企業会計の謎-認識

企業会計の謎-認識

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企業会計(きぎょうかいけい、accounting for business enterprises)とは、企業(主として営利企業)に適用される会計をいう。企業の事業活動を定量的にモデル化した情報を提供、あるいは分析するためのプロセスである。

情報源: 企業会計 – Wikipedia

もともと大学の専攻は会計学でした。

その関係で、就職して一時期は会計から離れていましたが、独立して、いろいろな仕事をする中で、なんとなく、仕事の内容の多くが会計に絡む仕事になっていきました。

で、今も複数の企業の会計に関係した仕事をしております。

当然、税金やら申告やらに絡んだ仕事もあります。

死んだ父が、税理士資格を取っておけと言っていたことを、今更ながら思い出しますが、どうもそういう性格でもなかったようです。

天邪鬼ということでしょうね。

 

さて、30年以上会計に絡んできて、昔も今も思うのは、

会計とはとどのつまり認識である

ということです。

例えば、

発生主義とは、現金の収入・支出に関わらず、取引の事実が発生した時点で収益・費用を認識(計上)するという原則である。

とあります。

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簡単に言えば「分かったら、会計処理しろよ」という主義です。

でも実は、この発生主義以外の、現金主義とか実現主義とか色々、会計処理するタイミングについての基本方針はありますが、どれもこれも、「何かが起こった」ことを「分かった=認識した」時点で、会計処理しろよというものです。

その認識したことを、何を持って認識するかで、会計処理の時点が変わるというものでなわけです。

  • 請求書が来たら ・・・ 発生主義
  • お金支払ったら ・・・ 現金主義
  • 売上のお金が入金したら ・・・ 実現主義

(ここではかなり簡略化しているので、厳密に言えば、それぞれ少し違うとは思いますが。)

そりゃ、そうですよね。

何をもってかは分かりませんが、いずれにせよ認識した時点で会計処理するのは当たり前の話です。

分かっているんです。

でも、実務の世界では、いつも

なんだかなあ。

と思うのです。

 

話は飛びますが、よくニュースで上場企業が国税局から指摘を受け、修正申告をして納税をしたなんていうものがあります。

もちろん偽装工作をしたりしている場合もあるでしょうけれども、どうもそうでない場合も多数あるようです。

いわゆる認識の違いという問題です。

例:情報源: パナソニック、100億円申告漏れ 海外事業に絡み  :日本経済新聞

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要点はここです。

関係者によると、複数の海外子会社に対する販促費や広告費などの経費のほか、人材や技術の無償支援について、国税局は課税対象の寄付金と認定したもようだ。

 

これが本当の虚偽だったのか、それとも認識の違いだったのかは、私には知る由もありませんが、いずれにせよ、「認識の違い」はそれこそ日常茶飯事に起こっています。

悪意を持って言えば、日本の上場企業でさえも、ほとんとの会社で、脱税しているんだなんて、言うようなことをネット上にアップしている人もいるくらいで、確かに、細かいニュースをチェックしていくと、それこそそういった事例が枚挙に暇(いとま)がありません。

 

分かっていはいるんです。どこまで言っても、その認識の隙間は埋まらないことは。

でも

なんだかなあ。

と思うのです。

 

領収書ひとつとっても、認められたり、認められなかったり、それが認識の差って、どうなんでしょう。

 

例えば、企業で犬の餌が経費になるでしょうか?

その餌が販売用の犬の餌ならもちろん経費になるでしょう。

さて、その犬が、社員の癒しのために飼われていたら、福利厚生費になるでしょうか?

微妙なところだと思います。

情報源: 社員犬の労務管理、または法律上の扱いについて教えてください。… – 人力検索はてな

まあこんな書き込みがあるのですから、認められる場合もあるようです。

つまり、そういうことなのです。

結局は認識の差。

 

話があっちこっとに飛びますが、結局、認識の差はいつまでたっても埋まらないわけです。

そこにジレンマを感じるのは、私だけなのでしょうか?

なんだかなあ。