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〈ことば〉の仕事

仲俣暁生・著 原書房刊 264p ISBN: 4562040009 \1,900(税別) 

装丁:平野甲賀 写真:大野純一

誰もが情報を発信できる時代となったいま、「言葉をあつかう仕事」のなかでは何が起きているのか。最前線の批評家、研究者、出版人へのインタビューから探る、言葉の方法論の現在。

 

 
 世代論の不毛をこえて ――あとがきにかえて (Alternate Version)

 すでに本文をお読みになった方はお気づきのとおり、本書に登場するのは(筆者もふくめ)、一九六〇年代の前半に生まれた人たちばかりである。元号でいうと、昭和三十年代の後半生まれとなる。
 この世代は高度経済成長の生み出した消費社会・情報化社会の申し子であり、かつてこの世代をさして言われた「新人類」という言葉は、そのような社会に生きる若者を肯定的に評価したい、という当時の旧世代の願望を含んでいた。しかし、その世代も二〇〇六年現在で四〇歳代。すでに十分、旧世代である。
 ゆとり教育以前のいわゆる「詰め込み教育」のもとで育ち、まさに小林よしのりのマンガ『東大一直線!』が戯画的に描いたような、ことごとしい受験戦争の時代に子供時代を送ったのも、この世代の特徴といっていいかもしれない。マス・ジャーナリズムはこの世代に「校内暴力」「家庭内暴力」といったレッテルを貼り付けたが、それは現在における「ニート」「ひきこもり」といった言葉とじつに好対照をなす。

 そのような世間からの眼差しのなかで育ったこの世代の多くは、一九七九年から国公立大学に導入された共通一次試験(九〇年からは現在の大学入試センター試験)を通過している。この試験にもちいられた回答方式から、選択肢のなかから選ぶことしかできない「マークシート世代」などとも呼ばれた記憶もある。
 若者文化やジャンル文化の領域、いわゆる「サブカルチャー」の世界では、この世代はしばしば「オタク第一世代」と呼ばれる。ジャンルの細分化がいまほど進んでいなかった時代、ローティーンあるいはもっと幼い頃から、英米由来の各種ポップカルチャーの洗礼をたっぷりと受けて育ったこの世代は、のちに和製ミステリでは「新本格」のムーブメントを生み、和製ロックの世界では「バンドブーム」を巻き起こした。その一方で、一九八九年に連続少女殺害事件の容疑者として逮捕された青年もこの世代であり、九五年に一斉検挙されたオウム真理教の幹部の多くもそうだった。そのため「Mくん世代」「オウム世代」という、あまりありがたくない名称で呼ばれたこともある。
 一九八五年のプラザ合意によって円の為替レートが急激に変わり、内需拡大のかけ声とともにさまざまな輸入規制が撤廃され、土地の価格も高騰して「バブル」と呼ばれる経済状況がやがて生じる八〇年代の後半、この世代はすでに二十歳を超えていた。「バブル」以前の、商品や情報がまだいまほどには溢れておらず、福祉国家もまがりなりにも機能し、戦後民主主義の理念が完全には失効しきっていなかった時代に、この世代は子ども時代と学校時代を送った。そしてバブル経済のまっただなかに、その多くは社会人となった。女性の社会進出を促進すると喧伝された、八五年の男女雇用機会均等法施行以後の流れのなかで、女性総合職の最初の例となったのもこの世代の女性だった。戦後民主主義のもたらした最良の理念のひとつであった男女平等は、この年にひとつの達成をみたといえるのかもしれない。八〇年代はそういえば、「女性の時代」とも呼ばれていた。 
 多くの人にとっては聞き慣れない、「ウィンドウズ九五」というオペレーティング・システムが日本のパーソナル・コンピュータの勢力地図を塗り替え、インターネットという新しいメディアが普及しはじめた一九九〇年代半ば、この世代は三〇歳代にさしかかっていた。この新しいテクノロジーの波をまっさきに受け止め、草創期の日本のインターネット文化を創り出した人たちも、多くはこの世代である。少年時代にラジオやアマチュア無線、マイコンといった電子機器での遊びに興じた経験をもっていたこの世代は、パーソナル・コンピュータというテクノロジーに対しても、とくに構えることなく、ごく自然に接することができたのかもしれない。
 本書に登場するのは、そのような「世代」を構成する人たちである。

 それまでの世代のように、自国を深く巻き込んだ戦争や、暴力をともなった激しい政治闘争といった表象を欠き、さりとて人口比でいってもさしたるボリュームを形成しないこの世代は、「団塊世代」「団塊ジュニア世代」のようにマスとして認知されることもなく、固定的な名で呼ばれることもなかった。そのかわり、時代ごとの社会風俗のごく限られた一面をレッテルとして貼り付けられることが多かったのは、すでに見てきたとおりである(もちろん、これは世代論一般にあてはまることだが)。
 だが、いまあらためて振り返ると、この世代的はさまざまな意味での「何かの前」と「後」、つまり「複数の場」をつなぐ役割を日本社会で果たしてきたことがわかる。あえて一言でいうとすれば、この世代は「モダン」と「ポストモダン」の間をつないでいる。年長者からは軽佻浮薄なポストモダン青年のなれの果てと軽んじられ、年下の者からは近代の尻尾を残したイケてない中年と侮られがちだが、そのような居心地の悪い中途半端な場所こそを、私たちの世代はもっとも好むのである。

 文芸評論家の磯田光一は、『戦後史の空間』という長編評論の「転向の帰趨」という章で、作家の中野重治が雑誌『近代文学』の終刊号に寄せた、一九三〇年代から四〇年代始めまでの、軍国主義に傾斜していく時代に青春時代をすごした自身の世代について述べた次のような文章を引用している。

  一九三〇年ころから四十一、二年ころまでをおろかな時代として置いてみてもいい。この愚かな時代を物ごころを持って通ったか通らなかったかが、すくなくとも差しあたりは問題になる。私にとってである。『近代文学』の人びとは多かれ少なかれこの時期を物ごころを持って通っている。ある種の人びとから「愚かな」と見られるかも知れぬ苦労、勉強をして通っている。そのことを私は尊く思う。

 中野重治ら「近代文学」の世代ほどの苦労や努力をしたなどとは、とても言えない安逸な暮らしを私自身はしてきたと思うが、本書のインタビューをお読みいただければ、私たちの世代にも、「一九八〇年代」というもう一つの「愚かな時代」というべき時代を、ある「物ごころ」をもって通過した人がいたことがわかるだろう。この世代にとっても、物ごころをもって「愚かな時代」を通過したことには少なからぬ意味があると思う。自分たちの若かった時代をノスタルジックに振り返るのではなく、むしろある距離をおいて振り返れるだけの冷静な目が、一九六〇年代前半に生まれた人間には備わっているように思うからだ。

 もちろん、本書はそのような「世代論」を論じることを目的として編まれた書物ではない。
 「はじめに」でも述べたとおり、もともとは「インターネットをはじめとする新しいメディアのなかで生まれつつある、あらたな言葉の共同性」へのかすかな期待とともに、当時私自身が編集していた小さな雑誌のなかで、「共有地の開拓者たち」という連載記事として明瞭な到達地の目処もなく始めたものだった。
 インタビュイーが特定の世代に集中していることに気づいたのは、心ならずも連載が中途で終わったときのことだった。その後、思い切って取材対象を筆者の同世代に絞ることで、「共有地」という言葉ではうまく伝えきれない、いまの時代の言葉やメディアをめぐる問題の核心をとらえられるのではないか、という提案を原書房の大西奈己さんにもちかけたところ、単行本企画として了承を得ることができ、あらためて人選を行い追加取材をはじめた。二〇〇五年のうちに取材は完了し、雑誌連載時の原稿の改稿に着手した。

 それまで一度も意識したことのなかった自分の属する世代の特徴が、インタビュー取材を重ねるごとに、明瞭に浮かび上がって来たのは私にとって貴重な体験だった。「われわれ」「ぼくたち」といった複数形の主語で語るのが、なににもまして恥ずかしい。私たちの世代にとって、唯一といってもいい共通項はそれである。複数形の主語を拒むことで、平板な世代論をもっとも強固に拒んできたのがこの世代だと言えるかもしれない。だが、そのような「私たち」にも、やはり同世代ならではの刻印はあったのである。

 それは、よく言われるサブカルチャーを中心とした様々な共通体験のことではない。世代に偏した共通体験を解読キーにしたのでは、私たちの世代が置かれたわかりにくい位置をうまく伝えることはできないし、だいいち、それでは個人の顔立ちがはっきりしない。そこで、取材にあたっては彼ら/彼女らが仕事においてとっている方法意識や、身振りあるいはちょっとした「仕草」とでもいうしかないような、言葉の表現における身体性に注目することにした。連載時から撮影をお願いしていた写真家の大野純一さんは、単行本化のための追加取材にもすべて同行してくださり、インタビュイーの表情や仕草を毎回、実にみごとにとらえていただいた。本書の文責はすべて筆者にあるが、こころよく取材に応じてくださった九人の方々と、大野さん、筆者をあわせた一一人によるコラボレーション作品として読んでいただけると幸いである。

 本書に登場してくれた方々には、取材前から筆者と比較的近しかったり、かつての仕事仲間だったり、この数年は定期的に顔を合わせる関係にある方もいるが、他方で、以前からその仕事ぶりに親近感を抱きつつも、本書の取材時がまったくの初対面だった方もいる。けれども、取材を終えたいま、誰もが以前からの親しい友であるかのような気持ちを、私は彼ら/彼女らに対して一方的に感じている。
 同じ時代を生きているからと言って、だれもが同じように生きているわけではない。それはごく当り前のことなのだが、世代論から自由になることでようやく出会えるような同世代の友がいることを、私は本書の取材を通じて身をもって知ることができた。彼ら/彼女の言葉が、かたくなな「世代論」の壁を越えて、少しでもより多くの人に届くことを、取材を終えたいま、インタビュアーとしては心から祈りたい。


※この文章は、『〈ことば〉の仕事』の巻末あとがきのために書いて、実際には使用しなかった別バージョンです。

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