虹野SS: Hot Cold



「うーん、涼しくていい気持ちっ」
 楽しみにしてた北海道の修学旅行。ダメでもともとで公くんを誘ってみたんだけど、彼って優しいから快くOKしてくれて。えへへ、昨日は楽しかったな。二人でラーメン食べたり、とうもろこし食べたり、六花亭のお菓子食べたり…あ、食べてばっかかも。
「さーきっ」
「なぁに一人でにやけてんのよぉー」
「え、べ、別にそんなことないよ」
 同じ班のかなちゃんと広乃ちゃんもベランダに出てくる。9月のきらめき市はまだ暑いけど、さすが北海道はひんやりしてて過ごしやすいの。今日も班のみんなと目一杯楽しんだし、それに明日は…えへ、えへへ、最高の修学旅行になりそうかなっ。
「あーはいはい、そりゃあようございましたわねぇ」
「いいでございますねぇ、彼氏のいるやつは」
「や、やだ、かなちゃん、全然彼氏なんかじゃないもの…」
 そりゃぁ…公くんのことはだ、大好きだけどっ(きゃぁー)。わたしみたいななんの取り柄もない女の子となんて、そうそううまくはいかないよね。でもいいの、今は少しでもそばにいて、頑張ってるあなたを見ていたいな…。
 …あれ、なんで2人とも白い眼でこっちを見るの?
「あのね、どー見たって公認の仲だよ?」
「わかってないの沙希だけだよ?」
「は?」
「だいたい向こうだって嬉しいに決まってるじゃない」
「そそそ、何てったって運動部のアイドルだもんね」
 運動部のアイドル…
「誰が?」
「…もういいよ、勝手にして…」
「え、なに?どうしたの?」
 えーん、2人ともなんだか知らないけど呆れてるぅ。札幌のお星様、わたし何か変なこと言いました…?
「何でもいいから、早く部屋に戻りなさいよ。風呂上がりに外出てたら風邪引くよ」
「はぁーい」
「それから、札幌だろうがどこだろうがお星様は一緒だからね」
「い、いいじゃない別に…」
 だって北海道の空気はきれいで、お星様もきらめき市より輝いてるみたい。ねぇ札幌のお星様、わたしの恋は…いつか実りますか?
 …うん、頑張るしかないよね。ありがとう、札幌のお星様。今日はあちこち回って疲れちゃったし、明日に備えて早く寝なくちゃね…。
「くかー」
「って、何もここで寝ることないでしょーが!!」
「ふにゃ?」


 へっくしゅん!!
「バカだねぇ…」
「本当にバカだね」
「…しくしくしく…」
 熱を計ったら38度5分…。楽しみに、楽しみにしてたのにぃぃぃっ! ひどい、札幌のお星様。わたしが何したっていうんですか?
 …ベランダで寝ちゃったからだよね…。ごめんなさい、みんなわたしが悪いんです…。
「それじゃあたしらもう行くから、あんたはここでゆっくりと寝てること。いい?」
「だ、ダメよ!公くんと約束したんだもの!!」
「言っとくから大丈夫だってば…」
「そ、そんなのダメ!約束を破るのは最低だってお父さんも言ってたわ!根性、根性、根性よ!!」
「ち、ちょっと落ち着けっ!!」
「みんな、押さえるの手伝って!!」
 抗議むなしく、みんなの馬鹿力によりわたしは布団の中に押し込まれてしまいました。ああ…一生に一度の修学旅行なのに…。
「ま、運が悪かったとあきらめなさい」
「それじゃ沙希、おみやげ買ってくるからね」
 バタン
 みんな出てっちゃった…。仕方ないよね、楽しみにしてたんだもの。ああ、どうしてわたしってこうバカなのかな…。
 …くすん、さみしーよぅ…。寝よう…。


 ガチャ

 …はっ。
 え、なに?誰かいる!?まさか泥棒さんとか!?
 う、ううん。泥棒さんだって好きで泥棒さんをやってるわけじゃないと思うの。きっと話せばわかってくれるわ!
「あのぅっ!」
「おわぁっ!!」
 いっせーのせでがばっと起きあがったわたしは、立ちくらみでも起こしたのか公くんの幻覚が見えた。
「ご、ごめん、起こしちゃった?」
「え…、え!?」
 ほ、本物!? どうして? あっ、もしかして様子を見に来たとか?
「ごめん、なんかノックしても返事なかったし…」
「あ、ううん、ありがとう。大丈夫だから、心配しないで行ってきてね」
「虹野さんが病気なのに一人でなんか行けないよ」
「え!? で、でもっ!」
 どうしよう、わたしのせいで…。一度きりの修学旅行なのに、公くんに気を使わせちゃうなんてっ、わたしのバカバカ。
「あの、わ、わたしは大丈夫だから!気にしないで旅行に行ってきて、ね?」
「あ、虹野さんは俺がそんな薄情な男だと思ってるんだ」
「そんなぁ…」
「うそうそ、俺が来たくて来たんだから、虹野さんこそ気にしないでよ」
 き、気にするなって言われても…。だって風邪引いたのわたしのせいなんだし、約束破っちゃったんだし、本当なら公くんに怒られても仕方ないところなのに。
「あ、タオル濡らしてこようか」
「う、ううん、大丈夫だから! じ、自分でやるから」
「いいから、虹野さんは横になってて」
 公くんはそう言って、絞ったタオルをわたしのおでこに乗せてくれた。どうしよう…。誰もいない部屋で彼と2人きり。それは嬉しいに決まってるんだけど、わたしなんかのために一生の思い出棒に振らせちゃうなんて。
「リンゴでもむこうか?」
「い、いいですっ。そんなっ」
「お昼何食べたい?」
「こ、公くんっ!」
 思わず起きあがったわたしを、公くんはそっと肩をつかんで布団の中に戻した。
「リンゴ、もらってくるから」
 潤んだ目で出ていく彼を見送る。なんでそんなに優しくしてくれるの?今も好きなのに…もっともっと、好きになっちゃうよ…。
 う、ううん。これ以上彼に迷惑はかけられないわ。そうよ、もう元気だってわかってもらわなくちゃ!沙希、根性よ!
「えいっ!」
 立ち上がって、制服に手を伸ばす。まずは着替えて、ほらこんなに大丈夫って…。
「…ふにゃ」
 ああ、ダメ、気持ち悪い…。沙希の根性なし。でもはきそう…。
「ただいまー…って虹野さん、大丈夫かっ!?」
「え? 大丈夫よ、全然大丈夫…」
「大丈夫なわけないだろ!」
 真っ青な顔で壁により掛かってたわたし。よけいに公くんに心配かけちゃって、布団の中に連れ戻される。ああ…
「ほら、食べられる?」
「うん…」
 上半身だけ起こして、公くんの切ってくれたリンゴをひとくち口に入れる。もう、申し訳なくて彼の顔見られない…。
「虹野さん…」
「‥‥‥‥‥‥」
「虹野さん?」
「え?あ、はい、何!?」
 あやうくリンゴをのどにつまらせそうになって、あわてて飲み込む。公くんはなんて言っていいのか迷ってたみたいだけど、優しい目でささやくように声にした。
「…俺ってさ、いつも虹野さんに応援してもらってばっかだったじゃない」
「え、で、でも、わたし応援くらいしかできないから…」
「なのに俺虹野さんに何もしてあげられなくてさ、ずっと歯がゆい思いしてた」
「そ、そんな…」
 公くんがそんな風に考えてたなんて…。
「で、でもそんな気使ってほしくない。わたし…」
 自分じゃ何もできないから他人にやらせて、自分は無責任に応援してるだけじゃないって思ったこともあった。
 でも自分じゃ何もできないなら、せめてできることをしようって思ったのはいつからだっけ。だから頑張ってる人を応援して、彼のことを応援して、いつの間にか目で追ってて…彼がそんな風に考えることなんてない。もっと近いと思ってたのに。
「うん、気を使いすぎるのも考え物だよね」
「…あ…」
 わたしも…もう少し、近づいてもいいのかな。彼のそばにいてもいいって、そう思ってもいいですか?
「…虹野さんはいつも他人のことばかり大事にするんだから、たまには自分のことも大事にしてほしいよ」
「…うん」
 ありがとう、公くん。そうだね、少しだけ…。
 そして…やっぱり、あなたのことが大好き…。
「そ、それじゃ甘えちゃおうかな」
「そうそう、リンゴもうひとつどう?」
「う、うんっ」
 しゃりっ
 あーんと口を開けて、彼のリンゴを食べさせてもらう。うん、こんなにおいしいの初めて。
「少し眠った方がいいかもね」
「う、うん…。手、つないでもいい?」
「え?そ、そりゃ喜んで」
 2人とも赤くなって、布団の上でそっと手が触れる。暖かくて優しい手…思わずきゅっと握りしめる。
「ずっと風邪、引いていたいな…」
「え!?」
「あ、え、な、何もっ!」
 あーん沙希のバカバカ、こんな時になに言ってるの?ただでさえ高い熱が3度ほど上がって、わたしは大急ぎで布団の中に潜り込んだ。こんな顔見せられないよぅ…。
「虹野さん、なんて言ったの?」
「な、なにも言ってませんっ!本当っ!」
「でもそしたらずっと虹野さんと手つないでられるなぁ」
「…聞こえてたんじゃない! いじわるぅっ!!」
「いやーはっはっは」
 頭まで布団に潜って、心臓がばくばく言って。でも彼の手は離さずに、ずっと布団の中で握りしめてた。
 うん、手、つなげるようになるといいね。風邪引いたからじゃなくて、ちゃんと元気なときに…。
「虹野さん…」
 遠くで彼の声が聞こえる。布団を直してくれてる感覚もだんだんと薄くなる。ふっと気が緩んで、熱っぽいまぶたが閉じていく。
「…寝ちゃったか」
 本当に、本当に安心したまま、わたしはゆっくりと眠りに落ちていった。おやすみなさい、公くん…。


「で、どーだったのよ?」
「え?べ、別にどうもしないよ?」
「…まあ沙希じゃね」
「そうだよね、沙希じゃね…」
 …どういう意味だろ…。
「あ、ほら、彼のお出ましだよ」
「あっ!」
 一日中看病してもらってすっかり元気になったわたしは、翌朝真っ先に彼のところへ飛んでった。部屋の扉が開いて、彼がひょいと顔を出す。
「あ、虹野さん。もう大丈夫なの?」
「う、うんっ。あの、わたしなんてお礼言ったらいいのか…」
「いいってば」
 そう、お礼と。もう一つ言おうって決めてたの。
「あ、あのね」
「うん」
 いざとなると言い出せない。頑張れ、沙希!
「その…。

 いつかまた来ようね! 今回は流れちゃったけど、またいつか北海道に来ようね!
 今度はちゃんと元気になって、2人で街を見て回って…」
 2人で。いつになるかなんてわからないけど。
 図々しいかもって思って、でもちゃんと言えた。わたしは真っ赤になって下を向いてる。今度は風邪のせいじゃなくて。
「…うん、約束する」
「ほ、ほんとにっ?」
「ああ!」
 彼の小指が差し出される。わたしはあわてて自分の小指を出して、そっと約束を確かめあった。昨日の旅行は流れたんじゃなくて、ちょっと先に延びたんだって。
「あー、あっついあっつい」
「す、涼しいじゃないっ」
 友だちに冷やかされて部屋に戻る。修学旅行は今日で終わりだけど。
「…でも、良かったね」
「…うんっ!!」
 きっと一生忘れない思い出。彼との距離が縮まったこと。たまには、風邪もいいのかもしれないね。


 最後のバスに乗り込んで、空港に向かって出発する。楽しかった旅行もいよいよおしまいだけど。
「…でも、もう一度来られるんだもの」
 指切りした指を見て、どうしても顔がほころんじゃう。
 北の国の街並みを眺めながら、どこを見て回ろうかなんて考えてた。

 そしてその時には、また手をつなげるといいね。
 風邪のせいなんかじゃなくて、大好きな気持ちで、ね。



<END>



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