マンガ批評へ! その1

怒れる少女たち 〜高橋留美子試論


 高橋留美子のどの作品を読んでもいいなあ、と思うのは、そこでは男の子と女の子がつねに対等な相棒同士だということだ。 高橋留美子のマンガに登場する女の子たちがもっとも魅力的なのは、彼女らが怒った表情をうかべるときだ。つまり彼女たちは、ある意味で、すでにじゅうぶん幸福なのである。彼女たちが相棒である男の子に対して、かくもあっけらかんと怒れる権利を確保していることこそ、彼女らが幸福なことのなによりの証拠である。とにかく、彼女たちは常に怒っている。誤解を恐れず言うならば、『うる星やつら』のしのぶも『らんま1/2』のあかねも『犬夜叉』のかごめも、性格を持った個人ではなく、「女の子」という一つの類を表現したものである。もちろんそれは、彼女の相棒ら(あたる、乱馬、犬夜叉、などなど)が一貫してボケ系なのに対するツッコミ役、という作劇上の要請でもあるのだが、彼女らがつねに「怒って」いることには、もう少し深い意味がある、と僕は思う。

 たとえば、比較的「怒らない」タイプのキャラクターである『めぞん一刻』の響子も、自らの少女性を抑圧しないでいいシチュエーションに至るとやはり「怒る」。響子が連載開始当初あまり怒らないのは、彼女が自分をすでに「未亡人=大人」と規定しているからだ。しかし、自分のまとっている幻想としての「大人」性が一刻館住人たちの野蛮な健康さに打ち破られるにつれ、響子は平気で彼らを怒ることができるようになる。「怒る」ことで響子は一度少女に戻り、そこからあらためて自分を獲得することができたのだ。ただし、『めぞん一刻』は少女マンガではなく青年マンガであり、物語の中心は五代の成長にある。響子は脇役であり、ひとたび安定を得てしまえば彼女にその先はない。なぜなら彼女はけっして戦わないからだ。

 少女マンガ家としての高橋留美子の主戦場は、したがって、少年マンガ誌に移ることになる。少年マンガこそ、逆説的だけれど、いまもっとも少女マンガの重要な舞台なのだ。なぜなら、少女たちの幸福は、いまや少年と対等に戦えることにあるのだから。 「少年サンデー」で連載中の最新作『犬夜叉』の主人公かごめも、やはり典型的な「怒れる少女」として現れる。彼女の怒りは、じつは退屈な「いまの時代」の日常に向けられるべきものなのだが、それは作品の表面には現れないし、かごめ自身もまだ気づいていない。しかし、だからこそかごめは、百鬼夜行の闊歩する異世界で犬夜叉という超人的なヒーローの相棒として戦いながら、一歩もたじろがない健康な「平然さ」を保つことができる。そういう平然さの存在を描くことで、高橋留美子のマンガは男の子に勇気を与え、女の子に進む道を示すのだ。

 安心して怒れる相棒を持つこと。それは、たんなる親密なコミュニケーションの一形式(早く言えば痴話喧嘩)であるだけではない。社会が要請する女としてのつつましさを食い破って突出してくる、少女たちの感情表出でもある。彼女らの怒りの対象は、女であるがゆえの不当な扱いかもしれないし、社会の不正かもしれない。そして、もしその怒りが、それを当然理解すべき相棒(=男の子)によって理解されなければ、彼女たちはその事態に対してさらに「怒る」。あるいは、あまりにも怒らなくなってしまった男たちに代わって、過剰なまでに彼女たちは怒らなければならないこともある。 そういう二重性を負っているがゆえに、女の子たちの怒りはややこしくなる。つまり、そこにあるのは単純な感情ではなく、やはり、ある種の屈折した心理――少女マンガがしつこく描きつづけてきた――なのである。そのややこしさをきちんと描けるのは、やはり高橋留美子が女だからだろう。そして、「少女とは怒れる存在である」、「怒れる存在であるということによって、幸福であることができる」という真実をあやまたず描けるがゆえに、高橋留美子は偉大なる「少女マンガ」家でもあるのだ。

 かつて、「少女マンガ」の世界では、女の子たちは怒らなかった。少なくとも、高橋留美子の描くマンガにおける少女たちのようには怒れなかった。もし怒りがあったとしても、それは表には現れない屈折した思いにとどまっていた。 言うまでもなくそれは、彼女らが平気で怒れる相棒をまだ見つけることができなかったからだ。萩尾望都や山岸涼子らの世代と違って、高橋留美子が描くのは男に対する幻想ではなく、こうあるべし、という現実的な要求なのだ。それは、かつての少女マンガ(恋愛成就や自我形成に向けてのプロセス)が描いていた世界が終わった後に始まる世界である。つまり、男の子と女の子が手と手を携えながら、真の「怒るべき」相手と戦う世界――つまり、じつはファンタジーではなく、現実という「荒野」なのだ。

※2000年頃に書いた未発表の原稿です


copyright 2002 Kentaro Mizumoto

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