「何描いてるの?」
 部長の一枝の声に彩子は顔を上げた。普段は他人の作業を邪魔することはない彼女だが、何か遠い目をしている自分が気になったのだろう。
「ん、ちょっと」
 彩子は少しだけ後ろを振り返ると、すぐにまたスケッチブックに顔を戻す。しばらく鉛筆を走らせて、彩子はぽつりと口にした。
「なんとなく、気分転換にね」

 くたびれたスケッチブックの中には、誰もいない美術室の絵。



片桐BDSS: NeverEnding Festival





 もうすぐ文化祭が近い。女の子ばかり総勢9名のきらめき高校美術部は、それぞれの作品を完成させるため、各自自分の技量と戦っている最中である。ただ彩子の絵だけが、キャンバスの上でここ暫く停止していた。
 相変わらず常人には理解不能なその油絵の、止まっている訳は誰も聞こうとはしなかった。自分にだってそういうことはあるし、聞いてどうなるわけでもないことだから。
「片桐せんぱーい、ちょっと見てくれませんか?」
「OK.いいわよ、どうしたの」
 彩子はもてあそんでいた鉛筆を机の上に放り出して、後輩の絵を見に行った。彼女のアドバイスは本人通りいい加減で、場合によって的確だったり無茶苦茶だったりするから始末が悪い。
「先輩…まじめに聞いてるんですけど…」
「いやホント、だまされたと思って描いてみなさいって」
「後輩をたぶらかすな愚か者」
「Oh,ノッキー。これもすべて愛ってもんよ」
「愛とゆーものは口にしたとたんその輝きを消すものなのだ」
 ぼさぼさの髪に眠そうな瞳の少女のまじめくさった論評に、彩子は思わず吹き出した。同じ3年の楠博子は、特に表情を変えるでもなく妙な形の粘土をこね回している。
 後ろから一枝のくすくす笑いが聞こえる。顔を伏せて絵筆を動かす彼女に、彩子は少しだけ嬉しそうな視線を送った。どちらかといえば目立たない彼女に部長を押しつけた張本人は彩子であるが、それは正しい人選だったと今も思っていた。
『私が黒幕やるから大丈夫よ、Don't worry!』
 そう言った彩子がその後何をやったかといえば別に普段通りの行動だったのだが、そのおかげで今の美術部があるといえなくもない。いや、それを言うなら9人の部員それぞれのおかげなのだけれど。
「ごっめーん、遅れたぁ!」
「Hi!モーリィ。どうりで部屋が静かだと思ったわ」
「あんたに言われたかないわよ。それからそのダサダサなあだ名やめろっつーの」
「んー、それじゃ大森だからカレー」
「はい、ちょっとみんな聞いてくれる?」
 一応レギュラーが全員揃ったので、一枝は黒板の前に立って部屋を見渡した。片桐、楠、大森の3人の3年生も、漫才をやめて前を向く。
 連絡は先日の委員会で行われた文化祭に関する諸注意である。特に3年生にとっては最後の文化祭で、みんな自分の最高傑作を出展しようと必死だった。ただ彩子だけが…特にスランプというわけでもなく、ただ漫然と止まっていた。
「連絡はそんなところ。他に誰かなにかある?」
「あっハーイ。購買のパンの値上げよりさらに重要な話があるわ」
「彩子…。こんなところでパン屋にイヤミ言っても仕方ないよ…」
「まあそれはそれとして、30日はmy birthdayなのよ。みんなでお祝いしない?」
 普通なら遠慮して言えないことをさらりと言う彩子に、ショートカットの1年生が立ち上がると抗議の声を上げる。
「今は会議中であって、そんな話をする時じゃないと思います」
「まあまあ品ちゃん、細かいことはおいといて」
「細かいとか細かくないとかの問題じゃありませんっ!」
「あっははは、それじゃユーは特別招待客ね」
「何がですか!?」
 この1年生は入部当初から彩子を目の敵にしていて何かと食ってかかっていたが、最近では彩子の一番のお気に入りである。気の毒といえば気の毒だと一枝は思うのだが。
「それじゃ部活終わった後で残れる人は残ってね。ま、騒げればそれでいいんだけどね」
「そんなことに美術室使っていいんですか!?」
「OK、いいわよ」
「いいわよじゃなくて…だからですねぇ!」
 周囲からくすくす笑いが聞こえ、品ちゃんこと高品礼美は憤然として席につく。
いつものことだったので、一枝はそれ以上言及せず話をまとめた。
「それじゃ、以上で連絡は終わり。みんなあと2週間だけど頑張ってね」
 それまでに、彩子の絵が進むといいのだけれど。


 彩子が入学早々この部屋に押し掛けたときは、3年が4人だけという有様だった。無論それでひるむ彩子ではなく、部の現状を見て取るや、自分でさっさと勧誘を始めたものである。
「ヘイ、ユー!もしかして見学者かしら?」
「え?あ、は、はいっ!」
「So,glad! ささ、入って入って。ちょっと汚い美術室だけどね」
「片桐さん…あなた今さっき入部したばかりなんだから…」
「Oh,no, 先輩ったら。そんなこと気にしちゃノンノンよ」
 だから一枝は彩子に引っ張り込まれたと言っていい。一枝だけでなくて、数名の1年生が彩子のペースに無理矢理引きずり込まれた。結局残ったのは3人だけだけど、とりあえず廃部にもならず思い出として話せるのは幸せなことだろう。
「でもあたしも偉いよね。3年間もこんなのと付き合ってるんだもんね」
「我ながら尊敬に値する。こんな連中と付き合えるのは私だけだ」
「そうねー。こういうとき自分がズボラだったらとつくづく思うわ」
 美術室の掃除をしながら、一枝は下を向いて苦しがっていた。もちろん笑いを抑えるためである。モップを片づけた2年生が、こちらは遠慮なく笑いながらカバンに荷物を詰めていた。
「先輩たちって本当に仲いいですよね」
「Oh,no!なんて素直なツッコミなの。素直すぎて返しようがないわ」
「香野くん、君にはツッコミ1000回の修行を命じる」
「それはきついなぁ」
「ファイトぉ」
 もう1人の2年である元木が肩を叩いて香野を激励する。2人の1年−辻原と小泉−もここの雰囲気には完全に慣れきっていたが、ただ1人高品だけがつかつかと部室を出ていってしまった。
「あの娘もなんか面白いわねぇ」
「彩子、あんまりからかっちゃダメだよ」
「ん、わかってます。Don't worry」
 ぞろぞろと全員が廊下に出て、一枝はもう一度美術室を見回す。薄暗くなった部屋の中はがらんとして、少しだけ心に風が吹くのを感じた彼女はあわてて鍵を閉めた。
「…さあ、Let's 帰りましょう」
「う、うん」


 そしてその日も、ほとんどの生徒には単なる1日。

 校庭で野球部が練習しているのが見える。その向こうではテニス部がボールを打つ音が。彩子は芝生に寝ころんで、ぼんやりと空を眺めていた。
 スランプは何度か経験している。特に自信作がコンクールの予選すら突破できなかったときは、今思いだしてもみっともないほどに落ち込んだ。しばらくはキャンバスを見るのも嫌で、毎日こうやって寝そべっては、ごろごろと寝返りを打つ毎日だった。見るに見かねて部のみんなが半強制的に彩子をカラオケへ引きずっていって、それでようやく何とかなったものだ。
 でも今は違う。別にスランプなわけじゃなくて。
 小さなスケッチブックを取り出して、空の景色を落書きする。この高校へ来たときに比べれば、格段に上手くなっていた。
 いや、あの頃は感覚だけで技術を馬鹿にしていた。どんなPassionも伝わらなければ意味がないと、ようやく気づいたのはいつのことだったろうか。
「2年半、かぁ…」
 私立校だから仕方ないのかもしれないけれど、なんの実績もない美術部はひたすら苦難の連続だった。一度は生徒会に美術室から締め出されたこともある。彩子たちが無断で美術室に泊まり込んだせいではあったが。
「彩子」
「かずえ…」
「隣、いいかな」
 上からのぞき込んだ部長の顔に、彩子は笑顔で首を縦に振った。後ろのお団子が地面でつぶれている。
「博子、結局I大に行くみたい」
「そっかぁ、理系の美術部員は貴重だったわよねー」
 宿題写すときに、とは言わず、彩子は思いっきり伸びをした。一枝と、モーリィこと大森美歩は、近くのM美大が第一志望である。
「そっかぁー…」
 彩子はもう一度伸びをすると、ごろんと転がって聞こえないようにつぶやいた。「18になっちゃったよぉー…」
 でもそれはちゃんと一枝の耳に届いて、半分の驚きと、半分の納得をその目に浮かばせる。あまり自分を出すのが得意ではない彼女は彩子とは正反対だったけど、でも何がしかのものを共有していた。
「ね、もうお昼休み終わっちゃうよ」
「んっ」
 彩子は勢いよく立ち上がると、最後にもう一度伸びをした。思い出にするには早すぎる。それはわかっているけれど…


 顧問は進路指導だかで忙しく、めったに姿を現さない。有り難いことに、というのが部員たちの本音だったが。
「もー品ちゃんたら。ほら Smile please!」
「この顔は生まれつきです!」
 なんだかんだでメンバーは全員揃っている。机が一カ所にまとめられ、めいめいが調達してきた食料が並べられる。
 彩子は自分のスケッチブックが置きっぱなしであるのを見つけて、手を伸ばしてすくい取った。美術室のデッサンはあの日のまま誰もおらず、部屋が改造された今は、なんだか遠い世界のスケッチにも思われた。
「やほー、そろってるぅ」
「山沖先輩!」
 ガラガラと扉が開いて、コンビニの袋を下げたOBが当然のような顔で入ってきた。
「ワオ、OBまで呼び寄せるとは我ながら大した人望ねー」
「相変わらず起きながら寝言言ってるね。現部長、苦労してない?」
「いえ、まあなんとか…」
 先々代の部長山沖に答えて、一枝はふと彩子の顔を見る。こんなこと何度でも起こりえると思ってたけど。
 紙コップにカルピスが注がれて、乾杯の準備が整った。宴会を仕切るのはたいてい彩子なのだが、本人の誕生日でもそれは変わらないらしかった。
「それじゃさっそく始めましょ。ハッピーバースデー自分!」
「相変わらずテンション高いですね…」
「フッ、私からテンションを取ったら何が残るっていうのよ」
「なーんにも残りませんね」
 別にパーティといっても何をするでもなく、ただいつものように喋りまくるだけ。文化祭の前の大事な時期にこんなことをしていていいのかと、品ちゃんだけが1人ぶつぶつと不平をたれるのだった。
「そういえば去年の今ごろだったっけ、謎のイーゼル出現事件」
「あ、あはは…。今にして思えば、あの頃徹夜続きで寝ぼけてたんだよね」
「チッチッ、美術室の妖怪伝説をバカにしちゃいけないわよ。こんなことは日常茶飯事よねー先輩」
「特にここ数年怪しい連中が集まってるしねぇ」
 別になんでもない時間。彩子はもう18歳になったけど、だから何も変わることはなかった。いつものようにとりとめのない話をして、それが終わったら絵を描いて、絵を…
 高品が憮然としてクラッカーをかじっている。いつもならちょっかいを出す彩子も、今日は笑ってるだけ。彼女が憮然としている訳は知っている。でもお互いに、口には出せない。
「Well, そうよ。あのときはほとんどノッキーが主役だったわよねー」
 1年目の文化祭直前にふらりとやってきた楠は、結局作品が間に合わなくて、彩子が似顔絵を描いてる隣で黙々と彫刻を作っていた。
「主役っていえば、去年の合宿は誰かさんが主役だったし」
「あはははは、ソーリィ。リアリーに反省してます」
 彩子が食事係を引き受けたのはいいものの、出てきたのは思わず引くような怪しい料理ばかり。しかも変な臭いがするので問いただしたところ、「まあ口に入ればなんとかなるわよ」などと言い出したため結局すべて廃棄となったのであった。彩子は諸先輩方から食べ物の大切さについて3時間ほどお小言を受けたものである。
「あの時も山ちゃんいたわよね」
「ん、まあね。大学も忙しいけど暇だし」
 最初のうちはしょっちゅう遊びに来ていたOBも、やはりそれぞれの道が忙しいらしい。1人また1人と減っていき、結局山沖以外は顔を出さなくなった。それは当たり前のことなのだろうけど。
「あ、でも片桐先輩って卒業しても入りびたりそー」


 …一瞬、会話がとぎれる。香野は思わず口を押さえたが、一度出た言葉はどうなるわけでもなかった。

 彩子の留学の話は少し前からあった。みんなが彼女の夢の実現を応援して、でも心のどこかでは、行くわけはないと期待していた。何より彩子自身がそうだった。
 つい先日、活動中のみんなにフランス行きを告げたとき、彩子はいつにもまして明るかった。みんなも自分を祝福してくれた。選んだのは彩子だし、他の誰でもなかったから。

 でも、どうしたって突きつけられる。彩子が遠くへ行ってしまうこと。そして何よりも、終わりが目の前に近づいていること。
「だってそんなの…当たり前じゃないですか。いつまでも高校生でいていいわけないでしょう?」
 高品の言葉を笑って受け止めようとして、でも上手く行かなくて、普段とは遠く離れた不自然な笑顔にしかならなかった。大森はストローをかき回し、楠はそっぽを向いて、部長の一枝はうつむいてぎゅっと手を握りしめている。
「今さら何遠慮してんの」
 山沖も彼女たちの気持ちは解る。さすがにもう全てを共有することはできなくなっていて、それが少し寂しかったけど。
「誕生日でしょ、言いたいこと言っちゃいなさいよ。プレゼント代わりにさ」
「でも一応、彩子がない頭を振り絞って考えたことであるし」
 いつもの楠のぼそぼそした声に、彩子は思わず苦笑する。
「私としては、今さら言うことはない」
「程度の差だけで、あたし達だって同じなんだし」
 副部長の大森は、適当に過ごしているようで、常にうまい具合にみんなをフォローしていた。彩子が暴走したときも、彼女がうまく受け流してくれた。
「一枝は?」
「う、うん…」
 なにか言おうとしたけど言葉にならなくて、一枝はそのまま下を向いていた。この優しい部長を見つめながら、彩子の口からも言葉は出ない。
 信じられない、信じたくない。ずっとこの時間が続くと思っていた。今を過ごすのが精一杯で、後のことなんて考えてなかった。彩子の言葉を聞くまでは。
『私ね…フランスに行くことにしたわ』
 自分たちにできないことはないと思っていた。部員が4人だけになったときも、作品の締め切りまで3日を切ったときも、あがくだけあがいてそれでなんとか切り抜けてきた。
 でも時間の流れだけは止まらない。どんなに頑張っても、どんなに抗っても、カレンダーを元に戻すことだけは誰にもできない。あと半年でこの空間ともお別れして、そしてそのうち1人はもう手の届かないところへ行ってしまう。
 たとえいずれ彼女が戻ってきたとしても…それはきっと、何もかも思い出に変わってしまった頃だろう。

「行かないでください…」
 1年の小泉雪子の口から涙声がもれる。ちょっと見学に来ただけのはずが彩子と大森に引きずり込まれて、いつの間にか毎日ここに来るのが日課になっていた。
「スノちゃん、私ね…」
 彩子の困ったような顔を、高品礼美は見たくはなかった。本当にいい加減で大雑把で、好きとか嫌いとかいうよりも、それが彩子として当然だった。彩子だけではない、3人の3年生も、他の部員たちも、自分も。
「何しんみりしてるんですか!?」
 はっきりした彼女の声が、彩子はなぜだか好きだった。フランスへ行ってしまえば、二度と聞く機会はないだろうけど。
「そんなこと卒業式の後にでも言えばいいじゃないですか!あと半年も先なのに、わざわざそんなこと…!」

 わかってた。どうしても無理なら、残った時間を精一杯生きるしかないこと。でも無理だと認めたくなかった。今を永遠に止めておきたかった。
「サンクス、みんな」
 立ち上がった彼女の顔はどことなく暖かい笑顔で、いつもの闊達さはなかったけれど、それでも祝福の音が聞こえてくる。
「ワガママ言ってゴメンね。今日だけはどうしてもみんなに祝って欲しかった。ホント言うとフランスのことまだ迷ってて、迷っても仕方ないってわかってるのに」
 なんだか自分で全部終わりにしてしまった気がして。もうすぐ別れなければならないなんて、誰よりも彩子が気づきたくはなかったのに。
「だから誰かに背中押してほしかった。このままじゃ一番大事な時間捨てちゃいそうで、今はここにいるんだってこともう一度知りたかったの」
 そんな彩子の顔を一枝は見つめていた。自分の知る限り絶対に一番、誰よりも前向きで明るくて。
 でも結局みんな強いわけじゃなく、だからって弱いわけでもなく、それぞれがこの部屋の中に、ただ日々自分の通り道を作っていっただけだった。せめてみんなが一緒だったこと。奇跡があるとすれば本当にそれだけが…
「一番、片桐彩子!」
 彩子は刷毛をマイクがわりに、勢いよく黒板の前に立った。思い出すのは後でいい。今はまだ祭りの最中だから。
「景気づけに一発歌いまーす!!」
「歌いたいだけだろー!」
「イエース!オフコース!!」
 そして再開されるFestival。少しだけ止まっていたけど、もう二度と終わることはない。自分の心の奥の一番大事な場所、決して色あせないように焼き付けて。

 だって私たちはここにいるから
 たとえこの部屋から飛び立っても、戻ろうと思えばいつでも戻れるから


「ご静聴、Thank you so much!」
 美術室に割れるような拍手が響く。どんなに代が変わっても、この空気だけはいつまでも受け継がれていく。
「ネクスト、高品礼美!」
「わ、私ですかぁっ!?」
「さすが彩子、えげつない」
「ち、ちょっと今日は喉の調子が…」
「Hey!Please take your mike! What's you sing?」
「あのですねぇっ!」

 だから決して終わらない。私たちの、NeverEnding Festival.




 がらんとした美術室に、彩子だけが1人立っていた。廊下の外では他のみんなと、一枝が鍵を手に待っている。
「彩子、もう部屋閉めるよ」
「うん、Wait. ちょっと待って」
 一枝が駆け寄ってのぞき込むと、彩子は自分のスケッチブックを眺めていた。鉛筆で描き散らかされた落描きは、そこに生きているようでそこではない。
 ページをめくる手を止めて、彩子はぱたんとスケッチブックを閉じる。慣れた手つきで紐を固くしばって、そして最後に見えた美術室の絵は2人の視界から消えた。
「もうそれで完成なの?」
「No,no. これはずっと未完成なのよ」
 だって自分たちはここにいるから。刻む必要も、振り返る必要もない。ここは私たちの聖域だから。
「Sorry, みんな待たせてごめんね」
「気にしてません、いつものことですから」
「品ちゃん相変わらずきついわねえ。音痴だからって気にしちゃノンノンよ」
「別に気にしてませんっ!先輩なんてカナヅチのくせに!」
「ハハーン?それを知ったとあっちゃぁ生かしておけないわね」
 背中に笑い声を聞きながら、一枝はいつものように部屋を見渡した。彩子のスケッチブックは姿を消し、代わりに描きかけの油絵がこちらを向いている。きっとそれが彼女の最高傑作になることを、予言でも確信でもなく、ただ一枝は知っていた。
 カチャン、と鍵をかける一枝に、いつの間にか彩子が隣に来ていた。幸せそうに微笑む彼女を見て、一枝も時間の存在を忘れ去る。あと何度この鍵を開けるかわからないけど、きっと終わりはないと思いたい。
「さあ、それじゃ2次会にレッツゴー!」
「彩子がおごるなら行くー」
「Oh,God!そういえばユーからプレゼントもらってないわ!」
「やだなー、同じ部活の仲間にそんなもの不要じゃない」
 廊下に笑いが弾けて、明かりのついた校内をみんなが歩いてく。もう一度美術室を振り返った一枝に、彩子が背中から抱きついた。
「Never End. 好きだってこと、変わらないね」
「うん…」
 向こうから2人を呼ぶ声が聞こえる。彩子は嬉しそうに顔を上げると、一枝の手を取って走り出すのだった。


 そしていつまでも終わらない。私たちの…

       NeverEnding Festival



Happy birthday Ayako Katagiri!



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