貧困者

生活労働乞食子供


 

生活


 エルモア地方では、社会における約3分の1の人間が貧困層にあり、彼らはいつ犯罪者となってもおかしくない立場にいます。この層にある人々は、人口増加による農村からの若年者の流出や、科学の発達による低賃金労働者の出現によって、近年になって急激に増加したものです。彼ら下層市民は社会構造の歪みを端的に表す存在であり、上流階級や中層社会の人々とは別の意味で社会の顔ということがいえるでしょう。


○住居

 彼らの殆どは都市に住み着いており、その大半は貧民街と呼ばれる場所で生活しています。まともな家を持つ者は少なく、多くは安い賃貸住宅などに住み着いたりしています。賃貸といっても、狭いアパートの一部屋に10人以上で生活していたり、素泊まりの木賃宿を渡り歩いたりする者も少なくありません。こういった場所では、男も女も一緒に雑魚寝をするのが当たり前で、プライバシーなどという言葉は存在しません。
 わずかばかりのお金も払えない者は、浮浪者として廃墟や路上で寝ることになります。狭くてじめじめした川縁の小屋や、廃材やボロ布を集めてつくったテントや掘っ建て小屋でも、雨露が防げればまだましな方で、ビルの隙間や側溝で布にくるまって寝る者も都市には大勢います。時には死体が一緒の部屋に転がっていることもあり、腐臭で我慢できなくなるまで放っておかれたりもします。それでも怪物の出る可能性のある都市の外域に比べれば、はるかに安全な居住空間と言うことができるので、彼らは決してそこから立ち退こうとはしないのです。


○浮浪者の排除

 治安維持や公衆衛生などの理由から、乞食を禁止したり、公園や路上での生活を禁止している地域もあります。また、政府によっては浮浪者を強制的に街から退去させることもありますが、これによって農村での盗難が行われたり、浮浪者が集まって山賊団を結成するなど、犯罪者を増やす結果となってしまっているようです。なお、ロンデニアではこういった浮浪者を逮捕し、新大陸へと移住させることを行っていますが、こういったやり方に反発する声も挙がっています。


○救貧活動

 かつては地域的な相互扶助が当然のように行われていたのですが、こういった伝統的な社会組織の結束が緩やかになるにつれ、彼ら貧困生活者は地域社会からはみ出すようになりました。そして、最終的には浮浪者や乞食、最悪の場合は犯罪者となって社会を脅かす者として認識されるようになり、現在ではこの状況を改善する必要性が叫ばれています。


・救貧院
 貧しい人たちに最低限の生活を保障し、仕事を与える救護施設の1つです。働くことを知らない人たちに自分の生活を賄わせ、手に職をつける手伝いをすることを目的としています。国家が主導してこれを運営していますが、宗教機関もこれに多額の援助をしています。国家によっては浮浪者ばかりではなく、天災などで家を失ったりした人たちを受け入れる施設も存在します。
 しかし、政策によっては特に素性を調べることなく施設に受け入れ、無条件で区別なく食物や毛布を与えたりするために、税政が圧迫されて運営が立ち行かなくなってしまうこともあります。また、収容人数を超えているために、寝る場所もないくらいの隙間に押し込められたり、経費が足りなくて衛生的な環境を保つことが出来ず、逆に病人を増やす羽目になることもあるようです。それからライヒスデールのように、救貧院の名を借りた収容所のような施設も存在し、監獄と変わらない生活の中で強制的に労働させられる場合もあるようです。


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労働


 貧困生活を送る下層市民の労働条件は最悪で、長い時間、劣悪な環境で酷使されるのが常識となります。そのわりには賃金が安く、代わりはすぐに見つかるため雇用者に逆らうこともできません。不衛生さがたたって病気で死んだり、危険な作業で事故にあったりしても、なんの補償もありません。雇用者は労働設備を整える気などまったくなく、彼らを使い捨ての道具のように考えているのです。


○種類

・運搬夫
 運搬夫の職場は多岐に渡ります。馬車の荷役夫として働くこともあれば、ホテルで客の荷物を運搬することもあります。それから駅の荷物運びや港での貨物の積みおろし、商店の配達夫などを務めるのも運搬夫の仕事です。

・土木作業者
 鉱山夫や石切職人、あるいは建築現場の作業者など、土木作業に携わる人々です。過酷な上に長時間労働であり、職場は不衛生で事故も少なくありません。

・工場労働者
 工場に雇われている低賃金労働者で、仕事の内容は多岐に渡ります。しかし、これまでの職人のような特殊な技術を必要とするわけではありませんし、流れ作業を行っている場所が多いため、退屈な単純作業を延々繰り返すだけで済みます。

・路上清掃夫
 特定の店舗や業者、あるいは自治体から雇われて道を清掃する役目となります。清掃だけでなく、ドアボーイやちょっとした運搬夫を兼ねていることも多いようです。

・ゴミ処理人夫
 業者や自治体に雇われてゴミ処理を行う役目で、朝にベルを鳴らしながら街を歩いて、家庭から出るゴミを集めて歩きます。処理場まで運ぶ人夫は男性が多いのですが、石炭殻や灰などの再利用できる資源を分別する役目は、女性や子供たちでも無理なく働くことが出来、比較的割のよい賃金をもらうことができます。

・洗濯夫
 町中で店を構える洗濯屋ではなく、川で汚れものを洗う職業です。洗濯屋から毎日大量の洗濯物が渡され、決められた時間のうちに洗ってまた洗濯屋に渡さなければなりません。大きな河川のある街では必ずほったて小屋のような形の船を見ることができ、そこでは必ず洗濯夫が仕事をしています。

・肥料屋
 排泄物を買い上げ、それを肥料として農村に売り歩く仕事です。下水などが整備されていない地区には必ず存在する職業で、貴族の屋敷や宮廷ですら彼らの世話にならないわけにはゆきません。しかし、最近の都市では下水も整備されるようになっており、徐々に少なくなっている職業です。

・煙突掃除夫
 この時代では暖房器具といえば暖炉ですし、料理もかまどを使って行われます。そして煙突に煤がたまって煙が抜けなくなれば、当然のことながら生活に支障をきたします。これを解消するのが煙突掃除夫という職業で、小さな子供たちがなるものと決まっています。狭い煙突が作業場なのですから、小柄で身軽でなければならないのです。普通は農村から売られてくる子供や、都市浮浪児などを拾ってきて煙突掃除夫に仕立てます。子供は徒弟として親方のもとに住み込むので、食事は出ますが給料はありません。
 狭い場所での煤払いは本当に辛い仕事で、火傷や炎症は当たり前ですし、ちょっと気を抜くと煙突から落ちて大怪我をしてしまうこともあります。また、たいていの子供たちは発育不全となりますし、煤のために喘息や肺病になることも多い職業です。

・煤払い
 工場機械や乗り物の蒸気機関についた煤を掃除する者です。特に狭い場所で働くわけではありませんので、大人でもなることができます。蒸気機関の火夫として石炭をくべたり、その他の掃除夫を兼ねたりもします。なお、蒸気機関の内部を掃除する場合は、機関掃除工という専門の知識を持った人間が行わなければなりません。ただし、機関掃除工の手伝いを行うことはよくあり、その作業を効率的に行うために煤払いが存在するのだともいえます。煙突掃除夫同様、肺病を患うことの多い職業です。

・どぶさらい
 下水道や側溝などの清掃を専門に行う職業で、基本的に大きな街や都市にしか存在しません。下水に住み着く浮浪者と顔見知りであることも多く、そういった筋(乞食組合など)から情報を集めることもできるでしょう。

・ネズミ捕り
 ネズミに代表される非衛生的な小動物を捕獲することを仕事とします。罠を仕掛けたり、薬を散布して駆除を行います。疫病が流行した時などには重宝されますが、それで感謝されるということはありません。

・靴磨き
 人々の靴を磨いて小銭を稼ぎます。この時代は馬糞や泥で靴が汚れることが多いことや、仕事をはじめるのに元手がほとんどいらないことなどから、靴磨きが大勢あらわれるには十分な条件が揃っています。なにしろ、必要な道具は足台、布切れ、ブラシ、そして煤を油や蝋に混ぜて作った黒い靴墨があればよく、誰でも真似をすることが出来ます。ちょっとした町なら、往来で必ず見かける職業の1つでしょう。なお、密偵などが靴磨きに変装して情報を集めることもあるようです。

・売り子
 マッチ売りや花売りなど、街を徘徊して物を売って歩く役目です。幼い少女や老婆が行うことが多く、裕福な人間の同情を引いて商売を行います。

・呼び子
 特定の店舗やサーカスなどの興行の客引きを行う役目で、都市浮浪児などがよく行うものです。人目を引くためにプラカードを持ったり、笛や鐘で音を鳴らして街を歩く姿をよく見かけます。

・拾い屋
 下水溝に流れてくる物品や貴金属を拾い集める仕事です。浮浪者や下水の清掃夫が行うことが多いようですが、縄張りがあるため余所者が勝手にこれを行おうとすると、袋叩きに合うこともあります。

・川さらい
 川べりの泥州に埋まっている石炭や金属を拾い集める仕事です。釘やガラス片を踏んで怪我をすることも多く、1日働いて500エランにも満たないことが殆であるため、あまり効率のよくない作業となります。しかし、技術がいらないために幼い子供や老人でも行うことが可能で、大きな都市では比較的よく見かける光景です。


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乞食


 都市には施しを頼りにする乞食も大勢おり、路上に座り込んで道行く人々にお金や食べ物を恵んでもらって生活しています。こういった乞食が存在するのは、宗教的な観念から施しは美徳とされていることが大きく関係しています。また、乞食となる人は、戦争で手足を失ったり盲目になってしまった人、あるいは病気で働けなくなった低賃金労働者など、身体的にハンディキャップを背負った人が多く、これを無視するには気がひけるといった理由もあります。
 かといって、丁重に保護されているわけではなく、あくまでも乞食は不潔で街の美観を損ねる存在でしかありません。そのため、場合によっては人々に虐げられ、疫病が流行した時には真っ先に地域を追い出されることになります。
 なお、こういった乞食の中には、変異現象によって肉体に変化が起こり、それを隠すために敢えてボロ布に身を包んで生活している人もいます。乞食の格好をしていれば、わざわざ近づいて覗き込まれることもありませんし、都市の外に出るよりは安全に生活してゆけるわけです。


○乞食組合

 乞食組合は乞食の保護が第1の目的です。そのため、有益な情報を共有し合ったり、縄張りの区割りなどをして場所争いを調停したりします。これは組織というほどしっかりしたものではなく、組合長と各地区をまとめる世話役がいるだけの、不文律に基づいた緩やかな共同体に過ぎません。組合に加入するのにも、地域の顔役に挨拶をして認められれば、その瞬間からメンバーとして受け入れられることになります。規模も大きいものではなく、最大でも1つの都市がせいぜいとなります。

・情報
 乞食組合の活動のうち、人々に最も関係する仕事は情報屋としての役割です。街のいたるところにいる乞食ですから、情報の仕入れ先には事欠きません。また、そのネットワークは非常に幅広く、情報伝達のスピードも他の追随を許しません。組合のメンバーは浮浪者や下層労働者、あるいは都市浮浪児といった貧民街の住人はもとより、情報屋や裏社会の人間、あるいは警察、探偵、何でも屋、記者といった職業人とも繋がりがあります。なお、彼らは裏社会の人間とも情報のやり取りをするため、盗賊語を一通り習得しており、組合に加入していれば誰でもこれを身につけることが出来ます。
 彼らは主に毎日見る街の様子や人々の会話から情報を得ます。ですから、人捜しや噂に関する情報を集めたい場合は、乞食組合が最も頼りになります。また、裏組合を相手に情報の売買も行っており、裏の情報を入手できる可能性もあります。逆に裏組合が持っている情報の中にも、乞食組合から仕入れたものが多々あるようです。
 乞食組合から情報を仕入れる場合、情報屋より料金は安くすみますが、内容は一般的なものになります。しかし、都市の人間の出入りを最もよく把握しているのは彼らであり、この点については情報屋よりも頼りになる場合があります。ある程度役に立つ情報であれば、料金は最低でも2000エランは必要です。これもやはり内容や情報の信憑性によって変動します。それから、裏組合など他の組織にも流した情報は、いくぶん値が下がることになります。


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子供


○都市浮浪児

 戦争や病気などで親をなくしたり、あるいは捨てられたりした子供たちのことです。都市の路地などで浮浪生活を行うため、ストリートチルドレンと呼ばれたりします。彼らは乞食のような生活を送ったり、ちょっとした雑用を引き受けては、小銭を貰って暮らしています。しかし、中には犯罪に手を染める者も多く、スリやかっぱらい、あるいは徒党を組んで追い剥ぎなどを行うこともあります。また、ギャングの手下として働く者もいるようです。
 彼らの大半は素行が悪く、社会からは無軌道で反抗的で礼儀知らずな子供たちと思われています。中層身分以上の者は自分の子供を浮浪児に近づけようとはしませんし、実際に子供たちが都市浮浪児に殴られたり、金を脅し取られるなどの事件も頻繁に起きています。


○捨て子

 エルモア地方全体では死生児率が5%ほどとなります。しかし、これは正確な意味での死生児ではありません。農村では死産をはぶいた出産の平均数が5〜6人ですが、作物の生育が不順な年には子供を養うことが出来ないこともあり、場合によっては間引きを行い、池や川、あるいは他人の家の玄関や地下倉庫などに死体を捨てています。また、生まれた直後に産婆に殺してもらい、死産に見せかけるということも行っています。
 しかし、一番よく行われるのが捨て子や里子に出すということであり、出生者の5%前後が捨て子となります。なお、捨て子は農村で生まれた子だけの話ではなく、都市でもわりと頻繁に行われる行為です。都市の場合は私生児が産まれた場合によく捨てられるのですが、これは宗教的な理由、特に聖母教会の教義が関係しています。聖母教会では胎児にも魂が宿っていると考えておりますので、中絶を認めておりません。私生児を産んだ女性に対する偏見の目は厳しく、特に上流階級では恥とされる行為なのです。そのため、一時的に田舎に行ってこっそり中絶したり、出産した後で産婆に預けて、これをどこかに引き取ってもらうということがよく行われています。また、これとは違う理由になりますが、奇形児が生まれた場合にもその子供を捨てることがよくあります。このケースは他の場合と異なり、川に流したり山に捨てたりするので、よほどの運がなければ生き延びることはできないでしょう。
 捨て子というとネガティブなイメージがありますが、社会的事情や宗教的思想が考慮されるため、こういった行為は逆に公認されているような状態にあります。そのため、都市浮浪児などが増加し、社会に悪い影響を与えるという悪循環になっているのです。もちろん教会が孤児院を経営して、可哀想な子供たちを助けることもあるわけですが、全てを救うことは出来ないのが現状です。


○孤児院

 捨て子は一般の家庭で育てられることもありますが、主な引き取り手となるのは孤児院です。孤児院に入ったからといって、必ずしも生みの親に会えないということはなく、一定期間だけ子供を預かり、経済的に安定した後に親が引き取りにくることもあります。口減らしのための一時的な避難所として考えられており、人々もこれを利用するのは当たり前という具合に考えています。
 後で引き取りに来る意志がある親は、捨て子を捨てる時にも工夫をしており、たとえばイヤリングの片方を赤子に持たせたり、子供の名前を記した紙片を真ん中から切り取り、それを目印としたりしました。
 しかし、孤児院に預けておけば安全ということはありません。まず、捨てる場所を間違えば、拾われるまでの間に寒さで凍え死んだり、野犬やネズミの餌食になって死亡することもあります。そのため、産婆は子供を取り上げるだけでなく、金銭と引き替えに交渉役や運び役を請け負い、とりあえず孤児院まで死なずに届けることもあります。
 このように注意を払っても、宗教機関が関与している孤児院は別ですが、そうでない孤児院に預けられた場合は、必ずしも生き残れるとは限りません。というより、実は孤児院で死んでしまう子供の方が、その手前で死亡するよりもずっと多いのです。ひどいところでは引き取った半数ほどの乳幼児が亡くなってしまいます。しかし、乳幼児期を過ぎて5歳くらいになると、死ぬ心配はそれほどなくなります。行政制度のきちんとしたところでは、教育を受けることも出来ますし、子供が欲しい家庭に引き取られてゆく場合もあります。
 その後、労働可能な年齢になると、子供たちは孤児院を出なければなりません。孤児院を出た子供たちに与えられる職というのは、一般に工場での労働や職人の徒弟、その他の肉体労働が主となります。しかし、必ずしも職に就くことが出来るとは限らず、こういった子供たちの多くが都市浮浪児として生活することになります。なお、孤児院に入れられた都市浮浪児が、束縛を嫌ってあえて元の生活に戻る場合もあるようです。


○子供の保護

 大人達の中には、都市浮浪児を社会に適応できるように再教育しようと考える者もいます。しかし、行政が主導した多くの救済計画では、学校制度や規律に適応できるかどうかで、その子供が正常かどうかを判断しようとします。そのため多くの子供が反発し、教育を受ける権利を放棄して、また貧しいながらも自由な生活に戻ってゆきました。結局、保護を計画しても、多くの子供は教育を受けないまま育ち、より社会への適応性を失ってゆくという結果になってしまっています。


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生活労働乞食子供