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この作品はPCゲーム「Kanon」(Key)の世界及びキャラクターを借りた二次創作です。
名雪シナリオ、あゆシナリオのネタバレを含みます。

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『イチゴサンデー、7つ』
『それで、許してあげるよ』
『だって…』
『わたしも、まだ…』
『祐一のこと、好きみたいだから…』

 そう答えてくれた名雪を、月明かりの下で抱きしめる。
 その時点で、俺の中では区切りがついたつもりでいた。
”名雪を傷つけたことは思い出しても、何故そんな行動を取ったのかは忘れたまま”
 そのことに気付いてはいたけれど、些細なことだと頭の隅に放り込んでいた。

 ――七年前から続く、一連の出来事。
 それが終わっていなかったと知るのは、もう少し先の話になる。







終わる奇跡








 名雪の部活が休みなので、一緒に帰ることにした。
 春になると休み無しになるらしいから、この機会は貴重だ。
「祐一も陸上部に入ればいいんだよ」
 玄関で靴を履き替えてから、校門へ出るまでの間にそう言われる。
「勘弁してくれ」
「いつでも部員募集中だよ〜」
「何が楽しくてこんな寒い中走らなきゃならないんだ…」
 大げさに身を震わせる。毎日毎日寒くて、寒いと言うのにも飽きてくるくらいだ。
(しかし何だ)
 隣で鼻歌などを歌っている、いとこの横顔をちらりと見る。
 一応恋人同士になったはずなのに、あんまり今までと変わらないな。
 まあ、急にベタベタするのも俺が恥ずかしいが。
「そういえばお前、アレはいいのか」
「アレって?」
「イチゴサンデー。まだ一杯もおごってないだろ」
「あ…うん」
 ちょっと遠慮がちに、瞳が下から尋ねる。
「本当にいいの?」
「ばか、お前が言いだしたんだろ。俺だってそこまで貧乏じゃないぞ」
「う、うん。じゃあお願いしようかな」
 善は急げ。特に予定もないので、さっそく百花屋に寄り道することにした。
 少し歩いて商店街へ。いつもと変わらず、道路の端々に寄せられた雪が固まっている。
 羽根つきリュックを背負った少女が、下を向いて何か探しているのもいつも通り。
「あゆちゃん、こんにちは」
 言われた相手は顔を上げて、ぱっと笑顔をこちらへ向けた。
「あ、名雪さんに祐一君。こんにちはっ」
「落ちてる小銭でも探してたのか?」
「違うよっ! 祐一君って本っっ当にいつも意地悪だよっ」
 ふくれるあゆに名雪は苦笑しながら、ちょっと弁護してくれる。
「意地悪だけど、祐一にもいいところはあるんだよ」
「え、そう?」
「何がえ、そう、だ」
「祐一君、名雪さんに仲良くしてもらえてよかったねっ」
「あのな…一応付き合ってるんだぞ、俺たちは」
 少しだけ、あゆの動きが止まった。
 照れくさそうにしていた、名雪の表情も固まる…ように見えたのは気のせいだろう。その前にあゆが喋りだした。
「祐一君にはもったいないと思うよ…名雪さんは」
「随分言ってくれるなうぐぅのくせにっ!」
「いたたたた。痛いよ、冗談だよっ。お似合いだと思いますっ!」
「も〜、ダメだよ、祐一」
 両拳であゆの頭をぐりぐりする俺に、名雪は止めはするが、お似合いと言われてちょっと嬉しそうだ。
「そうだ、あゆちゃん今時間ある? イチゴサンデーをおごってあげるよ」
「ええっ? そ、そんなの悪いよ」
「大丈夫だよ〜、わたしは祐一におごってもらうから、余裕があるんだよ」
 そして少し真剣な目つきになり、拳を握って力説。
「それに百花屋のイチゴサンデーだよ。絶対一度は食べるべきだよ。あれを食べないのは人生の損失だよ」
「布教かよ…。まあ、あゆ。せっかくだからおごらせてやれ」
「う、うん…。そこまで言うなら断るのも悪いし…」
 なんて謙虚なことを言っているが、口の端によだれが垂れかけているのを俺は見逃さなかった。
 一緒に百花屋へ向けて歩き出したものの、とうとう我慢できずに駆け出すあゆ。
「わーい! いちごいちごー!」
「…あゆちゃんとは友達になれそうな気がするよ」
「やな友達だな…」


*     *     *



 テーブルに二つ並んだイチゴサンデーを横目で見ながら、俺は暖かいコーヒーをすすっていた。
 よくもまあ、この寒い日にこんなもの食う気になるもんだ。
「おいしい? あゆちゃん、おいしい?」
「うぐぅ、おいしいよぅ〜」
 好評ぶりに名雪は大喜びで、早くも次はいつ来ようかなどと話し出していた。
「わたしもあゆちゃんみたいな妹がほしかったよ〜」
 と、そこであゆの手がぴたりと止まる。
「…同い年」
「え?」
「ボクと名雪さんは、同い年」
 ……。
 固まった名雪は、固まったまま声だけ出した。
「ち…中学生じゃなかったんだ」
 口を滑り出たその声に、あゆはそれは情けない顔で俺に助けを求め、こちらも心から励ましてやる。
「良かったな、小学生に間違えられなくて」
「ぜんぜん良くないよっ!」
「ご、ごめんね〜」
 名雪は困り顔で笑いながら、お詫びだよ、とあゆのカップにアイスを載せた。
 途端にころりと笑顔になって、アイスを口へと運ぶあゆ。
「名雪さんっていい人だよっ」
「現金な奴だな…」
「考えてみたら、わたしってあゆちゃんのこと何も知らないよね。どこの高校なの?」
「え、ええっと、隣町の…」
「私服だし…S高?」
「そ、そう、それ!」
「わ、あゆちゃんって結構頭いいんだね〜」
「嘘くさいなぁ」
「ホ、ホントだもんっ!」
 趣味は? 部活は? わたし陸上部なんだよ、と退屈な話題がひとしきり続いて、最後に残った苺をスプーンに載せながら名雪が聞く。
「祐一とはどこで知り合ったの?」
 ――少しだけ沈黙。
 雪。たい焼き。夕焼け。一緒に遊んだこと。
 実のところ、あゆに関して俺が覚えているのは、そういう断片だけなのだ。
「ええと…七年前に会ったんだよ。ね、祐一君」
「…ああ」
「そ、そうなんだ」
 あからさまにしまったという顔の名雪。別に七年前の話題だからって、無理に避けることもないんだが。
「えーっと、イチゴおいしいね」
「…そういえば、あゆはこの七年何してたんだ?」
 無理に避けられるのが嫌で、敢えてそんな話題を振ってみる。
「待ってた」
「は?」
 あゆの口から出た単語に、あゆ自身が驚いたように口ごもった。
「え、ええっとね。…うん、ずっと誰かを待ってたんだよ。誰かは忘れちゃったけど」
 苺を食べようとしていた名雪の、その手が止まる。
「それか例の探し物か?」
「ううん、それとは別。今はもう待ってないんだ。もう必要なくなったから…そんな気がする」
 気がするって言われてもなぁ…。
 名雪はスプーンを置いて顔を上げる。心なしか不安げにも見える。
「あゆちゃんの探し物って?」
「すごく大事なものだよ。絶対見つけなくちゃいけないもの。でも、何だか忘れちゃったんだよ」
「そ、そうなんだ。見つかるといいね」
「うんっ。ありがとう、名雪さん」
 その日はそれで解散になり、あゆと別れた俺たちは帰途についた。

「あいつって時々ワケのわからないこと言うな」
 呟いてから隣を見ると、名雪は何やら考え込んでいた。
「七年前…。あゆちゃんが待ってたのって…」
「名雪?」
「あ、うん。…ねえ、祐一」
 そう言って、ものすごく遠慮がちに尋ねてくる。
「祐一、まだ昔のこと…全部思い出してないよね」
「…まあな」
 答えるとき、つい目線を逸らしてしまった。
 いいじゃないかもう、名雪の告白のことは思い出したんだから。それより重要な事なんてないだろう。なのに。
「思い出したら、どうなるのかな」
 名雪は半ば独り言のように、そう呟く。
「もし、祐一に好きな子がいて、それを忘れてるだけだったら…。
 思い出したとき、どうなるのかな」

 まったくもって愉快でない疑問だった。
 憮然とする俺に気付いて、名雪は慌てて謝ろうとする。それを軽く手で遮る。
「どうもしないよ」
「え?」
「好きな子って言ったって子供の頃の話だし、今は名雪が好きなんだからどうにもなるわけないだろ。
 …まあ、結婚の約束でもしてたなら、相手には謝らなきゃいけないけど」
「祐一…」
 百花屋を出てから、ようやく笑ってくれた。
 目が少し感動に潤んでいるように見えたのは、夕陽のせいじゃないと思う。
「ごめんっ!」
「お、おい」
 いきなり勢いよく頭を下げられる。でも嫌でなかったのは、前向きな謝り方というか、吹っ切るような感じだったからだろう。
「そうだよね。わたし、色々よけいなこと考えちゃって」
 えへへ、と笑ってから、話が急に飛躍する。
「今度の日曜に、病院に行ってくるよ」
「え! どこか悪いのか!?」
「ううん、お見舞い。でもその時ついでに、気になってたことを確かめてくる。
 うまくいけば、祐一が昔を思い出せない理由を取り除けると思う」
 にこにこと自信満々の名雪に、俺は答えようがなく首をひねる。
「話がよく見えないんだが…」
「うーん、ぬか喜びさせたら悪いから黙ってるよ。その日をお楽しみにだよ〜」
 そう言って、スキップ気味に先へ行ってしまう。
 後を追いながら、よくわからないけど良いことが起こるのだろうと、名雪の背中を見てそう考えていた。
 その先に待つ結果など、その時に予想できるわけもなく。


 次の日曜、名雪は予告通りに病院へ出かけていった。そして――

 夜になって、真っ青な顔をして帰ってきた。







<続く>


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