとからかったくらいであんなに怒らなくてもいいのに…一言「ほしい」って言ってくれればわけてあげないでもないものを、まったくもって素直でない奴だ。
「(だいたいこのお弁当もあんまり美味しくない…。あとでシェフに一言言ってやる必要があるな…)」
 まずい弁当をなんとか片づけると、私はもう一度教室を見渡した。主人はまだ帰ってきてない。つくづく不愉快な昼休みである。


「…っていうようなことがあってね」
「はぁ…」
 メイドの木下茜はテーブルを拭きながら苦笑していた。なにがおかしいんだ、まったく。
 彼女は私より2つ年下で、1年前交通事故で身寄りをなくして以来私の身の回りの世話をしてくれている。一応私の唯一の友人ということになるのだろうか?ま、別に友達などほしくはないが。
「とにかくその主人というのがどこまでも生意気なやつで、この私に対等な口をきくし、私がちょっと羽目を外しただけで注意してくるし、あー思い出しただけでも腹が立つ!」
「でも最近レイ様ってその人の話ばかりしてますね」
 茜の言葉に、私はクッションを抱えたままジト目でにらむ。
「なにが言いたい」
「す、すみませんっ!」
「ちょっとこっちへ来なさい」
「あーん、許してくださいっ」
 私は茜をベッドに押し倒すと、クッションごと上にのしかかった。
「どうだ、降参か?」
「降参、降参ですぅっ」
 クッションの下でじたばたしている茜に思わず吹き出すと、そのままごろん、と茜の隣に横になる。
「私はあいつが嫌いだし…向こうだって私のことを嫌ってる。天敵なんだ」
「…それじゃどうしていつもちょっかいを出すんですか?」
 私はそれには答えず、じっと天井を見つめていた。伊集院邸の天井は無意味に高いが、私はその方が安心する。
「別に、ただ退屈だから…」
 そう言いかけたときドアがノックされ、外から外井の声が聞こえてきた。
「レイ様、神足シェフがお見えですが」
「あぁ…通せ」
 そういえば呼んだんだったな…。ベッドの上でぼんやりとしたままの私を、隣で茜が心配そうに見つめている。
「それでは失礼しま…はっ!」
 部屋に入ってきた外井が不意に硬直した。初老の神足シェフも顔がひきつっている。
「こ、これはお楽しみ中のところを失礼いたしました。どうぞお気にせずお続けください」
「は?…おい、ちょっと待て!」
 茜と一緒にベッドに横になってる自分に気づいた私は、あわてて上半身を起こして釈明する。
「みみみ妙な誤解をするんじゃないっ!おい茜、なにを赤くなっている!」
「す、すみませんっ!」
「レイ様、なにも隠すことはございません。愛があれば性別など…」
「違うというのに!こ、神足!まだ用は済んでないぞ!」
 汗を浮かべてそそくさと帰ろうとするシェフ神足を呼び止める。どいつもこいつも、人をなんだと思っているのだ!
「そもそもなんだ今日の昼食は!」
「な、なにかお口に合いませんでしたでしょうか」
「ぜーんぜん合ってないっ!もっと主人がうらやましがるような…じゃなかった、とにかく精進が足りん!」
「は、ははっ!」
「わかったら出てけっ!」
 唖然としてる2人をドアの外へ追い出すと、息を切らせながら後ろ手に扉を閉める。わ、私としたことがついつい取り乱してしまった…。
「レイ様…」
「茜…その、今のことなんだけど…」
 口ごもる私に茜は優しく微笑んでくれた。こういうときなにも言わなくても通じる彼女の存在が限りなく有り難い。
「お2人には私から謝っておきます。でもレイ様、こういうことは自分でなさらないといけませんよ?」
「あ、うん…。そ、そのうちなにか別の形で報いようと思う…。
 で、でも向こうだって悪いんだぞ!神足は変な弁当を作るし、外井は変な誤解をするし!」
「そうは申されましても…」
「あ、茜…。断っておくけど、私はそんな趣味はないから!」
「‥‥‥‥‥」
 茜は呆れ顔でベッドを直し始めた。そ、そんな態度取らなくてもいいだろうっ。
「それでは私はお邪魔なようなので失礼しますね。お休みなさいませ」
「お、お休みっ!」
 ついつい口調がとげとげしくなる自分が少し嫌になりながら、私は部屋を出ていく茜を見送った。なんだ、もう少しいてくれたっていいのに。ふん、みんな嫌いだっ。
「あーあ…」
 1人になった部屋の中はあまりにも静かだった。私は特にやることもないまま、早々に眠りにつくのだった。


 今日は活オマール海老のフリカッセ・ソテーヌ酒風味にカルバドス風冷菜スフレか。む、なかなかの味だ。神足もやればできるじゃないか。
「やぁっ主人君」
「また自慢か?」
「いやなに、庶民にはお目にかかれぬような料理、見せてやらねばもったいないと思ってねぇ」
「あーあー、ありがたくて涙が出るよ」
 そういう主人の机の上には今日は弁当箱が置いてある。ま、まさか誰かに作ってもらったのかっっ!!
「ああ、これ?俺が自分で作ったんだよ。残り物詰めただけだけど…」
 そ、それならいいんだけど…
「それにしても残り物とはなんと気の毒な!よかったら僕のお弁当を少し食べてくれないか?多すぎて困ってるんだ」
「いいよ別に…」
「ひっ…人がせっかく親切に言ってやってるのに!!」
「あーもうわかったよ!それじゃ一口だけな…」
 そう言うと彼は箸をとり、わくわくしながら見ている私の前で海老をひとつ口に運んだ。
「どうだ美味しいだろう!いいや美味しいに違いないそうに決まってる!」
「…まずくはないけどさ…。なんか違うな」
「なっ…」
 思わず激昂しようとする私の前に、いきなりお弁当箱が差し出された。見た目にも地味な、いかにも庶民な弁当である。
「食べてみろよ。ほとんどお袋が作ったやつだけど、その卵焼きは俺が焼いたのだから」
「こ、こんな庶民なものなど!」
「いいから!」
 主人に言われて、私は渋々と箸をのばす。彼が作ったという卵焼きに…。
「‥‥‥‥‥‥」
「どうだ?」
「‥‥‥‥‥‥」
 私は無言のままそっぽを向いてしまった。確かに神足の作ったものよりおいしい。いや…たぶん神足のせいではないのだろう。
「おまえさ、なんでも他人にやってもらってるせいでなにか大事なこと忘れてるんじゃないのか?いくら金持ちだって、うまいもの食ってたって、そんなのお前の価値じゃないだろ」
「……」
「だからさ伊集院…伊集院?
 ………おまえ、涙ぐんでるのか?」
「黙れ!!」
 悔しかった、彼の言ったとおりだったから。
 私は椅子を蹴って立ち上がると、彼に指を突きつける。
「そこまで言うならこの僕自ら料理に挑戦してやる!僕の実力をもってすれば、弁当のひとつやふたつ雑作もないのだからな!!」
「お、おい…」
「あとで吠え面かくなよっっ!」
 あっけにとられているクラスの連中を残し、私は教室を飛び出した。廊下を走りながら携帯を取りだし、緊急呼び出しのボタンを押す。
『レイ様!何事ですか!』
「車を回せ外井!いますぐにだ!」
『はっ、し、しかし学校は!?』
「早退する!弁当を作るんだ!」
『はぁ!?』
 そのまま通信を切ると、私は階段を駆け下りていった。私設部の女子たちが振り返るが、それを気にとめている余裕もなかった。
 嫌いだ主人、おまえなんか大嫌いだ!!


「あの、外井さん。レイ様に一体何が?」
「さ、さあ私にも…。ただ突然お弁当を作るとおっしゃられまして…」
 伊集院家の台所は、茜も含めた我々3名によって占拠された。私はエプロンを装着すると、おもむろに外井に命令を下す。
「卵をこれへ!」
「ははっ!」
 見ていろ〜主人!卵焼きくらいでいい気になるな、あんなの卵を焼いただけじゃないか!
 私は彼への怒りと共に、卵をまな板へ打ちつけた。
 グシャッ!
「…外井、この卵は腐っているのではないか」
「そ、そんな思いっきり叩きつけましても…」
「もう少しコンコンと、ひびを入れる程度にそーっといたしませんと」
「わ、わかっている!」
 た、卵というのもなかなか奥が深いものだな。私はまな板の角でコンコンとひびを入れると、ボールの上でそろそろと力を入れる。
 バリン!
「‥‥‥‥‥‥」
「え、えーと、卵割るのって難しいんですよ。ね、外井さん?」
「さ、さようでございますとも!レイ様が気に病むことはございません!」
「別の卵を持て!」
 その後数十回の試行錯誤の後、私はついに卵を割ることに成功した。ふ、コツさえつかめば簡単なことだ。ボールの中でよくかき混ぜて、と…
「この失敗した卵どうしましょう…」
「明日からわれわれ従業員は毎日卵料理ですな…」
「外野、うるさい!次はキャベツを切るぞ!」
 伊集院家御用達の嬬恋キャベツを外井から受け取る。彼に食わせるのにこんな高級品は必要ないのだが、伊集院家にはこれしかないのである。
「レイ様、キャベツはちゃんと洗いませんと」
「わわわわかってるっ!」
 つくづくうるさい連中だな…。キャベツなど、切れればそれでいいではないか。
 ザクッ!
「きゃーーっ血がーーっ血がーーーっっ!!」
「レ、レイ様お気を確かに!」
「誰か救護班を呼べぇぇぇっ!!」


 数時間後、ついに弁当らしきものができあがる。卵焼きは無理でスクランブルエッグになってしまったが…
「レイ様、手は大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫」
 心配そうな茜から両手を隠すと、私は自分の弁当をのぞきこんだ。見た目は物体Xだが、味には少し自信がある。
「フォッフォッ、なかなか苦労したようじゃの」
「お、お祖父さま!」
 きらめき高校の理事長でもある祖父が、髭をしごきながらそこに立っていた。普段は好々爺ながら立派な教育方針を持った人で、私は両親は嫌いだがこの人のことは尊敬している。
「出来はいかがなものかな?できればこの爺に味見をさせてほしいものじゃが…」
「それはもう、どうぞどうぞ。茜と外井も、少しあまってるから遠慮なく食べてね」
「え゛」
「なにか不満でもあるのかっ!」
「い、いえいえ!」
「そ、それではお言葉に甘えて」
 3人は私のスクランブルエッグキャベツとウィンナー入りを皿に取る。あ、ウィンナーつながったまんまだ…いやいや味には関係ない。
「ど、どうでしょう?」
「うむ…レイや、よく頑張ったの」
「そうですレイ様、本当に頑張りました!」
「あの努力にはこの外井深く胸を打たれたものです!」
「ありがとう。で、味は?」
「‥‥‥‥‥‥」
 なぜそこで黙るんだみんな!
 じ、自分で味見すべきか?しかしもし不味かったらと思うと怖くてできない…。
 逡巡してる私に、お祖父さまが優しく声をかける。
「なあレイ、そのお弁当は誰かのために作ったものなのかね?」
「え?は、はい。一応…」
 …別に彼のためというわけではないが、もしかしたらそういう事になるのだろうか…。
「ならばいい加減男のフリはやめたらどうじゃ。伊集院家のしきたりといっても、今は年寄りしか覚えておらぬよ」
「そっ…そんなことできませんっ!」
 思わず大声を出してしまった。確かに祖父から聞いて面白半分で始めた男装だが、今となっては引っ込みがつかない。だいたい女の格好なんてしたら、彼の前でどんな態度取ったらいいのかわからない…。
「せぇらぁ服を着てリボンでもつければ相手の男もイチコロじゃろうに…」
「あ、あんなやつのことなんて何とも思ってませんてばっ!」
「はぁ、いったい誰に似てこうもひねくれてしまったのやら」
「わわわ私は素直ですっ!」
 自分でも顔が火照ってるのがわかる。でも、だって私自分が女だなんてことも忘れてたし、別に男の子になんて興味ないし、こ、このお弁当だって別に…。
「ま、がんばんなさい」
 お祖父さまは私の肩をぽん、と叩いて出ていってしまわれた。真っ赤になったままお弁当を見つめる私に、茜と外井が無理に明るい声を出す。
「ほ、ほら。せっかく作ったんだから喜びましょうよ!」
「でも…こんなお弁当なんて…」
「大丈夫です!(そんなに)不味くはありませんでしたし!」
「そ、そう?」
 そ、それもそうだな。この伊集院レイが作った弁当なのだ、美味しいに決まってるではないか!
「よし、見ていろ主人!私の実力というものを見せてやる!」
「その意気です!」
「で、でも別にあいつのために作ったわけじゃないからね」
「…はぁ〜〜〜」
 なぜそこで揃ってため息をつくんだ…。


「主人君、ちょっと中庭へ来たまえ」
「は?」
「こ、ここでは妙な噂が立てられかねない」
「ま、まさか本当に作ってきたのか?」
「悪いか!!」
 強引に彼を中庭へと引っ張っていくと、私は弁当箱を押しつけるように彼へと手渡した。視線を逸らしたまま、彼が包みを開けるのを待つ。
「…これを食べるのか?」
「嫌ならいいっ!」
「た、食べるよ」
 ああ…見るからに不味そうな弁当だ。私が差し出されたらまず間違いなく断っていただろう。
 だがそれでも…彼はゆっくりとだが、文句を言わずに食べている。
「ど、どうだ?」
「いや…とりあえず食べ終わってから」
「お、お茶持ってくる!」
 見ていられなくなった私は、学食へ湯飲みを取りに行った。別に無理して食べてくれなくてもいいのに…。
 お茶を2つ持って戻ってくると、すでに彼は食事を終えていた。弁当箱はきれいに空っぽだ。
「ごちそうさま」
「あ、いや、その…………味は?」
 聞くのが怖かったが、聞かないわけにもいかなかった。おそるおそる顔を上げた私に、彼の笑顔が映ってきた。
「おいしかったよ」
「嘘をつけ!」
 馬鹿にされたと思った。でも彼の目つきは真剣だった。
「少なくともおまえの昨日の弁当よりはさ。それに…」
 彼はそう言って私の両手を指し示す。包帯まみれのその手をあわてて隠したが、今ごろやってももう遅かった。
「おまえがそこまでやるとは思わなかったな。ごめん、見直したよ」
「べっ別に……だから………」
 耳たぶが熱い。心臓の音がやたら大きく聞こえる。しっかりしろ自分、変に思われる…。
「あれ、なにおまえ赤くなってるんだ?」
「ななななってないっ!!」
「もしかして誉められて照れてるのか?意外と照れ屋さんなんだな」
「ばっ……馬鹿者っっ!!!」
 私は思いっきり叫ぶと、逃げるようにその場を走り去った。やっぱりおまえなんか嫌いだっ!もう二度と弁当なんて作ってやるもんか!!


「…というようなことになったんだ」
「そうでしたか」
 茜は今日もテーブルをふきながら、なにやらにこにこと笑っている。だからなにがおかしいんだ。
「本っっ当に気に入らないやつだ。あんなのの言葉に乗せられた私がバカだったっ」
「それにしては、さっきからずいぶん嬉しそうですね」
「なっ…」
「『おいしい』って…そう言ってくれたんでしょう?」
「なっなっ…だ、だからそれは!」
 私はそのままなにも言えなくなってしまった。茜は掃除を終えると、去り際ににっこり笑って言い残す。
「お洋服、出しておきました。ロッカーに入ってますから、早く着てあげてくださいね」
 そのまま部屋を出ていく茜に、私は怪訝な顔をする。洋服…?
「なにを出したんだ?……っ!」
 ロッカーを開けた私は、反射的に扉を閉めた。きらめき高校の女子の制服。こんなの私にどうしろというんだ!
 だ、だってあいつだって私のことが嫌いなはずだし、だから嫌がらせにいつも話しかけてるんだ。うん、そうなんだよ。
「そう考えれば男から弁当をもらうというのも十分嫌がらせに違いない!うん、そうだ、また作ってやるとしよう。はーーっはっはっはっ…」
 夜も更けた伊集院邸に私の笑い声が響きわたる。なぜだか嬉しいその日の夜に、私は次回のメニューを考えながら、嫌がらせの作戦を練るのだった。




<END>




後書き
感想を書く
ガテラー図書館に戻る
新聞部に戻る
プラネット・ガテラーに戻る