千田好夫の書評勝手

飛べないホタル

先日、房総でホタルを見た。水田の中を流れる小川にかかる橋から、三つ、四つ、三つとかすかな光が見えた。しかし、「ホタルの里」という 案内板が各所にあり、ホタルより見物の人間の方が多かった。それでも、小さな体から発する微妙な光には、惹きつけられるものがあった。

そういうホタルを題材にして童話にしたのが本書である。話の筋はとても簡単だ。ホタルが一斉に羽化したとき、一匹だけ羽がよじれたようになってしまって飛べないのがいた。人間の子どもがホタルをつかまえに来た。飛べないホタルは逃げられない。そこで、一匹の飛べるホタルがわざとつかまる。身を犠牲にして弱い仲間を助けたのだ。幸い、子どもはホタルを放し、無事帰って来るという話だ。

著者は元小学校の校長先生である。著者自身が「こんな説教臭い話が売れるとは思わなかった」と謙遜するほど売れて、12年で120万部でているロングセラーだ。これを読んだ親子から「いじめ」が姿を消すと評判になったのだ。しかし、説教臭いとは言っても、「いじめ」とか「いじめるな」とかは一言もでてこない。

この飛べないホタルのモデルは、クラスに一人いた足の悪い子だ。先生は、この子の気持ちがわかってほしいと四五年前に書いた。しかし、障害児は別学制度に押し込まれていった。替わって浮上したのが「いじめ」の問題だ。13年前に問題の起きたクラスでこの話を聞かせたところ、子どもたちがおおいに感動し、「あなたのクラスに飛べないホタルはいませんか」が合い言葉になった。それが、PTAの協力で一冊の本になった。

これを読んだ子どもの感想文が巻末に載っている。「僕も勇気あるホタルになりたい」非常に率直な感想だ。誰も「飛べないホタルになりたい」とは思わない。しかし、あの「足の悪い子」はどうしたのだろう。「足の悪い」こと「飛べない」ことのマイナスイメージが払拭されないばかりか、それをバネにしてヒーローが誕生している。そしておそらく自分は、そのようなヒーローになれる見込みはほとんどない。普通の人間が障害者をやっているのだから。

意地悪で言っているのではない。話の構造が一方的なのだ。飛べないホタルがそれを逆手にとって、この勇気あるホタル、この話を書いた先生の話を書く。「僕は、この人たちのおかげで力をもらった。いま僕があるのはこの人たちのおかげだ。」とやれば、240万部はいくかもしれない。いや、実際はもっと売れた。構造は変わらないけれど。

そういう話は書きたくないが、なぜ売れるのかは考えておかねばならない。誰もがヒーローになりたい。しかし、立身出世は一握りの人間しかできない。でも、身近なヒーローにはなれるかもしれない。小さな親切、一日一善。批判されたり、けなされたり、お前はだめだとは誰も言われたくない。それをどう越えていくかが課題なのだけれど。

ホー ホー ホータルこい

 あっちの水は にーがいぞ

 こっちの水は あーまいぞ