相模原障害者施設殺傷事件

相模原障害者施設殺傷事件

いやあ、すごいね、もうwiki出来てるね。

情報源: 相模原障害者施設殺傷事件 – Wikipedia

まあ戦後最悪とか、色々あると思うけど、日本じゃすごい事件だからね。

305x294xhate-crime-03.png.pagespeed.ic.vJvELzf45g

でも、今回は事件の内容とかそういうことではないんだよね。

犯人は、「重度の障害者について「安楽死」を容認する発言をし」ているとのこと。

この点について、あえて誤解を生むことを承知で書いておきたい。

多くのテレビやラジオや新聞等は、おおむねとんでもないことだと言って、ありえないという側面ばかりを強調する。

そりゃそうだ。

重度の障碍者の安楽死を軽々しく容認したりしたら、それこそ人殺しが跳梁跋扈する世界となんら変わりなくなるってのも分かる。

でも、それでも、言いたい。

世界に平等はないし、弱者は守られるべきだなんて建前論だ。

障害者と障害者を取り巻く環境の中には絶望的なものもたくさんあるはずなのだ。

本当に今回の犯人は、

常軌を逸した身勝手な誇大妄想で尊い人命を次々に奪った。
凄惨な事件の背景にあるのは、障害者に対する偏見と差別。
情報源: 「障害者を抹殺せよ」の衝撃

だけなんだろうか?

いみじくもうちの奥様が

「きっと家族の中には、ほっとしている人がいるんだろうね。」

と言っていた。

私も真っ先にそう思った。

自分の子供が軽い知的障害者で、重度の方を見る機会もあったので、特にそう思う。

うちの子供を見ていても、軽い絶望感に襲われることがあるのに、重度の知的障害者のご家族はどんなだろうかと。

きっと多くのマスコミはスキャンダラスな面ばかりに目を向けて、こうした根本の問題は、スルーするんだろうと思う。

何人死んだとか、どうやってやったとかは報道されるが、報道されないことは多いと思う。

例えば、今回真っ先に考えたのは、

  • 部屋は施錠されていたのか?
  • 数十名も刺される間、警備は警察はなぜ来なかったのだろうか?(実に40分以上犯行をしていたことが、防犯カメラ映像から分かっている。)
  • SECOMのシールも貼ってあったし、職員からのLINEで非番の職員が警察に通報しているし、そもそも防犯カメラを増設したのものこの犯人のためだったのだから、警備システムは一応セットしてあっただろうに・・・・・
  • 死亡したほとんどの人はベットから出ていない。重度の知的障害者であったとの話のみ。結局死者の名前も公開されないとのこと。

などなどである。

人が殺されると、みんな可哀想だったという。

それが障害者であっても。

逆に障害者であったからこそ、そんな人に対して可哀想だって言わないと差別だと。

でも現実には、家族が面倒を見きれないからこういう施設に入れられているわけだし・・・・・

tukui1-min

さて、話を戻そう。

この犯人は昔からおかしかった人なのかどうか分かっていない。

この施設で働いてからおかしくなったのか?

どうして障害者を安楽死させてあげようと思ったのか。

本当に障害者を差別しして、死んでしまえばいいと思っていたのか。

分からないことがまだまだ多すぎる。

 

私も犯罪を犯した行為自体については許されるものではないのだから、厳罰に処すことについては異論はない。

しかしながら、その動機やその動機が生まれる過程について、単純に人の命は大事とか、差別をなくせとかいうことに話を終始して、議論や調査がなされないことの方が恐ろしいと思う。

先ほども書いたが、死亡者の名前は公開されない。

ここに恐ろしい仮説が成立する。

この犯人は本当に重度の知的障害者ばかり、それもこの施設で手間がかかり、家族からも見放された人ばかり選別して、殺していたろしたら・・・・・・

 

情報源: 障がい者抹殺思想は相模原事件の容疑者だけじゃない! 石原慎太郎も「安楽死」発言、ネットでは「障がい者不要論」が跋扈|LITERA/リテラ

ここにこんな記載がある。

石原慎太郎は、都知事に就任したばかりの1999年9月に障がい者施設を訪れ、こんな発言をした。
「ああいう人ってのは人格があるのかね」
「絶対よくならない、自分がだれだか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障害で、ああいう状況になって……」
「おそらく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う」
「ああいう問題って安楽死なんかにつながるんじゃないかという気がする」
ほとんど植松容疑者の言っていることと大差ない。舛添のセコい問題などより、こういった石原の差別発言のほうがよほど都知事としての資質を疑いたくなる。
しかし、当時この発言を問題視する報道は多少あったものの、そこまで重大視されることはなく、その後、4期13年にわたって都民は石原を都知事に選び続けた。
「障がい者は生きていても意味がない」「障がい者は迷惑だ」「障がい者は税金がかかる」
これらは基本的にナチスの重度障害者を本当に抹殺していったナチスドイツの政策のベースになった優生学的思想と同じものだ。

 

ひっかかる物言いである。

重度の知的障害者の意思や思考は実際に見えにくい。

それをもってして、こういう発言をすることが本当にひどいことだろうか?

例えば本人に意思があったら安楽死したいと考える人だっているのではないだろうか?

本当に石原慎太郎の言ったことが、植松容疑者と同じ「大差ないこと」なのだろうか?

normal-min

更に、「障害者は迷惑だ」「障害者は税金がかかる」ということ自体は間違ってはいない。

正確に言えば、迷惑だから切り捨ててしまえと言えば問題だし、税金がかかるから排除してしまえと言えば問題なだけだ。

障害者は迷惑を一切かけていない、税金もかかっていないという認識を押し付けようとすること自体が建前であり、無理があるのだ。

そのうえで、どうするかみんなで考えていくのが健全な方向だと思う。

 

この障害者施設だって、職員に過大な負担をかけていたのかもしれない、税金が過分に使われていたのかもしれない。

それをないものとすると、時々そうした負の心理を一身に集めた今回のような犯罪者が出来上がってしまうのではないだろうか?

 

こいつ(犯人)を許してやるとも、情けをかけてやれとも思わない。

でもどうしてなのかということを理解することは必要なのではないだろうか?