剣と魔法の1年生!(後)


    「どこで追い越したんだろう…」
     そこは洞窟の中にぽっかりと開いた大きな空洞で、1羽の巨大なガルーダが目を
    光らせながらゆっくりと羽づくろいをしていた。身の丈7メートルはあるだろうか。
    「あれが人喰いガルーダなんスかね?」
    「人骨が転がってるところを見るとおそらくは…それにしてもラシェルとメリッサ
    はどこへ行ったんだ?」
     ばさっ、とガルーダが羽を振り、ルーファスはあわてて頭を隠す。今4人がいる
    のは中くらいの岩の陰の、ちょうどガルーダからは死角になる位置である。気づか
    れていないことを確認して小さく安堵のため息をもらすと、ふたたびひそひそと話
    を続ける。
    「それにしてもガルーダ相手とはオレの血が騒ぐぜ!」
    「おいおい、まだ戦うって決まったわけじゃないぞ」
    「そうね。有害なガルーダであると確認できたわけでもないし」
    「えと、でも、実際に被害出てるって本で読んだことあるから…」
    「…そう?」
     ソーニャの知識量もかなりのものだが、さすがにミュリエルにはかなわない。表
    情こそ変えないものの、内心では地団駄踏んで悔しがる彼女だった。
    「よし、ここは」
     ルーファスが珍しく決断を下そうとしたその時。
    「たとえ天が許しても、正義の心が許さない!邪悪なガルーダめ、この大冒険者ラ」
    「ラッキー、間にあったぁ!」
    「ボクの口上邪魔しないでよっ!」
     右斜め上の横穴から響く声に、ルーファスは思わず頭を抱える。ぎらりとガルー
    ダの目が動き、不意打ちの機会は完全に失われた。
    「あのバカっ!」
     ここに隠れて機をうかがうという手もあったが、それまであの2人が保つはずも
    ない。ルーファスは岩陰から飛び出すと、即座に呪文の詠唱に入った。
    「流れる水は我が手なり。大河となって敵を討て!」
     四元を自在に操る魔力が一つの形を成し、無数の水の槍となってガルーダに襲い
    かかる。
    「ウォータースピアー!」
     ガルーダは咆哮を上げると、翼をはためかせて宙へと舞い上がった。その突風に
    遮られあまりダメージは与えられなかったが、とりあえず気を引くことはできたよ
    うだ。
    「おっしゃぁ、行くぜ!」
    「仕方ないわね」
    「ミュリエルはここにいろ!戦うのは無理だ!」
    「は、はい…」
     ミュリエルを残し飛び出た3人に、ガルーダは威嚇するように叫ぶ。なんとか岩
    崖を下りようとしていたラシェルとメリッサは、仲間の姿を見て歓声を上げた。
    「センパイ!」
    「あっれーマスター、いたの」
    「うるさいっボケっ!」
    「あーっ!ようやく再会できた可愛い後輩にそんなこと言う!?」
    「そうだよ!ボクのどこがボケだっていうのさ!」
    「いいから前!」
     ソーニャの声の通り、ガルーダは1年生2人を弱いと見て取ると、ほとんど水平
    にそちらへと突っ込んできた。
    「きゃぁっ!」
    「このおっ!」
     ガッ!と鈍い音を発し、剣と嘴が交錯する。しびれた手で剣を握り直すと、ラシ
    ェルはメリッサをかばうように立ちふさがった。
    「下がってて!」
    「ち、ちょっ…」
     口をぱくぱくさせるメリッサだったが、情けないことに今の攻撃で腰が抜けてし
    まったようだ。やっとの思いで立ち上がると、ガルーダに向けてステッキを振りか
    ざす。
    「フ、フ、フレイムアロアロ…」
    「下がっててってば!」
    「なによぉっ!」
    「こんな時まであいつらは…」
     額を抑えるルーファスをよそに、ソーニャの呪文が完成する。再度攻撃にかかろ
    うとするガルーダに狙いを定めると、十分に魔力を引き絞り、一気に放った。
    「サンダー・ブリッド!」
     超高速の雷の弾丸が宙を裂く。今度はガルーダもかわしきれず、右足に直撃を受
    けた。
    「ケェェェーーーッ!」
    「やった!」
    「まだまだよ!」
     今の一撃で完全に怒ったガルーダは、どうやら魔法使いに目標を定めたらしい。
    次の呪文にかかるルーファスとソーニャに対し、詠唱の間も与えずに突っ込んでき
    た。
    「この野郎ォっ!」
    「マックス!」
     マックスは果敢にも鉄拳を食らわせようとするが、ガルーダのスピードの前に逆
    に3人揃ってはじき飛ばされる。
    「ぐはぁっ!」
    「くっ!」
    「センパイ!」
     下りる場所を探していたラシェルだったが、ルーファスたちのピンチに剣を握り
    しめると思い切って飛び降りる。途中岩壁を蹴ってなんとか着地すると、まっすぐ
    にガルーダへ向かって駆け出した。
    (ラ、ラシェ…)
     メリッサも飛びだそうとするのだが、かんじんの足が動かない。今まで習った呪
    文も、いつもの元気も、今はすっかり消え失せて、実戦の迫力だけがメリッサを押
    しつぶすようにのしかかってきた。
    (しっかりしなさいよメリッサ・イスキア!わたしは大魔法使いなんだから…っ…)


    「速いなぁ…」
     ルーファスが苦々しげに声を上げる。ガルーダのスピードの前に呪文を唱える暇
    などなく、たとえ完成したところで当たるかどうかは非常に怪しいものであった。
    天井が低いのがせめてもの救いだが、それでも一撃離脱を繰り返す敵に対し、一行
    の疲労は増すばかりである。
    「いっそこっちも<フライ>で対抗するか?」
    「駄目よ、空中では敵に分がありすぎるわ」
    「そ、そう…」
    「こうなったら私とマスターで同時に呪文を唱えるから、マックスとラシェルでな
    んとか奴の動きを止めてちょうだい。そのスキに2人の魔法で片を付けるわ」
    「よっしゃぁ!」
    「うん、わかったよ!」
    「あの…、俺がマスター…」
    「さっさとしなさいっ!」
     詠唱に入った2人の魔力を感じ取り、ガルーダはゆっくりと降下を始める。その
    緩慢な動きに、マックスとラシェルはごくりと喉を鳴らした。
    「来るぞっ!」
     ギュン!とガルーダは急降下に入った。その速度に白兵担当の2人は反射的に攻
    撃に出るが、剣も拳も届かぬ位置でガルーダは不意に向きを変えると、急旋回して
    ルーファスの背後に回り込んだ!
    「!!」
     怪鳥がにやり、と笑ったように見えた。その鋭利な嘴は、まっすぐルーファスの
    心臓へと向けられている。
    「マスター!」
    「センパイっ!」
     自分の体に何かがぶつかるのを感じた。ガヅン!と嫌な音が響き、続いてガルー
    ダの絶叫がこだまする。今まで自分が立っていた岩盤にしたたかに嘴を打ち付けて
    苦しむガルーダをルーファスは呆然と見ていたが、倒れた自分の上に覆い被さって
    いる少女に気づくと、ようやく状況を理解した。
    「ミュリ…エル?」
    「センパイ…」
     全力で走ったらしく、肩で息をしていたミュリエルは苦しそうに微笑んだが、不
    意に後ろを振り向くと、声を絞り出すように呪文を唱える。
    「我が盾は、神秘の祈り。聖なりて邪を退けん」
     怒り狂ったガルーダの鉤爪が、2人の眼前に迫る。
    「ホーリーウォール!」
     ガッ! すんでのところで鉤爪は弾き返され、バランスを崩したところにすかさ
    ずラシェルが斬りつける。
    「このぉっ!」
    「ギェェェェェーーーーッ!」
     絶叫を上げて宙に逃げたガルーダだったが、今回はかなりのダメージを負ったら
    しく、上空でよろめいている。
    「ミュリエル、大丈夫か?」
    「は、はい、センパイ…」
     ルーファスはミュリエルに回復呪文をかけ、直接攻撃が有利と見て取ったソーニ
    ャは目の前で印を結んだ。主に戦闘補助に用いられる賢印魔法である。
    「来たれ、北の賢者トゥーラ。彼の背に風の翼を生やし給え」
     七賢者の一人トゥーラの力を呼び出し、両手をマックスへと向ける。
    「アクセラレーション!」
     マックスの素早さが上がり、身も軽くなる。今のガルーダなら凌ぐに十分な速さ
    である。
    「おおっ!礼を言うぜソーニャ!」
    「頼んだわよ」
    「センパイ!ボクにもかけてよ!」
     ミュリエルを背後に隠したルーファスがアクセラレーションを、続いて南の賢者
    シャハールムの力を借りパワーレイズをかける。ガルーダが空中でもたついてる間
    に、完全に形勢は逆転した。
    「クゥゥーー……」
     嘴から低い声が漏れる。お互いにこれから繰り出すのが最後の一撃であるのは、
    十分承知していた。


     一連の戦いを、メリッサはまるで遠い世界のことのように見つめていた。
    (ちょっと…しっかりしてよマスター…)
     いいしれない虚無感がメリッサを覆っている。魔法とはこんなものだったのだろ
    うか。敵を一撃でやっつけるかっこいい魔法使いは机上の幻想で、実戦ではこの程
    度なのだろうか。
     ラシェルが剣を構えている。気迫十分の彼女の目は敵をぴたりと見据えて、メリ
    ッサの方など見向きもしない。上空でふらついてるガルーダを見れば、勝負の行方
    は明らかだった。
    「フ、フレイムアロー!」
     届かないと知りながらステッキを突き出すメリッサだったが、魔力も練れていな
    い今の彼女には、炎の矢どころか少しの火も出せなかった。
    (やだ…)
     ラシェルが剣を構えている。いつも自分のそばにいたはずの彼女には、今のメリ
    ッサの手は届かない。
    「やだぁっ!」


    「世に輝きを与えし光明の神セインよ!」
    「!!?」
     洞窟にこだまする甲高い声に、最後の攻撃にかかろうとしていたルーファス達は
    思わず耳を疑った。知識としてしか知らない高位呪文と、その唱え手とのギャップ
    に、現状を理解するまで少し時間がかかる。
    「メリッサ!?」
    「呼べ、高貴なるその御名。墜ちし者、邪なる者よ、光あるところすべては照らし
    出され、汝らの身は砕かれ、粉となり、一切はこの世より消え去るであろう!」
     メリッサは必死になって呪文を唱えていた。このまま戦いが終わっては、自分の
    中の何もかもが壊れてしまう気がしていた。
    「まずい!」
    「デイル先輩!?」
     物陰から後輩達の戦いを見守っていたデイルが、血相を変えて飛び出してくる。
    今やメリッサのまわりには金色に輝く強大な魔力が渦を巻いていたが、それをメリ
    ッサが制御できるとは到底思えなかった。自分のレベルを遥かに超える呪文を使っ
    た者がどうなるか…魔法の授業で、一番最初に教えられることである。
    「ダメだ、メリッサ!!」
     ラシェルの声が、かえってメリッサの何かを刺激した。思いっきり頭を振ると、
    自暴自棄に呪文を唱え続ける。
    「フライ!」
     デイルの体が浮き上がる。直接行って止めるしかなかったが、少し距離がありす
    ぎた。
    「先輩!」
    「メリッサは俺に任せろ。お前らはケリをつけておけ!」
     デイルは一直線にメリッサへと飛ぶ。ルーファス達が上を見上げると、彼の言葉
    通り、好機と見たガルーダが一直線に突っ込んでくるところであった。
    「野郎!」
     マックスが怒りの声を上げ、ルーファスとソーニャが呪文を唱え始める。ラシェ
    ルも剣を持ち直したが、どうしても不安な視線がメリッサを向いてしまう。
    「光の矢、我が手に来たらん!偉大なる神の弓、我に力を貸さん!」
     メリッサの口から叫びに似た呪文が続く。魔導士であるデイルには彼女の気持ち
    が何となく分かったが、いくらなんでも十柱神の名を冠した至高呪文など、自殺行
    為にも等しかった。
    「沈黙を運べ、風の精霊よ。一切の空気の流れを止めよ!」
     有効範囲に入ったデイルがサイレントを唱える…が、間に合わない。

    「ライトニングプラズマ!」




     パン!



     何かが弾けるような音がして、メリッサの周囲の魔力が四散する。彼女の両目か
    ら光が失われ、徐々に土気色になっていく体はゆっくりと前に倒れ込んだ。
    「メリッサぁ!」
    「敵に集中しろ!」
     ラシェルの悲鳴に、デイルが大声で答える。ガルーダはすぐそこまで迫っていた。
    「このぉっ!」
    「畜生!」
     ラシェルとマックスが怒りにまかせて攻撃する。本来ならなんなくかわせるはず
    のその突撃は、しかし賢印魔法の力によってガルーダの予想を大きく上回っていた。
    「グエエエッ!!」
     マックスの鉄拳がガルーダを殴り飛ばし、ラシェルの剣が左の翼を切り裂く。
    「来たれ、天の賢者ティーブル。魔の力、紋章をもって収束すべし」
    「大気の白、風の剣。我は命ぜん、空を舞う精霊達よ。汝が敵は我が前にあり」
     ソーニャは両手をルーファスに向けると、今日三度目の賢印魔法を放つ。
    「スペルエンハンス!」
     ルーファスの体が青白く光り、魔力の高まった彼の呪文が、終止符を打つべく一
    気に放たれた。
    「サウザンド・ブレード!!」
     ストーム・エッジの上位呪文である真空呪文が飛び、文字通り千の剣が空中のガ
    ルーダを貫く。
    「ギャァァァァァーーーッ!!」
     断末魔の悲鳴を上げ、そのまま地上へと墜落する。強敵ガルーダの最後だった。

    「メリッサ!」
    「メリッサぁ!」
     メリッサを抱きかかえて戻ってきたデイルの顔は、いつになく深刻である。マジ
    ック・ヒールで応急処置はしたものの、メリッサの体はぴくりとも動かない。
    「急げ!学園に戻るぞ!」
    「は、はい!」
     一同は大慌てで出口へ向かって駆け出す。走りながらメリッサの手を握っていた
    ラシェルの目に、ふと彼女の口が動いたように見えた。
    「メリッサ…?」
    (えへへ…やっぱりマスターの魔法はすごいや…)
     そう聞こえたのは、あるいは気のせいだったかもしれない。





    (見ろ、魔法使いだよ)
    (いやねえ、早くどこかへ行ってくれればいいのに)

     ねぇ魔導士さま、どうしてみんな魔法使いをいやがるの?

    (それはねメリッサ、魔法というのは使い方次第では大きな災いをもたらすからさ)

     でも、魔法ってそれだけじゃないもん。メリッサは魔導士さまの魔法が大好きよ。

    (…メリッサ、人間という生き物はね、自分の理解できないものを恐れるものなのだよ)

     そんなの変よ、だって魔導士さまの魔法はこんなに素敵なのに。

    「だからメリッサは魔法使いになるの!
     立派な魔法使いになって、みんなを見返してやるんだから!!」


     気がつくとメリッサは、学園の治癒室にある独特なベッドに寝かされていた。
     周囲にはみんなの気配を感じたが、自分のやったことが怖くてとても目を開けら
    れなかった。
    「ボクのせいだ…」
     ラシェルが泣いてるのが聞こえる。なんでラシェルが泣くんだろう?
    「ボクがメリッサをほっぽって、戦いに夢中になってたから…」
    「ラシェルのせいじゃないよ。それにメリッサだってもう峠は越したそうだし」
     できればずっと目を開けたくなかった。このまま消えてしまいたかった。
     だがいつまでもそうしているわけにもいかず、メリッサはゆっくりと自分の身を
    起こした。
    「メリッサ!」
     周りが歓声に包まれる。デイルはやれやれといった風に頭をかき、マックスは喜
    びのあまり小躍りした。涙顔で抱きついてくるラシェルに、メリッサは何も言えず
    うつむいた。
     ただ一人厳しい顔をしていたソーニャが、意を決したようにメリッサに歩み寄る。
    「…自分のしたことはわかってるわね?」
    「ソーニャセンパイ!」
     ラシェルの抗議の声を無視し、ソーニャは言葉を続ける。メリッサは拳を握りし
    めたまま、じっと頭をたれていた。
    「魔法というものは使う者次第で大きな災いをもたらすわ。今回はあなた一人だか
    らまだ良かったようなものの、もし他の人を巻き込んだら…」
    「ほっといてよ!」
     メリッサはラシェルをふりほどくようにベッドから飛び降りた。ソーニャをにら
    みつけるその目は、いつもの明るいメリッサとはほど遠かった。
    「…今のあなたはあまりに未熟よ。もうこんな事を起こしたくないなら、今度から
    真面目に勉強して」
    「なによ…なによ!メリッサは未熟じゃないもん!」
     そう叫んで、そのまま床を蹴り治癒室を飛び出す。
    「メリッサ!」
     開け放たれたドアから、ラシェルも弾丸のように飛び出した。急に静かになった
    室内で、ルーファスは困ったような顔で沈黙していたが、背を向けたままのソーニ
    ャにおそるおそる声をかける。
    「あのさソーニャ…」
    「誰かが言わなくてはいけないことです!」
     向こうを向いたままのソーニャの叫びは、なぜだか悲痛に感じられた。ミュリエ
    ルはしばらく彼女の背中を見つめていたが、いつも損な役を引き受ける友人にそっ
    と近づくと、安心させるようにささやいた。
    「大丈夫、ラシェルがいるから…ね?」
    「……そうね…」


     どこをどう走ったのか覚えていないが、いつの間にかメリッサは森の中へ来てい
    た。今は誰の顔も見たくなくて、ひたすら奥へ向かって走り続けた。
    (やっぱりわたしには才能がないんだ)
     この学園に来れば魔法使いになれると思っていた。
     でもいつだって失敗ばかりで、真面目に勉強する気もなくなって、見た目が派手
    な呪文にばかり手を出していた自分が、どうして魔法使いになれるだろう?
    (わたしは魔法使いになれないんだ)
     魔法使いになれない
    「きゃぁっ!」
     ツタに足を取られて、メリッサは思いっきり地面にたたきつけられる。起きる気
    力もなくてそのまま地面に寝そべっていたが、ふと目の前に手がさしのべられるの
    が見えた。
    「大丈夫?」
     ラシェルの笑顔が、今はたまらなく嫌だった。手を取らずに起きあがると、近く
    に横倒しになっていた木の幹に、相手に背を向けて腰を下ろす。
    「ソーニャセンパイの言ったことなら気にしちゃダメだよ。きっとメリッサのため
    を思って言ったんだと思うし…」
    「…ラシェルはいいよね」
     一瞬、何を言われたのかわからず、ラシェルは思わずきょとんとする。メリッサ
    は止めようとしたが止められず、せきを切ったように叫び散らした。
    「ラシェルはいいよね!どうせ冒険者になれるもん、わたしの気持ちなんてわかん
    ないよね!」
     ようやく意味を理解したラシェルが、どんな顔をしていいかわからぬままメリッ
    サの前に回り込む。
    「メリッサ…」
    「なによ!どうせラシェルだってそう思ってるんでしょ!?心の中じゃわたしのこ
    とバカにしてるんだ!」
    「…いいかげんにしてよ!」
     メリッサの頬が高く鳴る。自分が殴られたことを知ったメリッサは、涙目のまま
    ラシェルにつかみかかった。
    「なによ、ラシェルなんか大っ嫌い!」
    「意気地なし!」
    「どうせわたしは意気地なしだもん!」
     自分でもわかっていた。ラシェルはいつも頑張っていて、自分はなにもしていな
    かった。
     それに目を背けている間にラシェルはどんどん遠くへ行ってしまって、それにも
    また目を背けて…
    「あんたなんか…あんたなんか冒険者にでもなんにでもなればいいのよ!それでど
    っか遠くの国にでも行っちゃえばいいんだ!」
    「ボクはただの未熟者だよ!仲間も守れない情けないやつだよ!」
     仲間、というのは誰のことなのか。そのことがかえってメリッサには重荷だった。
    手を止めて、ふてくされたように腰を下ろす彼女に、なおもラシェルの叫びは続く。
    「でもボクは負けない!あきらめない!いつか絶対に冒険者になる!」
    「簡単に言わないでよ!」
    「なるったらなる!他のものになんてならないから!!」

     …森の中で、風のざわめく音が聞こえた。
     あたりがしーんとする中で、ラシェルは肩で息をしていたが、もう一度微笑むと、
    横を向いたままのメリッサに手を差し出した。
    「ラシェル…」
    「なってよ、魔法使いに。ボクと一緒に冒険の旅に出ようよ」
     メリッサは顔を上げる。ラシェルの優しい笑顔は、今も彼女を待っていてくれた。
     ごしごしと涙をふき取ると、照れたようにそっぽを向いて、ラシェルの手を握り
    返す。
    「ま、まあラシェルがどうしてもって言うなら、パーティに入ってあげてもいいけ
    どねっ」
    「メリッサ…!」
     ラシェルの笑顔が歓喜の色に染まる。ぶっきらぼうに立ち上がるメリッサの首に、
    ラシェルは思いっきり抱きついた。
    「ち、ちょっ…」
    「ボクね…ボクメリッサに会えてよかったよ!」
    「なに恥ずかしいこと言ってんのよっ!」
     真っ赤になったメリッサも、心の中では同じ事を考えていた。
    (…ありがと)
     無邪気に喜ぶラシェルを抱きしめると、メリッサは声には出さずそっと礼を言う
    のだった。


      なろうね、自分のなりたいものに。
      時間はかかるかもしれないけど
      あきらめたらそこで終わりだから
      いつかきっと、夢をかなえよう…



     そして…
    「ふんだっ!ラシェルの体力バカ!」
    「言ったなぁ脳みそバカ!」
    「なぁぁんですってぇ!」
    「外でやりなさいっ!」
     あれから1週間。アカデミーは今日も賑やかで、ルーファスは隅で本を読むフリ
    をしている。ソーニャはあきらめたように席に着いたが、その顔はちょっとだけ微
    笑んでるようにも見えた。
    「えと…ソーニャ、どうかした?」
    「ん?別に、ね」

     数日前のことだった。メリッサが魔法を教えてほしいと部活が終わってから訪ね
    てきたのは。
    「…なにを企んでるのよ」
    「ひっどぉー!せっかく人がまじめに頼んでるのにっ!」
    「あそ。で、どういう心境の変化?」
     全然信用してないソーニャの目に、メリッサはとびっきりの笑顔でお返しした。
    「うんと魔法が上手になって、ラシェルをびっくりさせてやるんだもん!」


     今日も平和なアカデミーで、ラシェルとメリッサのけんかは続く。苦笑しながら
    誰も止めようとしないのは、いつかこの2人がパーティを組むことを、なんとなく
    感じ取っていたからかもしれなかった。



      だから夢をかなえよう
      道は遠いかもしれないけど
      絶対にあきらめたりしないで
      未来をこの手でつかみとろう!




                                 <END>


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