■単発書評
二〇世紀日本史のふたつの語り方
小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社)
内田隆三『国土論』(筑摩書房)
昨年の終わりごろに刊行された、大判の厚い本を二冊続けて読んだ。小熊英二の小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』が966ページ。内田隆三の『国土論』が571ページ。書店でもときおり、並んで置かれている。この二つの本は大著であるということ以外にも、いろいろな意味で似ており、同時に、くっきりとした対照をなしている。
前者は第二次大戦の終結から「七〇年安保闘争」までの時期を対象に、「戦後民主主義」とも呼ばれる戦後思想の変遷を、主として批評家・学者といった知識人の言説をつぶさに見つつ検証していく。後者は二〇世紀全体を振り返りながら、日本人の土地への感性が変質していくさまを、文芸作品と経済現象の二つの視点から読み解いていく。どちらも一種の「憂国」の書だが、前者は「連続」を、後者は「切断」を強調している。小熊は「戦後」とはいつのことか、という問いを繰り返すなかから、その折り返し地点を一九五五年と見なす視点を採用する。そして、その視座からながらく遠近法が狂ったままの戦後思想のパースペクティブを正そうとする。たとえば、いまでは微温的な意味でしか使われない「戦後民主主義」がかつてラジカルな思想であったこと、また「民主」「愛国」という対立的に使われがちな概念が一九五〇年代には共存可能だったことなどを、さまざまな文書を引用しつつ証明していく。
なかでも学生紛争時に「進歩的知識人」と否定された丸山真男を、自らの戦争体験を抱えたまま「戦後思想」を深化させた人物として小熊は再評価し、この本の一つの軸に据える。他方、戦後思想のヒーローだった江藤淳、吉本隆明らの思想に対しては、現実の戦場を経験しなかった戦中派世代による一種のフェイクとして、事実を積み重ねた淡々とした語りで容赦ない裁断が下され、彼らの所業が「脱神話化」される。
こうした小熊の語り口と、内田の本は表面的にはよく似ている。『国土論』を二〇世紀初頭に起った大逆事件から説き起こし、一九七〇年の三島由紀夫の自決を一つの折り返し地点としてとらえながら、作家たちの発言や各種の公文書のテキストから、一九九五年のオウム事件と阪神大震災を経た現在までを、国土という感覚がいっそう喪失されていくプロセスとして読み解いていく。しかし、「天皇」と「国土」という大文字のモチーフはこの本の最後まで貫かれる。つまり、この本では最後まで「脱神話化」は起らない。むしろ、天皇の神話に対して、酒鬼薔薇聖斗の「バモイドオキ神」が対置されるなど、あくまで神話論的な枠組みのなかで世紀末〜二一世紀の日本が語られる。つまり、この二つの本は、日本の戦後史に対する、脱神話的な語り口と、神話的な語り口という点で、くっきりと対照的をなしているのだ。
内田と小熊の態度の違いは『〈民主〉と〈愛国〉』の表紙写真にはっきり現れている。ここには1947年の昭和天皇の行幸をとらえた写真が使われている。遠くに原爆ドームが見え、帽子を手に観衆に応える若き日の昭和天皇が背後から写されている(私は天皇の後姿を見たのはこれが初めてだ)。ここには、あきらかに人間となった昭和天皇がいる。「国」が神から人の手に戻り、「民主」と「愛国」とが一つのものとして存在しえた時代のあったことをこの写真は伝えている。
小熊が『〈民主〉と〈愛国〉』の題名につけた〈〉というカッコは、言葉のもつ意味の自明性をいちどは疑ってかかろうという意志の表明だ。これは彼の前著『〈日本人〉の境界』から受けつがれた問題意識であり、方法論だ。ある「言葉」がもつ響きは、その時代によってことなる。同じ言葉でも、そこから異なる響きを聴き取ってしまう者同士の間では対話も議論も成り立たない。だからこそ言葉の起源や来歴をきちんと検証しなければならない。小熊はこの大著の最後にこう書いている。新しい時代にむけた言葉を生み出すことは、戦後思想が「民主」「愛国」といった「ナショナリズム」の言葉で表現しようとしてきた「名前のないもの」を、言葉の表面的な相違をかきわけて受けとめ、それに現代にふさわしいかたちを与える読みかえを行ってゆくことにほかならない。
こうした小熊の態度と比べて、「国土」「天皇」という、もっとも読みかえの効かない言葉を土台に論を進める内田の本には、残念ながら言葉の自明性への疑いが欠けているように思う。バブル経済や郊外化の進展を、日本の国土を変貌させた外在的な力として見る視点は興味深いし、そこで挙げられている数値データも説得力があるのに、なぜか「国土」という言葉に込められた響きは、最後までまったく揺らがない。しかし、「国土」という言葉に込められた著者の思いは、ある世代までには切実に届くものなのかもしれないが、残念ながら私には感じ取れなかった。この二冊はそういう意味でも、はっきりと対照をなしている。
もちろん、日本という国の将来に対してどういう態度をとるかは、この本を読んだ「各人の自由としよう」初出:「Invitaion」2003年3月号
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