あほな記事-同じ勉強をしていて差がつく「本質的な理由」

あほな記事-同じ勉強をしていて差がつく「本質的な理由」

まああほな記事でも、こうして読んじゃ読者(=私)がいるんですから、ちゃんと良いタイトルということなんでしょうけれど。

これになんで噛みついているかというと、題材としている相談者の話が笑っちゃうからです。

うちには中学3年の娘と中学1年の息子がいます。2人とも、学校の授業をしっかりとやっており、塾にも通っており、成績はまずまずの上位ではありますが、トップクラスではありません。私から見ても一生懸命やっているようですが、どうしてもトップ(1位や2位)にはなれないようです。
学校で同じ授業を受けて、塾のクラスも同じ友人がトップの成績なのです。

まあ言葉尻をとらえても仕方ないでしょうし、子供が勉強できるようになればいいなと思っている親としては切実な思いでしょう。

それにこの文章だけでは表せない、これまで色々努力してきたこととかあるんだと思います。

でも、本当に「授業をしっかりと受け」、「塾に通」えば、勉強できるようになると思っているのでしょうか?

逆に言えば、それだけやっていて、勉強できるようになるのであれば、そういった人こそ、天才ではないのでしょうか?

なんだかなあ。

授業を受けるにしても、塾に行くにしても、ただ漫然と受ける、行くだけではない、様々なポイントがあることは、ちょっと考えれば分かるわけです。

そうしたことを出来るだけ頑張って、頑張って、頑張って、もうどうしようもない位、頑張って、それで他の人と差が付いてしまうんだというところまで行って、初めて、困ったとなると思うのです。

別に根性論を説こうとしているのではありません。

でも、この文章を読んでいる限りだと、授業を受けたとか、塾に行ったとか、当たり前のことをきちんとした程度の感じしか受け取れません。

何をするにしても、努力や工夫を重ねないで、出来てしまうのは天才です。

もちろん努力や工夫を重ねているなんて意識しないで、そういうことをしている人もいるでしょうけれど、傍から見れば、努力や工夫を重ねているのです。

それなしに、もしくはちょっとそういうことを頑張りました程度で、人の上に立てると思う方がどうかしているのです。(それもトップですからね。この話。)

そんな簡単な話であれば、苦労しないですよ、世の中。

 

回答者も、

次に考えられるのは、勉強方法が違うというものです。確かに、勉強にはできるようになるメカニズムというものがあり、それに沿えばある程度、誰でもできるようになります。これまでも私の記事で勉強方法については述べてきましたので、詳しくはそちらに譲りますが、嵯峨さんの場合、ある程度、成績が取れていますから、方法が大きく違っているということは考えにくいですね。

とか答えていますけど、勉強方法が大きく違わないとどうして断言できるのか不思議でなりません。

その辺からして、甘すぎると思うのは、私だけでしょうか?

それとも普通の人はそんなに苦労しないでも、なんでもトップとれちゃうんでしょうか?

なんだかなあ。

同じ勉強をしていて差がつく「本質的な理由」

というタイトルからしていて、あほな感じがします。

私は、「同じ勉強」をしていれば差は付かないと思います。

同じように見えて、そこには必ず差があるのです。

同じように見える一瞬について、何が違うかを考えることにこそ意味があると思うのですが・・・・・

なんだかなあ。