剣と魔法の1年生!(前)


「ふーんだ、ラシェルみたいな体力バカにはわかんないわよねっ!」
「言ったなぁこの魔法オンチ!」
「なぁんですってぇ!?」
「外でやりなさいっ!」
 一時は停滞していたウィザーズアカデミーも、元気な1年が2名入ってきたおかげでとりあえず活気だけは戻っていた。ただしものには限度というものがあるが…。
「あ、あの…けんかはよくないんじゃ…」
「そうだぜ!戦うからには正々堂々とやらないとな!」
「そ、それも違うと思います…」
 控えめに注意したつもりのミュリエルだったが、逆に2人ににらまれて思わず
マックスの陰に隠れてしまう。
「だってラシェルが!」
「メリッサが!」
「うるさいっ!」
 ついに切れたソーニャは、部室の隅へと視線を向けた。本を読んでいるフリをしているルーファスにつかつかと歩み寄ると、顔を隠している魔導書を取り上げる。
「マスタァーーー!」
「いや…その…だから…」
「あなたがそんなだからいけないんですっ!」
 部員の数に関わりなく、今日もルーファスは不幸だった。


「ねえセンパイ、いつになったら冒険に出かけるの?」
 2人もそろそろ学園に慣れてきたころ、不意にラシェルから質問を受けるルーファスである。
「は?」
「は?じゃないでしょ!ボクは冒険がしたくてこの部に入ったんだよ!」
「あ、うん、そうだったねぇ。(まずいッッ!)」
 勧誘したさに口からでまかせを言ったツケは、そう簡単には消えないらしい。なんと言ってごまかそうか思案する間に、なお悪いことにメリッサが乱入してきた。
「えーっなになに?」
「センパイね、勧誘のとき『一緒に冒険に出かけようぜ!』ってボクに言ったんだよ」
「いや、それはね…」
「そういえばぁ、メリッサにも『君の才能が必要なんだ』とか言ってたような記憶が」
「なのに毎日毎日机に座って勉強ばっかりなんだもん」
「メリッサ超ギモンーみたいな」
 うろたえるばかりのルーファスだったが、背後に白い視線を感じ、あわててコホンと咳払いする。
「あー、つまりだ。冒険に出かけるにはもう少し基礎的素養というものが」
「やめよっか、ラシェル」
「そだね」
「わあああああ!!」
 なんでこんな時ばかり見事に呼吸が合いやがる…。ルーファス心の叫びを無視し、なおも2人の追及の手ははゆるまかった。
「どうせ『入れちまえばこっちのもんさー』とか思ってたんでしょ!」
「そうなの!?ボクはセンパイを見損なったよ!」
「ウソ、大ゲサ、まぎらわしい」
「そんな広告はお断りだっ!」
「…わかったよ…」
 ついに折れたルーファスに、今度はソーニャが決然と立ち上がる。
「マスター!」
「いや、俺もそろそろどこかに出かけたいと思ってはいたような気が…」
 苦しい弁明をするルーファスに、手を打って喜んだのはマックスである。
「いやぁ、さすがは先輩っスよ!」
「マックスまで!ミュリエルも何とか言ってよ!」
「あの…その…えと…」
「ああーもう!」
 このメンバーで冒険になど出かけて何事もなく済むはずもなく、そうなれば生徒会に格好の口実を与えるのは必至である。それがわかっててこういうことをするルーファスを、ソーニャは思いっきりにらみつけた。
「あ、ほら、そんなに遠くまで行くわけじゃないしさ。どっかそのへんの洞窟で…」
 ひたすらに妥協な人生を歩もうとするルーファス。だが運命は彼にそれを許さないのである。
「どぅわーいじゃうぶ!むわーかせて!」
「げぇッッ!」
「一体何の用ですかっ!」
 警戒警報発令の2人を無視し、いつの間にか現れたデイルはぐるりとまわりを見渡した。その顔はどう見ても何かたくらんでいるとしか思えない。
「常に開拓と前進を忘れぬその心、俺は先輩として嬉しいぞうんうん」
「いやー照れちゃうしぃー」
「ボクはいつだって前向きだよ!」
「そんな君たちのためーに!このデイル・マースがとっておきのダンジョンを発見しておいたのだよ」
「と、とっておきのダンジョンっスか!?」
「あの…わたしちょっと貧血が…」
「どわーーいじゃうぶ!!」
 この時点でろくでもない結末は完璧に保証された。半分白髪のルーファスが、無駄と知りつつ抵抗する。
「いやぁ、そんなとっておきを今回攻略するのはもったいないですよ」
「出発はいつだ?」
「はい?」
「出発はいつだと聞いている」
「100年後です」
「ソーニャには聞いてない」
「センパイ!ボクは明日がいいな」
「では明日朝8時にここに集合ということで、わかったなルーファス!」
「…ハイ」
「では諸君、またあおーーー!」
 わははははは
 例によって嵐のごとく去っていくデイルを遠く見やり、ただ時の流れに身を任せるしかない悲しきルーファスだった。
「マスター、あなたって人は!!」


 そして翌日の午前9時、一行はデイル言うところのとっておきのダンジョンに到着していた。
「ものどもあれが決戦の場ぞ!…どうかしたか?」
「どうかしたかじゃないですよ!」
「なんだ、人がせっかくサービスして『音速フライ』を使ってやったのに」
「マッハで飛んで平気な人がどこにいますか!」
「し、死ぬかと思った…」
 肩で息をしていたラシェルだったが、ふと誰かが動く気配を感じて顔を上げる。見れば一人元気なメリッサが、さっさと洞窟へ駆け込んでいくではないか。
「へっへーん、この美少女魔導士メリッサ・イスキアが一番乗りよーん!」
「ああっずるいよ!ボクだって一番乗りしたいんだからね!」
 そのまま先を競って走っていく2人をルーファスは呆然と見送っていたが、ふと我に返ると思いっきり叫ぶ。
「お、おい、待てよお前ら!」
 もちろん待つはずなどなかった…。
「‥‥‥‥‥」
「あの、えと、どうしましょうセンパイ…」
「と、とにかく早く追いかけてだな」
「だから私は反対だったんです!」
「ああああっ!」
 例によって危機管理のなってないルーファスは、すがるような視線をデイルに向ける。
「せ、先輩。ここってそんなに危険なダンジョンじゃないですよね!」
「馬鹿者、この俺が可愛い後輩を危ない目に遭わせるわけがないだろう」
「ほっ」
「危険といえば人喰いガルーダがいることぐらいなのだ」
「十分危険じゃないですか!」


 さてやみくもに洞窟を突き進んだ2人は、あっさりと道に迷っていた。
「だ、大丈夫だよね!適当に歩けば出口だって見つかるよ!」
「あーあ、メリッサって不幸」
「なんだよ、ボクのせいだって言うの!?」
「だいたいさー…後ろ!」
 メリッサの悲鳴にも似た声にラシェルが後ろを振り向くと、闇から現れたスカルナイトが1匹、いままさに剣を振り下ろそうとしているところではないか!
「ラシェルっ!」
「くっ!!」
 ガッ!
 すんでのところでラシェルは横にとびすさり、刃は岩に当たって鈍い音を立てる。メリッサはステッキを構えると、即座に呪文の詠唱に入った。
「光と炎の矢よ、我が敵を滅ぼせ!」
 魔力がステッキに伝わり、引き絞られた弓のようにその力を溜めていく。
「フレイムアロー!」
 呪文は完成し、ステッキをめぐっていた炎が矢の形を取って放たれた。が…
「うわあっ!!」
「あ、ごめんっ!」
 フレイムアローはあさっての方向へ飛んでいくと、ラシェルの頭をかすめて岩壁に激突した。赤い髪が焦げる臭いに、冷や汗を浮かべたラシェルが思わず叫ぶ。
「何やってるんだよ!ボクを焼き殺す気なの!?」
「てへっ、失敗失敗」
「『てへっ』じゃないよっ!このへたくそ!」
「なぁんですってぇ!?」
 口論を始めた2人の隙を、スカルナイトは見逃すはずはなかった。剣を水平に構えると、一直線にメリッサへと突き進む!
「メリッサ!」
「き…きゃぁっ!!」
 ズガン!!

 鈍い音とともに、一瞬時間が止まったように見えた。
 おそるおそる目を開けたメリッサの眼前で切っ先は停止し、左脇を粉々にされたスカルナイトが、何が起きたのかわからぬまま呆然と立ちつくしている。
「ライトニングプラズマ!!」
 聞き覚えのある声が響きわたり、無数の光線が四方八方からスカルナイトに襲いかかった。

 ズガガガガァッ!!

 文字通り粉砕されたスカルナイトは、焦げた臭いを発する単なる骨片の山となった。
「デイルセンパイ!」
「きゃーん、デイルさまぁっ!」
 さっそうとマントをひるがえし現れたのは、言わずとしれたデイル・マースその人である。
「ふはははははっ!迷える少女たちよ、『迷ったら迷子』とことわざにも言う!」
「そうなんだ!」
「よくわからないけどすごいわ!」
「要するにこのデイルの魔法にかかればスカルナイトなどイカのゲソも同然という ことだな。はははははは」
 相変わらず訳の分からない男である。
「ね、ね、今の『ライトニングプラズマ』よね」
「ほほうメリッサ君、よく知っているではないかね」
「もちのろんよ!この前読んだ魔導書に載ってたしー」
「そんなにすごい魔法なの?」
「うんっ!なんなら使ってみてあげようかっ?」
「いいっ!絶対いいっっ!」
 思いっきり心の底から拒否するラシェルに、メリッサは思わずむっとした。
「…へへーん、どうせ剣振り回すようなやつに本当の魔法なんてわからないわよねっ!」
「なんだよ!それボクのこと!?」
「ほかに誰がいるってのよ!魔法さえあれば剣なんてなんの役にも立たないんだからねっ!」
「い、い、言ったな…!勝負だメリッサ!」
「のぞむところよ!」
「まあまあキミタチ」
 本来ならけしかける役のデイルだが、さすがに女の子同士のケンカは見たくないのか、今日は珍しく止めに入った。
「そんなことより人喰いガルーダの話は知っておるかな」
「ひどくいいカルタ?」
「…この洞窟に住む人喰いガルーダは、文字通り人を喰い悪の限りを尽くしているという。だーが安心したまえ、今頃はルーファスたちが交戦中…」
「それを早く言ってよ!ボクも戦わなくちゃ!」
 悪の怪鳥と聞いてラシェルに眠る勇者の血がふつふつとわき上がる。センパイたちがピンチだというのに、こんなところでメリッサなんかを相手にしてるわけにはいかないんだ!」
「…メリッサ『なんか』?」
「あ、あれ?いつの間に口に出してたんだろ」
「‥‥デイルさまっ!ラシェルみたいなバカはほっといて、早くメリッサの魔法でガルーダを退治しにいかなくちゃっ!みたいな」
「誰がバカだよっ!案内してよデイルセンパイ、ボクの剣でみんなを救ってやるんだ!」
「あーラシェル君、うちは一応魔法のアカデミーなんだが…」
「なによタコ剣士!」
「ヘボ魔法使い!」
「言ったわね!」
「そっちこそ!」
「…ルーファスたちはここの突き当たりを右に曲がったところにいる。急がんと戦いが終わってしま」
 デイルの言葉に、2人は弾丸のように走り出す。狭い通路をわれ先にと。
「メリッサが先よっ!」
「うるさい!ボクだ!」
 さすがのデイルも呆然として見送るしかなかった。喧噪が遠ざかり静かになった洞窟内で、思わず頭をかきながらひとりごちる。
「やれやれ、少し鍛えてやろうと連れてきたんだが…あの2人には全然必要なかったかもしれんなあ」



<続く>


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