現在 地球には数百種類の異星人が行き交い 生活している

 気づいていないのは地球人だけなのだ


 好戦的な種族 友好的な種族
 多様な性格の異星人が それぞれの目的を持って
 奇妙なバランスを保ちつつ生活しているのだ


 故になかには変わった奴もいる



コアラSS: レベルK


NO.001 Koaras on the Planet



 地球上の他の場所と同じく、ここきらめき市でも地球人たちは今日も通常の通り生活している。
 ただし一人だけ例外がいて、自宅の研究室で目に見えぬ領域と格闘していた。
「これも怪しいわね…」
 紐緒結奈は目の前に資料を並べると、あごに手を当てて考え始める。
 数年前からこのきらめき市において奇妙な事件が多発している。失踪・蒸発・記憶喪失…あるいは奇妙な行動、ある人物が突然別の人物になったかのような。ひとつひとつを取ってみればどこにでもある些細な事件だ。しかし結奈の目は、その裏にある一本の糸を感じとっていた。
『地球外生物』
 研究の合間の暇つぶしの調査だったが、調べれば調べるほど未知の世界が浮かび上がってくる。例えばある事件で採取したバクテリアは、この星のどんな生態系とも遠く離れていた。さらに3日後には自然消滅してしまったのだ。
 …あるいは彼らは既に我々の生活の中に入り込んでいるのではないか?

「さて、今日はこのくらいにしておきましょうか」
 資料を片づけると、結奈はいつもの日課で天体望遠鏡を手にした。
 宇宙を覗いてみれば様々な世代の星の光が、長い旅を終え自分の網膜へと飛び込んでくる。この中で生物が発生し、しかも知的文明を持ち、さらにはこの太陽系第3惑星まで飛来するほどの技術レベルをたまたま今−宇宙の歴史から考えればごく一瞬である今に持ち合わせているなど、それこそ可能性としてはないにも等しいだろう。
 しかしそれはゼロではなく、ましてそれを覆すほどに宇宙は広い。どんなに確率が小さくても、母集団が大きければあり得ない話ではないのだ。少なくとも幽霊やら永遠の伝説やらよりはよほど現実味があると結奈は思うのである。
「といっても解らないことを全て宇宙人のせいにするのも科学者の態度とは言えないわね」
 結奈がそう自戒して望遠鏡から目を離したときだった。屋上のパラボラアンテナと連動した検出装置が、通常では考えられない周波数の電磁波を検出しているのだ。
「これは!?」
 あわてて結奈は位置を割り出すと、近距離用の望遠鏡に目を当てた。しかしそこには何もない。周波数以前に、電磁波を出すようなものは何もないのだ。
「(落ち着きなさい、落ち着くのよ結奈。機械の故障かもしれないし、なにかの自然現象かもしれないわ。こういうときに冷静になるのが科学者よ)」
 結奈はキーを叩いて分析結果をモニターに映し出す。目に見えないそれは、比較的ゆっくりした速度で垂直落下してくると、高度約600mで旋回して水平飛行に入った。天頂付近を南西から北東へ横切り飛んでいく。
「ささやき山ね!」
 郊外の小さな山の名を口にすると、結奈は手早く種種の装置を装着した。暗視装置、小型ビデオカメラ、レーザーガンに反磁力シールド。なにせ相手は不明である。これでもまだ不安だが、ぐずぐずもしていられない。
 既にモニターからは Unidentified Flying Object の姿は消えている。結奈は外に出ると改造自転車に飛び乗って、何事かと振り返る通行人にも構わず北東へと爆走した。


 ひとたび街を外れれば静かなもので、ここささやき山は小さな神社以外はこれといったものもなく、まだ森の残る貴重な場所である。ふもとまで数分で到着した結奈は、観測チップつきの小型風船を飛ばすと上空から怪しい物体がないか探索した。例の電磁波は消えていたが、幸い自然のものとは言えない熱量を発している部分を発見した。何らかの生物であるようだが、人間よりは小さくかといって小動物というには動きが知性的である。
 改造ローラースケートに履き替えて夜中の登山を始める。はた目から見ればさぞかし妙な姿だったろうが、そんなことを言っている場合ではなかった。
「(!)」
 サーチャーに反応があり、結奈は反射的に動きを止めた。木の陰から向こうを覗くと、半径2.5mほどの灰色の球体がある。天然の岩などではもちろんない。
 そしてその周辺には…奇妙な生き物がいた。
「(コアラ…?)」
 コアラ。オーストラリアにいるあのコアラである。違うのは2足歩行をしていることと、目つきが多少悪いことだけだ。
「(ふ、地球上に何種類の生物がいると思ってるのよ。そのうちどれか一つと同じ姿の宇宙人がいたところで、別に驚くにはあたらないわ)」
 もはや統計というより気分の問題だったが、とにかく結奈はそう結論づけて気を静めた。謎のコアラは2匹。コアラらしく衣服はつけていないが体毛に覆われ、3本の指には爪がついている。どうやら何か話しているようで、結奈は集音マイクを最大にすると2匹の会話を拾おうと試みた。
「ニヤリヤニリヤヤニヤリニヤニ」
「ニヤニヤリ」
 3音だけで言語系が成り立つわけはないのだがともかく彼女の耳にはそう聞こえたのである。きちんと保存すべき重要なデータだ。
「(それにしても…)」
 結奈が考えをまとめようとしたその時! 何かメーターのようなものを見ていた片一方のコアラが、不意に結奈の方を指さしたかと思うと大声で叫んだ。
「ニヤッ!」
「(気づかれた!)」
 躊躇せずに結奈は飛び出すと、レーザーガンを構えて警告を発する。
「手を上げなさい!私の名は未来の支配者紐緒結奈!あなたたちは何者?目的は何!返答次第ではただではおかないわよ!」
 初めてコミュニケーションを取る相手にこういう高圧的な態度は0点であるが、彼女にそんなことを言っても無駄なことは彼女を知る者なら言わずもがなであろう。コアラはひるんだように後ずさった。
「ニ、ニヤリ」
 抵抗の意志なしという風に手を上げる。
「ニヤリじゃわからないわよ!」
 そんな無茶なと言われそうだが、宇宙船を見る限り不時着したわけではなさそうである。ということは最初からここを目的地としてやって来たという事であり、日本語が通じる可能性もそこそこはあると踏んでのことだった。
 案の定相手はどこからともなく奇妙な機械を取り出した。一瞬結奈は銃を身構えたが、口のそばへ持っていったところを見るとどうやら翻訳機であるらしい。それにしても彼らの口は何か笑っているようで実に不愉快だ。
『(ガ-ガ-…) 落チ着いてクダさイ』
「そんな下らない単語を聞きたい訳じゃないわよ!」
 その瞬間結奈のイヤホンに直結されたセンサーが作動した。はっと後ろを振り向くといつの間にいたのか3匹目のコアラがスタンガンのような物を手に襲いかかってくる!
「この私の恐ろしさがわかっていないようね!」
 ブゥン!
 結奈の指の微妙な動きに反応し、反磁力シールドが作動する。コアラは見えない壁に弾き返されると、ぐえっと声を上げて後ろに倒れた。一瞬人質もといコアラ質にしようかとも考えたが、彼らに無害な細菌も結奈にはそうでないこともあり得る。近づかぬに越したことはない。
 そんな考えが一瞬の判断を遅らせたのか、いきなり目の前にふわりと浮かんだ石に結奈は我が目を疑った。当然磁力など持っているわけがなく、やすやすとシールドをくぐり抜けると結奈の頭を直撃する。
「ぐっ!
(そんな…念動力!?)」
「ニヤリ!」
 幸い小さな石だったのでめまい程度で済んだが、物理法則を覆す暴挙だ。いや、彼らの退化した手を見ればそのくらいあって然るべきなのかもしれないが、それにしても…。
「ニヤリヤニニヤリリ!」
 翻訳機を持ったコアラが呼びかけ、先ほどのコアラがスタンガンもどきを拾うと宇宙船の方へ駆けつける。結奈は痛む頭を押さえて、敵に対し銃を向けた。同時に向こうもまた手を触れぬまま宙に浮いた銃を構えている。結奈の射撃の腕は3流だがレーザーガンは1流であり、自動的に照準を定めると一気に引き金を引いた。
「これでも、くらいなさい!」
「ニヤリ!」
 2条の閃光が闇を貫く。そのもたらした結果は等価だった。同じ程度に失敗した、と言うべきか。
「ニ、ヤリニニヤリ!」
「ああっ!ようやくここまで小型化したのに!」
 コアラの翻訳機ははじき飛ばされ、結奈の腰のビデオカメラは粉砕されて煙を上げていた。これまでの記録もすべてパァだ。
「この私を本気で怒らせたようね!」
 そう叫んでバトルモードをオンにする。ジャキンジャキンと音がして、小型ミサイルやら紫外線照射装置やら物騒な兵器がコアラめがけて狙いを定めた。しきりに落ち着けとばかりに手を振るコアラだが、無論脅しも含めての武装である。が、
「ニヤリ」
「!」
 宇宙船の窓から別の顔が覗く。まだ仲間がいたらしい、しかも他の連中よりさらに目つきが悪そうだ。
 ビカァッ!
「しまっ…」
 強烈な光とともに結奈の視界が白く染まる。数瞬後彼女の網膜が働きを再開したときには…コアラの姿は宇宙船もろとも消えていた。
 結奈はしばし呆然と立ちつくしていた。彼女の人生で二度とないことかもしれないが。
「夢…?それとも幻覚?妄想?」
 他人に話せば言われるであろう言葉を呟いてみる。だがそれは有り難いことに空虚に響いた。結奈は確かに見たのであり、そして彼女の足元にはコアラたちの落とした翻訳機が静かに転がっていたのである。


「なぜボートを飛ばした!」
 上陸用ボートの中でくってかかっているのは、リヤニ星地球調査隊隊長ワイスンである。相手はといえば調査員で生物学者のアルトノイスであり、リヤニ星アカデミーでも性格の悪さと目つきの悪さで有名であった。
「ふぅ…命の恩人に対してそのセリフ」
「きさまはっ!どういう状況になったかわかってるか!?」
「落ち着いてください隊長。言うまでもなくわかってやってると思われます」
「はっはっはっ、どうやらそのようだ」
「〜〜〜〜〜〜!」
 他の文明と接触するには慎重の上に慎重を期すべしと定められている。まして地球のように後進惑星ではなおさらであり、異星からなんの気なしにもたらされた技術が歴史そのものを帰ることにもなりかねない。その点で「真に宇宙人がいるならとっくに接触してきているはずであり、それがない以上宇宙人はいない」とする説は誤りなわけだが、何はともあれ地球人に知られてしまった。おまけにこういう場合相手の記憶を消すのが決まりであるものを、そのままにしてきてしまった。他の宇宙人から何と言われるかわかったものではない。
「それにしても妙ですね、完全ステルス化された我らのボートに気づくはずはないのですが…」
 メカニック担当のマーデ隊員が疑問を呈したときである。調べに行っていた最年少のフィズ隊員が、大慌てで戻ってきた。
「大変ですよマーデさん!ステルス装置に細工がしてあって、対温信号が外部に漏れてました!」
 ジロリ、と一同がアルトノイスを見る。
「なんだ?失礼な連中だな。いかに僕が今回の調査にスリルの味つけをすべく細工を行ったところで、証拠もなしに疑うというのは」
「きさまかぁ!やっぱりきさまかぁっ!!」
「しかし本当に気づく奴がいるんだもんなぁ。この星も捨てたもんじゃないよね」
「隊長、落ち着いてください!」
「放せ!今日という今日はタコ殴りにしてやる!」
「…とにかく」
 最後に発言したのはもう一人の調査員社会学者クトゥンである。爪でコンコンと机を叩くと、当面の問題を提示した。
「その馬鹿のことは後でアカデミーの方に届け出るとして、今後の調査についてだ。政府からその後連絡は?」
「…いや」
 ワイスンもまた腑に落ちないながら返答するしかなかった。
 政府から突然調査命令が出たのがリヤニ時間で3ヶ月前。既に2度の調査が行われ展開する必要なしとされた星への再調査も異例だったが、さらに問題なのはその目的地である。
『日本国きらめき市』
 いったいこの島国のしかも小さくはないが主要都市というわけでもない街に、一体何があるというのだろう。スケジュールが慌ただしかったこともありほとんど説明のないままの出発だったが、その後も連絡は一切ない。ましてあの片目女のような危険生物がいるなどという話は聞いてない。
「あの女も早急に捕獲して記憶を消去しなくてはならないな…。それにしてもこの街」
「ふっふっ」
「…何か知っているのか、アルトノイス調査員」
「いや別に」
「知ってるんだったらきちんと話してもらおうか!」
「これで本当に何も知らなかったら面白いよね」
「やっぱり殺す!!」
「隊長、隊長っ!」
 クトゥンは思わず黒い鼻を押さえた。まあ地球人が頭を抱えるようなものと思っていただきたい。
「(やれやれ…)」
 空中から見下ろせばきらめき市の明かりが見える。まだまだ未発達な文明であり生物だが、宇宙における時間のスパンで優劣を論ずるなど無意味なことだ。あの大きな樹の生えた建物はあるいは学校だろうか?少なくともこうして見れば、異星人の興味を引く対象には事欠かないのである。
「隊長!ザーロ星人から通信です!」
「何っ!?」
「『我々の統治区域で地球人に姿を明かすとはどういう了見か、納得行く説明をいただきたい』と…」
「ああーっ!なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだぁーーっ!!」
「でも明日を信じれば希望は見えてくると思うんだ」
「貴様が言うな!!」
「まあ、そう上手くいったら苦労はないんだけどさ」
「放せ!ここから地上にたたき落とす!」
「隊長ぉぉ!」
 とりあえず退屈はしないで済みそうだと思うクトゥンだった。


 自宅の研究室は出ていった時のままだった。とりあえず部屋の電気をつける。
 手の中には翻訳機がある。材質も使用法も不明だが、確かにある。
「……ふふ、ふふふふ………」
 結奈の体が震え始めた。むろん恐怖ではなく、歓喜を押さえきれずにだ。
「見なさい、やっぱり宇宙人はいたんだわ!私は宇宙人に会ったのよ!」
 時計は深夜を回っていたが、今晩は眠れそうになかった。あの山は明日また調べるとして、今唯一の手がかりはこの翻訳機。ここから謎を解きほぐしていかなくてはならない。
 窓の外から空を見上げる。彼らはあの宇宙のどこから来たのだろうか?
 そしてこの街のどこかに潜む異星人。気づいていないのは地球人だけなのだ。
「ああ、燃えてきたわ!」
 結奈は白衣を身にまとうと、猛然と翻訳機の解析を始めるのだった。



<To be continued>




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