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奨学金について-その5

奨学金-貧困-風俗、馬鹿言ってるんじゃないよ 2016年6月23日

貧困問題・NHKニュース・女子高校生 2016年9月12日

給付型奨学金来たああああああ 2016年10月2日

奨学金について-その4 2017年4月19日

 

このブログも定番ネタが増えてきたなあと思う、今日、この頃。

今回は「奨学金問題」であります。

 

私は、「奨学金と言えば、全額もらえるものだ」という、どこの誰が考えたんだか分からない、定義について、いつも食いついているわけですが・・・・・

その最大の根拠というか、考え方の一つになっていることを、ご丁寧にまとめてくれた記事を見つけてしまいました。

奨学金と言えばもらえるものにすべきだとか考えている人は、是非このデータとこの話を、見事に論破して欲しいと思うのです。

情報源: 大学の入試偏差値と奨学金の延滞率の相関を調べたグラフ – GIGAZINE

 

平均偏差値が高くなれば高くなるほど奨学金の延滞率は低くなっており、最も平均偏差値の高い東京大学の延滞率は0.5%。グラフを見ると、偏差値50以上はほとんど横ばいにみえますが、偏差値の上昇と共にゆるやかに延滞率も下がっているともみえます。なお、延滞率が最も高いのは至誠館大学の13.9%で、延滞率が10%を越えているのはこの1校のみ。

奨学金延滞率と大学の平均偏差値の相関係数は0.3なので弱い相関があるといえ、平均偏差値が上がると延滞率が下がるので負の相関があるといえます。なお、有意確率(p値)は0.0001以下なので、たしかに奨学金延滞率と大学の平均偏差値には弱い相関があるといえそう。

グラフの作者であるLM-7さんは、自身のブログ上に「特に私立大学はその傾向が強く(Vizで私立大学だけ表示してみてほしい)、偏差値50以下の私立大学は、偏差値50を延滞率0%として偏差値が2下がるごとに延滞率がおよそ1%ずつ上がる。偏差値が下がるほど延滞の確率が上がるのだ」と記しています。

 

なお、作者のLM-7さんは「大卒と高卒の生涯収入差は4000万円ほどになるらしいがあくまで平均値の話である。平均値を大きく下回る領域では、大学4年間の学費とその間の逸失利益を考えれば、大学進学がペイしない状況が珍しくないのでは無いだろうか。偏差値50以下の延滞率の明らかな上昇は、大学進学が割に合わないどころか奨学金の返済にさえ困る状況に追い込まれている人がこの領域では少なからなず存在することを示している」「奨学金制度が若者に無駄に4年間を浪費させた挙句、莫大な借金を負わせ、代わりにレベルの低い大学を肥え太らせているとすれば理不尽な話だ。受験生自身も彼ら彼女らを支える大人も、本当にその進学が本人にとって良い選択なのか、厳しい目で吟味すべきだ。このページがその一助になることを願う」と記しています。

 

いや、もう今回は、ほとんどこのページのコピーでいいです。

言うことなし。

私が言いたかったことをほとんど全てきちんと数値的に表してくれています。

でも繰り返し言うんですけど・・・・・

 

つまり私としては、偏差値の低い大学については、奨学金出すなよという話なわけです。

それでもどうしても行きたいなら、金のある人だけ行くようにすればいいわけで。

こうすれば、奨学金返せないとか訳の分からない人はいなくなるわけで、社会的問題にはならないわけですよ。

 

ってか、延滞率13.9%の至誠館大学って、どうよって感じですけど・・・・・

wikiを見てみたら、

  • 大学開学当初から入学者数が低迷。
  • 2004年に陶芸文化コースやゴルフ文化コースなど、他の大学には無い斬新なコースを設けた。
  • 2001年より中国などからの留学生を積極的に誘致したが、当初から留学生が入国できないという問題が起きる
  • 留学生の失踪や不法就労、旅券偽造、万引きなどの逮捕者が相次ぎ、広島入国管理局が中国人留学生127人に対し在留資格認定証明書を交付しないことを決定
  • 定員割れが続き売却に積極的だったことから萩市側と対立し、2003年(平成15年)権堂義幸理事長が辞任、開校事業費の自らの持ち出し分の返還請求訴訟を学校法人に対して起こした
  • 2003年の理事長選出を巡っては野村萩市長が地元商工会議所会頭の就任要請をする際に経済的負担をかけないとする密約文書を交わし、その後自ら破棄しており、2006年市民団体に告発され、2008年山口地検は不起訴処分
  • 2005年には教職員の解雇や定員数を3分の1にするなどして経営の立て直しを図り、石見空港ゴルフクラブ田万川コースを買収したが、同年に約37億円の負債を抱えて、民事再生法の適用を申請

これでも途中までなんですけど、なんでこんな大学、?、大学として存続させているんだ文科省。

もう訳が分かりません。

森友学園のことなんかつついてますけど、こういう大学をつぶさない文科省ってなんなのさって感じ。

こんな大学に行くやつの奨学金まで、ただでくれてやれっていうんだから、もう世も末だよね。

なんだかなあ。

 

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築地市場移転問題その3

築地移転問題築地移転問題その2に続いて、久々の第3回目です。

前回のその2が昨年の11月ですから、かれこれ約半年ぶり。

それにしても、この話、まだ片付いてないんですねぇ。

なんだかなあ。

今回久々にこのブログで取り上げようとしたのは、

情報源: 豊洲問題に見る「コンプライアンスの暴走」の危険 : 日経BizGate

を読んだからです。

以下、そのまとめ。

・絶大な支持を誇る小池百合子東京都知事の手法は、悪役を仕立て上げ、対立構図を印象付ける「劇場型政治」により、自己の対応を正当化するところに特色がある。

・豊洲市場をめぐる問題は、まさに、小池氏による「コンプライアンスの暴走」が重大な事態を招いた事例だと言える。

・昨年8月、築地市場の豊洲への移転を延期する方針を発表した際、理由として挙げたのは、「安全性への懸念」「巨額かつ不透明な費用の増大」「情報公開の不足」の3点だった。

・情報開示、説明が不十分であるために、不安が解消できていないということであれば、改めて情報開示・説明を行うことで、安全性に対する疑問を解消することが何より重要だったが、小池氏は、それをせずにまず移転の延期を決めた。

・さらに、土壌汚染対策のために敷地全体で行われていると説明されていた「盛り土」が、実際には、建物下では行われておらず、地下が空間になっていることを明らかにし社会的関心は「盛り土が行われていなかったことによる安全性への懸念」と「盛り土一部不実施の犯人探し」に集中した。

・建物地下に盛り土をせず地下空間を設置するという方法に関しては、安全性に関する具体的な問題は指摘されていない。

・東京都の職員が、専門家会議などの意見を参考にしつつ、適切な方法を選択したのであれば、結局のところ、都民・都議会に対する説明内容が誤っていたという「情報公開の不足」の問題なのである。

・しかし、「小池劇場」での演出は、単なる「情報公開の不足」と言うべき盛り土一部不実施の事実がストーリーの中心に位置付けられ、それを決定した「犯人探し」という課題設定がなされたことで、まるで「安全」に関する重大な問題であるかのように誤解されて広められた。そして、豊洲市場に対するイメージは極端に悪化した。

・一方、築地市場の設備の老朽化は、もはや限度を超えていると言われており、地下の土壌汚染の可能性も判明している。市場移転問題は抜き差しならない状況に陥っており、移転延期による巨額の維持費や新規設備投資に対する業者補償など、今後都民が負担することとなると考えられる損失は膨大な金額に上ることが予想される。

 

 

小池知事がいまだに絶大なる支持を受けているかどうかについては、私はよく分かりません。

しかしながら、築地移転問題については、冷静に考える視点が数多く抜け落ちていることは、この郷原さんの文章からもその一部がはっきりしています。

もっとも郷原さんの文章は、少し難解で、きっと読んでいても多くの人が分からないような気もしますが。

 

私とすれば、小池さんはこの問題をどうしたいかというゴールを明確にしていない時点で正直ずるいと思っています。

築地の移転問題は、築地を移転するかどうか?移転するとすればどこにするのか?という点が本来の本筋の話であります。

それを、今までの手続きの検証や、間違った決定を下した人を探すことに、意味はあるかもしれませんが、本来の本筋の話ではありません。

そっちはそっちでどうぞやってください。

で築地はどうします?

という話は、どうもはっきり分かっていないような気がします。

 

そういえば、今移転が延期されていますが、いつまで何を待っているんでしょうか?

情報源: 小池知事「知事の部屋」 / 記者会見(平成28年8月31日)|東京都

この小池知事の移転延期発表の記者会見の文章を斜め読みしましたが、いつまで延期するかについて、何も言っていないような気もするのですが・・・・・・

その後、簡単にググってみましたが、いつまで延期するかについては、どうもはっきりしていないような気がします。

 

辛坊治郎のズームそこまで言うかを聞いていたりすると、都議選が終わったら、あっさり豊洲移転を発表するんじゃないかとかいう話もありましたが・・・・・

なんだかなあ。

 

率直に言って、前豊島区区議の

情報源: 本日の第二弾 ~いつ解決するの?築地&豊洲問題~ – ふるぼう知生(ともお)の活動報告

この方の「いつ解決するの?」というのが、普通の一般の人なら、そろそろ素直な見解なんではないでしょうか?

いくらお金の問題じゃないんだと言っても、

【豊洲】小池氏に迫られる決断、豊洲延期で95億円ドブに 維持管理費、補償費用…さらに膨れ上がる可能性も

こういう話を金銭感覚のある人が見れば、

なんだかなあ。

と思うと思うのですが・・・・・・

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奨学金について-その4

奨学金-貧困-風俗、馬鹿言ってるんじゃないよ 2016年6月23日

貧困問題・NHKニュース・女子高校生 2016年9月12日

給付型奨学金来たああああああ 2016年10月2日

 

 

今回で4回目です。

今回のつっこみはこれ。

情報源: 奨学金が地獄と化しているのは昔の奨学金とは違うから | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

こういうタイトルを書かれると、タイトルだけで「俺、間違ってたかな?」と思ってしまう弱気な私です。

でも、よくよく読んでみると、全然私の主張がおかしくないことに気がつく。

なぜなら、2004年に日本育英会から日本学生支援機構に引き継がれた時点で奨学金制度は大きく変わり、いまや実質的に「金融事業」と化しているからである。だから、「返したいのに、学校へ行く時間を割いて働いても一向に返せない」という矛盾、そして悪循環が生まれてしまっている。

 

この文章の根本はただで金くれよという主張であり、元々奨学金制度の多くは、特別に学力等一定の条件の元、お金をもらえる一部の制度と、その他ほとんどは金融事業だった。

金利があろうがなかろうが返すことに変わりはないのだ。

 

本来、奨学金とは返済の必要のない給付型の援助のことを言います。しかし、日本学生支援機構の奨学金は、返済しなければならないローンなのです。  百歩譲ってローンを認めるとしても、それに利子をつけるべきではありません。実際、かつては無利子奨学金がメインでした。ところが国の政策によって有利子奨学金が激増し、2003年には有利子奨学金を借りる学生の人数が無利子を逆転しました。金額で2.4倍、人数で1.7倍、有利子奨学金のほうが多いのが現状です(2016年度)。

はら、また来たよ。ただで金くれ論。

本来どうかしらないけど、私が子供の頃、ですから30年も40年も前から、返済義務がありましたって。

その「本来」の意味の奨学金だって、いまだにあるけどねえ。

それに有利子だろうが無利子だろうが、返済義務に変わりはないだろうに。

有利子ったって、一時の消費者金融のような高利貸しはないだろうに。

 

なお多くの学生が奨学金に頼らざるを得ない理由は、大きく分けてふたつあるそうだ。「家計の悪化」と「学費の高騰」がそれで、特に学費の高騰にはすさまじいものがあると著者は指摘している。

それはそれとして、ご指摘ごもっとも。

しかし、家計の悪化も、学費の高騰も奨学金が貸付・利子有りの理由にはならない。

家計の悪化も、学費の高騰も、もっと別の所で声高に議論されるべき問題である。

そのことのために、奨学金「悪」を利用するならまだわかるが、家計の悪化と学費の高騰を放置して、奨学金をただでくれてやるべきだというのは、マッチポンプのような話で、それこそ「本来」のあるべき姿とは離れてしまう。

 

いまや、大学生の奨学金借入平均額は300万円を超えています(2016年度)。仮に無利子の第一種奨学金と有利子の第二種奨学金を併用して、それぞれ最高額の6万4000円、12万円を大学4年間借りるとすれば、その総額は883万円にものぼります。 これだけ巨大な負債をかかえて社会に出るわけです。そして、卒業して約半年後に返済が始まります。(中略)社会人になっても生活苦が続いてしまうのです。

 

もうここに至っては絶句するしかありません。

まず第一に883万円も借りる理屈が分かりません。

私の子供の頃でさえ、学費は計算しました。

私立ではとても払えないから国公立にしました。

下宿するお金は出してもらえませんでしたから、通えるところにしました。

いまだって、高騰したと言っても、国公立の方が安いでしょう。

もちろん私だってアルバイトはしました。

883万円も借りなければ、大学を卒業できないのあれば、諦めます。

2年間の専門学校にしたかもしれません。

それだけのことです。

逆に883万円も出して返済計画が成り立つのか、入学前に計算しないのでしょうか?

それだけの金を借りて、本当に行きたい大学で、なおかつ返す勝算はあるのでしょうか?

どう考えても意味が分かりません。

どれだけ勉強しても、どれだけ学費が安い大学へ行っても、これだけお金を借りなければならないのであれば、最早大学は普通の人が行けるところではないと、どうして腹をくくれないのか、意味が分かりません。

 

話をもとに戻します。

奨学金制度をこういう論者の言う所の「本来」のお金をあげるという制度として、見直す前に、先に大学の意味、大学の授業料の高騰について、きちんと話すべきなのです。

私にはどうしても、それだけきちんと考えて、大学に行こうとしていない、安易な人達が多く混ざっているような気がしてならないのです。

そんな人はいないというところまで行きつけば、大学の授業料をもっと税金をつぎ込んでというところまでコンセンサスが取れ、こんな奨学金制度=悪的な話にはならないと思うのです。

大学に行くのが当たり前、大学に言ってもろくな職に就けない現状で、いくらこの話をしても、全くナンセンスと思うのは私だけなんでしょうか?

なんだかなあ。