ギルドの導師が呪文を唱えた瞬間、全員の手に握られた珠が一斉に光り始める。青い光は合格、赤い光は落第。悲喜こもごもの表情が交錯する中、ルーファスは青い珠を見て安堵のため息をついていた。4月からSkill&Wisdomの魔法教官となる彼には当然と言えば当然の結果であったが…。
 はっと顔を上げて部員たちに目を向ける。1年間、なんやかやと騒ぎを共にしてきた連中の、全員が笑顔で手の中の青い光をこちらに向けていた。
 この瞬間、ウィザーズアカデミーのとりあえずの存続が決まった。




黄金時代




『まあ…。君たちにしては良くやったと言っておこう』
 生徒会長が彼女なりに賛辞を述べてから数日後。

「ねぇ、ルーくぅん」
「ごめん、あとにして」
 残り少ない学園生活にもかかわらず、ルーファスは来月からの生活の準備にあたふたしていた。他の3rdの3人が落ち着いている中自分だけこんななのは相変わらず段取りが悪いと言うべきだろうか。
「何よルーくんったら、私よりも片付けの方が大事だって言うの!?」
「無茶苦茶言うなよ…」
「そうですよアリシア先輩、その前にボクたちも手伝いましょうよ」
「みゃー、シンシアおにーちゃんてつだうー!」
「ううっ、ありがとうお前ら」
 この心優しい1st2人が4月からのウィザーズアカデミーの全部員であり、結局卒業といってもルーファスはまた部員集めから始めなくてはならない。なのにアリシアはぷぅっとふくれると、無言ですたすたと部室から出ていってしまった。
「ああああっ」
「しっかりしてください先輩!」
「やれやれ、相変わらず女の子の扱いがなってないことで」
「少しはアリシアの気持ちも察してやれ」
 入れ替わりにレジーと、後ろから真琴も入ってくる。もうすぐ終わりだというのにメンバーがきっちり揃ってくれないのがルーファスには少し憂鬱だ。
「2人とも、もう準備はいいんですか?」
「ああ、荷物といっても大したものはないからな」
「みんないなくなっちゃったらさびしいね…」
「そう言うなシンシア、俺はお前の心の中でいつまでも生き続けるのさ」
 レジーの台詞にめまいを覚えながらも、寂しくなるというのは確かにその通りだろう。アリシアはもう一度精霊たちのもとへ。真琴は自分の力を試すため故郷の国へ。レジーは…旅に出るとだけ言って、行き先は話そうとしない。あるいはまだ決めてないのかもしれない。
 残るのは自分だけ。自分だけなのだ。
「まあ、誰でもいずれは巣立つのだからな」
「…かもな」
 真琴の言葉にルーファスがぼそりとつぶやく。そして自分抜きで始まるアカデミー活動に、彼はあわてて片付けの速度を早めた。

「どぉ〜したルーファス、元気がないぞ、ん〜〜?」
「先輩ですか…」
 昼休みの廊下で、ルーファスは振り向きもせずにぼんやりと校庭を見つめていた。下級生たちが風の魔法でバレーボールをしている。1年前の自分がそうだったように、彼らもまたいつか卒業の日が来るなど考えてもいないのだろう。
「な・に・を・感傷に浸っている!」
「いででででで!」
 デイルの関節技が決まり窓枠から引きはがされる。しかしその抵抗のあまりの弱さに、かえってデイルは怪訝な顔をした。
「なんだなんだ、いざアカデミーが存続になって気が抜けたか?」
「はぁ、まあ……」
「それともアリシアとうまくいってないのか」
「いや、まあ……」
「でぇーーいはっきりせんかい!!」
「…先輩は!」
 怒鳴られて、突然きっと相手をみすえる。
「卒業するとき、どんな気持ちでしたか?」
 サイレントの魔法がかけられたかのようにしばし沈黙が流れた。デイル・マースはサングラスをかけ直すと、突き放すように口にした。
「そんなことは、自分で考えな」
 彼が去った後には恨めしそうな視線を送るルーファスだけが残っていた。



「いよっルーファス。卒業おめでとう」
「ああ、サンキュ」
「しかしあれだな。お前のアカデミー、よく保ったよなぁ」
「ははは…。ま、な」
 クラスメート達と祝辞を交わす。旅立つ者、残る者、それぞれにそれぞれの道がある。
 自分の3年間にやり残したことはない。ルーファスはそれには自信があった。でもそれなら何故…何が自分に引っかかっているのだろう?
「おい、ルー!」
「ああレジー、さすがにお前も卒業式は出るのな」
「おおー悪かったな。それより!アリシアが来てないっていうぞ」
「なにぃ!?」
 そういえば目立つあの金髪を今日は一度も見ていない。今真琴が探していると聞き、あわててルーファスも外に出た。
「俺は向こうを探すから、レジーはあっちを頼む!」
「俺が?なんで」
「いいから探せっ!」
 そう言って駆け出すルーファスを見送りながら、レジーは肩をすくめると指された方角と逆方向へゆっくりと歩いていった。



「…卒業したくないわ」
「あのな…」
 呆れて声も出ないような真琴に、そんなの承知と言わんばかりにアリシアはぷいと横を向く。校庭の隅にある光り杉の大木は、時々アカデミーのみんなでお昼を食べたこともあった。昼間にうすぼんやりと発光している葉がなんだかルーファスみたいだとアリシアは笑っていたものだ。
「自分で子供じみてるとは思わないのか?」
「思うわよ」
「ならやめろ!」
「いいじゃないほっといてよ!どうせ真琴には判らないのよ!」
 判る。彼女がこう見えて人一倍寂しがり屋なのを知っていた。ひょんなことから人間界に来てしまった彼女は、自分の居場所を探していたのを知っていた。でも、
「…いくら大事な場所だって、いつまでもそこに居ていいわけじゃない」
 そんなことアリシアも判っているのだろう。だから半分は自分に言っているのかもしれない。
「いつまでも夢ばかり見ていていいわけじゃないんだ。わたしは…すごく楽しかった。この1年楽しかったとも!だからこそきちんと卒業しないと…」
「黄金時代はいずれは終わる」
 よく通る青年の声。振り向くと、レジーがゆっくりと歩いていた。彼のそんな目は初めて見たような気がした。
「でも終わってこそ心の中に生きるのさ。過ぎて初めてその価値に気づくものもある」
「…そうね」
 その間はいつも永遠に続くと思ってる。でもやはり終わりはやってくるのか。
「ごめんね、ルーくん」
 レジーの後から走ってきた彼が息を切らせて立っていた。アリシアもゆっくり立ち上がる。この貴重な時間をくれたのは彼だった。
「…ルーくん?」
 ふとルーファスの表情がいつもと違うことに気づく。寂しさとも違う、何か焦りのような…
「それじゃ俺は卒業できないのか」
 うめくようにそう言った。その声はその場にいる者には向けられてなかった。
「いつまでもここに留まってる俺は、ただ夢を見続けようとしてるだけなのか。終わりを認めたくないからか」
「おい…。別にわたし達はそんなつもりは」
 真琴の抗議を最後まで聞かぬまま、ルーファスはきびすを返して走り出した。後ろでアリシアが自分の名前を叫んだ気がしたが、耳までは届いてこなかった。


(一度精霊界に戻るわ。そこできちんと、今までとこれからの自分に決着をつけようと思うの)
 あの古びた部室で過ごした日々。ささやかだけど、だからこそ貴重だった。
(強さとはわたしの思っていた通りのものではなかったかもしれない…。しかしそれでも、わたしは自分を試してみようと思う)
 時間を共有した仲間たちを。自分たちの小さな聖域を失くしたくない。いつまでも手放したくない。
(さてね、俺がどうするかなんて関係ないさ。ただな…ただのレジー・パッカードで終わるつもりはないぜ)
 黄金時代はいずれは終わる。なのに自分はそれにすがろうとしているのかもしれない。
 卒業式の日にみんな卒業する。自分だけ取り残される。
 自分自身が望んだのに、それがどうしても振り払えないのだ。


 ルーファスの足は自然と部室に向いていた。
 扉を開いても、今は誰もいなかった。見慣れたはずの部室が急に遠くなった気がした。
「…くそっ!」
 壁に拳を打ちつける。それでも…
 離れられない。離れたくないのだ。
「何をつまらんことを考えてるかなぁ」
 背後から聞き慣れた声がする。デイル・マースは何を考えているのだろう。何故いつまでもここに留まっているのだろう。
「何が不満だ?」
「不満って訳じゃ…」
「ルーくん…」
 扉をくぐってアリシア達も入ってくる。心配そうな彼女に済まないと思った。でも結局、自分の背中にだけ翼がないとしか思えない。
「私はね、ルーくん」
 壁を向いたままのルーファスに、アリシアも済まなそうに話しかけた。
「あなたがいるから卒業できるのよ。本当に勝手な言いぐさだけど」
 少し首を傾ける彼女。金色の髪が肩から落ちる。
「あなたがここを守ってくれるから…」
「別に街を出ればそれでいいというものでもないだろう」
 真琴の口調は今日も厳しいが、でも冷たさは感じられない。
「それぞれにそれぞれの居場所がある。それでいいじゃないか」
「さっきと言ってることが違う」
「違わない!」
「違う!」
 怒鳴って振り返るルーファスの目に、肩をすくめるレジーの姿が映る。
「やれやれ…。お前が自分で選んだんじゃなかったのか?」
「それは…」
「うじうじ悩むくらいならやめちまいな。後輩にも迷惑だ」
「ちょっとレジーくん!そんな言い方ないでしょ!」
「ハッ、だいたいなぁ」
「まーまーまーまー」
 珍しくデイルが騒動を収める側に回る。3人を外に押し出すと、じっと下を向いたままのルーファスに目をやった。
「ま、せっかくの卒業式だ。じっくり考えてみるんだな」
 パタン、と扉が音を立て、ルーファスは一人残された。


 ルーファスはぼんやりと天井を見ていた。いろんなことが浮かんでくる。
 デイルに無理矢理拉致された運命の日。一人また一人と部員が辞めてゆき、気がつくと自分だけになっていた悲しさ。ようやく集めた連中も騒動は起こすし言うことは聞かないし…。
「ろくなことがなかったなぁ…」
 それでも楽しかった。いつか終わるとしても。
 いつか終わるからこそ。
(じゃあ、終わりにするか?)

「…そうだな」
 こんな風に一人で逡巡してる自分が嫌だった。
 どのみち卒業するのだから。夢は終わり、そして…。

「みんな、もう入ってきていいよ」
 扉の向こうで人の気配がして、勢いよく入ってきたのはシンシアとセシルだった。
「おにーちゃん、どっかいっちゃやだぁ!」
「その、先輩の気持ちもわかりますけど!ボクたちにはまだ先輩が…」
「お、おい。俺はどこにも行かないって」
 アリシア、真琴、レジー、それにデイルもこころもち微笑みながら入ってくる。
「でも今度からはここはお前たちのアカデミーだ。俺はあくまでサポートだから、さ」
 きょとんとする2人の肩越しに、ルーファスは同期生たちに笑いかける。
「俺は俺だから」
「そんな程度のこと気づきもしないで部長やってたのか」
「そう言うなよ…」
 レジーの言葉には苦笑するしかない。でも確かに旅に出れば新しいものは得られるだろうけど、きっとここでしか得られないものもあるに違いない。今はそう思おう。だってまだ、本当の終わりにはしたくないから。
「よーし話もまとまったところで。皆の者、コンパをやるのだ!」
「そうね!今日はたっぷり付き合ってもらうわよ、ルーくん」
「最後の日くらいはな」
「そういうことだから買い出し行ってこい」
「なんで俺だよ!」
「先輩、ボクも行きますよ」
「わーい、シンシアもおかいものいくーー!」
 もしも夢が終わって、でもまだ夢を追いたければ。
 そこには別の夢がある。
 僕たちが生きてる限り、黄金時代は終わらない。



「それでは、わたしたちはもう行くぞ」
 数日後。学園の入り口で去る者を見送る。
 しばしの別れだが永遠の別れではない。3人とも気が向けば戻って来るであろうことを、ルーファスは確信というよりも、自然な事実として感じていた。
「ま、しばらくはこんなボロ学園のことは忘れてさっぱりしたいね」
「レジーくんたら、顔に寂しいって書いてあるわよ」
「…ふん」
「くすくす…」
 1年間は、長かったのか短かったのか。
 それでも今確実に手の中にあるもの。
「ルーファス、本当にいいのか」
 真琴の真っ直ぐな目を、彼はやんわりと受け止める。
「ああ、俺はここにいるよ」
 そして少し身をかがめ、3人だけに耳打ちする。
「要は先輩みたいになるのが嫌だっただけでさ」
「そういうことを言う奴は関節技だ!」
「ぐはぁ!先輩の地獄耳!」
 アリシアが笑う。レジーも苦笑する。真琴は笑いをこらえようとして、結局成せずに吹き出してしまう。笑いながら別れられるのだから、おそらくそれは幸せなことなのだろう。
「それじゃ、みんな元気でな」
「先輩たちも!」
「次に会うまでは彼女の一人も作っておけよ!」
「シンシアがいるもん〜」
「…ありがと、ね。ルーくん」
「…ああ、俺も…!」
 見えなくなるまで手を降り続ける。彼らの道は異なるけど。
 それでも時々は、あの部室を思い出してくれると信じたい。


「さあさあ!お前らはとっとと新学期のことを考えるようにな」
 デイルに促されてその場を離れる。これから何が起こるのか。
 誰も知りはしないけれど、きっと今までとは違うから。
「それじゃ延び延びになってたけど、今日こそ部長を決めるぞ!}
「んーとね、セシルちゃんでいいよ」
「い、いや、シンシアでいいよ」
「お前らな…」

 歩き慣れた道。いつもの部室。
 でも止めようとしても時間は流れ、いずれすべては終わりを迎える。
 だからそれまでは進み続けよう。

 終わったと。そう思うまではきっと続く。
 僕らだけの黄金時代に。



<END>




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