For How Much Longer Do We Tolerate Murder Cases?

 

 「鍵のかかった部屋」をいかに解体するか

 

一体、人はどうして、わざわざ他人なんかを殺してみたりするんでしょうね?
殺してみなけりゃ分んないっていうことだって、やっぱり勿論、あるんでしょうね。

          橋本治『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』

 

 

 1 動機

 「青春の終焉」なんていうことが今ごろになって言われることに、ちょっと意外な感じをうける。と同時に、なるほどそうかもしれないとも思う。でも、無邪気にそう言い放ってしまうことが及ぼす効果を、この言葉を口にする人は少しは考えたほうがいい。

一九七〇年代から一九八〇年代にいたる過程で、「失うものは何もない」という言葉がもはや何らの意味ももたない世界が現出したのである。青春の終焉である。

 この「青春の終焉」の文学における表現として、三浦雅士は村上龍と村上春樹の登場を挙げる。
 でも、ちょっとまってほしい。たしかに村上龍と村上春樹の登場は、なにかの「終わり」の象徴だったのだろう。「青春の終焉」が同時に日本近代文学の終わりだとしても私は別にかまわない。「終わってしまった」日本の近代文学ではなく、これから生まれてくる新しい日本語による表現に興味があるだけだから。問題なのは、「終わった」といわれるわりに、小説の惹句に「青春」という言葉が相変わらず目に付くことだ。なぜだろう?
 近代国家の形成過程で動員されるイデオロギーとしての「青春」と、その文学表現である「教養小説=成長小説」が終焉するのは、常識的な理解では第一次大戦後のことだ。青年が成長した果てに到達するはずだった「成熟」が信じられなくなったとき、期間限定の概念としての「青春」も終わる(第一次「青春の終焉」?)。「失われた世代」とは、「青春」が失われた世代のことだった。
 こうした「青春の終焉」という状況は、第二次大戦後に大衆化する。二〇世紀後半には「青春が失われた」という意識がいつの間にか「失うものは何もない」という意識に転じ、それが現状肯定としての「大人になりたくない」という若さの全肯定にすりかわる。こうした考えをベースに生まれた文化をここでは「ユースカルチャー」と呼んで、古典的な「青春」と区別しよう。私の考えでは、この「ユースカルチャー」でさえ、そろそろ限界に来ている(第二次「青春の終焉」、あるいは『青春の終焉』の終焉」)。ところで、三浦雅士が一九八〇年代に「終焉した」と言うのは、いったいどっちのことなんだろう。
 『三四郎』や『舞姫』は「教養小説=成長小説」ではあっても、「青春小説」ではない。「青春小説」は、古典的な「青春」が終焉したときに誕生した叙述のスタイルだ。この二つはいまだに混同されており、そのせいで、どちらもその意味を根本的に検討されずに放置されている。そのことが、いまなお日本の小説に混乱をもたらしていると私は考えている。
 「青春」の亡霊を完全に成仏させることによってこの混乱に終止符を打ち、同時に若い世代を「青春」などという無用の抑圧からときはなってやること。少なくとも日本では、新しい小説を書く動機のひとつはそこにある。しかし、その作業はなかなかやっかいだ。

 

 2 探偵

 三島由紀夫を想起するまでもなく、作家としての生涯を賭けて「青春」を殺そうとした作家はこれまでにもずいぶんいたけれど、いつもあと一歩のところでとり逃がしてきた。殺害者だったはずが、ミイラ取りがミイラになって「青春」の再生産を許してきたことが、近代日本文学における最大の不幸だと私は考える。ようするに、「青春は終わった」という言説そのものが、再生産システムとしての「青春」という概念のなかに、ひそかに仕込まれている。
 そこで、私は「探偵小説」の力を借りることにしたい。もちろん「探偵」として雇うのではなくて、「殺し屋」として雇うのだ。「青春」の殺害に「探偵小説」の力を借りるのがふさわしいのは、「探偵小説」の古典的な定義が、「青春」というモチーフを原理的に禁じているからだ。有名なロナルド・ノックスの『探偵小説十戒」には以下の項がある(宇野利泰・深町眞理子訳「幻の探偵小説コレクション」晶文社より)。

T.犯人は、物語の初期の段階から登場している人物であらねばならぬ。しかしまた、その心の動きが読者に読みとれていたものであってはならぬ。
Z.推理小説にあっては、探偵自身が犯行を犯すべきでない。
\.探偵の愚鈍な友人、つまりワトソン役の男は、その心に浮かんだ考えを読者に隠してはならぬ。そして彼の知能は、一般読者のそれよりもほんの少し(ほんの少しである)下まわっているべきである。
].双生児その他、瓜二つといえるほど酷似した人間を登場させるのは、その存在が読者に予知可能の場合を除いて、避けるべきである。    

 またこれを発展させたS・S・ヴァン・ダインの「二十則」には、
 
   ストーリーに恋愛的な興味を添えてはならない。

 という項さえも。これらのルールが提唱されたのは探偵小説を純粋な謎解きパズルにするためであり、とりあえず「青春」云々と直接の関係はない。恋愛的な興味を禁じられても、「青春小説」のすべてが「恋愛小説」というわけではないし、主人公が殺人を犯したり、双子が登場しないと「青春小説」が書けないというわけでもないだろう。
 でも、実際にやってみようとすると、「十戒」や「二十則」を完璧に守った上で「青春小説」を書くのは意外とむずかしい。というのも、私の考えでは、「青春小説」とは「記述者=犯人=被害者=依頼人=探偵」であるような、ごく特殊な形式をもった「探偵小説」だからである。
 この定義は強引だろうか? じゃあ、人はなんで小説なんかを書きはじめるのだろう?
 かりに「小説を書く」という行為そのものが「犯罪」だとしてみよう。作者は当然「小説を書く」という犯行の「動機」をもっている。また多くの場合、青春小説で描かれる対象=「被害者」は作者自身である。小説を書くということは「なぜ書くか」という謎を解くことでもあるから、作者はその謎を知りたい「依頼人」であり、同時にそれを委任された「探偵」でもある。そしてなによりも作者の役割は事件の顛末を第三者に伝える「記述者」としてのそれである。
 自分の中にある種の「被害者」を発見してしまった人間が、その「解決」を自分自身に「依頼」し、引き受けた方の自分がその「謎を解き」、その謎解きの過程を「記述」する。その際、語り手=記述者は、読者よりすこしばかり「頭が良い」ことがほのめかされる。そして、最後に新たな「作家」の誕生が宣言されて終わる――こういう「青春小説」がいかに多いことか! 
 「青春小説」の多くに主人公の双子的登場人物が出てくるのは、このあたりの雑多な役割を適当に配分するためである。でも、ホンモノの探偵小説の場合、このあたりはもう少しスマートだ。つまり、分業態勢がきっちりしている。また、ジャンルの性格上、愚鈍な記録者の凡庸な報告はメタレベルにいる作者によって統括されているから、物語の叙法は客観的で安定している。つまり「青春小説」というのは、基本的には探偵小説と同一の枠組みをもっていながら、不安定で自惚れに満ちた叙法によって語られる、不正確極まりない出来損ないの探偵小説なのだ。
 ごく控えめに言っても、「青春小説」が特殊な「ジャンル小説」であることは明らかだ。斉藤美奈子は『妊娠小説』で、日本文学には伝統的に「妊娠」というコードを共有するひとつのジャンルがあることを指摘した。斎藤の功績は「望まぬ妊娠」という隠されたコードを暴いたことよりも、日本の近代文学も一種の「ジャンル小説」でしかないというラジカルな宣言をしたことのほうだ。斎藤は「妊娠小説」をひとつのジャンルに見立て、その類型を分析しているが、正直言うとやや物足りない。
 そこで、ここでは「青春小説」総体を、ひとつのジャンル小説として分析してみたい。敵を知り、己を知らば百戦危うからず。返り討ちにあわないように、「青春小説」のリバースエンジニアリングをしてしまおう。それに、そもそも「青春小説」というジャンルの抱える最大の問題は、そうしたジャンル意識が欠如しているために表現のイノベーションが起こらないことなのだから。

 

 3 装置

 ジャンル小説としての「青春小説」の特徴は、青年期の終わりにさしかかった人間が、自分の若い時代を「青春」という基準に照らして再構成し、物語化する次のような語り口である。

ぼくがまだ年若く、いまよりもっと傷つきやすい心をもっていた時分に、父がある忠告を与えてくれたけれど、爾来ぼくは、その忠告を、心の中でくりかえし反芻してきた。

 あるいはこんな感じ。

僕が大学生のころ偶然に知り合ったある作家は僕に向ってそう言った。僕がその本当の意味を理解できたのはずっと後のことだったが、少くともそれをある種の慰めとしてとることも可能であった。

 前者は野崎孝訳によるフィツジェラルドの『グレート・ギャツビー』の冒頭。後者は村上春樹の『風の歌を聴け』の冒頭から二つ目のパラグラフ。ここで「その忠告」「その本当の意味」と指し示されている「父」や「ある作家」の発言の中身は、はっきりいってどうでもいい。物語の冒頭で、主人公がまだ若く分別のないときに、年長者から言われた「ある言葉」が、さながら人生を象徴する意味をもつかのように提示される、という構造だけが重要なのだ。
 物語はすでにその言葉(主人公にとって、それはある種の「予言」の意味を持つ)の正しさ、あるいは誤りが判明している時点から語られているのだが、その「予言」が発せられた時点まで時間は一度巻き戻され、そこからあらためて語りなおされる。でもなぜ、そのような物語は語られなくてはならないのか? その答えは、じつは村上春樹の最新作『海辺のカフカ』にはっきりと書かれている。

そしてそこには予言がある。それは装置として僕の中に埋め込まれている。
それは装置として君の中に埋め込まれている。  

 この呪われた装置を解除すること。逆に言えば、村上春樹の中では、デビューから二十年以上たっても、この装置は動きつづけていたのだ。
 「小説を書く」という犯行の真の動機がほかならぬ「自己療養」であることを赤裸々に告白した『風の歌を聴け』は、奇妙な「青春小説」だった。この作品が書かれた一九七〇年代末には、「若さ」の説明原理としての「青春」はとっくに機能不全となっていた。そのかわりに要請されたメカニズムが、このような叙述の規範をもった物語だったと私は考える(それが三浦雅士にとっての「青春の終焉」の意味だろう)。
 年長者からの冒頭の「予言」、動機としての「自己療養」、双子的「探偵」と「犯人」の導入と、その役割分担の不徹底――こうした「規範」が明かされたことで、「青春小説」は再生産の容易な「ジャンル小説」となった。村上春樹の後に多くのフォロワーが現れたのはそのためだ。
 しかし、フォロワーの多くは気づかないか気づかないふりをしたが、村上春樹のもちいた「僕」という一人称は、じつはずいぶん手の込んだ策略だった。「僕」は、その分身である「鼠」という光源によって照らし出される一種の虚像であり、そこに実体はない。実像としての「僕」を主語に、ただの「ユースカルチャー」の風俗小説を書いただけの村上春樹フォロワーは、したがって顧みる価値さえない。そして、村上春樹は結局のところ、「鼠」(=青春の亡霊)を葬り去ることができなかったのだ。
 ところで、一九七〇年代末に村上春樹とはややことなる方法で(しかも村上よりも早く)、変格的な「青春小説」を書こうと試みた新人作家がもう一人いた。一九七七年に伝説的なミステリ雑誌「幻影城」で連載が開始され翌年に単行本化された『匣の中の失楽』の著者、竹本健治だ。この作品は、中井英夫によるアンチミステリの傑作『虚無への供物』を乗り越えようとする戦後世代によるひとつの達成であると同時に、アンチミステリが「青春小説」を呼び寄せてしまった典型例でもある。
 その冒頭――。

 その時まで彼は、こんなに深い霧を経験したことがなかった。周囲のもの総てが、厚くたれこめたミルク色に鎖され、深海の光景のようにどんよりと沈み込んでいる、こんな霧を。

 「彼」=曳間了によって語られるこの物語のキーワードは「不連続線」である。現実と虚構の間を区切るだけでなく、大人と子供を区切るこの線こそ「青春」と呼ばれる観念だ。線分には幅などないから、その線上に止まることなど不可能なのだが、それを「ある」と思いこんだとき、そこは境界の不鮮明な「霧」のような領域となる。『匣の中の失楽』は、冒頭の「霧」が暗示するように、作中世界のレベルに「非決定性」をもちこんだ叙法が新鮮だった(村上春樹がこの作品に追いつくのは、十年後の一九八七年に書かれた『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』によってである)。
 曳間了=ピグマリオンという命名から明らかなように、この主人公はあくまで物語上に要請される虚の視点である。村上春樹の「僕」の登場にわずか先行するこの作品では、すでに「虚像」としての「僕」は複数化されている。「僕たちの失敗」という青春小説としてのアンチミステリ。こうして、アンチミステリはノックスの「十戒」やヴァン・ダインの「二十則」を踏み破ることで、あらたな「小説」の地平を切り開いた。八〇年代後半の「新本格」ムーブメントの一番手である綾辻行人は、まさに『匣の中の失楽』の「僕たち」を引き継ぐかたちで登場した作家だった。綾辻の「館」シリーズは『匣の中の失楽』のさまざまな変奏曲と言っていい。
 一方、おそらくは竹本健治よりも村上春樹に、より大きな影響を受けて書きはじめたのが法月綸太郎だ。村上春樹の初期作品同様、法月のデビュー作『密閉教室』は短い断章形式を重ねるかたちで書かれていた。この作品の初期バージョンが最近『ノーカット版密閉教室 A DAY IN THE SCHOOL LIFE』という題で刊行されたが、こちらでは正規版の『密閉教室』以上に村上の影響は濃厚である。両者を比較すると、リライトによって七〇〇枚から五〇〇枚まで削った際に失われた部分にこそ、青春小説とミステリ(決して「探偵小説」ではない)のアマルガムとしての「新本格」のエッセンスがつまっていたことが分かる。
 たとえば「密室・紙の上・現実」という章に見られるこんな記述。改稿前のバージョンでは、このくだりはこうなっている。

「中町圭介は紙の上の登場人物ではない」
そして僕は紙の上の名探偵でもなかった。
みっともないことになりそうだった。僕はなんというか、もろくも泣き出しかけていた。不意を突かれたのだ。フェアなやり方ではない。それにしてもこれは何というざまだ。何と言うカタストロフィだ。何というダメージ――。
僕はつぶやいた。「自分で自分に仕掛けた罠だ」
ワン、トゥー。
探偵小説に現実を追いつめるだけのパワーがあるのかどうか?
僕はすぐに立ち直った。不意打ちだったのだ。

 同じ場面は、一九八八年に刊行されたノベルス版では、次のようにそっけなく書かれているだけだ。

「中町圭介は紙の上の登場人物ではない。お前に現実の死を弄ぶ権利はない」
茫然とその言葉を聞いていた。
一瞬、身の周りの全てがレントゲンで映したように透き通って見えた。
自分が自分に仕掛けた罠だ。

 この二つのバージョンの前者から後者への移行、さらには二作目の『雪密室』以降で採用された作家と同名の探偵・法月綸太郎の登場によって、法月は「探偵小説」の作家になっていく。「探偵」を独立したキャラクターにした結果、初期バージョン「A DAY IN THE SCHOOL LIFE」の法月林太郎(江戸川乱歩賞応募時の筆名)がもっていた叙法の意識が失われたことを、私は惜しいと思う(「僕」が、「紙の上の名探偵でもなかった」とつぶやくのは、そうした叙法への意識の裂け目からのぞくアイロニーのひとつであるとしても)。
 法月の方向転換は、綾辻行人が『匣の中の失楽』的な「青春小説=ミステリ」の後継者として叙法のよりいっそうのソフィスティケーションに向かったのと対照的といっていい。それでも、この二人の「新本格」作家の書いた「青春小説」は、八〇年代後半において、純文学畑の村上春樹フォロワーよりはずっと意識的、かつ方法論的に「現代における青春の不可能」を描いていた。そうでなければ、彼らの作品がミステリプロパー以外の(私を含めた)広範囲の読者を獲得したはずがない。

 

 4 密室

 「新本格ミステリ」という青春小説の新しいスタイルが生まれたのと同じ時期(一九八〇年代後半)に、アメリカでも叙法としての「探偵小説」を意識的に実践した作家が登場した。ポール・オースターだ。
 オースターの初期三部作は、よく知られているとおり、すべて擬似探偵小説である。一九八九年に相次いで邦訳されたこの三部作において、『シティ・オブ・グラス』ではウィリアム・ウィルソンという筆名で何冊もの探偵小説を書いているダニエル・クィンという人物が、『幽霊たち』では(ブラウンという探偵から仕事をうけ継いだ)ブルーなる人物が、そして『鍵のかかった部屋』では一人称の「僕」なる人物が、それぞれ一種の探偵役を務める。
 とはいえ彼らときたら、依頼者の奥さんといい仲になったり、依頼されたことをろくすっぽ守らなかったり、一方的に仕事をやめてしまったりと、控えめにいってもまあひどい探偵ぶりなのだが、オースターがこんな下手くそな探偵であっても、どうしても物語のなかで登場させなくてはならなかった理由は、内容よりも「記述の形式」を探偵小説から借りるためだった。つまり、「小説を書く」という行為を、探偵が「報告書を書く」のと同じレベルで行うことこそが重要だったからだ。
 オースターは『シティ・オブ・グラス』のなかで「語り手」にダニエル・クィンの探偵小説観をこのように「記述」させている。

 こうした小説について彼(=クィン[筆者注])が気に入っているのは、その完全性と経済性だった。良質なミステリーには無駄がなく、意味のない文章や言葉がない。たとえ意味がなくとも、いずれ意味を持つ可能性がある――つまりそれは同じことだ。本の世界は命を持ち、可能性と秘密と矛盾をあわせ持っている。見られたり語られたりするものすべてが、どんなにささいなことや、つまらないことであっても、ストーリーの結末に関係してくるので、何一つ見過ごすわけにはいかない。すべてが不可欠なものになる。つまり、小説の中心が事件の進行とともに移行する。だから、いたるところに中心があり、結末にいたるまで円周は描けないのだ。 (山本楡美子、郷原宏訳)

 ミステリに関するごく簡潔な定義だが、すべての小説、いや評論も含めたすべての文章はこうあるべきだ。オースターは初期三部作で、この定義に合致するような小説を書こうとした。すなわち、形式が内容と不可分であり、小説についての定義を内包し、作品自体がそれを実現しているような小説を。
 唐突だが、私はそのように書かれた「青春小説」のことを、とりあえずここで「アンチ青春小説」と呼ぶことにしたい。探偵小説における「アンチミステリ」がジャンルそれ自体に対する批評的なまなざしや方法論を内包したメタ・ミステリであるように、「青春小説」というジャンルそれ自体に対する批評的なまなざしをもったメタ青春小説が「アンチ青春小説」である。村上春樹の『風の歌を聴け』は、その日本における最初の試みだった。極論を言えば、これまでに書かれたすぐれた「青春小説」はすべて「アンチ青春小説」だった。サリンジャーも、ブローティガンも、村上春樹も、高橋源一郎も、もちろんオースターも。
 本格ミステリの黄金期が二つの世界大戦の間に訪れた理由を、第一次大戦で人類が初めて経験した「大量死」と戦後の「大量生」に求め、本格ミステリにおける「殺人」を、人間としての尊厳のある「死」(と生)をとりもどす代償行為として見る視点を提示したのは笠井潔である。私の考える「青春小説」の起源が、本格ミステリの隆盛期と重なるのは偶然ではない。両者は相互に影響しあいながら二〇世紀後半の文学表現を切り開いたのだし、その俗流版も揃って文学市場の流行商品となっていった。
 しかし、アンチ青春小説もいつしか青春小説の「古典」となってしまうことで、やがてより若い「青春小説」に倒される(田村カフカによる父の殺害はそのメタファーだ)。皮肉なのは、「父の殺害」という通過儀礼を通した青年の「成長」によって、死を宣言されたはずの「青春(成長小説)」が復活してしまうことだ。したがって、もし「青春」の無限連鎖を断ち切りたければ、「青春」だけでなく「青春小説」をも終わらせなければならない。
 そう、必要なのは最後の青春小説としての「アンチ青春小説」なのだ。ベンヤミンの「複製技術時代の芸術」の最後の勇ましいマニフェストを(この手の評論のお約束として)もじるとしたら、「アンチミステリ」は探偵小説を青春小説化することで生き延びさせるのに対し、「アンチ青春小説」は青春小説を探偵小説化することで完全に終わらせるのである。
 ところで、ポール・オースターの「ニューヨーク三部作」の三作目『鍵のかかった部屋』の原題は「The Locked Room」である。いうまでもなく、これは「密室」のことだ。ところがこの小説には、探偵小説でいうところの「密室」状況は出てこない。「鍵のかかった部屋」という言葉でさえ、物語の終盤で探偵役の「僕」(正確には「ワトソン役」というべきだろうが、オースターの小説でもこれらの役割分担は不徹底だ。それにワトソンも凡庸な探偵として、それなりに推理をしているのである)がファンショーからの手紙によって彼を訪れるシーンに、このように登場するのみだ。

ファンショーはまさに僕がいるところにいるのであり、はじめからそこにずっといたのだ。彼の手紙が着いた瞬間から、僕はずっと、彼の姿を想像しようと苦闘していた。(略)だが僕の頭はいつも、ひとつの空白を浮かび上がらせるだけだった。せいぜい出てくるとしても、ある貧しい情景に過ぎなかった――鍵のかかった部屋のドア、それだけだった。ファンショーは一人でその部屋の中にいて、神秘的な孤独に耐えている。おそらくは生きていて、おそらくは息をしていて、神のみぞ知る夢を夢見ている。いまや僕は理解した。この部屋が、僕の頭蓋骨の内側にあるのだということを。(柴田元幸訳)

  それでも、この小説はやはり「密室」についての小説だと私は考える。ようするに、「鍵のかかった部屋」と「密室」では意味のレベルが少し違うのだ。「密室」と呼ばれる状態は、かならずしも「鍵がかかっている」とは限らない(密室の定義については、たとえば清涼院流水『秘密室ボン』を参照)。むしろ、鍵がかかっていないのにあたかも「かかっているように見える」状態のことを、探偵小説ではふつう「密室」と呼ぶ。しかし私はここで密室論を展開する気はない。それより、「青春」ないし「青春小説」と「密室」の関係を、探偵小説プロパーの領域を越えて、もう一歩進めて考えてみたい。
 現実の世界では、自室で殺人をするやつはまずいない。したがってリアリズム小説でも、自室での性行為は描かれても、殺人はまず描かれない。自分の部屋は精液で汚れても平気だが、他人の血によって汚れるのは嫌だ、というエゴイズム=ナルシズムが根本にあるのは当然だが、それだけじゃない。たんにめんどうくさいのだ。自室で殺人をすることさえめんどうくさいのに、自分の部屋でもないところにわざわざ鍵をかけ、密室状態にしてまで人を殺すなんてことは、なおさら現実には起こらない。殺人事件はふつう屋外で、あるいは鍵のかかっていないままの他人の家で、ごく散文的に起こる。もちろん、現実(そしてリアリズム小説)では決して起こらないからこそ、「密室」は探偵小説の花形なのだ。
 でも、「密室」はそれほどの謎だろうか? 「密室」が謎めいているのは、男にとって女が「非合理な謎」に思えるのと同じで、「密室(女)」の側ではなく、そう思う側の認識の構造に起因している。「謎」を合理的知性をもった探偵と読者が競って解き、読者に知的カタルシスがもたらされるという構造は、言ってみれば風俗(射精)産業がもつ機能とそっくりだ。つまり、探偵小説産業と射精産業はどちらも、「欲情(女、密室といった謎に対する)→遅延(さまざまな手管による)→カタルシス(射精=謎解きによる)」というシステムによって得られる快楽を絶えざるイノベーションによって客にもたらすという娯楽産業としての構造においてまったく同一なのだ。
 その程度の快楽を再生産するためだけの「密室」なら、解体してしまえ、というのが、ようするに私の言いたいことなのだ。「頭蓋骨の内側にある部屋」=密室なんかなくたって、若さゆえの愚かさは書けるだろう。

 

 5 出口

 さて、そうなると問題は「鍵のかかっていない部屋」のほうだ。「J文学」と呼ばれることもある最近の一連の若い小説家の作品には、「ルームシェア」をしている者同士の人間関係が描かれることが多い、と私は拙著『ポスト・ムラカミの日本文学』で書いた。せっかく与えられたチャンスなので、その理由をここでもう少し深く考えてみたい。
 これらの小説では同居の相手は性的関係のない異性だったり、性的関係のない同性だったり、性的関係のない同性の同性愛者だったり、それらの組み合わせだったりする。肝心なのはこのあとで、多くの場合、彼らは自分たちの部屋に「鍵をかけない」のである。彼らが鍵をかけないのには理由がある、というよりも、たぶん彼らには部屋に鍵をかける「理由がない」。なぜなら、隠すべきものがもう何もないから。
 吉田修一の『パレード』に、印象的な場面がある。登場人物の一人である若い男が、同居している若い女の一人の私物である映画のレイプシーンばかりを編集して集めたビデオを、勝手に再生して見るところだ。若い女はただちにそのことに気づくが、彼女が怒るのはそれを「見られた」ことに対してではなく、そのビデオを(上から『ピンクパンサー』の映画をダビングされて)消されたことに対してである。また吉田のデビュー作『最後の息子』もやはり、自分の日記をホワイトで修正しながらそのシーンをビデオで撮る「僕」の話だった。これはどういうことだろう?
 私はこう思う。吉田修一の作品で何度も登場するビデオの映像は、「鍵のかかっていない部屋」と対応している。ロックされていないビデオテープに写された映像(記憶)ならば、上から何度でも消去できる(もちろん、消し損ねた下の映像は、ゴーストのように時折姿を見せるにせよ)。つまり、もうそこには「頭蓋骨の内側にある部屋」なんていうものが存在しない、あるいは「ない」ということを前提に書かれている。
 そのかわりに彼らは、一種の公共空間を作中人物の住む部屋や共同住宅のなかに導入する。星野智幸の『毒身温泉』は公共空間としての「中庭」を描いているが、それを東京という都市にまで拡大すると、吉田修一の『パーク・ライフ』になる。これらの作品では空虚な中心が同時に可能性の場でもある。 

  *

 そろそろ結論に入ろう。
 すべての「鍵のかかった個室=頭蓋骨の内側にある部屋」は「子供部屋」である。思い切って、そう言ってしまおう。その意味では「探偵小説」も「青春小説」も、ひとしく「密室=子供部屋」の小説なのだ。質的な違いがあるとしても、「そんなこと分かっていて、あえて子供部屋で遊んでいる」のが成人の娯楽としての「探偵小説」で、自分がもはや子供ではなくなりつつあることに気づいた青年が、部屋に鍵をかけて中でなにかコソコソ書くのが「青春小説」で、その青年が開き直って「子供部屋で何が悪い!」と言い出したのが「新本格ミステリ」、というくらいだろう。
 ユースカルチャーの出口のなさと見合うように、これらの「密室」にも出口がない。それでも、私が「密室」にこだわる「新本格」よりは「J文学」のほうがまだマシだと思うのは、「頭蓋骨の内側にある部屋」に対する認識が「密室」派よりずっと先を行っているからだ。ようするに、ここはろくなところじゃない。できればこんなところからは早く出ていきたい。でもどうやって?
 笠井潔は「新本格」というムーブメントの起点を綾辻行人が『十角館の殺人』でデビューする一九八七年に置き、多くの主要作家が新作を発表しなくなった一九九二年を実質的な終点とみなす視点を提示している。一九八七年から一九九二年という時期が、バブル経済の始まりと終わりにちょうど重なりあっていることは見逃せない。そして、いわゆる「J文学」が登場するのが、一九九二年のバブル崩壊から一九九五年のオウム事件・阪神大震災の時期であることも。
 綾辻行人の「館」シリーズはまさに「子供部屋で何が悪い!」というマニフェストだったが、親が「子供部屋」を維持するお金を出せなくなった不況の九〇年代にその「子供部屋」が解体され、そこを追い出された若い連中が、他人同士であれ「ルームシェア」しなくちゃならなくなったのは当然だろう。そこさえも追い出されれば、あとは公共空間にしか居場所はない。「新本格」からいわゆる「J文学」へのバトンタッチは、そのようにして行われた。つまり、「J文学」は自ら求めて「密室」の外に出たのではなく、外部からの力によっていやおうなしに楽園を追放されたのだ。
 「新本格」は、青春なんていうものがそもそも存在しない時代に、青春抜きの「愚かな若者」を演じるためのマニュアルを、子供部屋のなかにあったオモチャに求めたムーブメントだった、と思う。「人間が描けてない」なんて当たり前だ。でも、解体された子供部屋の廃墟の中に、いつまでも留まっているわけにはいかない。
 「鍵のかかっていない部屋」が舞台となる「ルームシェア小説」は、「青春小説」のあとにくる何かを示唆している。その典型である吉田修一の『パレード』は、中途半端な倒叙式(?)ミステリとでもいうべき(だからこの小説では、すべての登場人物のプロフィルが「もくじ」として冒頭で示される)作品だ。ここで描かれる東京郊外の連続殺人の犯人は、共同生活を営む仲間(というほかに呼びようがない。彼ら/彼女らの間には友情さえ存在しないのだから)のなかにいる。にもかかわらず、この部屋のあり方にはまったく影響を及ぼさない。でも、この部屋はもともとこんな部屋なのだ――。

四階と五階の踊り場まで上がると、通りを挟んで向かいに建つマンションの、自分たちの部屋が丸見えだった。部屋は横長の造りで、男部屋の窓も、リビングの窓も、女部屋の窓も、全てが通りに面している。どの部屋も電気がついており、男部屋の蛍光灯だけが、相変わらず点滅している。

 このように無防備に世界に曝された部屋なのに、そこには外界の影響がまったく及ばないことの不思議さ、危うさ。そのことがこの作品に描かれているのはたしかだ。でも、そこはやっぱり一種の「密室」なんじゃないか。そんな部屋の中でさえなく、まったくの路上で行きずりに殺されたあの女はどうなるんだ、と私はこの作品を読み了えてからずっと疑問に思っている。なぜ吉田修一は、彼女が帰るはずだった部屋のほうを緻密に描かなかったのだろう? 
 鍵のかかった「子供部屋」で起こる殺人事件を謎解きする快楽にふけるのには、もう飽きた。「子供部屋」で書かれる生真面目な手記や日記も読み飽きた。でも、なにも起こらず、だれもが適当に距離感をはかっている「鍵のかかっていない部屋」の話も、そろそろ退屈なのだ。なんだかそれじゃあ、あまりに情けないし、面白くないよ。
 というわけで……

 

 6 依頼状

 古典的な探偵小説にはよく「読者への挑戦状」というものがあり、子供の頃、私はあれがとても好きだった。ただし、私はいつも探偵小説を「ふつうの小説」のように読むので、真犯人が当たったためしはない。けれども、作家から読者に直接手紙が届けられるこの形式には、とても興奮したものだ。
 そこで、今回はお返しをしてみたい。

 作家への依頼状

 ・「青春小説」を完全に殺害してください。
 ・そのとき、探偵小説の手法をもちいてください。

 殺害方法は自由ですが、成功する可能性の高い方法に
 ついてはここまでで、十分明らかにしてあると思います。

じゃあ、あとはよろしく!

 

※初出:「群像」2003年3月号「現代小説・演習」。ただし、ゲラでの修正は反映していない。現時点での決定稿はあくまで雑誌掲載分である。

付記

 この付記は、「KLUSTER」2号でインタビュー取材を受けたさい、自己紹介代わりに上のエッセイを転載させてもらったので、その経緯を説明するために添えたものの一部です。

 「新本格ミステリを青春小説として読む」という視点はずいぶん前から暖めていたのだが、はじめて文芸誌に長い評論を書く機会を与えられ、しかもその趣向が「評論家が先に理論を提出し、作家がそれをふまえて作品を書く」というオソロシイ企画で、しかも組むのが舞城王太郎というこれまたオソロシイ相手と知り、それならいっそ、と思って強引に「読者への挑戦状」ならぬ「作家への依頼状」として纏めたのがこの文章だ。「じゃあ、あとはよろしく!」などと軽薄に締めくくったが、重々しく「作家への挑戦状」とできなかったのは、正直に告白すれば、舞城王太郎が相手だと知ってビビったからである(舞城はその後「群像」2003年12月号で「愛媛川十三」(舞城の作品に登場する三文ミステリ作家)と組んで再びこの「演習」に登場している)。 
 この「依頼状」への回答として舞城王太郎が書いたのが、『ぼくのお腹の中からは、たぶん「金閣寺」が出てくる』という小説で、ぼくはとてもこの作品をいいと思った。この短編は『九十九十九』のコンパクト版のようなつくりになっている。ちなみに『九十九十九』と『「鍵のかかった部屋」をいかに解体するか?』との関係については、迷宮旅行社というサイトでとても緻密な読解がされている。(http://www.mayq.net/maijo9991.html「事件に先立つ推理があった?」
 もともと舞城王太郎については独立した論考をいつか書くつもりでいた。2002年に小説についての評論的な文章としては最初の本、『ポスト・ムラカミの日本文学』を出したのだが、その時点ですでに舞城王太郎はデビューしていたにも関わらず、日本の小説の最新状況を語るうえで欠かせない舞城を、私はまだ読んでいなかった。ただ、彼のような書き手が出てくることは予感しており、この本もまた「作家の登場に先立つ推理」のような形に結果としてなっていると自負している。太陽系の九番目の惑星、海王星は、観測結果と理論の間のズレによってその存在が推論された結果発見されたことがよく知られている。舞城王太郎は少なくとも私にとっては「海王星」の発見だった。つまり、ここには必ず未知の天体が存在するはずだ、と思った場所に本当にいた才能だったからだ。
 しかし、舞城王太郎と「演習」で対決することになった時点で、この文章で舞城に言及することあきらめた。それでもこの文章は、形をかえた「舞城王太郎論」としても機能しているはずである。たとえば、フィツジェラルドと村上春樹を比較するために引用した箇所などは、そこに舞城の『熊の場所』を並べてもまったく論旨が乱れない。驚いたのは、この「理論篇」を脱稿後、舞城王太郎の書いた解決編のタイトルが『ぼくのお腹の中からは、たぶん「金閣寺」が出てくる』であることを知ったときのことだ。気になって三島由紀夫の『金閣寺』を再読したところ、なんとここにもちゃんと「フィツジェラルド=村上春樹」と同じ「装置」が埋め込まれていたのだった。舞城王太郎、恐るべし、とそのときあらためて思った。そういえば『山ん中の獅見朋成雄』の茶室も、どこか『金閣寺』っぽい。舞城と三島については、あらためていつか論じてみたい。
 ところで、その後この論考を読んだ方からいろんな意見をいただいたなかに、青春小説とミステリ(とくに新本格)とを1970年代後半以降という時代で並べて論じるなら、村上春樹と竹本健治だけでなく、島田荘司の存在についても触れるべきでは、との指摘があった。島田荘司はよく知られるとおり1980年代新本格の多くの作家にとってのゴッドファーザー(実際に綾辻行人ら何人かの名づけ親でもある)的存在であり、しかもデビュー前の習作で、のちに刊行された島田の実質的な処女作『異邦の騎士』は、村上春樹の『風の歌を聴け』とほぼ並行して1979年にかかれている。そうした発見もでき、非常に示唆にとむ助言だったが、島田荘司を論じるのはあくまでミステリ・プロパー側の仕事だと私は考えており、この文章の論旨を変更する必要はないと判断した。
 最後に、この論考のタイトルは新本格ミステリ誕生の理論的バックボーンとなったともいわれる都筑道夫の評論『黄色い部屋はいかに改装されたか』のもじりである。また、雑誌掲載時には「 How Much Longer Do We Tolerate Murder Case?」となっていた副題は、ウェブでの公開時に「For How Much Longer Do We Tolerate Murder Cases?」と改めた。これはザ・ポップグループのアルバム『For How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder?』のもじりである。
 もう一つ。また、エピグラフで引いた橋本治の唯一のミステリ作品『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』は、日本のミステリ史上に残るべき傑作だが、現在絶版である。電子本でもなんでもいいから、復刻が望まれる。いっそのこと「モスコミューン出版局」で復刻したいと橋本氏に交渉したらどうだろうか。橋本治には中途で終っている『ハイスクール八犬伝』というノベルス作品もあり、これも1980年代の「青春」を語る上では欠かせないのだが、やはり絶版である。この両者についても、機会があればあらためて論じてみたい。


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