東芝粉飾決算の後始末のその後

東芝粉飾決算の後始末のその後

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東芝粉飾決算の後始末の回で、なんで刑事事件で立件されないの?不思議と書いていたら、こんな記事を見つけました。

情報源: 東芝粉飾決算刑事告発、検察の消極論の誤謬 (2/2)

 

たまにテレビでも見かける郷原信郎さんのブログなんですが・・・・・

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郷原さんについては、是々非々で、一応結構意見が合う方です。(意見が合うなんて言ったら失礼ですが。)

で、郷原さんによれば、この件は、

前掲日経記事では、「過去最高の課徴金を(監視委員会が東芝に対して)命じた意味をどうとらえるのか。」いう検察幹部の言葉が、73億円もの課徴金を課したのだからそれで勘弁してやればいいではないか、という趣旨で紹介されているが、それは、前記埼玉土曜会事件での検察幹部の発言と重なる。四半世紀を経ても、「告発の正義」に対する「検察の独善」は何一つ変わっていないのだ。

とのことで、課徴金課したし、これ以上刑事的に立件しても、あんまり意味がないじゃん、手間だし的な感じで結論づけられているようです。

まあ、あとは過去の事例・判例(長銀事件)とかもありそうですが。

郷原さんは、真面目な方のようですし、検察ご出身ということもあり、「ちゃんとしようよ、検察」と思っているようなので、この件についても疑問を投げかけていらっしゃいますが・・・・・

私的には、なんとなく、腑に落ちてしまったような気もします。

結局、

一部上場企業をつぶしても誰が得をするわけでもなく、
大事になって、ニュースにもなったし、
社長も辞めたし、
課徴金もついたし、
株価もだだ下がりしたし、
刑事事件にしても、裁判長いし、負けることもあるし、

と思えば、検察としても、もうやることないじゃん的な感じになるのも、分かる気がします。

まあ、検察=正義の見方と考えれば、有りえねえええってことにはなるんですが。

なんだかなあ。

世界は一事が万事、全て公正かつ品行方正の方々だけで構成されているわけではないようです。

子供のことは1+1=2になるのが全て社会のルールだと思っていましたが、費用対効果や、人間の感情やら、不確定要素が多い世の中では、全てが割り切れることなんてないんだなと思ってしまいます。

まあ、小さい子にはあんまり言えないですけどね。

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